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巨大なグローバルアグリ市場に対峙する日本の農業・食産業のいま 第3回

成長プラットフォームとしての地方自治体の可能性 ~食産業を切り口にした新たな企業誘致の視座~

デロイト トーマツ グループが手掛ける社会課題解決型イノベーションのテーマの1つに、世界的に巨大市場として顕在化しつつあるアグリ市場での社会課題解決が挙げられる。 本シリーズでは、先進国から途上国まで幅広い地域での新産業創造提案や日本企業の新規事業展開支援、政府への政策提言等を幅広く進めるコンサルタントが、グローバルアグリ市場のトレンドと国内農業・食産業の現状についてのキートピックを解説していく。

1. 「フードバレー化」の掛け声の下で地方自治体が推進する食産業誘致

日本の成長戦略の一環として、日本の農と食の国際競争力強化を通じた輸出産業化が掲げられ、政府による農産物輸出に関する数値目標の設定(2020年に農林水産物・食品の輸出額を1兆円に倍増させる)や、同目標の達成に向けた様々な支援策が提示されている。これらの動きを受け、国内各地の産地や大小様々な企業において、農産物をはじめとする食品輸出への関心が高まっている。

その高まりに合わせて、全国各地の地方自治体においても、地場農産物の加工食品化や輸出化を旗頭にした食産業誘致が「フードバレー化」の掛け声の下に行われている。

食産業は、地域に根差した農業を起点とし、加工・流通・販売等の川下のバリューチェーン機能を有する企業を誘致することによって、付加価値を積み上げることが可能である。そのため、地場農業の保護・育成と、企業誘致による産業振興とを合わせて行うことが可能なテーマであり、多面的な地域振興を図る観点で、地方自治体にフィットしやすい性格を有している。

しかしながら、各地の地方自治体による取組みを見ると、企業誘致が思うように進まず、集積が途上段階にあるケースが多いのが実情である。

2. プロダクトアウト・縦割・短視眼 による誘致の限界

現在の「フードバレー化」の下での食産業誘致が途上にある要因として、(1)地場農産物や既存リソースへの拘りによるプロダクトアウト型誘致の限界、(2)誘致エリアの提供価値を体系的に分かり易く示す政策横連携と体系化の不足、(3)誘致産業を巡る中長期的な競争環境に着目して誘致エリアを形成する意識の不足が挙げられる。

(1) 地場農産物や既存リソースへの拘りによるプロダクトアウト型誘致の限界  
地場農産物を輸出、もしくは加工食品の原料に位置付けることを主眼とした食産業誘致は、地場農業を振興したい地方自治体から見れば妥当性を持つが、誘致対象となる加工事業者や流通事業者から見ると、進出への大きな誘因になるとは限らない。大きな誘因になりうるのは、その産地自体が国内・海外問わず非常に高い知名度を持ち、その知名度と産出される農産物の質の良さを全面的に活かした加工食品を製造する場合等に限定されてしまう。地場産品や既存リソースへの拘りが誘致対象の制約を生んでしまっている 。

(2) 誘致エリアの提供価値を体系的に分かり易く示す政策横連携と体系化の不足
企業誘致においては、誘致エリアへの進出が企業の競争力強化にいかに貢献するかを、体系的に分かり易く示すことが必要である 。

一方で現状は、自治体内の各部署が縦割で個別に政策を推進し、対外的にPRしている。そのため、そのエリアに進出することで得られるメリット=「エリア の提供価値」を、体系的に分かり易い形で企業に提示するに至っていないケースが多い。

(3) 誘致産業を巡る中長期的な競争環境に着目して誘致エリアを形成する意識の不足
生産拠点をはじめとする企業の立地は、そのエリアに進出することによる中長期的なメリット・デメリットを、企業活動の安定性確保や競争力強化といった様々な視点で評価・検証し、決定されている。

