幸福学の前野教授と
デロイト トーマツが推進する
「企業のウェルビーイング」

企業も行政も推進するウェルビーイングとは何か

リモートワークが当たり前になり、働く環境は大きく変わった。スキルがあればどの場所・国で働くかを選べるようになり、プラスと感じている人もいるだろう。一方で、慣れない働き方でコミュニケーションの質や量が低下、ストレスを感じる人も多い。企業は社員に対して、リモートワークのような環境の変化があっても、心理的安全を確保し自己肯定感を高め、安心して働ける環境づくりが求められる。

この動きは本格化してきており、2021年3月に日本経済新聞社は「日本版Well-being Initiative」を創設。ウェルビーイングを測定する新指標開発や経営の推進、政府・国際機関への提言、ウェルビーイングをSDGsに続く世界的な政策目標に掲げることを目指すと発表した。

日本政府も2021年から始まった「第6期科学技術・イノベーション基本計画」でSociety5.0の概念を進化させ、「持続可能性と強靱性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(ウェルビーイング)を実現できる社会」と定義づけた。

個人、社会、地球環境レベルのウェルビーイングの継続的な改善、向上を目指す

デロイト トーマツ グループも、「日本版Well-being Initiative」の会員企業として、ウェルビーイングに取り組んできた。2021年9月から「みんなのWell-being 21秋冬」キャンペーンと題し、対話を軸とした取り組みを積極的に行っている。今回はその取り組みの一環として行われた、慶應義塾大学の前野隆司教授を招いたオンラインイベントをレポートする。

「私たちは『人とひとの相互の共感と信頼に基づくWell-being社会』を自らのAspirational Goalとして掲げ、今後その構築に向けて様々な角度から社会価値創出につながる取り組みを強化していきたいと考えます。「Well-being社会」とは、私たち一人ひとりを起点とする個人のレベル(Personal)、私たちが属する地域コミュニティの集合体である社会のレベル(Societal)、そして、それらすべての基盤である地球環境のレベル(Planetary)という3つのレベルでウェルビーイングの継続的な改善・向上が図られ、全ての人々の主体的な関与を通じその成果を実感し、共に分かち合うことができている社会であると考えます」

左から、一般財団法人デロイト トーマツ ウェルビーイング財団 代表理事 吉川 玄徳、慶應義塾大学 前野隆司教授

冒頭、本キャンペーンを主導した一般財団法人デロイト トーマツ ウェルビーイング財団 代表理事の吉川玄徳は、デロイト トーマツの考える3つのサークルをベースに、ウェルビーイング社会を解説した。

合理的経営の最前線はウェルビーイング

「ウェルビーイングは1946年のWHO(世界保健機構)憲法草案に健康の定義として登場しました。『健康とは身体的にも、精神的にも、社会的にも良好な状態(ウェルビーイング)であって、単に病気でないとか、虚弱でないということではない』という内容です。かなり古くからあります。幸せは“Happiness”と訳されますが、これはあくまでも感情的で一瞬しか続かない幸せで、“ウェルビーイング”は持続する幸せ。日本語の「幸福」や「幸せ」はウェルビーイングに近い。例えば、仕事や勉強で歯を食いしばって頑張った成果に幸せを感じる人は多くいると思いますが、これはHappinessとは違いますよね。Happinessは短期的な心の状態、ウェルビーイングは長期的な概念です」

オンラインイベントに登壇した前野隆司教授は、まずウェルビーイングの考え方を日本の「幸せ」「幸福」と並べて説明した。

「Happinessに加え、チャレンジ精神や思いやりなど様々な気持ちが絡み合い、それらがウェルビーイングという良好な状態=広義の健康を生み出していきます。そして、社員がウェルビーイングであれば会社にとってプラスになることも分かっています。具体的な例を挙げましょう。

幸福感の高い社員の創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高いことが研究から見えています。また、幸福度が高い従業員は欠勤率が41%低く、離職率が59%低く、業務上の事故が70%少ないというレポートもあります。

