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カーボンニュートラル座談会

~もしもエネルギー使い放題の世界が来たら~

シナリオプランニング:カーボンニュートラル実現後の世界を描く

地球温暖化への対策が待ったなしとなる状況の中で、カーボンニュートラル(脱炭素)に向けた取り組みが世界的に加速している。多くの業界・企業においても、カーボンニュートラル実現に向けた試行錯誤が続けられている。特に製造業は、全産業に占めるCO2排出の割合が高く、より抜本的な対策が求められる。デロイト トーマツ コンサルティングのエネルギー・資源・生産財(ER&I)Divisionにおいても、各業界担当のプロフェッショナルが知恵を出し合い、クライアントと共に、この地球規模の大きな課題に対して日々真剣に取り組んでいる。

こうした中で、ある疑問が浮かび上がった。

「カーボンニュートラルの実現に向けた課題は今まさに取り組んでいる。だが、カーボンニュートラルが実現した先の世界は考えたことがあるだろうか?そして、更に視野を広げようとすれば、この先の未来にそもそもどのようなことが起こり得るだろうか?」

ここにシナリオプランニングという考え方がある。大きな戦略的転換を迫られるような未来を描き、あらかじめ言語化・構造化しておくことで、不測の事態や大きなインパクトに対して、用意しておいた選択肢から最適なものを意思決定できるというものである(図表1)。

図表1:シナリオプランニング
(出典:デロイト トーマツ グループ著「両極化時代のデジタル経営」)

例えば、カーボンニュートラルが実現した暁には、産業革命以降の人類の価値観とは大きく異なる世界が待っているかもしれない。そうした世界を描くことは、ともすればカーボンニュートラル実現に向けた取り組みにさえも大きな影響を与える。確実に起きるとは言えないシナリオであっても敢えて提起し、自由な発想と真剣な眼差しで議論することが、世の中をより良くする一助となることを信じて、「もしもXXな世界が来たら」という企画を立ち上げた。

 

座談会 ~もしもエネルギー使い放題の世界が来たら~

様々な将来のシナリオを検討する中で、第一弾としては、再生可能エネルギーとその他エネルギーを駆使し、エネルギー使い放題の世界が来るシナリオを取り上げた。ER&I Divisionの各業界担当の専門家が集まり、座談会形式で討議を行った。

座談会を実施するにあたり設定した前提条件は下記の通り。

  • 前提条件1:日本が世界に先駆けてCO2排出の無いエネルギー供給を実現した
  • 前提条件2:再生可能エネルギー100%ではなく、再生可能エネルギー+核融合/原子力等のミックスのエネルギー源とした
  • 前提条件3:エネルギーコストを大幅に低減した上で、電気料金は国民の税金で賄うとしたことで、タダ同然でエネルギーを利用可能になった

また、上記の前提条件から想定される下記の世界観を登壇者間で共有した。

  • 想定される世界観:エネルギーは空気と同じように使い放題になる一方で、「CO2排出は悪」として厳しく制限された

そして、座談会の設問は2つ設定した。

  • Question 1:これまでの価値観や概念がどう変わっていくか?
  • Question 2:製造業あるいは日本全体にとって、このシナリオはポジティブ/ネガティブどちらになり得るか?

 

Question 1:これまでの価値観や概念がどう変わっていくか?

― 2050年に向けてのエネルギー・トランジションや、マネタイズの難しさなどといった足元の課題のさらに先の未来を議論したい。まずはCO2排出が大きい業界の一つである素材産業の観点からコメントをお願いしたい。

「素材産業においては、従来から省エネに貢献してきた。モビリティに対しては、燃費向上のため、剛性を保ちつつ1グラムでも軽くなるような軽量化が主たるテーマになっている。そのような中でエネルギー使い放題の世界になると、軽量化の必要がなくなる。そのインパクトは大きい。」

「素材産業の話を続けると、機能性素材の分野では、世の中の課題に対して、素材のイノベーションで課題解決するために投資し、世の中を変えてきた。現状も世の中には多くの社会課題があるが、今回のシナリオではカーボンニュートラルは課題でなくなるため、投資先が変わる。今度は使い放題のエネルギーをどう利用するかという方向への投資に向かっていくのではないか。汎用性素材の分野は、より影響が大きい。現在の日本の産業においてはCO2排出削減が大きな課題であるが、この世界が実現されれば、CO2をどれだけ無くせるかという課題そのものがなくなる。さらに言うと、日本だけ世界に先駆けてエネルギー使い放題となれば、日本が産業界のサンクチュアリとして、全製造業が集結する世界観も出てくるかもしれない。」

 

― エネルギーが使い放題になったとすると、どこへ力点が置かれるようになるだろうか。

「エネルギーで解決できるものはどんどん実現しようという発想になる。かつて運航されていたコンコルドは様々な問題を抱えていたが、エネルギーの問題も廃止の理由の1つであった。これまではエネルギーが大量に必要となることからロケットでの移動などは実用化されてこなかったが、移動時間を重視し、ロケットで東京からロンドンに行くということも、エネルギーで解決される問題の一例になる。機能性素材、アプリケーションの観点からは、今度はエネルギー以外の新たなボトルネックに対して取り組んでいくことになる。」

 

― 暮らしや産業に対してより使いやすく、より便利にという観点は、今回のシナリオであっても変わらないといえる。暮らしを便利にするという意味では、街づくりの観点からはどうか。

「街づくりの観点でも、エネルギーで解決できる利便性の課題はすべて解決されていくのではないか。ファイナンスはさておき、電車や自動車の無人運転が実現すれば、24時間運行などの利便性に貢献できる。また、寒冷地や豪雪地帯の全ての道路にロードヒーティングを引いておくというような、生活しやすい環境が作ることができれば、そうした地域への人の移動も生まれてくるのではないか。」

「大量に電力を消費する施設、データセンターやテーマパーク、カジノなどを日本にどんどん誘致できるようになるのではないか。」

 

Question 2:製造業あるいは日本全体にとって、このシナリオはポジティブ/ネガティブどちらになり得るか?

