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保健医療分野におけるAI開発・活用検討の現状について
開発途上にある保険医療分野でのAI
平成29年に厚生労働省が設置した「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」において、「AI 開発を進めるべき重点6領域」が選定され、その後を受けた「保健医療分野AI 開発加速コンソーシアム」で現在に至るまで保健医療分野におけるAIの検討が続けられています。一方で民間主導の医療機関向けAI製品も市場に出始めていることもあり、保健医療分野におけるAIの現状を改めて確認してみます。
目次
- 開発・活用の途上にある保健医療分野でのAI
- AIの実用化が比較的早いと考えられる4領域(我が国が強みのある2領域)
- AIの実用化が比較的早いと考えられる4領域(課題解決のための2領域)
- AIの実用化に向けて段階的に取り組むべき2領域
- 企業主導のAI開発の状況
開発・活用の途上にある保健医療分野でのAI
今やAIは、ロボット掃除機やスマートフォンの音声認識アシスタント、スマートスピーカーに至るまで、私たちの日常の様々な場面で利用され、生活の中に急速に溶け込んでいます。その背景には、各国でのAIの開発・普及に向けた取り組みが急速に拡大している状況があり、日本においても諸外国に遅れを取ることがないようAI開発に向けた課題の整理や対応検討について、国を挙げた取り組みが行われています。
保健医療分野では、平成29年1月に厚生労働省により設置された「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会(以下、「懇談会」)」において、日本における医療技術の強みの発揮と保健医療分野の課題解決の両面から討議が行われました。その成果として「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 報告書」において、医療におけるAIの活用領域の検討や、質・安全性の確保も加味した、AI 開発を進めるべき重点6領域が選定されています。
厚生労働省は、懇談会の報告を受け、諸外国に遅れを取ることなく産学官が一丸となってAI開発に取り組めるよう、平成30年7月からは「保健医療分野AI 開発加速コンソーシアム(以下、「コンソーシアム」)」を設置し、AI 開発及び利活用を加速させるための課題や対応策、今後の研究開発の方向性についての検討を行っています。
去る令和元年6月には、コンソーシアムから「保健医療分野AI 開発加速コンソーシアム 議論の整理と今後の方向性」が公表され、令和2年6月には、公表資料別添として、保健医療分野におけるAIが、患者等の利便向上性や医療・介護従事者の支援に資する実効性のあるものを目指すための工程表(図表1)および俯瞰図(図表2)も示されました。
公表資料では、各工程での課題解消に向けた対応(ガイドライン策定、現行制度周知、研究、基盤整備等)についても記載されました。
重点6領域は「AIの実用化が比較的早いと考えられる」4領域と、「AIの実用化に向けて段階的に取り組むべき」と考えられる2領域に分けられ、(1)我が国における医療技術の強みの発揮、(2)我が国の保健医療分野の課題の解決(医療情報の増大、医師の偏在等)の両面から、現在もコンソーシアムにおいて討議が行われています。
本稿では公表資料なども踏まえながら、重点6領域それぞれでAI開発に向けてどのような議論がなされているのか、その中でどのようなAIが医療現場で実際に利用され始めているかを確認していきます。
AIの実用化が比較的早いと考えられる4領域(我が国が強みのある2領域)
画像診断支援
診療系医療機器との関連で日本の高い開発能力が十分に生かせる領域と期待されています。画像診断の関連医学会(日本病理学会、日本消化器内視鏡学会、日本医学放射線学会、日本眼科学会)が連携して行う画像データベース構築や、厚生労働省による、医師法上や医薬品医療機器法上の取扱の明確化を前提に、多くの取り組みが行われています。
具体的には、医師が画像診断する際の見落としの防止や、熟練した専門医でなければ見つけられないような、極初期段階の病変の発見等での活用が期待されており、2020年5月には、内視鏡における病変検出用AIとして国内で初めて薬機法承認を得た製品の販売が開始されています。
医薬品開発
日本は医薬品創出能力を持つ数少ない国の1つであり、高い技術貿易黒字を有する点で、AI開発においても強みのある領域です。しかしながら、医薬品開発においては、低分子化合物を中心とした有効成分の探索がピークを越え、新たな発見は困難になりつつあることや、開発対象が患者数の多い疾患から患者数の少ない疾患へと移行しつつあるのが現状です。このような背景から、AIの活用により過去に発見した化合物関連のデータを改めて解析したり、低分子化合物以上に分析に時間と手間がかかるペプチド医薬品(中分子医薬品)開発への取り組みを強化したりするなど、画期的な新薬開発につながる可能性を持った研究が行われるようになっています。
具体的な例として、民間製薬企業では、従来の研究成果より高い効果が見込めるとして、新しいマラリア治療薬や精神疾患治療薬のタネを探し出す研究などがAIを活用しながら進められています。
このような状況を背景として、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所が創薬ターゲットの探索に向けた知識データベースを構築したり、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所、理化学研究所及び京都大学が中心となって、製薬企業とIT企業のマッチングを支援したりするといった、国レベルの取り組みも行われるようになっています。
AIの実用化が比較的早いと考えられる4領域(課題解決のための2領域)
ゲノム医療
6領域の選定段階では、欧米に比べて取り組みが遅れているとされていた領域です。工程表では、「がんゲノム情報の収集体制構築」「AIを活用した研究体制の構築」「AI開発基盤の利活用の検討」といった取り組みが挙げられています。