つまり、会社は自社の成長を目指す上で社員の幸福度を高めていく方が合理的ということです。その昔、経営とは合理的であるべきという考えで、感情を持ち込まないことが一般的でした。相手の感情はどうでも良くて、叱って動くなら怒鳴り声をあげてでも動かすというマネジメントもありました。しかし、社員が幸せになると創造性が3倍になるのであれば、叱ってやらせることが合理的ではない。

今、皆さんはハラスメントを無視する経営者はあり得ないと感じているでしょう。同じようにまもなく社員のウェルビーイングを高めない経営者はあり得ないとなる時代になります」

前野教授はノーベル経済学賞を受賞したカーネマンがアメリカで行った研究で年収が75,000ドルになるまで感情的幸福は年収と比例するが、それを超えると感情的幸福と年収に相関がないことを紹介。

「貧困は不幸せに直結しますが、富裕は必ずしも幸せではないということです。貧困状態では食料も安全も確保できず、幸福度を下げます。しかし年収が円換算だと約800万円を超えると幸福度は横ばいになる。給料への満足度は高まりますが、賃金の満足度と幸福度は違います。

こうしたお金や、社会的な地位など、他人と比べられる財産を「地位財」といいますが、これで得られる「幸せ」は長続きしません。例えば、会社であなたが課長になったことを喜ぶ、幸せと感じる。しかし1年中課長になったことを喜んでいる人はいませんよね? 課長になれば、次は部長にともっと上を目指してしまうのが地位財。だから幸せは長続きしないのです。まさにミクロ経済における限界効用逓減の法則と同じような曲線を描くわけです。

一方で、安全などの環境に基づくものや健康など、身体に基づくもの、そして心については「非地位財」として幸せが長続きします。先ほどのHappinessとウェルビーイングの違いのようですね。ウェルビーイングはこの非地位財を高めることで実現できます」

前野教授は、日本は地位財での評価基準が多いと指摘。「先進国の中でも特に人と比べているのが日本人。そして足りないと感じている。だからこそ、人と比べない非地位財について着目、私が提唱する『幸せの4つの因子』を知ってほしい」

「一つ目の『やってみよう因子』。これの反対はやらされ感ですね。やりたくない、やる気がないは幸福度が低い。主体性がなく受動的だと幸福度は低くなり、主体性が高まると成長し、幸福度が高まります。

二つ目の『ありがとう因子』はつながりと、まさに対話ですね。議論もいいですが、まずは対話。相手の話す内容を『なるほど』と聞く傾聴力、仮にそれが自分の考えと違っても『僕は違うけど、違っていていいね』という尊重する意識。感謝とか利他とか、思いやりですね。心のこもった人間関係を、合理的ではないという人もまだいますが、冒頭から話している通り、それがパフォーマンスを上げていくのだから合理的な行為なのです。

三つ目の『なんとかなる因子』はチャレンジしようとする人は幸福度が高いことを指します。そして四つ目の『ありのままに因子』は、本来自分がこうであるという自分軸を持っている人のほうが持っていない人よりも幸福度が高い」

デロイト トーマツの取り組みは古くからの思想「自利利他円満」につながる

最後はデロイト トーマツ コンサルティング合同会社のパートナー長川 知太郎と、有限責任監査法人トーマツのパートナーであり、トーマツチャレンジド株式会社の代表取締役である淺井 明紀子がデロイト トーマツの取り組みを紹介し、吉川、前野教授を交えて4人のトークセッションとなった。

長川は、DTCでコンサルティングファームである以上、その資産は人しかいないということで、行動経済学をベースにおいた社員向けの取り組みを2年前から着手してきたことを説明。「メンバーファースト経営でメンバーの幸福感の向上が56%から70%まで増えました」と話す。

