Posted: 10 Nov. 2023 5 min. read

デジタルは人生を変える

―未経験からDX人材を育成「Pathfinder」の社会的インパクトを可視化する

企業活動や事業などが社会に与えるインパクトを可視化する取り組みが注目を集めています。このインパクト評価の手法として、費用便益分析を簡易・発展化させたSROI(Social Return on Investment, 社会的投資収益率)分析があります。活動で生じる社会・経済・環境面のアウトカムを金額で表すもので、多くの企業が取り組んでいる環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みを可視化するツールとしても活用されています。 

今回、デロイト デジタルとセールスフォース・ジャパンが共同で実施している無償のDX人材育成プログラム「Pathfinder」を対象に、SROIを用いて社会的インパクトの分析を行いました。 

米国の実績をもとに、日本向けに開発された「Pathfinder」プログラム 

Pathfinderは、2018年に米国でSalesforceとデロイトが共同でスタートした無償のDX人材育成教育プログラムです。元は米国の退役軍人を中心にした就業支援として生まれたプログラムですが、日本版のPathfinderは、米国での育成実績やノウハウを日本のDXコンサルタントが日本向けにカスタマイズし、CRM(顧客管理システム)やSalesforceの知見、およびデロイト トーマツによるビジネススキルを20週かけて集中的に習得できるよう構成されています。また、就業支援まで一貫してサポートすることで、ライフイベント等によって一度仕事から離れた方の復職支援を中心に新たなプログラムとして展開しているのが特徴です。

2030年にはクラウド、IoT、AIなどのデジタル技術に対応できる「攻めのIT人材」が約41~79万人不足すると予測され*1、日本のデジタル人材育成は喫緊の課題である中、こうした社会的課題にアプローチするプログラムといえます。 

 

2021年からスタートし、2023年までに既に600名以上がこのプログラムを卒業しています。今回は、2021年から2023年現在展開中の第3期プログラムを対象に、卒業生や受講者へのアンケート等を通じて、プログラムが生む社会的インパクトを分析しました。その結果、投下している資源に対し、現時点で約1.8倍ものインパクトが創出されていることがわかりました。 
 

社会的インパクト可視化のアプローチ 

SROIはステークホルダー参加型の分析手法が特徴で、事業実施によって生じる社会的・経済的・環境的変化を、市場価値に当てはめて変化の価値を定量的に可視化するものです。一連のプロセスは、プログラムの受益者や関係者等ステークホルダーを特定し、プログラムに係る事業費や人件費などのインプット、具体的な活動、これらの活動によって生じた、もしくは長期的に生じる可能性のあるアウトカムについてロジックモデルを用いて体系的に整理。可視化する評価対象を特定した上で、公開情報やアンケート、テスト等より収集したデータをもとに測定・分析を行い、インパクトの測定を行うというものです。デロイト トーマツ グループでは、スポーツビジネスや地方創生等の取り組みにおいてこれまでSROIを活用したインパクトの可視化に取り組んできました。 

今回は、セールスフォース・ジャパン、デロイト デジタル双方でPathfinderを推進するメンバー、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/デロイト トーマツ コンサルティングの分析チームがワークショップを行い、その結果をもとにロジックモデルを策定。プログラムから生じる主要なアウトカムとして今回15の項目を評価対象とし、卒業生、受講生へのアンケート調査や定量データをもとに分析を行いました。 

<SROI ワークショップの様子>
*青のボックスが今回の分析対象、緑のボックスが今回のプログラムを通じて最終的に実現したい目標(=最終アウトカム)

 

デジタル人材として「経済的自立の実現」がインパクトの高い結果に。今後はコミュニティ拡大にも期待 

今回の分析で、特にインパクトが高いと分析されたアウトカムは「経済的自立の実現」「生活水準の向上・収入の増加」「職業選択機会の拡大」の3つの項目となりました。特に、卒業生の7割以上が「他のプログラムに代替できない」と回答していることが高いアウトカムをけん引する結果となっています。 

 

こうした結果について、分析を担当したデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー シニアアナリストの佐々木 友美は、「SROIの結果を経年で見ていくと、年度を追うごとに改善しており、プログラムを継続的に実施していくことで、多くの方々に価値を感じて頂いた結果、社会に対するインパクトも拡大していることが数字からも見えてきました。特にインパクトの大きかった項目は、Pathfinderが目指す目標と整合しており、的確に課題に向かって取り組めていることを意味しているのではないかと思います。」と分析しています。 

