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国際通商ルール(TPP・FTA)対応戦略 最終回 2015.02.03

~国際通商ルールを経営戦略に活かす:関税コスト削減およびルール変化への対応~

TPP/RCEP/AECなど、かつてない広範かつ高インパクトの広域経済連携枠組みによって、ビジネス上看過できないほど、世界の通商・産業ルールが急変する可能性がある。「国際通商ルール(TPP・FTA)対応戦略」シリーズでは、このような世界経済連携の潮流と重層化・複雑化する経済連携網を概観し、「なぜいま国際通商ルールが経営課題とされるのか」について、TPP、RCEP、日EU EPAなどの経営戦略上「最も注目すべき」経済連携枠組みを中心に解説した。最終回となる今回は、国際通商ルール対応戦略について解説し、激変するルール環境において、経営陣はどのような対応策をとりうるのかを提示する。

国際通商ルール対応戦略とは

ルールが与えるビジネスインパクトは、「関税」及び「(関税以外の)ルール」のいずれにおいても、マーケティング戦略やオペレーション改善の努力では対応できないほど大きい。「関税5%」の差異は、最終利益ベースで「法人税40%」に相当すると言われ、また規制や基準などの「ルール」の差異によるビジネスの追加的な費用負担は、欧州委員会の分析によると「関税10~20%」に相当すると言われている。

このため、国際通商ルール対応戦略を策定するにあたっては、「関税削減」と「ルール対応・形成」のいずれも重要となる。以下では「関税削減」、「ルール対応・形成」の順に分けて解説していきたい。

関税削減アプローチ

関税削減アプローチは、当期収益改善の施策と経営戦略/中期経営計画のための施策に分けることができる。

当期収益改善の施策は、既存(発効/妥結済)FTAの網羅的分析を行い、FTAの「使い漏れ」を診断し、FTA活用による関税・物流コスト削減を行うことで、ただちに当期収益改善につなげるアプローチである。実際、FTAを使えば当期から税コストが下がる場合であっても、活用していないケースが多く見られる。

経営戦略/中期経営計画のための施策は、今後の投資計画(拠点新設・増産)に対する「非連続なコスト変化」によるリスクを診断するアプローチである。これは、サプライチェーン域内のFTAにおける関税撤廃/削減の将来スケジュールの分析を行うとともに、将来(あるいは交渉中の)FTAにおける各国/当該品目の自由化(関税譲許)のシナリオ分析を行うことで、今後の投資計画策定における「落とし穴」を見つけるアプローチである。関税削減は、FTAが締結された際に1回で即時に撤廃されるものばかりではなく、10年ほどで階段的に引き下げられるケースも多い。このような場合、製品によっては、「今年は日本から輸出した方が関税が安い」「来年は韓国から輸出した方が関税が安い」といったように、年によって税率が逆転することもあり得る。

また、将来締結予定のFTAのシナリオ分析も必要である。過去のFTAに対する各国のスタンスを見れば、ある程度は将来のFTAについてもシナリオ分析ができるため、それを元に自社や競合の競争力の将来変化を分析することも可能である。

関税削減アプローチ(つづき)

ビジネスにおいては、FTAの読み解きに専門性が求められる一方で、企業内でのFTAの重要性に対する認知が低く十分な人員が確保されないなどの理由により、FTAの活用は意欲ある担当者のキャパシティに拠っているケースが多い。しかしながら、FTAによる「使い漏れ」解消の効果は大きく、またあらゆる業種において関税削減を享受できる可能性がある。日本からタイへの輸出における業種別関税削減効果を見てみると、業種によってばらつきはあるものの、幅広い業種でインパクトがあることが分かる(図1)。

関税分析の具体例を挙げると、日本から自動車部品(ギアボックス)を輸出する場合の関税は2015年時点でインドへの輸出は8.75%、ベトナムへの輸出は5%、マレーシアへの輸出では0%となっている。これが2020年になると、インドへの輸出は6.25%の関税がかかるが、ベトナムの関税は0%に下がる。つまり、2020年には、日本からインドへの輸出への関税は依然として高い一方で、日本からベトナムへの輸出の魅力は増すこととなる。

