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国内保険会社の統合的リスク管理(ERM)高度化の動向

保険会社にとって統合的リスク管理(ERM)の重要性がますます高まっています。そこで、5つのポイントに分けて国内保険会社のERMの高度化の動向を解説します。

1. はじめに

保険会社にとって統合的リスク管理(ERM:Enterprise Risk Management)の重要性がますます高まっています。
本稿では、国内保険会社のERMの高度化の動向として、

  1. 保険監督者国際機構(IAIS :International Association of Insurance Supervisors)の保険基本原則(ICP:Insurance Core Principles)の規定によるERMフレームワーク
  2. 国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)の金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)における日本のERMの評価
  3. ERMに関する国内保険行政の動き
  4. 各国のリスクとソルベンシーの自己評価(ORSA:Own Risk and Solvency Assessment)の導入状況
  5. 経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテスト

の各項目について述べ、最後に今後の見通し等について論じます。
なお、本稿に記載された意見に関する部分は筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではないことをお断りしておきます。

2. IAISのICPの規定によるERMフレームワーク

IAISは、

  1. 効率的かつ国際的に整合的な保険監督の促進
  2. 世界の金融安定への貢献
  3. 国際保険監督基準の策定及びその実施の促進

等を目的として1994年にスイスのバーゼルに設立された機関で、金融庁をはじめとする各国・地域の保険監督当局等がメンバーとなっています。
IAISは、2011年10月にICPを改定しました。(なお、日本損害保険協会のサイトのトップページから、協会のご案内→活動内容→国際活動→国際保険監督規制→保険基本原則(ICP)の和訳(2013.1.11)とリンクを辿ることにより、ICPの原文と和訳の対訳を見ることが可能です。)
そのうちICP16が、Enterprise Risk Management for Solvency Purposes という規定であり、監督当局が健全性規制のためERM要件を確立し、各保険者に関連する重要なリスクのすべてに対応することを求めるものとなっています。
ICP16におけるERMのフレームワークは図表1のとおりです。

図表1 IAISのICP16におけるERMフレームワーク

出典:有限責任監査法人トーマツ編「保険会社のERM」(保険毎日新聞社)p25の図に基づき筆者作成

 

ORSAは、「保険会社自らが現在及び将来のリスクと資本等を比較して資本等の十分性評価を行うとともに、リスクテイク戦略等の妥当性を総合的に検証するプロセス」(金融庁「平成26事務年度金融モニタリング基本方針(監督・検査基本方針)」(平成26(2014)年9月)  の35ページ脚注10)を意味していますが、ICP16.11~16.13において、「保険監督者は、各保険会社にORSAを定期的に実施することを要求する」ことが記されています。

3. IMFのFSAPにおける日本のERMの評価

IMFは、加盟国の金融システムの健全性につき評価を行う金融セクター評価プログラム(FSAP:Financial Sector Assessment Program)を実施しています。
2011年に行われた評価結果が2012年8月に公表されましたが、日本の保険分野の評価の詳細については、“Japan: Insurance Core Principles—Detailed Assessment of Observance”(IMF Country Report No. 12/228 )で述べられています。
当該レポートにおいては、ICPの26項目のそれぞれにつき、

  1. “O” (Observed 「遵守されている」)
  2.  “LO” (Largely Observed 「概ね遵守されている」)
  3.  “PO” (Partly Observed 「部分的には遵守されている」)
  4.  “NO” (Not Observed 「遵守されていない」)
  5.  “N/A” (Not Applicable 「適用外」)


の5段階に基づく評価が行われています。
日本のICP16の遵守状況は“LO”つまり「概ね遵守されている」でしたが、そのコメントには、
“The FSA should enhance its guidance on enterprise risk management to indicate that insurers should explicitly describe the relationship between their risk tolerance limits, regulatory capital requirements, economic capital, and the processes and methods for monitoring risk. It should also provide more explicit guidance regarding the performance of own risk and solvency assessment.”
(出典“Japan: Insurance Core Principles—Detailed Assessment of Observance”(IMF Country Report No. 12/228)64ページ)と、ERMのガイドラインの高度化特にORSAの実施に関してより明確なガイドラインの制定を求めるものとなりました。
次回の評価は2016年に予定されており、それまでの間に日本をはじめとする各国の保険監督当局はORSAを含むERM要件高度化を目指すことになると考えられます。

