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男女賃金格差の開示が、企業にDEIの在り方を問いかける

男女賃金格差開示を、より良い組織・社会の実現に向けた取り組みの機会とするために

本稿では、男女賃金格差開示をめぐる国際動向を解説するとともに、格差対応のために企業が今後とるべき方向性を3タイプに整理し、考察している。男女賃金格差は、開示対応のみにとどまる問題ではなく、企業にDEI(Diversity,Equity&Inclusion)の根本的な在り方を問いかけるテーマである。男女賃金格差の開示が、企業がより良い組織・社会を実現するための検討の機会になっていくことが望まれる。

1.男女賃金格差をめぐる国際潮流

男女賃金格差(Gender Pay Gap)とは何か

男女賃金格差(Gender Pay Gap)とは、一般に、男性と女性の賃金の平均値または中央値における格差とされる。この格差の代表的な要因は、職位、職種、職群等の各グループにおいて、より高い賃金を得ているレイヤーに女性の割合が少ないことである。混同されがちな概念として、同一賃金(Equal Pay)がある。これは組織内で同等の価値のある仕事(=同一労働)に従事する人々の間での賃金の平等を志向するものであり、男女賃金格差とは切り分けて考えるべき問題である。【図1】仮に、同一労働に従事するグループの男性と女性が平等に賃金を受け取り、同一賃金が完全に実現されたとしても、組織全体の男女賃金格差はゼロにはならない。なぜなら、複雑に絡み合った社会的要因(後述する教育・就業・勤続・昇進における「4つの壁」問題)により、価値が高いとされる職務に従事する女性の割合は一般に少ないためである。男女賃金格差は、企業が取り組むべき課題でありつつ、社会的な要素が根深く関わっている点が特徴といえる。

 

男女賃金格差を明らかにする意義

サステナビリティ経営の浸透で、多くの企業が「より良い社会の実現」を掲げ、外部からも社会的責任を問われている。一部の先行研究*1は、企業が賃金データを公開することによって、男女賃金格差が縮小することを示している。開示規則の対象となった企業では、より多くの女性を雇用し、昇進させる傾向があるという。その結果、より多くの女性が能力を発揮する機会を得ることになるとともに、女性従業員のリテンションにつながることが示唆されている。

*1 Tsoutsoura, Margarita; Bennedsen, Morten; Simintzi, Elena; Wolfenzon, Daniel."Do Firms Respond to Gender Pay Gap Transparency?" Journal of Finance. (2022)



男女賃金格差の開示を求める国際的な規制の動向

海外では2010年代後半から、各国政府が企業に対して男女賃金格差を検証し、結果を開示することを義務化する潮流が続いている。【図2】2017年、英国では従業員数250人以上の大企業に、男女の給与・賞与の格差を年次で報告することが義務づけられた。2019年に法制化を行ったフランスでは、開示を行わない企業に対して経済的制裁が課され、また格差の是正に向けた改善計画の策定・報告も義務づけられた。2020年に法制化を行ったスイスでは、格差の調査結果に対して第三者機関による監査が義務づけられている。このように規則の厳格度は国によって異なるが、2021年にはカナダ・スペイン・イタリア・アイルランドが新たに法制化を開始しており、男女賃金格差の開示が世界的潮流となっていることは間違いない。EUは2021年3月、男女間の賃金格差等を毎年公表することを加盟国に対して法制化する要請である、賃金透明化指令を公表した。さらに、2024年にEU加盟国の大企業*2および上場企業に適用される企業サステナビリティ報告指令(CSRD)においても、「ジェンダー平等と賃金の平等」が開示項目に含まれることになっている。

*2 「大企業」とは、①従業員数250名(事業年度平均)、②売上高4,000万ユーロ、③総資産2,000万ユーロの3つの基準のうち、2つ以上を満たす企業を指す



男女賃金格差実態の国際比較

経済協力開発機構(OECD)が調査した結果によれば、2020年時点で、日本の男女賃金格差はG20加盟国の中で韓国に次いで大きく、22.5%となっている。この数値は、38カ国のOECD加盟国の全体(11.6%)と比べても高い水準である。

