不正会計をAIが検知
新モデルはなぜ生まれたのか?
開発責任者が語る

不適切な会計・経理をAIが検知する「不正検知モデル」を開発

上場企業が、不適切な会計に走る例が後を絶たない。東京商工リサーチによると2021年「不適切な会計・経理」を開示した上場企業は51社。7年連続で50件を上回った。

同調査によると10年前の2011年は31社だが、当時と比べて単純に不正が増えているとは言えない。この間に整えられてきた内部通報制度や、外部通報窓口の増加・周知の影響も大きいだろう。当時はあまり使われていなかったSNSやスマートフォンの急速な普及も要因として考えられる。この10年で個人が自由に情報収集でき、かつ、情報発信できるようになり、不正が明るみに出るケースが増えているとも考えられるからだ。さらには、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うビジネス環境の変化も、新しい要因の一つとなっている可能性もあり、不適切な会計・経理の顕在化は今後も注視が必要だろう。

言うまでもないが、不適切な会計・経理は投資家を裏切る行為であり市場の信認を低下させる。この課題の解決策として、トーマツは2022年1月から不適切な会計・経理のうち特に不正会計の兆候を検知するモデルを開発・本格導入をはじめた。過去の不適切会計のデータなどを人工知能(AI)で分析し、監査先の子会社や勘定科目単位で不正の兆候を発見する。

開発を牽引したのは、有限責任監査法人トーマツのパートナーでAudit Innovation部長の外賀友明と、デロイトアナリティクスのマネージングディレクター森孝志だ。二人に開発の背景から今後の展望について聞く。

不確実性の高まる経済社会で、情報への信頼性付与へのニーズはますます高まっている

「将来の不確実性が高まり、先が見通せない時代です。さらにデジタル化が進んだことでSNSやWebでフェイクニュースが飛び交う今、求められるのは情報の真正性・透明性です。言い換えれば、情報に対する信頼性が強く求められる時代といえます。今、会計監査に求められているのも同じです。一度不正が発覚、顕在化されると企業価値は大きく損なわれる。だからこそ、私たちが専門家としてその不正を早期に検知すること、さらには企業の不正防止・ガバナンス強化に貢献することが求められています」

外賀は2001年にトーマツに入社後、監査業務全体へのアナリティクスやAIの導入・展開を図るAudit Analytics PJに立ち上げから参画、リードしている。

有限責任監査法人トーマツ パートナー Audit Innovation部長 外賀 友明

「トーマツは全ての上場被監査会社にデータ分析手法『Audit Analytics』を導入した実績があるため、被監査会社も私たち監査人も監査業務へのデジタル活用への素地がある一方、不正の手法は高度化しており、今後を見据えるとデジタルを活用した新しいソリューションは必須と考えていました」と、今回のAIによる不正検知モデル開発の背景を話す。「経済社会の環境変化もありました。これまで企業に求められるものとして経済価値が重視されてきましたが、今は加えてESGやSDGsなど社会的な価値を求められるようになりました。私たちが見るべき範囲もそれに伴い拡がっていますが、不正会計は経済価値の部分に影響を及ぼします。古くからある不正会計問題の解決をAIでサポートできれば、私たち人は人がやるべき部分に注力できるのではないでしょうか」

開発のキーマンである森も「会計上の見積もりは、企業や社会環境の不確実性の高まりもあり、過去からの連続性から将来の予測値を測定するのが難しくなってきています。これは企業の財務諸表作成も、それを監査する会計士にとっても大きな課題と言えますが、AIは、こうした会計上の見積もりの領域においても役に立つと考えています」と話す。森は財務会計データの解析に強みを持ち、現在、財務会計領域におけるアナリティクスサービスをリードしている。

有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター 森 孝志

今後2年間で100社以上の活用を目指す監査現場で使える実用的なAIツール

外賀と森が開発を推進したトーマツの「不正検知モデル」は過去の不適切な財務データをAIに学習させることで、会社、勘定科目単位で不正を検知する。

その特徴は大きく2つある。 1つめは今後2年間で100社以上の監査先のリスク評価手続に活用することを目指している。AIを使った実用的な監査ツールは、今後多くの企業で活用されていく見通しだ。

もう1つはトーマツが活用してきた「仕訳分析モデル」や、特許取得済みの「異常検知モデル」と組み合わせて不正リスク評価から、対応手続の立案まで網羅的にAI・アナリティクスを活用するアプローチが確立できたことだ。

このモデルの開発は、森が20年来あたためてきたものだという。

「もともと私は監査業務に従事した2000年当初から、統計的手法を用いた会計監査を積極的に主導してきました。「統計」と「会計」というのは漢字では1文字違うだけですが、役割で見ると明確な違いがあります。「会計」とは、経済活動を正確に記帳することでデータを積み上げていく一方で「統計」は元々あるデータを分析して、将来予測をしたり異常値を発見したりするために使われます。だからこそ、積み上げられた会計情報の信頼性を担保するための会計監査の手法として統計は非常に親和性が高いと考えています。そして、この統計的手法を応用して、財務諸表から不正の兆候を予測出来ないか検討していましたが、実現するためには大きな壁が2つありました。1つが技術の壁、もう1つがデータの壁です」