4. ERMに関する国内保険行政の動き

2011年5月以降のERMに関する国内保険行政の動きをまとめると図表2のようになります。

図表2 2011年5月以降のERMに関する国内保険行政の動き

順番
年月
内容 金融庁ウェブサイト内の参照
(1) 2011年5月
2010年6月~12月にかけて実施された経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテストの結果内で、第1回ERMヒアリング結果公表
リンクはこちら
(2) 2012年9月 第2回ERMヒアリング結果公表 リンクはこちら
(3) 2013年9月 第3回ERMヒアリング結果公表 リンクはこちら
(4) 同月 「平成25事務年度保険会社等向け監督方針」内でORSA報告と、経済価値ベースのソルベンシー規制の導入の検討について言及
リンクはこちら
(5) 2014年2月 「保険会社向けの総合的な監督指針」が改正され、「統合的リスク管理態勢」として整理「保険検査マニュアル」が改正され、「統合的リスク管理態勢」の検証項目を整理 リンクはこちら
(6) 2014年6月 経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテストの再実施を公表 リンクはこちら
(7) 同月 第4回ERMヒアリング結果として保険会社・保険持株会社25 社に対してORSAレポートの試行したこと及びその結果を公表 リンクはこちら
(8) 2014年9月 「平成26事務年度金融モニタリング基本方針(監督・検査基本方針)」内で「平成25事務年度保険会社等向け監督方針」に引き続きORSA報告と、経済価値ベースのソルベンシー規制の導入について言及
リンクはこちら

5. 各国のORSAの導入状況

諸外国でもORSA導入が進められています。具体的な各国の導入状況は図表3のとおりです。

図表3 各国のORSA導入状況

(出典:金融庁「保険行政におけるORSA導入に向けた取組み」(2014年11月7日)日本アクチュアリー会年次大会資料に基づき筆者作成)

6. 経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテスト

経済価値ベースのソルベンシー規制とは、欧州の新しい健全性の基準であるソルベンシーIIでみられる考え方であり、経済価値ベース(時価ベース)で資産及び負債を測定し、その差異である利用可能資本を監督上の資本要件(ソルベンシー資本要件(SCR:Solvency Capital Requirement)及び 最低資本要件(MCR:Minimum Capital Requirement))と比較するものです(図表4参照)。

図表4 経済価値ベースのソルベンシー規制の概念図

金融庁では、経済価値ベースのソルベンシー規制への各社の対応状況や実務上の問題点等を把握するために、複数回フィールドテストを実施しています。
上図表2の(1)で述べたように、2010年6月~12月にかけて実施したフィールドテスト(以下「前回フィールドテスト」)の結果が、2011年5月に金融庁から公表されました。
また、上図表2の(6)で述べたように、2014年6月に再び経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に係るフィールドテスト(以下「今回フィールドテスト」)が実施され、その結果が2015年5月頃公表される予定であることが金融庁から公表されました。
前回フィールドテストの実施から今回フィールドテストの実施まで約4年が経過していますが、欧州のソルベンシーIIが2016年1月から導入される予定であることを鑑みると、具体的な経済価値ベースのソルベンシー規制の導入に向けての動きが更に加速していくものと考えられます。
 

7. 今後の見通し

これまでみてきたとおりORSA及び経済価値ベースのソルベンシー規制のいずれについても、本格導入に向けての動きが加速していくことになると考えられます。
他方、前回フィールドテストのアンケートでは、課題として「計算負荷」を挙げた会社もあるため、ORSAの本格導入にあたっても、各社の負荷が検討すべき課題の一つとなると考えられます。
上図表3で述べた米国のソルベンシー規制では、単体の保険料(元受保険料及びグループ外の受再保険料の合計で、連邦穀物保険会社及び全米洪水保険制度からの受再保険料を除く)が5億ドル未満かつ、保険グループの保険料合計が10億ドル未満の会社についてはORSAの適用外となっています。
(出典:”NAIC Own Risk and Solvency Assessment (ORSA) Guidance Manual (As of July 2014)” の2ページ)

したがって、日本の保険会社のORSAについても、このような保険料等の規模に応じた適用対象の選定も考えられます。
いずれにせよ、国際機関の要請、諸外国の状況及び各保険会社の個別の状況等を勘案したERM関連法制整備の動きが今後注目されるところです。

以上

著書 : 有限責任監査法人トーマツ 金融インダストリーグループ
マネジャー 相原浩司

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