同様に鉄鋼製品(フラットロール)の輸出を見た場合、2015年時点での関税は日本からタイは0%、ベトナムは7%、マレーシアは4.6%となっているが、2020年にはベトナムは7%で変化がない一方、マレーシアは0%まで下がる見込みとなっている。このため、日本からマレーシアへのフラットロールの輸出の魅力が増すことになる(図2)。

関税分析では、国・品目ごとに関税削減が行われるか否かが異なり、さらにその削減幅も多様である。

企業におけるサプライチェーンの分析において、関税を軽視するケースが多く見られるが、詳細な分析を行い、増産計画や新規投資計画に反映させることは欠かせない。

図1:【関税削減アプローチ】あらゆる業種においてFTA活用による関税削減を享受できる

*関税削減効果:2012年の品目別貿易額と直近のFTA関税率からDTCが試算 

図2:【関税削減アプローチ】詳細にFTA関税削減内容を分析し、投資計画の「落とし穴」を見つける

出所:各FTA・EPA協定(譲許表)を元にDTC分析。但し、最新の関税率については各国政府資料、税関サービスをもとに都度確認が必要

ルール対応・形成アプローチ(1):ルール対応

関税削減アプローチとともに、経営戦略/中期経営計画のための施策として重要となるのがルール対応・形成アプローチである。
 

ルール対応・形成アプローチのうち、「ルール対応」は、ルール変更の動向に対応して、自社のサプライチェーンや開発拠点の統合・最適化を行うことである。これは、望むと望まざるとに拘わらず、世界のルール変更に伴い、いずれは対応せざるを得なくなるものでもある。しかしながら、激変する通商・産業ルール環境において、他社に先んじてこの「ルール対応」を行うためには、グローバル通商動向のシナリオ分析を行った上で、自社に特に影響ある論点を洗い出し、深掘りすることが必要となってくる。自社に影響のある論点を見極め、何が「自社に影響ある変化/ない変化」であるのか把握するためには、言わば「通商・国際ルール論点マップ」作りが有効であろう。

自社への影響を見極めるための論点マップが有効となる例としては、例えば、米国と韓国との間で締結されたFTA(以下、米韓FTA)における自動車分野のルールのような事態を考えると理解しやすい。

米韓FTAにおいては、年間販売台数が4,500台までの米国メーカーは、燃費・CO2排出基準について、韓国の国内基準よりも19%緩和された基準が適用される。韓国国内で走る車のうち、米国車だけ燃費基準が19%も緩和されるといった従来のFTAでは考えられない恣意的な基準が導入され、韓国国内の競争環境に影響を与えることとなった。

加えて、同FTAにおいては、安全基準の面でも、年間販売台数25,000台までの米国メーカーは、韓国基準か米国基準のどちらの安全基準を採用しても良いとされた。FTAによって競争のルールが変わり、想定以上に韓国自動車業界に「影響ある変化」がもたらされた典型的な事例であり、FTAによるルール変化として予めビジネスが押さえるべき論点であったと言える。

また、投資・サービス分野での例を挙げると、例えばタイでは、サービス業全般に関し、外資の出資は49%までと規定されていたが、日本とタイのFTAにおいて、家電製品の保守メンテナンスサービスに関して、タイまたは日本で製造されたものについては、保守・メンテナンスサービス会社の60%まで外資の出資が可能となった。

保守・メンテナンスサービス会社のマジョリティを持つことができるようになると、保守メンテナンスの際に提案型営業を積極的に推進したり、アフターサービスの質を高めたりすることで、高いサービスブランドを築くことが可能となる。日本企業は、安価なローカルブランドとの差別化に苦労するケースが多いが、FTAによってサービスの差別化を図る可能性が生まれることから、こういった動向は「自社に影響ある変化」として峻別できるよう、今後も態勢を整えておく必要がある。