それに対し、地方自治体による誘致活動は、3年程度を1サイクルとした人事ローテーションや、年度単位の予算プロセスの影響もあり、目先で見えていること、短期間で出来ること、短期間で成果が見込めることを取組みの中心に置きがちである上、誘致構想の立上げ時はリソース投入が積極的に行われて華々しく打ち出されるものの、時間経過と共に下火になっていく傾向が強い。

そのため、誘致産業を巡る中長期的な競争環境に着目して、進出企業の競争力強化につながる施策の検討に先行着手し、時間をかけて具体化、発展させていく発想やアクションが生まれにくい。

3. 企業の中長期的な競争力強化への貢献を主眼としたエリアコンセプトの策定と、企業の早期巻込みが限界打破のカギ

前述した「プロダクトアウト」・「縦割」・「短視眼」の限界を超えるためには、誘致産業を巡る中長期的な競争環境の変化を捉え、その変化に先行対応することによって進出企業の競争力強化に貢献しようとするマインドセット、誘致対象エリアの将来像を分かり易い言葉で示すエリアコンセプトの設定、関連する企業の早期の巻き込みが有効な手立てになる。

中長期的な競争環境の変化を誘致構想立案の起点に据えることにより、手持ちの農産物やリソースを活用してもらうといった「プロダクトアウト」発想から脱すると共に、中長期的なメリット・デメリットを評価・検証する企業の立地選定基準と視点を整合させることができる。

また、エリアコンセプトを掲げることで、そのコンセプトの実現に向けて有効なリソースは何か? 連動すべき政策は何か? といった政策間の連携と体系化を推進する基軸を得ることができる。地方自治体の企業誘致担当者が、エリアコンセプト実現に向けて他部局の政策との連携を図っていくことで、政策の横連携が可能になり、エリアの提供価値を企業に対して体系的に提示できるようになる 。

魅力的なエリアコンセプトによる企業への訴求の重要性は、従来に比べて高まっている。物流網の高度化により、そのエリアの「ロケーション」による訴求効果が薄れ、政策の横連携を背景にしたエリアコンセプトの魅力そのものを誘因とする必要が出てきている 。

従来、食産業は、鮮度や味落ちといった時間経過による品質劣化の観点から、原材料供給拠点や消費地に近接しているという「ロケーション」が誘因として強く働く産業であったが、コールドチェーンの充実や加工技術の向上により、ロケーションの訴求力は低下し始めているのが実情である。

加えて、エリアコンセプトを誘致企業に広く提示し、そのブラッシュアップや具体化のプロセスへの参画を促す=巻き込みを図ることが、誘致策検討の継続性確保とエリアコンセプト自体の魅力向上に有効である。

エリアコンセプトに関心を持ち、そのブラッシュアップや具体化に参画する企業の存在は、地方自治体における継続検討のインセンティブを高め、予算の継続確保に一つの理由を与える(その企業が地場の中核的企業であればその効果は更に大きい)。また、それらの企業は、エリアコンセプトを実現した時の進出企業になる可能性を持っている。逆に、企業を巻き込めないエリアコンセプトは、企業にとって魅力がなく、再考を余儀なくされる。エリアコンセプト提示による企業の巻き込みは、エリアコンセプトの魅力を客観的に確認し、最終的な誘致の成功確度を高めることにつながる。

4. 中長期的な競争環境理解の着眼点の一つである「ルール形成動向 」(ウォルマートの取組みを一例に)

では、誘致の起点となる、誘致産業の中長期的な競争環境の変化をどのような視点で捉えるべきか?