― 次はこのシナリオをどう捉えるべきかについて考えていきたい。

「変化はチャンスであり、日本の産業界が事業ポートフォリオ含めて変わっていくことはポジティブ。重工業において、化石燃料から得ているものは基本的に動力源と熱源。動力源は電化や水素化、場合によっては原子力の活用などと変化していく。原子炉は小型化、分散化が進むのではないか。一方、熱源の方は課題がある。電化では熱を取り出すことが難しいため、一時的に鉄やアルミの価格は上昇するのではないか。」

「原子炉の分散化の観点は面白い。ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC*)のような新たな産業的機会もあり得る。エネルギー使い放題で電気代が下がれば、小売など他産業も給料が上がり始めて経済発展につながるため、ポジティブに考えている。」

* 大気中に含まれるCO2を直接回収する仕組み

 

― 人の暮らしという観点ではどうか。

「配電コストの低下やエネルギーの分散化が進めば、DXやコロナ禍からの繋がりも踏まえると、地方でも人が暮らしやすくなり、地域活性化にもつながるかもしれない。」

「街づくりとしてもポジティブ。従来は集積していることが価値だった。集積すれば都市としての効率性や生産性が上がる、という関係性があった。しかしエネルギー使い放題であれば、効率性を求める必要がないのかもしれない。リニアモーターカーのようにエネルギーを使うことで高速で移動できるようになるのであれば、集積していく必要がなくなることもある。」

 

― このシナリオをポジティブに捉える見方が多い。敢えてネガティブな点を挙げるとすれば何か。

「CO2排出は悪として厳しく制限され、日常生活でも電化が進むと、例えばBBQや炭火焼を食べるには高い税金を払う必要があるような世界になってしまうかもしれない。」

「食文化は変わっていくのだろう。」

「他にも、従来取り組んできたエネルギー・セキュリティの制約がなくなると、日本が外交上どう動くようになるのかは気になるところ。」

 

― 日本が製造業のサンクチュアリになるという話もあったが、もう一度高度経済成長期がやってくるのだろうか。

「今回のシナリオは日本が世界に先駆けてエネルギー使い放題になるというものだったが、それはしばらくの間だけで、やがて平準化される。世界中に広がることで、新興国の発展、キャッチアップはより速いスピードとなる。」

「インフラとしてのエネルギーコストが低下していっても、モノや情報、人の流れ自体が変わるわけではない。現在あるような国家間の格差や競争は今後も続いていくのではないか。」

 

今後に向けて

今回の座談会では、エネルギー使い放題という敢えて極端なシナリオを設定し、そのシナリオに対して自由な発想で意見を出し合った。今後も様々なシナリオを検討・設定し、そのような世界が訪れたらどう対応すべきか、実現に向けてどう取り組んでいくかを考えていきたい。

 

座談会登壇者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 資源・エネルギー・生産財 Division
パートナー 下田 健司

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 エネルギー ユニット
パートナー 大倉 一郎
ディレクター 東 美津子

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 石油・化学・鉱業・金属 ユニット
パートナー 森田 哲平
ディレクター 築地 克己

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 産業機械・建設 ユニット
パートナー 鈴木 淳
パートナー 田村 貴海

 

企画運営者コメント

最後に、本座談会を企画した運営者の想いを紹介する。

「VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)時代と言われるようになってから久しいが、これまでシナリオプランニングの議論は、複数シナリオを用意することに注力しており、シナリオ自体の突飛感や奇抜感はそこまで重視されてこなかったように感じている。今回、シナリオをより大胆に設定し、専門家が真剣に議論することで新たな地平が開けていくのではないかとの思いから本座談会を企画した。この自由なディスカッションを通じて創出されたアイデアが、日本の産業界が進むべき道を照らしだす一筋の光となることを期待したい。」

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 産業機械・建設 ユニット
シニアマネジャー 鹿渡 俊介

 

「クライアントと日頃議論する中ではあまり扱う機会のない長期的な時間軸、かつ極端なシナリオを設定することで、思考の枠を超え、幅のある議論が可能になる。次にそのシナリオをどうすれば実現できるのか、具体的な道筋を考え、実行する。それを繰り返していくことで、思い描く世界が現実に近づいていくのではないか。」

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 産業機械・建設 ユニット
マネジャー 谷繁 樹林

 

企画運営者一覧

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 エネルギー ユニット
マネジャー 大室 理人
シニアコンサルタント 佐藤 優衣

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 石油・化学・鉱業・金属 ユニット
ディレクター 築地 克己

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 産業機械・建設 ユニット
シニアマネジャー 鹿渡 俊介
マネジャー 谷繁 樹林
シニアコンサルタント 鈴木 博子
コンサルタント 小林 健児

デロイト トーマツ グループ合同会社 Clients & Industries / Brand Marketing
シニアマネジャー 菊池 道子

 

※上記の役職等は掲載時点のものです。

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