 

 

日本において大きな格差が生じている要因として、教育・就業・勤続・昇進の各段階に「4つの壁」*3が存在し、女性が高い賃金を得る仕事に就くまでのキャリアップが阻まれていることが指摘される。

1つ目の「教育の壁」は、学校や家庭で刷り込まれる役割・能力の固定観念により、女性は将来についての選択肢が狭まり、STEM分野をはじめとする、将来高収入の仕事につながり得る教育機会から疎外されることである。

2つ目の「就業の壁」は、正規雇用、さらに総合職の採用は依然男性の割合が多い実態により生じる。

3つ目の「勤続の壁」は、日本の多くの職場では依然として柔軟な働き方が難しく、これにより、ライフステージの変化で女性が退職を余儀なくされ、キャリアを中断してしまう問題である。

4つ目の「昇進の壁」は、長時間労働の慣行により家庭との両立が低評価につながりやすいこと、何より、昇進を判断するマネジメント側にアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が存在することである。

グローバルでESG投資が浸透する中、多くの機関投資家は企業価値を長期的に高めるうえで多様性を重視しており、その中でも女性の活躍は不可欠なものと考えられている。男女賃金格差は企業の多様性推進に向けた取り組みを評価する判断材料の一つとなっており、既に一部のESG評価機関は、企業のESGスコアを格付けする評価項目に、男女賃金格差への対応状況を含めている。企業は開示を要請する法令への対応とともに、グローバルのマーケットからの評価を見据えるうえでも男女賃金格差に取り組む必要に迫られているといえる。

*3 村中靖、淺井優 著「役員報酬・指名戦略 改訂第2版」(2021年)より

2.男女賃金格差開示が企業に与える影響

男女賃金格差開示の潮流が、企業の人材マネジメントに大きなインパクトを与える理由は、外部から比較可能な数値によって経済的な待遇格差が明らかになる点である。これまでの日本では、男女全体の賃金格差は、職種や職群、雇用形態といった人事制度上の区分によって説明づけられ、少なくとも社内の人材マネジメント上のテーマとしてはあまり問題視されてこなかった。

しかし、コロナ渦により人々の格差と分断が明らかになる中、外部から企業に社会的な責任を問う風潮は加速している。パンデミックによる経済的被害は、壊滅的なダメージを受けたサービス業、かつ非正規雇用に従事する割合の多い女性に集中した*4一方で、リモートワークが可能な職種に就く正規雇用の男性の一部は、安定した雇用を保証されながらワークスタイル改革の恩恵を受けている。コロナ渦を経て人々の格差と分断が浮き彫りになった現在、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念は、企業の取り組みにおいて十分に検証されているのだろうか。

男女賃金格差の開示は、これまでわたしたちが目を背けてきた日本社会の構造的な問題をいやがおうにも意識させ、今後の大きな注目テーマになることが予想される。企業は各ステークホルダーに向けて格差の要因、および格差の改善に向けた行動計画を説明することを求められることになるだろう。

*4:2020年4月の雇用者数は、前月比で男性は35万人減、女性は74万人減となり、女性の減少幅は男性の2倍近くとなった(総務省「労働力調査」より)

3.これからの企業に必要なこと

男女賃金格差対応の3つのタイプ

企業が男女賃金格差をめぐる対応を進めるにあたり、今後のアクションとしてまず必要なのは、男女賃金格差(ひいてはダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン*5)に対応する意義・目的を明確にすることである。意義・目的(なぜ格差対応に取り組むのか)を明確にすることで、対応のゴール(何を達成するのか)および対応の内容(どのように達成するのか)がおのずと決まってくる。デロイトの整理では、対応の類型は3つに大別される。【図4】

*5: Diversity, Equity and Inclusion(DEI):差別をなくし、機会を平等に提供するというダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の考え方に加えて、社会構造的な不平等を解決する必要性から、近年ではエクイティの概念を含めたDEIの考え方が注目されている

 