淺井は個人も組織もウェルビーイングな状態であるためには、「聴く」「つながる」「対話する」の3つがキーワードであると話した。「組織として、弱さも出せる心理的安全性の確保を目指したい」と続ける。

前野教授はこれに対して「長川さんたちのメンバーファーストの考え方は重要で、実際に幸福度もあがっているのは合理的な取り組みができているということ、そして淺井さんたちの取り組みも対話を重視するのがいい」と感想を述べた。

吉川は「対話のなかで、私たちは話すのは得意だと思うのですが、聞くことに難しさがあるようにも思えます。特に上司と部下の関係ですね。私も心がけているつもりですが、つい部下に対して、先に話してしまう」と話し、淺井も「どうしても仕事を指示するようなコミュニケーションが多くなってしまう。そのため、不安や言いにくいこともあるように思える。上司が聞く姿勢を持つことが大切だなと感じています」とうなずく。

前野教授は、こうした上司と部下の関係について「傾聴力は持って生まれた才能とかではなく、スキルです。学んで身につけられる。役職が上の人ほど横柄になるという研究結果もあります。自分はフラットだと思っていても、少しの雑さが部下に圧を与えることを忘れてはいけません。自分が上司に対して言えないような言葉遣いや話し方を、部下や同僚にすべきではないのです」と説いた。

長川がこの前野教授の回答に「以前、前野先生とお話をしたことを思い出しました。イノベーションをどんどん作る組織になるにはどうすればいいかとご相談したことがあり、そのとき先生は『ランクが上だから、年次が長いから正解が分かっているという思い込みが、新しいイノベーションの種を潰す』とおっしゃっていました」

「イノベーションと幸せの方法論は一緒なんですよ」と前野教授は笑う。「自分らしさを失わず、前向きにチャレンジをし、人に対してのリスペクトを忘れない。『幸せの4つの因子』はイノベーションを推進させる上でも大切なものです」

吉川は、長川と淺井への前野教授のフィードバックを聞いた後、冒頭に提示したデロイト トーマツの3つの円を見せ、「私たちはこの3つは相似形であると仮説を持ち、一番中央にあるPersonal ウェルビーイングが大きくなればSocietal、Planetaryの円も大きくなるということから、まずはPersonal ウェルビーイングからスタートしています。これをまさに長川と淺井は推進しているのだと思いますが、発想としてはどうでしょうか」と尋ねると、前野教授は次のように話し、会を締めくくった。

「この円は私の『幸せの4つの因子』と似ています。個人のウェルビーイングは一つ目の『やってみよう因子』三つ目の『なんとかなる因子』四つ目の『ありのままに因子』が高め、二つ目の『ありがとう因子』が社会をよくしていく。まさに同じ考えです。

先日、浄土真宗のお坊さんと話す機会があったのですが、『自利利他円満』が基本的な姿勢だと言うのです。この図は円になっており、まさに円満を表している。私の考えも同様ですし、デロイト トーマツの取り組みもそうでしょう。宗教は思想・哲学の側面が強いわけですが、このような日本の古くからの思想とウェルビーイングの考え方は、ぴったりはまるのはないでしょうか」

このイベントには、約300名の社職員が参加。イベント終了後に多くの感想が寄せられた。
ウェルビーイングの必要性が研究によるデータで裏付けされていること、ウェルビーイングが自利利他円満に合致する考えであることから、グループが目指すAspirational goalとして腹落ちできたなど共感の声が多く集まった。

コロナ禍でリモートワークが急速に広まり、働き方に対する考え方や働き方そのものを見直した人も多いだろう。個人のウェルビーイングを考える上で、組織はどんな貢献をすることができるのか。「企業のウェルビーイング」の真価が問われる。

デロイト トーマツ グループのウェルビーイング(ウェルビーイング)〜人とひとの相互の共感と信頼に基づく「ウェルビーイング」社会の実現に向けて|Deloitte Japan

RELATED TOPICS

TOP

RELATED POST