その一つとして、誘致産業を巡る「ルール形成動向」が挙げられる。

欧米では既にMSC認証やASC認証の取得が、小売企業による魚介類の調達基準になっているが、魚介類に留まらず、小売企業の棚に乗る品物全てが、供給するサプライヤー企業の環境対応の良否を軸に選定される状況が起きつつある。その端的な動きとして、ウォルマートの取組みが挙げられる。

ウォルマートは、2005年に(1)ゼロウェイスト(ごみゼロ)、(2)100%再生可能エネルギーによる店舗運営、(3)環境に対応した製品の販売を目標として掲げ、サステナビリティコンソーシアム(The Sustainability Consortium、以下TSC)という協議会をつくり、10万社のサプライヤーを巻き込んで、この3つを実現するための製品の規格、サプライチェーンに盛り込むべき活動や基準値作りをスタートさせた。

着目すべきは、2017年に70%の店舗をTSCで定めた基準をクリアした製品で構成することを宣言している点であり、サプライヤーはTSC基準をクリアしなければ、ウォルマートに陳列できない可能性がある上、このTSC基準に賛同する企業が、イギリスの大手小売のテスコをはじめとして世界各地で現れている。

食品産業にとっては、TSC基準が求める環境対応を、必要なインフラ整備を含めて行った上で、環境に配慮した製品を製造し、その環境性を証明し続けることが求められる。一方、国内の食品産業は、他産業に比べて中堅・中小企業の構成比が高く、高度な環境対応インフラを自ら整備する企業体力に欠けるのみならず、TSC基準に関する情報をタイムリーに獲得し、正確な解釈を行った上で企業活動に反映することが体制面・コスト面の双方において大きな負荷になる。

ここに、食産業誘致を推進する地方自治体が、進出企業の競争力強化に貢献する余地が生まれる。TSC基準で高い評価につながるインフラの整備はもとより、TSC基準に則った平易な企業活動ルールを誘致対象エリアに設定し、TSC基準への対応力を地方自治体が補完することで、進出企業の競争力強化に貢献することが出来る。

具体的なイメージとして、「ここに進出し、定められたルールに則って生産すれば、TSC基準で高い評価を獲得してウォルマートの棚に乗せることができる。加えて、ウォルマートが認めた高い環境性を梃子に、世界各地に拡販するチャンスが得られる」といった訴求点は経営資源の制約がある中で成長を志向する中堅・中小企業にとって、進出への大きな誘因になるのではないか。加えて、TSCはアジア初の拠点を中国に設立しており、同様の動きは欧米のみならず、アジアにも広がる可能性がある。

5. 改めて見直されるべき成長プラットフォームとしての地方自治体

以上は、小売企業による調達基準の形成動向に着目した例であるが、このアプローチは、他のルール形成動向や他の産業に当てはめても適用可能である。

誘致産業の中長期的な競争力に影響を及ぼすルール形成動向を把握し、そのルールへの(先行)対応を実現するエリアを形成することで、進出企業の競争力強化を実現する誘致構想の立案は、進出企業と密接な関係を築き、誘致対象エリアを共に形成することが可能な地方自治体に適したアプローチである。

地方自治体が、誘致企業の中長期的な競争力強化につながる、高い視座のエリアコンセプトを掲げ、その実現に向けたインフラ整備やエリア活動ルールの設定を主導し、進出企業と連携して成長を促進するプラットフォームとなる。そのような誘致構想が、多様なエリアコンセプトの下で、全国各地の地方自治体によって百花繚乱に推進されることが、日本の成長に向けた一つのあり方になるのではないか。

また、地方自治体が企業を早期に巻き込むことの価値を先に述べたが、巻き込まれる企業から見ると、自社の中長期的な事業戦略に適した自治体を選択し、自社の望むインフラや活動ルールを、エリアコンセプトのブラッシュアップや具体化の中で「創らせる」余地が生まれてくる。

企業、特に経営資源が限られる中堅・中小企業にとっては、必要な経営資源を地方自治体の政策の枠組みの中で確保し、自社の成長につなげることも、成長に向けた一つの選択肢として認識すべきである。

コラム情報

著者: デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー  藤井 剛
マネジャー    高柳 良和

2014.02.26

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

 

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