① コンプライアンス対応型
第1のタイプは、意義・目的を、コンプライアンスを遵守し、法令違反リスク・レピュテーション棄損リスクを防ぐことに置く。この場合、対応のゴールは法令要件を満たした男女賃金格差の集計を行い、開示することとなる。対応は、政府等が示す指針に沿って必要最低限の項目を開示する、ミニマムな内容となる。

② 自社課題対応型
第2のタイプは、意義・目的を、処遇の公平性を担保することで多様な優秀人材を獲得し、イノベーションを促進し、自社の業績を向上させることと位置付ける。対応のゴールは自社の人材マネジメント区分(職種・職群・雇用形態等)ごとの賃金格差をゼロに近づけることとなる。なおこの場合、例えば同じ職種グループ内における男女賃金格差解消を目指すゴールのもとでは、異なる職種グループ間の男女構成の偏り(例:技術職に男性が多く、サポート職に女性が多い)は許容することとなる。ゴールとする賃金格差ゼロを達成するためには、男女全体の平均賃金を集計するだけでなく、職種・職群・雇用形態等ごとのレイヤー別に賃金を分析し、問題となる格差要因を特定・対策する必要がある。対策の例として、技術職内における賃金格差要因となっている、女性の管理職比率の低さを改善するため、昇格パイプラインを整備するといった施策が挙げられる。

③ 社会課題対応型
第3のタイプは、意義・目的を、社会に存在するジェンダー不平等に向き合い、より良い社会の実現に貢献することで、長期的に自社のブランディングを高めることに置く。この場合、対応のゴールは組織における男女全体の賃金格差をゼロに近づけることとなる。そのためには、社内の人材マネジメント改革だけでなく、「4つの壁」に代表される社会の構造的な問題に向き合い、対処していくイニシアチブをとっていくこととなる。

 

そもそも企業が女性を採用しようとしても、候補者母集団に男女の偏りがある社会において、③社会課題対応型のゴール(組織における男女全体の賃金格差をゼロとする)を目指すことは、困難な道のりである。当初は①または②を目指し、将来的なあるべきとして③を目指すアプローチもあり得るだろう。

なお、実際に③に取り組みはじめている企業も存在する。例えば米国Intel社*6は、格差要因のひとつであるテクノロジー職の女性割合を、2021年から2030年に向けて24.3%から40%に引き上げるという目標を設定している。目標達成に向けて、他社11社と連携して白人男性優位といわれるテクノロジー分野のDEIを推進するアライアンスを設立し、業界・社会を変革する取り組みを推進している。アライアンスにてIntelはデロイトと共同でテクノロジー企業を対象としたD&Iインデックス調査を実施し、参加企業への示唆とベストプラクティスの共有を行った。業界や社会へのインパクトを目指す場合、自社のみの取り組みでは限界があるため、このように外部と連携・協働したエコシステムな取り組みも検討の俎上に上がってくるだろう。

*6:Intel社 2021-2022年CSRレポートより



より良い組織・社会の実現に向けて

日本における男女賃金格差の開示ルールが、有価証券報告書の内容へ与える影響自体は限定的なものと予想される。しかし本稿で解説したように、男女賃金格差は、日本社会の構造的な問題にどのように対処していくかを、わたしたちに突きつけるテーマである。各企業においても、形式的に開示ルールへ対応するだけではなく、DEIの在り方を改めて捉えなおし、取り組みを検討する契機となることを期待したい。

なお、デロイト トーマツ グループは、自らのアスピレーション・ゴール(ありたい姿)として「Well-being社会の実現」を掲げており、一人ひとりが輝ける社会を目指している。社会変革の必須手段としてDEIを位置づけ、その一環として、企業に対して総合的な支援(「あるべきDEI」のデザイン、実現に向けたDEI戦略策定、制度・インフラ等の基盤整備およびチェンジマネジメント等)を行っている。

引き続きこのテーマに取り組み、より良い組織・より良い社会の実現に向けて、企業とともに歩みを進めていくことを目指したい。

 

著者
村中 靖 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員
淺井 優 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター
大熊 朋子 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
田村 萌子 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント
林 もと香 デロイト トーマツ コーポレート ソリューション合同会社 シニアアソシエイト

※上記の役職は、執筆時点のものとなります。

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