調査レポート

新規事業機会の1つとしての植物工場事業の海外進出の要諦

国内市場をテストベッドとして活用しつつ、海外を主戦場とするビジネス事業展開を早期に開始すべき

2014.09.11 - 新興国の中間層拡大に伴い野菜・果物の需要が急増しており、他に類を見ない高成長市場となっているが、その一方で、地球規模の環境的変化により世界の農業市場は深刻な影響を受け始めている。拡大する食料需要に応えると同時に、顕在化する農業を取り巻く社会課題を解決する等、農業を取り巻く巨大な需要を取り込んだ次世代型農業事業展開を早期に開始すべきである。

1.グローバルアグリ市場は参入を検討する日本企業にとって魅力的な市場

著者: 有限責任監査法人 トーマツ マネージャー 早川 周作

近年、新興国の中間層拡大に伴い、野菜・果物の需要が急増しており、特に中国・ASEAN諸国での成長率は年平均25%以上と他に類を見ない高成長市場となっている(図表1)。新興国・途上国での人口増加、所得増加、又それに伴う食生活の変化を背景に、野菜・果物の需要拡大は今後も更に継続すると考えられる。

その一方、地球規模の環境的・経済的変化により世界の農業市場は深刻な影響を受け始めている。世界で使用されている水資源の70%は農業用水であると言われているが、人口増加・生活スタイルの変化に伴う水使用量の拡大により、有限の水資源という観点から持続可能な農業が社会課題となっている。

拡大する食料需要に応えると同時に、顕在化する農業を取り巻く社会課題を解決するため、オランダやイスラエルなどの先進企業による先進的農業の取り組みが始まっている。これらの取り組みはまだ緒についたばかりであるが、植物工場などの次世代型農業生産技術や資源保護・確保技術など、巨大な農業関連市場が形成されつつあり、日本企業にとっても優位性を築きやすい魅力的な市場である。

図表1 中間層増大に伴い新興国を中心に野菜・果物の需要が急増

2.植物工場事業海外進出の可能性とそのターゲット国

植物工場は、(1)施設内の環境(温湿度、施肥量など)を制御することで外部の季節変動の影響を受けずに作物の生産を行うことができる、(2)生産に必要な施肥量を制御しリサイクル利用することで従来の土を利用した慣行農業に比べはるかに少ない水で生産を行うことができる、といった特徴を持つ。したがって、作物栽培環境が不適で、野菜・果物の供給のほとんどを他国に依存している国や、自給率の高い農業国であっても、水不足や農薬、肥料などの投入剤による土壌汚染などにより持続可能な農業に不安を抱えている国などは、植物工場進出の可能性が非常に高いと言える。

 特に、中間層が急拡大しているロシア・中東諸国・中国・ASEAN諸国などは、需給ギャップ(需要量と供給量のギャップ)の拡大が大きな課題となっており、自国での永続的な農業の発展に対して政府主導で対策を講じる国々が増えている。食料需給問題と水不足/土壌汚染などの環境問題を双方解決可能な植物工場はその対策として非常に有益な手段であるとして注目されている。

1.ロシア・中東諸国

ロシアや中東諸国では都市部に人口が集中し、都市部の中間所得層や富裕層が厚く、購買意欲が非常に高い。そのような層の健康志向は非常に高く、自国産で生産が困難な葉野菜・果菜類(生鮮)のほとんどは、海外、特にヨーロッパからの輸入に頼っているのが現状である。したがって、輸入野菜の依存度低減による自給率強化に向けた政府の支援も手厚く、自国生産を可能とする植物工場など施設栽培に対する期待度は非常に高い。事実、ロシアでは、オランダを中心とした植物工場先進国の進出が進んでいるウラル地区の2013年の施設栽培による農業生産の成長率は28%と非常に高くなっている。

2.中国・ASEAN諸国

 中国・ASEAN諸国においては購買力のある中間層の拡大を背景に、野菜・果実の需要増が見込まれており、年率25%以上と高い成長を続けている。しかし、野菜を含む食料全体の需給ギャップが拡大している一方、自然に配慮しない従来の慣行農業では水不足や土壌汚染などの課題を発生させており、将来的に生産量が下振れさせ、更なるギャップ拡大が懸念されている。したがって、各政府は植物工場などの環境配慮型施設園芸の発展を後押ししており、中国のように外資参入規制の無く、外資の農地取得も可能な国も増えている。

3.各国のビジネス事情

植物工場野菜や有機野菜などの高級野菜市場の占める割合は、上記ターゲット国では非常に限定的であり小売価格も日本と比べれば低い。その代わりに施設運用のランニングコストの60-70%を占める水道光熱費や人件費などが日本よりも安価なため、立地、流通構造、小売価格によっては十分魅力的な市場になる可能性が高い(図表2)。特に、日本からの輸出により、ある程度高級野菜・果物市場が立ち上がっている中国(香港)、シンガポールなどは初期に検討できる国であるといえる。

また、植物工場の参入事例としての他国の競合展開が限定的であり、魅力的な巨大市場でのビジネス確立に向けて、早期参入によるリーダーポジション確立が可能である。

図表2 各国の植物工場ビジネス事情

参入企業は少なく、早期参入によるリーダーポジション確立が可能

4.終わりに

日本では植物工場などの次世代施設園芸に対して政府が支援を行っており、短期的には相応に成長することが予想されている。しかし、事業展開のほとんどが、足元の市場規模が小さい国内に限られることから、植物工場市場への参入魅力は小さいとも言われ始めている。

 食糧問題、環境問題など、農業を取り巻く海外の巨大な需要を取り込んだ長期的な市場創出を見据えて、植物工場などの次世代施設園芸の開発テストベッドとして国内市場を活用しつつ、海外を主戦場とするビジネス事業展開を早期に開始すべきである。

最後に、当該記事は執筆者の私見であり、トーマツグループの公式見解ではない。

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