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リスクヘッジとしての遠隔医療

Withコロナ社会における医療ICT

医療のあり方が今大きく変わろうとしています。Withコロナ社会における医療提供体制を考える上で重要なテーマである遠隔医療の現状と今後について整理するとともに、特に注目される集中治療分野における遠隔医療(Tele-ICU)について紹介します。

遠隔医療の分類とその普及状況

急激な新型コロナウイルス感染症のパンデミック対策として、テレワークが推奨されているが、医療分野のテレワークというべき遠隔医療は20年以上の歴史を有する。遠隔医療(Telemedicine and Telecare)とは、通信技術を活用した健康増進、医療、介護に資する行為と定義されている※1。従来は主に地域の医師不足、医師偏在を補う手段として整備・運営が進められてきたところ、近年は医療従事者の働き方改革や、新型コロナウイルス感染症対策として注目されている。その形態は後述する通り様々である(表1)。特に2020年度診療報酬改定では、2018年度の改定に引き続き、遠隔医療に関する診療報酬の改定・新設が行われたことは記憶に新しい。

遠隔医療は、利用者の種類によって大きく2つに区分けされる。医療従事者と患者が行うもの(DtoP)と、医療従事者同士が行うもの(DtoD、DtoN、NtoNなど)である。この2つは準拠すべき規制上の違いがあり、特に医師が直接患者に対して診療行為を行うオンライン診療とオンライン受診勧奨については、診療契約やいわゆる対面診療を原則とする観点から、厚生労働省の定める「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に基づく実施が求められている。

DtoPの遠隔医療の普及状況は、オンライン診療料の施設基準の届出を行っている医療機関数から推定できる。東京都を例にとると、2020年2月1日時点で約2%(12198施設中250施設)である※2。また、厚生労働省が実施したアンケート調査によると、2019年6月末時点でオンライン診療を実施している114施設(病院7施設、診療所107施設)において、オンライン診療している患者数は平均5人未満であり、かつ、施設によって実施状況に偏りがあることが分かっている※3(表 2)。これには、初診時は原則的に対面診療が求められており、またオンライン診療の対象疾患が具体的に定められているために、オンライン診療の利活用モデルが限定的であることが要因として考えられる。

一方、DtoDの遠隔医療は、DtoPの遠隔医療と異なり、一般に医療機関などの法人同士の契約に基づくことから、その自由度は高い傾向にある。最も普及しているDtoDの遠隔医療は遠隔放射線画像診断であることが推察され、全国の一般病院を対象としたアンケート調査では、約15%にあたる1310施設が他機関へ診断依頼を出したと回答している。また、遠隔病理診断については約1%の124施設が診断依頼を出したと回答している※4

 

表1 遠隔医療の分類
表 2 オンライン診療の実施状況

パンデミック下における遠隔医療の可能性

上記の通り、平時における利用は、まだ一般的とは言えない遠隔医療であるが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック下において、その利用が見直されている。

パンデミック下において重要なことは、感染者数を抑制すること、患者・医療従事者の感染リスクを減らすことによる医療提供体制の維持である。そこで、本稿では遠隔医療の形態別に、パンデミック下における遠隔医療の可能性、期待される効果について整理したい。

パンデミック下におけるDtoPの遠隔医療の目的は、医療従事者の感染保護と医療機関をハブとした感染拡大を抑制することである。特にオンライン診療については、感染抑制の観点から、時限的措置としての適用拡大が進んでいる。慢性疾患の患者に対する電話等での再診及び服薬指導が2020年2月28日から開始され※5(図 1)、4月13日には初診患者に対するオンライン診療が解禁された。

ところが、筆者の家族が慢性疾患のために定期的に通院している診療所では、4月2日時点でクレジットカード等の決済手段を備えたオンライン診療の仕組みを導入していないために、処方箋発行のための医師との会話は電話で行えても、支払いと処方箋の受け取りのために来院が必要となっている。初診患者が一切外出せずにオンラインで診療・処方を受けるためには、被保険者資格確認と患者自己負担分決済、医薬品配達手配等をオンラインで済ませることのできるシステムの普及が、急速に進むことが前提になるだろう。また、医療機関、調剤薬局側の運用上の手間を考慮しても、被保険者資格のオンライン資格確認機能※6や、電子処方箋※7の早期実施が求められる。

一方、パンデミック下でのDtoDの遠隔医療の目的は医療提供体制の維持にある。DtoDの遠隔医療の実施によって、医療従事者の感染リスクを低減するとともに、感染によって医療現場から離脱した医師を、通信技術の力を借りることで再び戦力化することができる可能性がある。

地域医療を支える多くの病院では、関係のある大学病院から非常勤医師の派遣やアルバイトによる診療支援を受けており、病院内に1人しか医師が居ない診療科も珍しくない。図 2は、ある大学病院の放射線科医が、地域の協力病院に対する読影支援のために、移動に費やしている年間概算時間数である。1.5人の医師が、週5日8時間を移動に費やしている計算になる。この様な状況は業務効率が良くないだけでなく、移動中に感染するリスク、病院間で感染を媒介してしまうリスクを発生させる。そして、自身の感染によって現場を離れる医師が増えることで、平常時には行えていた業務が継続困難となりかねない。

しかし、一部の診療科では、在宅での勤務環境を整備しておくことで、感染を未然に防ぎ労働力を温存したり、安静の必要性のない医師であれば、自宅待機となった医師の労働力を有効活用したりすることができる。例えば、Tele-ICU、遠隔救急医療支援、遠隔放射線画像診断、遠隔病理診断などが想定できる。

