調査レポート

海外での植物工場事業の可能性

グローバルアグリ市場における新事業機会の発掘には、ビジネスの機会を前提に、社会課題を解決することが必要

グローバルアグリ市場で新事業機会を発掘していくためには、世界中の食糧需要を満たすことだけが命題ではなく、その周辺に顕在化している社会課題を同時に解決することが求められています。植物工場はその解としての可能性に注目が集まっており、本内容は海外での植物工場の事業性についてモデル例と共に解説します。(2015年7月)

1.「単にできること」ではなく、「解決できること」に重点を置くことが重要

著者:有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー 早川周作
   有限責任監査法人トーマツ          川東奈々

開発途上国を中心とした世界人口の増加により、2050年に人口は96億人に到達し、2050年頃までに世界の食糧生産は7割増大させる必要があると言われている。この食糧需要の急速拡大に伴い、水不足や土壌汚染等の環境問題が発生しており、これら社会課題の解決に植物工場が有効と考えられている。
例えば、食糧需要面においては、従来農業に比べて、人工光を利用した植物工場は何段も積み上げることができるため、単位面積あたりの生産性を約70-100倍程向上させることができる。環境問題の面においても、現状世界の水用途の60-70%は農業用水であるが、植物工場で使用する水は多くが循環して利用されるため、水の使用率は従来農業の1/10以下と大幅に削減することが可能である。
従って、グローバルアグリ市場において植物工場事業の事業機会を発掘する際には、「単にできること」(=ビジネスの視点)だけではなく、「解決できること」(=課題解決の視点)にも重点を置く必要がある。図表1では、課題解決の視点において、植物工場事業の事業機会を検証している。結果としては、アメリカ、中国、ロシア、東南アジア、中東において、幅広く社会課題が解決できる可能性があるといえる。

 

図表1 「単にできること」ではなく、「解決できること」に重点を置くことが重要

2. 課題解決の視点、ビジネスの視点において有望な国の選定

本章では、上記1で述べた課題解決の視点における結果を踏まえ、図表2のようにビジネス
の視点において有望な国を選定する。
参入障壁に関しては、国によっては農業資材の輸入制限が、事業の立ち上げに時間を要している。特に、ロシア、中国、中東は手続き処理に時間がかかるため、既に許可を受けている国からの輸入を考えるか、政府機関との政治的な繋がりが強い事業パートナーと組む必要がある。
事業性に関しては、足元の市場規模、生産コスト、優遇制度の有無によってそれぞれ可能性は異なるが、ロシア、中国、東南アジアが有望といえる。
競合環境に関しては、中国は2010年以降国家第十二次五か年計画において多額な補助金でオランダ式植物工場を大量に導入したが、高度農業に対する農業管理者のノウハウが蓄積せず、大半が不採算で撤退している。シンガポールは、2013年からいくつかの外資系企業が進出しているが、大手小売をターゲットとする規模ではなく、未だ研究レベルに留まっている。
このように課題解決の視点、ビジネスの視点の2点を総合して検証した結果、第一ターゲットとしては、解決できる社会課題が多く、参入障壁が低く、事業性も高く、かつ競合レベルもさほど高くない国である、シンガポール、中国が挙げられる。次に、第二ターゲットとしては、市場としては非常に魅力的である一方、経済情勢の行く末を見極める必要があるロシアと、近年急激に需要が高まっているアメリカが挙げられる。最後に、第三ターゲットのUAEやサウジアラビアは、輸入野菜の価格も高く、水不足、糖尿病など多くの社会課題を多く抱えているので魅力はあるが、市場規模が小さく競合が多い点で、難易度は高い。

図表2 シンガポール、中国を第一ターゲットに選定

3. 各国における植物工場参入戦略

本章では、第一ターゲットであるシンガポール、中国の参入戦略を、課題解決の視点、ビジネスの視点の両方で検証する。

3-1. シンガポール

課題解決の視点においては、自給率が極めて低くほとんどの野菜を輸入していることに対して、現地政府の危機意識が高いため、協力は得やすいといえる。
ビジネスの視点においては、レタスの消費額は5年平均で9%と高い成長率を示しており、成長の見込める魅力的な市場である。また、生産地として近隣のマレーシアを利用すると、インフラコストが安く関税がないことから、生産コストを大幅に削減できる。また、シンガポールにおいて加工野菜の小売価格は高く(加工野菜は2,000円〜3,000円/㎏)、かつ事業者が設定している高いマージンを自社で全て吸収できるため、初期にカット施設工場の設備コストを投じる必要があるが、収益性は高いと想定できる。
上記2つの視点より事業モデルを考えると、図表3の「マレーシアで野菜を生産・加工し、シンガポールで販売する」パターンが考えられる。
攻略ポイントは2つある。植物工場産野菜市場が形成されていないために、早期立ち上げを目指して大規模生産実績のある日本の植物工場事業者を巻き込むことと、立ち上げ時にはブランドの強い地元小売り企業や政府との協業体制を構築することが必要と考えられる。

図表3 シンガポールにおける事業モデル例

3-2. 中国

課題解決の視点においては、環境汚染により、国内での生産量が減少する可能性が十分にあると予測されており、「需給GAPを埋める」という大義のある施策として、現地政府を巻き込みやすい。地域によっては優遇制度が受けられる可能性もある。
ビジネスの視点においては、高所得者の増大により、国産以外の高付加価値品を求める層が増大している。2012年には中国の中間層割合は全世帯の6割に達し、野菜・果実の需要も年率25%と増加を続けており、今後も継続的な成長が見込まれる。また、富裕層の割合が多い都市部に隣接している都市近郊(600km圏内)で生産することで、インフラコストを抑えることができる。
上記2つの視点より事業モデルを考えると、図表4の「都市近郊で生産した野菜を、都市部で販売する」パターンが考えられる。農業国である中国では葉物は安価で競合も多いため、生産品目は日本品種のトマト、イチゴの果菜類が適している。流通に関しては、中国は仲買人、卸事業の最終小売りに対する権限が大きいので、大量生産体制が構築され確固たるブランドが形成されるまでは、ネット販売以外では全て中間流通を通るスキームが堅実といえる。
攻略のポイントは2つある。日本品質を模倣されずに維持するために、種苗の管理体制やライセンス登録やブランド構築など対策を講じることと、栽培指導を売るだけではなく、技術を持つ企業を事業に資本参画させ、流通販路先と強いコネクションを持つ企業、政府機関と協業体制を組むことが重要である。

図表4 中国における事業モデル例

4. 終わりに

グローバルアグリ市場で骨太な新事業機会を発掘していくためには、ビジネスの機会があることを前提とし、その地域において顕在化している社会課題を同時に解決することが求められていることを認識すべきである。つまり、植物工場ビジネスにおいては、「植物工場ができること」だけではなく、「植物工場で解決すべきこと」に集中すべきで、植物工場事業により政府や企業など、産業を横断して複数の課題を解決できれば、事業規模拡大の可能性は多いにあるといえるだろう。

最後に、当該記事は執筆者の私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではない。


以上

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