技術の壁について、森はこれまでも不正を検知するアルゴリズムが、ないわけではなかったと振り返る。しかし、その検知精度が監査実務に耐えられるものかというと、難しさがあったという。それがAIの進化やビッグデータを取り扱える環境が整い、今なら実現できるのではないか森は考えた。

もう1つのデータの壁も、2000年にはデータベースとして存在していなかった企業の財務諸表が2004年以降、EDINET(Electronic Disclosure for Investors' NETwork)で収集できるようになった。

「不正した企業の事例はまだ少ないが、今なら現場で使える不正検知モデルができるのではないかと、2020年春頃に開発をしてみようと進めました。目指したのは財務諸表と公表されている市況データで不正を予測できるモデルです」

森は、Audit Innovation部長の外賀友明に相談をする。外賀のチームで、公開されている企業の上場データを収集する仕組みとデータベースを持っていたことも頭にあった。データがあれば、データの壁は乗り越えられる。

外賀は森のプランを聞いて「いいね、やってみようよ」と。「会計士の暗黙知のようなノウハウはたくさんある。経験豊富な監査人しか発見できないものもあるかもしれない。一方でAIなら人が気づけないパターンを見つけられるかもしれない。どちらがいいではなく、会計士の機能を拡張してくれるものだと感じました」

森のチームが中心となって開発が行われ、半年後にベータ版が完成した。二人の感想は「思った以上に機能する」ということだった。この取り組みは社内で伝播していく。そして2022年1月、本格導入が始まった。比較的短期間で実用化できた理由を二人は「デロイト トーマツ グループの強み」と口を揃える。それはなぜか?

多様な専門家が1つの場所に存在し、能動的な融合を行うカルチャー

開発の中心である森は、第一段階の開発が短期間でできた理由を「内製化できたことが開発の精度・速度をあげた」と分析する。「私も含め、デロイト トーマツには会計士でありながらデータサイエンティスト的なアプローチができる人材も多い。仮に会計の不正検知モデルを外部のベンダーに開発をお願いしても、まず不正会計とは何か? そこから説明していかなければなりません。専門性のある人たちで開発まで行えた。それが今回の速度感と実用性に繋がっています」

今回の取り組みと直接的な関わりはないが、デロイト トーマツは2021年にAIに関する研究組織としてDeloitte AI Institute(DAII)を設立し、AIの戦略的活用およびガバナンスに関する研究活動を行うと共に国内外のAI専門家とのネットワーク形成を行っている。2019年には「Assets Enabled Business」のためのデジタルアセットの開発・保守・運用を担う「dX Garage」も発足させている。



INTERVIEW

2021/11/13

デジタルアセットを付加価値にプロフェッショナルサービスを提供する意味

#dX


外賀と森はデロイト トーマツの強みとして「デロイト トーマツには多様な専門家がいて、かつ部門間の垣根が低いという特長があります。グループ内の専門家を組み合わせることでより社会の不正を防げるのではないか」と話す。お互いの取り組みを開示しあい、協力していくカルチャーがあるという。

外賀は「不正検知モデルも、不正を減らすことで社会をより良くしていこうという大きな目的のための手段でしかありません」と話し、森も「これは始まりでしかなく、そしてこの取り組みに終わりはありません。企業や社会が変わり続けていく以上、私たちも変わり続けていく必要があります」と続けた。

会計士はこれからますます面白い

公認会計士の主な業務は、会計の専門家として財務情報が適正に表示されているかどうかにつき、独立した立場から意見を表明するものだ。有限責任監査法人トーマツの前身である等松・青木監査法人が設立されたのは1968年。当時、日本は東京オリンピック後の不況であり、大企業の粉飾決算が相次ぎ発覚した時期である。日本は監査法人の制度ができたばかりで全国規模の監査法人はなかった。そんな中で同法人は設立されたのだ。

このとき創設者の等松農夫蔵が記した監査法人としての基本構想には、「結束と統一とは欠くことのできない絶対要件である」「人間的信望を高めることが何よりも肝要である」などの言葉がある。

先ほど外賀や森が話したような、デロイト トーマツ グループが有する多岐にわたる知見やサービスを融合させたMDM(Multi-disciplinary Model)のスタンスは、このころから「結束」という言葉で存在していたとも言える。

外賀は「公認会計士はクライアントのために全力を注ぎますが、社会のために働く者でもあり、間違いを間違いと気づき、声を上げる独立心や高潔さも求められます。だからこそ、社会から信頼して任せてもらえる存在であり続けるため、これからが重要だと感じています」と話す。

「何のためにAIと協働するのか。それは安心して情報を使えるように、信頼できる情報のある世界をつくるためです。その先には、経済や社会の価値向上へとつながっていく未来があります。そのためには、監査や企業への知識・理解、デジタル技術に加え、マインドが重要になってくる。会計士の仕事はこれからますます面白みが増していくと思います」

東証は2022年4月から新市場区分に移行するが、上場企業はこれまで以上にコーポーレートガバナンスやコンプライアンスを重視し、不適切会計を防ぐ組織づくりが求められている。企業の変化に伴い、公認会計士の仕事にも変革が進んでいる。

Audit Innovation トップ|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
既存の監査の概念や手法にとらわれず、未来を見据えた新しい取り組みを早期に現場へ導入していく「Audit Innovation」

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