Posted: 01 Feb. 2024 4 min. read

エネルギートランジション:電力大転換、50年先の最適解を導く

SCI agenda 2

サステナビリティ・気候変動(Sustainability & Climate)は、世界中の国家・企業・社会・個人に実効性のある変革を迫っている。デロイト トーマツでは、「Sustainability and Climate Initiative」(SCI)をグループ横断で組織し、様々な切り口からクライアントを支援できる体制を整えている。30年先を見越した設計と投資が要求される「エネルギートランジション」をリードする庵原 一水によるアジェンダセッティング。

庵原 一水

Situation/課題

2050年カーボンニュートラルに向けて、世界中が様々な挑戦を続けている。目標達成のためには、経済、産業、社会の全域にわたる抜本的な革新が必要である。率先してそれをリードするのか、変化の渦に巻き込まれてしまうのか――日本の産業界は重大な岐路に立っている。

しかも過去2年のうちに「エネルギー安全保障」という不安定要素が顕在化し、課題解決の難易度がさらに上がった。化石資源の取引価格が急騰し、エネルギー料金、さらには物価全体の高騰を招いた。地球温暖化の抑制という「環境」の視点から始まった脱炭素の議論だが、実現のためにかかるコストはどのくらいなのか、誰が負担するのか、経済安全保障や日本の産業競争力をいかに担保するかといった「経済」の視点も入れ込まなければ、現実的な議論にはならない。

特に電力システムの脱炭素化を推進するための「エネルギートランジション」には、極めて高度で広範な領域に及ぶ知見と戦略性が必要である。30~50年といった超長期のタイムスパンを見据えた方針を打ち立てて、「今」決断しなければならないからである。経済成長期ならば多少の見通しの甘さがあっても許容できたが、人口減少=需要減少のフェーズに入ろうとしている日本においては、設備計画において高い精度に加えて柔軟性が求められる。高度成長期に建設された各種エネルギーインフラ(発電、送電、配電)の老朽化に伴うリプレースタイミングも重なり、難易度はさらに上がる。

また、脱炭素のために期待されている電源の中で、再生可能エネルギー(太陽光、風力など)と原子力は、どちらも出力の臨機応変な調整が難しい。前者は天候や気象に発電量が大きく左右され、後者は頻繁な稼働/停止が難しい。現状では、火力発電所を需給調整のバッファとして活用しているが、それができないとなると別の需給調整システムが必要になってくる。

今ある電力システムを稼働させながら、需要減少のトレンドを見通し、新しいエネルギー・システムを設計し、コストを抑えながら移行させるという超難題に、日本は直面している。残念ながら「こうあるべき」という正解は見えていない。現時点で一つのソリューションに決め打ちするのはリスクが大きすぎる。だからと言って、場当たり的に部分最適な対応を積み重ねていっても、決して全体最適にはならない。運用面での協力・連携の仕組みなどオペレーション面の工夫も欠かせない。

カーボンニュートラルは、再生エネルギーだけで実現できるというほど単純な話ではない。再エネも、原子力も、ある程度の火力も、分散型も集中型も、あらゆる選択肢を活かし組み合わせていかなければ、日本のエネルギートランジションの現実的な道筋は見えてこない。日本では電力に議論が集中しがちであるが、電力は全体のエネルギー需要の4割程度であり、熱や輸送用燃料もセクターカップリングも含めて一体的に検討する必要がある。

 

Focus/焦点

SCI(Sustainability & Climate Initiative)の「エネルギートランジション」チームでは、この課題に対して大きく2つのアプローチから調査・分析・ソリューション開発に取り組んでいく。

(1)  デジタルツイン・シミュレーターの改良と応用

(2)  社会的合意形成プロセスに関する検討

(1)では国際エネルギー機関(IEA)が提供しているグローバルなシミュレーション開発環境(TIMES:The Integrated MARKAL-EFOM System)をベースとして、日本の各種情報・データをインプットした日本版シミュレーションモデル「Multi-regional transmission model」の精度を上げていく。具体的には、国内の再生エネルギー発電ポテンシャル(日射量・風況等)、電力系統インフラの情報、水素・電気自動車蓄電池のコスト情報など、様々なデータをシミュレーターにインプットしている。未来シナリオに基づいて、いくつかの要素を変数として動かしてみることで、電源構成や需給バランスなどの推移を予測・分析することができる。電力システムのデジタルツイン・シミュレーターと言えるものだ。

もちろん、完全な未来予測ができるわけではないし、それを目指しているわけではない。例えば、小型原子炉や核融合といった技術革新が進めば将来シナリオは大きく変わる。洋上風力、水素生産、蓄電池、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)、二酸化炭素の回収・貯留・有効利用)などのコストがどのくらい下がるのか、あるいは高止まりするのかによって、電力システムの構造も大きく変わる。また、国際紛争などによって資源価格がさらに急騰するようなことになれば全体戦略の見直しは必須である。シナリオプランニングの技法と合わせて活用し、絶対の正解ではなく、考えられるうちの最適の解を導き、都度、軌道修正していく。

再生エネルギー電源を増やせば、一つひとつの電源規模は小さくなり、各地に分散していく。「分散化」はエネルギートランジションの重要なキーワードになる。地域・都市・街区のレベルまで細かくシミュレーションし具体的な施策に落とし込んでいく。それを日本全体、グローバルのシミュレーションと接続することによって、全体を俯瞰するということを繰り返していく(図1)。

そうして描かれた複数の将来シナリオを元に、社会的合意をいかに形成していくかという論点(前掲の(2))も重要な検討フォーカスとなる。

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エネルギートランジションに関わる主体は非常に幅広い。既存の大手電力会社だけでなく、新規参入の再エネ事業者、中央省庁、石油・ガス関連企業、製造業、業界団体、地方自治体など、様々な業種の企業、機関をご支援していく(図2)。

 

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Commitment/方針

短期的な対策や既成概念にとらわれた議論を繰り返しても、エネルギートランジションは進まない。長期の視点を持ち、データ・オリエンテッドに、しかも大胆な発想でシナリオを組み立て、打ち手を選択していく必要がある。デジタルツインの仮想空間上に様々なシナリオを再現し、シミュレーションを繰り返すというアプローチには大きな意義がある。世界的に見ても、数年前はまだ構想レベルだったが急速に進化している。世界の開発動向を睨みながら改良を加え、日本ならでは課題解決に役立てていく。

 

(構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 主席研究員)

プロフェッショナル

庵原 一水/Issui Ihara

庵原 一水/Issui Ihara

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

建設コンサルタント、総合シンクタンクを経て現職。エネルギー・地球温暖化対策を中心とする環境分野のコンサルティングに20年間従事。中央省庁の政策立案・実行支援から企業の戦略立案・R&D支援等を幅広く手掛けており、官民双方の立場からの政策実現に取り組む。特に、再エネ・省エネ技術に関する高度な専門的知見を有しており、国内外の最新のビジネス・政策動向を踏まえた政策/戦略立案、エネルギーシミュレーションに基づく政策/事業評価、官民連携によるR&Dや社会実証のコーディネートを得意とする。現在、Sustainability & Climate Initiative Co-Leader。 関連サービス 政府・公共サービス(ナレッジ・サービス一覧はこちら) 関連リンク 再生可能エネルギー・環境イノベーション技術支援の推進 >> オンラインフォームよりお問い合わせ