ルール対応・形成アプローチ(2):ルール形成

ルール対応・形成アプローチのうち、「ルール形成」は、「ルール」の構造を理解したうえで戦略的な渉外・ロビイングを実行するアプローチであり、いわゆるルール形成戦略である。

ルールと一口に言っても、規格、基準、規制とさまざまであるが、これらは、技術要件である「Standards」と、強制法規たる規制や罰則である「Regulations」に大別することができる。「Standard」単体ではビジネスインパクトを持たないが、「Standard」が「Regulation」に紐付くことで、ビジネスに大きな影響を持つこととなる。

例えば、EUが定めるエコデザイン指令(ErP指令)(「Regulation」)におけるエアコンの規制値導入の検討に際し、当初はエアコンの省エネ効果の評価方法は「定格点のみに拠る」とされていた。しかしながら、期間エネルギー効率化を得意とする日本企業が、ヨーロッパ拠点を通じて欧州委員会に働きかけを行った結果、季節ごとのエネルギー効率性を示す指標(「Standard」)がErP指令(「Regulation」)に導入された。仮に定格点のみに拠るという当初のルールが採用された場合、日本企業は、自身の強みを生かして他社製品との差別化を行うことが極めて困難となったであろう。

このように、自社に関係する「Standards」及び「Regulations」の整理・分析を行い、いかなるルールが自社に有利になるかを見極め、その後、同業他社や業界団体など仲間とすべき陣営を組み、世論、政治家等への訴えかけなどの戦略的ロビイングを行うこと、つまり「Standards×Regulations」戦略が、ルール形成戦略の核となる(図3)。

なお、このルール形成戦略は政府施策の新たな柱となっている。「『日本再興戦略』改訂2014」において、国際展開戦略の柱の一つとして、「日本企業の海外ビジネスを支える制度的基盤を整備するため、中国・ASEAN地域を中心に法制度整備支援を一層推進するとともに、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)等を活用しつつ、国際標準を各国の規制に紐づける『Standards×Regulations戦略』を推進する」ことが盛り込まれた。

グローバル通商・産業ルールは、グローバルビジネスの前提として、「従うべきもの」と考える日本企業が多い一方で、グローバルの常識では、ルールは、企業や政府の働きかけによって「形成・変更できるもの」と捉えられている。日本企業をルール対応型からルール形成型へ後押しすべく、経済産業省においても、新たにルール形成戦略室が立ち上げられており、官民を挙げた取り組みが加速しつつある。

図3:【ルール(規制・基準)とは】標準と規制の連携「Standards×Regulations」がルール形成の基本

*「標準」には、標準化機関・団体等が定める国際標準、地域標準、国家標準、民間標準(フォーラム標準、コンソーシアム標準)のほか、企業標準や法令に含まれる要件なども含む。
注:WTO・TBT協定において、強制規格は、technical regulations, 任意規格は、technical standards。 

まとめ

これまで4回にわたって見てきたとおり、世界規模で、かつてないほど広範かつ高インパクトなルール環境の変動が起っており、グローバルに展開する企業はもちろん、国内に事業主軸を置く企業も、自社の競争力に決定的な影響を受けることとなる。

本コラムにおいては、FTAに加え、基準・規制などを含むより広範なルールについて、事例を取り上げながら対応戦略をご紹介させて頂いた。

多くの日本企業がこれまで行ってきたように、ルールの変化を所与として受け止め、それに迅速・的確に対応するだけでは、日本企業が十分な競争力を維持することが困難になってきている。早期に効果の見込める関税削減アプローチから、自社の強みが生かせるルールを自ら作りあげていくルール形成アプローチまで、最新のルール動向を把握した上での戦略が今後のグローバル市場における生き残りの要となっていることを強調したい。

(参考)
「ルール形成に向けて(パンフレット)」(経済産業省通商政策局ルール形成戦略室)
http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade/rules.html

コラム情報

著者: デロイト トーマツ コンサルティング レギュラトリストラテジー
サービスリーダー  羽生田 慶介
シニアコンサルタント 白壁 依里 

2015.02.03 

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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