これらの取り組みの具体的事例として、国立がん研究センターに、がんゲノム情報管理センターが整備され、臨床情報や遺伝子解析情報等を横串で解析する知識データベースが構築されています。
2019年6月には「がん遺伝子パネル検査」製品が保険診療で利用可能になるといった成果も出始めており、センターに集積された情報が、将来的には新たな標的遺伝子や生物学的指標、新薬開発にも利活用されることが期待されています。
診断・治療支援
問診や一般的検査といった診断・治療業務に対するAIの適用が検討される領域です。この領域は、我が国の強みを前提とした取り組みではなく、「医療情報の増大によって医療従事者の負担が増加している現状」「医師の地域偏在や診療科偏在への対応が必要な状況」「難病では診断確定までに長い期間を要すること」といった課題への対応が目的となっています。
画像診断領域と同様、厚生労働省による、AIが提示する結果の医師法上や医薬品医療機器法上の取扱の明確化の検討や、日本医療研究開発機構(AMED)研究費による、難病領域を幅広くカバーする情報基盤を構築の取り組みなどを通して、診療現場で利用できるAI技術の開発基盤の整備が行われています。
工程表では、2020年度に頻度の高い疾患についてAIを活用した診断・治療支援を実用化」が掲げられており、インフルエンザ診断支援AI医療機器の開発などの取り組みが民間で行われています。
AIの実用化に向けて段階的に取り組むべき2領域
介護・認知症
この領域では、高齢者の自立支援の促進、介護者の業務負担軽減といった社会的課題の解決に対して、「生活リズムや認知症に関するデータの収集」「生活リズム予測に基づく生活アシスト機器等の設計」といった現場主導のAI開発の促進が掲げられています。
具体的には、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターで行われている「AIを用いた認知症患者の排尿行動解析から生活支援機器のIOT化」研究での、患者の尿意を事前に検知する仕組み、トイレまでの移動を安全に介助するロボット関係の取り組み、民間企業と自治体が実証実験を行った、AIによるケアプラン作成への取り組みなど、介護現場の負担軽減を目指した研究・活動が多数行われています。
手術支援
手術支援の領域は、介護領域と比較しても、より段階的な取り組みとすることが明確に示されています。
そもそも外科医の数が少なく、手術現場の負担軽減課題とされており、最終的な目標を「自動手術支援ロボットの実用化」に置く一方で、「外科領域におけるデータは、まだアナログのものが多く、これらのデジタル化・構造化の取り組みを推進する必要がある」と、コンソーシアムでは議論されました。
そのため、手術関連データを相互に連結するためのインターフェースの標準化が厚生労働省の保健医療情報標準化会議などでも議論されており、今後それらの標準規格も踏まえながら、具体的なAIの開発が進んでいく見通しです。
すでにAR(拡張現実)とAIを組み合わせることで、外科医の視覚・判断を支援するシステムなども実用化に向けた取り組みが行われていることから、「自動手術支援ロボットの実用化」に向けて、着実に検討が進んでいると言えそうです。
企業主導のAI開発の状況
前節までの説明の通り、重点6領域への取り組みとして、国・研究機関・民間企業それぞれで保健医療分野におけるAI開発促進の研究・取り組みが着実に前進しています。
一方で、今現在の医療現場における課題を解消するために、民間企業が独自にAI開発に取り組み具体的な製品を実用化する例も多くなっています。
医療現場の課題例として、医療機関への電子カルテシステムの普及により、システムへの入力作業に時間を取られ、患者と向き合う時間が以前と比べると減った、という声がよく上がります。あるいは、特に地方の医療機関において、総合的な診療が行える医師が多く求められる状況がありながら、十分な人数の総合診療医を確保できない、といった課題が挙げられることもあります。
これらの課題対応の一事例として、問診情報に、現役医師が厳選した論文情報を基としたAI処理を適用することで、問診結果からの病名推測と電子カルテへの自動転記を実現したシステムが既に市販されています。
このようなシステムの導入効果としては、「AIによる病名候補の提案による、疾患見落としのリスク低減」「電子カルテへのSOAP情報の初期記載時間の短縮」といったものが挙げられ、単に時間短縮だけでなく、誤診などへの精神面での診療現場の負担軽減にもつながると考えられます。(図表3)
医療機関においてAIを導入するための留意点
ここまで見てきたように、懇談会・コンソーシアムが規定した重点6領域に関する、AI開発・導入の取組は、一定の成果を挙げつつあると判断できそうです。一方で民間企業レベルでも実用段階に入っているAIシステムが多数出現している状況にあります。
令和2年度の厚生労働省予算においても、「データヘルス改革、ロボット・AI・ICT等の実用化推進」に対して607億円の予算が投じられており、引き続きこの分野の発展に国としても取り組む姿勢が明らかにされていることから、今後も医療ICTの分野におけるAIの発展については注目が必要な状況です。
なお、コンソーシアムでも議論され、本稿でも少し触れていますが、精度の高いAIを開発するためには、十分な医療情報(医療ビッグデータ)を利用できる環境が不可欠です。医療情報の収集と利活用に関しては、国の施策である次世代医療基盤法の他、NDBやKDBといったレセプト情報収集基盤など、多くの取り組みが行われており、実際に利用できる医療データの量も増加しています。
上質な医療ビッグデータが利用できる環境整備とリンクしたAI開発・普及への機運の高まりは、2025年問題などの超高齢化社会における医療を担う医療機関・医療従事者にとって、期待を込めて注視すべき動向と言えるでしょう。
今後、AIシステムの導入を検討される場合には、国の政策動向や医療ビッグデータの利活用環境といった周辺状況も含めた将来性も加味しながら、医療現場にとって真に費用対効果の高いシステムを選定されることをお勧めします。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/09
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