Pathfinderプログラムを推進するデロイト デジタル シニアマネジャーの長塚 智史は、「DX人材の育成と排出を目標に掲げている本プログラムへの結果として、これら3項目が上位に現れたことを非常にうれしく思います。卒業生の7割以上の方に代替可能なプログラムは無いと受け止めていただけられている理由として、単に知識の習得だけでなく取得した知識の証明である資格取得、取得した知識を実践の場で披露する総合演習、そしてこれらのプログラムが無償で提供されていることが大きなポイントではないかと考えております。」 と話します。
また、今後は卒業生の生活にゆとりができることで、周囲の人々との交流や社会貢献活動への参加によって生まれるコミュニティの拡大が、中長期的なアウトカムの創出につながる可能性もあります。 

セールスフォース・ジャパン アライアンス事業統括本部 パートナーエコシステム本部 シニアマネージャ―詫間 智之氏は、「Pathfinderは受講生が受講中にわからないことを助け合って問題を解決する場面が見られ、また卒業後も卒業生同士の交流のみならず、先に卒業したメンバーがあとから卒業したメンバーをコミュニティに受け入れたりと、さまざまな無形資産を創出していると言えます。Pathfinder卒業生がコミュニティで繋がりTrailblazerとなってお客様のビジネスを変革する、社会を変えていく存在になっていくというのは夢ではないと信じています。」とコミュニティの重要性や今後の可能性について話しました。 
 

ステークホルダーとの価値共有やプログラムを見直すきっかけに 

SROIの実施プロセスは、先述の通りステークホルダーの参加が重視されていますが、分析を行う過程での協働を通じた合意形成、価値の共有化を進めるためのツールとしても意義があるといわれています。そして、継続的に分析を実施し、プログラムの企画運営にも活かしていくことで、よりインパクトの大きな活動に発展できる可能性があります。 

 

今回の取り組みを通じて、プログラムを推進するセールスフォース・ジャパンの詫間氏、デロイト デジタルの長塚は、「今回SROIによってPathfinderの取り組みの社会的価値が数値化されただけでなく、プログラムから生じるアウトカムの項目が言語化されたことが非常に意義がありました。今後はこれをプログラムに反映し、PDCAを回すことで受講生にとって社会にとって有用なものにしていけるように進化し続けたいと思います。(詫間氏)」 

「今回SROIの分析を実施した結果を確認し、このプログラムには社会的インパクトを与えることができると改めて実感いたしました。これは多くの受講生の生活に影響を与えていると同義と捉えております。今後もより多くの方にご参加いただけるように、参加者層やプログラムの拡大、拡充を行っていきたいと思います。(長塚) 」と、今後への意気込みを語りました。

SROIの活用可能性や実施する上で重要なポイントについて、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー シニアヴァイスプレジデントの里崎 慎は、「SROI分析は、単発ではなく継続的に分析することで活動の改善度合いを測ることができ、インパクトマネジメント・モニタリングに役立てることが可能です。今後もアンケートデータを継続的に取りながら定点観測をしつつ、必要に応じてロジックモデルを修正し、プログラムを通じて実現したい目標に近づいているのかを確認しながら事業を推進していくことが重要です」と話します。 

Pathfinderは現在第4期生の応募を11月12日まで受付しています(2023年11月時点)。創業以来「ビジネスは世界を変える最良のプラットフォーム」を掲げるセールスフォース。「Lead the way 明⽇への道をともに拓く。」を掲げるデロイト トーマツ コンサルティング。持続可能な社会の実現や社会変革に向けた両社のこの取り組みは、今後もさらなる社会的インパクトを生むプログラムへと進化していきます。 

 

出所: 
*1 経済産業省の調査(2019年3月) 
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf 

亀田 慶子 / Keiko Kameda
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Deloitte Digital / Sports Business Group シニアスペシャリストリード 

専門は、ブランド戦略、広告・マーケティング。大手PRファームでBtoC/BtoB企業のコーポレートブランディング、マーケティング戦略策定から実行の推進や外資系IT企業でのカスタマーマーケティング部門立ち上げを経て現職。現在は、Deloitte Digitalおよびスポーツビジネスグループにて、ブランド・マーケティングを企画・推進。

 

今井 由貴子/ Yukiko Imai
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Sports Business Group マネジャー 

国内大手通信会社にてCX(Customer Experience)の新規事業立上げを経て現職。主に自治体・民間企業・スポーツにおける顧客体験価値向上にフォーカスしたコンサルティング経験を有する。現在はスポーツビジネスグループにてスポーツ市場の新たな価値創造に従事。
資格:人間中心設計スペシャリスト