Tele-ICUは、ICU患者のバイタル等を遠隔で集中治療専門医や認定看護師等がモニタリングし、治療やケアについての助言等を行うことで、診療現場を支援する仕組みである。Tele-ICUは、重症管理が必要な医療の効率的な提供を目的に、米国を中心に広く普及しており、平常時の利用においてはICU滞在期間の短縮、人工呼吸器の早期離脱、人工呼吸器関連肺炎(VAP)の抑制などに効果があると報告されている。国内では厚生労働省が2019年度からTele-ICU体制整備促進事業によって体制整備を推進しており、先行して導入された一部の大学病院におけるTele-ICUの効果検証が期待されるところである。

Tele-ICUが注目される理由は、その教育効果による。従来、平常時には、国内の人工心肺の約87%、人工呼吸器の約58%が重症系病棟(ICU・HCU・救命救急病棟)で使われており※8(図 3)、これらの医療機器を使った患者の全身管理に習熟した医師の数は非常に限られている。そのため、関係学会による人工心肺ECMOを用いた重症患者の管理に関する全国的な支援ネットワーク(日本COVID-19対策ECMOnet)の運営が開始され、厚生労働省からは経験の浅い医師・看護師・臨床工学士に対する早急な研修・OJTの開始が求められている※9。Tele-ICU導入によって遠隔での患者のモニタリングが可能になるため、現場の医師の負担を軽減することができ、また、人工呼吸器や人工心肺の管理経験が浅い医師に対するプッシュ型での支援を行うこともできる。

このような事情から、従来Tele-ICUはDtoDの遠隔医療として普及してきたが、厚生労働省が所管する検討会では、経験の浅い現場の医師に代わり、専門医による遠隔でのオンライン診療(DtoPwithD)も検討されている※5(図 4)。

また、海外では、新型コロナウイルス感染症患者の大規模なモニタリングを想定して、患者の呼吸状態の増悪を検知するAIを搭載したTele-ICUが、イスラエルの病院にて稼働を開始した。

 

図 1 オンライン診療の適用拡大
図 2 協力病院への移動時間
図 3 特定医療機器の病床種類別利用状況
図 4 Tele-ICUシステムを用いたオンライン診療のイメージ

Withコロナ社会における医療ICT

遠隔医療システムは、従来、主に地方の医師不足、医師偏在を補う手段として整備・運営が進められてきたが、それだけでなく医師の勤務環境の改善や、地域医療のBCPとしての側面も持ち合わせている。感染爆発の危険性が高い都市部においても、遠隔医療システムの整備が今後速やかに求められている。

DtoDの遠隔医療システムの導入に伴う一般的な課題として、病院間における契約・運用ルールの整理、医療従事者の勤務形態変更にかかる労働規約の調整、院内システムとの接続やポータブル機器導入に伴うセキュリティ規定等の見直し及び職員教育などがある。

ただし、持続可能なシステムとして運営していくためには、地域の基幹病院等が単独で導入・運営するのではなく、地域単位での医療供給体制の最適化の枠組みの中に遠隔医療を位置づける必要がある。地域医療の整備を担う行政が中心となり、地域医療連携ネットワーク等の既存のIT資産の有効活用をふまえた運用調整やシステム整備を進めることが重要となるだろう。

また、コロナウイルス感染症がある中での生活(withコロナ)を考える上では、遠隔医療だけでなく、医療提供と直接的に関係のない部門の業務のあり方も順次見直しを進めていくことが求められる。行政と地域における主要な医療機関、消防とのリアルタイムな情報共有を行えるテレビ会議システムや、事務部門のテレワーク化を可能とするための各種院内システムの改修・運用変更、可能な限り物理的な接触を行わずに情報の参照・入力を行えるデバイスの導入、自動で自身のUV殺菌を行う物流ロボットなどが考えられる。

加えて、行政においては、医療の手前の健康分野において、地域住民に広いネットワークをもつ企業(例えば、モバイル通信事業者や有料映像コンテンツ配信業者等)のインフラを用いた健康相談サービスの提供もしくは提携も考えられる。

Withコロナ社会においては、このように、行政、医療機関、ICT企業が一丸となった対応を力強く推進していくことが重要である。

 

参考文献

※1 日本遠隔医療学会. “遠隔医療の定義”. http://jtta.umin.jp/frame/j_01.html

※2 関東信越厚生局. “保険医療機関・保険薬局の施設基準の届出受理状況及び保険外併用療養費医療機関一覧”. https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/chousa/kijyun.html

※3 厚生労働省. “中央社会保険医療協議会 診療報酬改定結果検証部会(第59回)資料検-2-2”. https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000207397_00004.html

※4 厚生労働省. “医療施設静態調査2017年”.

※5 厚生労働省. “第9回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会 資料1,参考資料4”. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10663.html

※6 厚生労働省. “オンライン資格確認の導入について”. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08280.html#hokensho1

※7 厚生労働省. “電子処方せんの運用ガイドラインの策定について”.https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000120130.html

※8 厚生労働省. “病床機能報告 平成29年度病床機能報告結果”. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055891.htmlよりトーマツ集計

※9 厚生労働省. “新型コロナウイルス感染症の重症者が大幅に増えたときに備えた集中治療に携わる医療従事者の養成について”. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00088.html

 

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/04

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