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統合報告の動向解説

企業の持続的な価値向上を実現するために

統合報告とは、企業の持続的な価値向上を実現するための課題の発見と解決に資する活動である。その枠組みは、従来の報告の枠組み(アニュアルレポートやCSRレポート等)より広範である。企業の長期にわたる価値創造の仕組みを包括的に説明するためには、情報を、財務情報・非財務情報、過去・現在・未来といった観点で区分せず、「統合」するプロセスが求められる。また、統合報告書とは、そのプロセスによってもたらされる、簡潔なコミュニケーション手段である。

統合報告に取り組む便益

現状、日本を含むほとんどの国で、統合報告書の作成は強制されていない。統合報告書の作成は任意であるにも関わらず、そうした国々でも統合報告書の作成に取組む企業が増えているのは何故だろうか。

 一つには、統合報告が提唱されてきた理由でもある、投資家の情報ニーズへの対応や投資家との対話の促進があるだろう。また、そうした外部に対する効果のほかに、統合報告というプロセスが、企業の価値創造能力をより高め、また、持続性をもたせることに繋がるという経営面の効果が、パイロットプログラム(後述)に参加した企業による発信を通じて、具体的な事例として提示され、意識されるようになってきたこともあると思われる。

 企業の価値創造プロセスを説明するには、理念や目的、外部環境との相互作用、リスクと機会、ビジネスモデル、戦略、事業活動に投入される様々な種類の資本などを、それぞれの関係性を含めて理解することが必要となる。統合報告のプロセスは、自社の事業活動についての理解を深め、強みや弱みを再認識し、時には、経営資源の配分を見直すキッカケにもなる。

 IIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)も、統合報告の便益として、以下のような投資家との関係や組織内部への効果があげられている。

 

ビジネスにおける便益

●事業戦略、及び市場の期待と要求の変化に対するビジネスモデルの対応力をより明確にする

●財務資本の提供者との対話をより良くする

●縦割りの組織である部門を越えた協力体制を構築する

●より円滑な社内業務

●資本コストの低下

 

投資家における便益

●組織の戦略、ガバナンス、実績とビジョンがより明確につながるため、投資家は種々の要因が企業に与える複合的影響を効率的に評価できる

 

戦略アプローチからの統合報告

●経営者が考える重要なリスクと機会に関し、投資家はその短・中・長期的な影響を評価できる

●効果的な資本配分ができ、より良い長期の投資収益をもたらす

 

 上記のように、IIRCは、報告書の作成者である企業や組織だけでなく、報告書の読み手である投資家の便益もあげている。この点に少し注目して考えてみたい。

 統合報告の主たる目的は、投資家等の財務資本の提供者に企業の長期的な価値創造プロセスを説明することである。つまり、企業がいかに、企業を取巻く環境とその影響を理解した上で業務を遂行するかを明確にすることである。IIRCの<IR>フレームワークでは、事業活動に投入される資本として、6つの資本をあげている。6つとは、財務、製造、知的、人的、社会・関係、自然資本であり、伝統的な財務報告の資本より遥かに広い資本の概

念を採用している。しかし、統合報告は社会や自然への貢献を軸とした社会貢献に則った経営報告を求めているわけではない。

取組み企業の概観-パイロットプログラム参加企業

 実際に統合報告に取り組んでいる企業の声はどうであろうか。

 IIRCは、統合報告の開発にあたってパイロットプログラムへの参加を奨励している。パイロットプログラム参加企業から得られる知見は統合報告の基礎となるフレームワークの開発に反映される。

 2011年10月に始まったこのパイロットプログラムは、企業ネットワークと投資家ネットワークから構成され、23カ国の様々な業種から70社以上の企業等と25社の機関投資家が参加した。現在、25カ国から100社を超える企業と36社の機関投資家を含む投資組織が参加している。地域別では、欧州企業が約半数を占めており、経済規模に比して北米の参加企業が少ない。業種別では、金融、エネルギー、サービス業が多くなっている。なお、日本の企業で参加しているのは大手製薬企業など4社であり、機関投資家は2社が参加している。

 IIRCが発行しているパイロットプログラムのイヤーブックには、これらの参加企業からのフィードバックやケーススタディが掲載されている。「統合報告書を発行し投資家からよい反響があった」、「統合報告に取り組むことで、今まで気づかなかったシナジー効果を認識できた」など、IIRCが考える統合報告の便益に関してのポジティブな意見が紹介されている。投資家の声も記載されており、「企業の実績、リスク、戦略やビジネスモデルなどを包括的に取り扱っているためこれまでの企業報告を超えている」といったポジティブな意見や、投資の意思決定の鍵となる各種情報の結合性といった、統合報告に期待していることなども紹介されている。

制度化の動向(1)

 南アフリカのヨハネスブルグ証券取引所においては、2010年から上場会社に統合報告書の作成を義務付けているが、ほとんどの国ではまだ統合報告書に対する制度化は進んでいない。しかし、それが意味するところは統合報告に対して否定的ということではなく、むしろ、各国の非財務情報への開示要求・制度化の動きは統合報告へと繋がっていく可能性がある。

 EUでは、欧州委員会が会社法指令を現代化するための改訂が継続して行われている。2003年の改訂では、環境と従業員に関する開示規定が盛り込まれ、2006年にはコーポレート・ガバナンス報告書の導入などの改正が行われた。さらに2013年に公表された改訂案では、一定の大規模会社(従業員500名超)は、環境、社会、従業員に関する問題、人権尊重、腐敗・贈収賄、取締役の多様性に関する諸問題に関して、その方針、リスク及び結果を含む、情報の開示規定が盛り込まれている。また、公開会社の場合は、取締役の多様性について、年齢別、性別、地域、学歴や専門性といった具体的な情報が明記されている。

 英国においては、2006年会社法において、取締役報告書において事業概況(Business review)を開示することが規定された。英国での2006年会社法はEUの会計現代化指令(2003年改訂)を国内法化したものである。2013年の改正では、その事業概況に代わって「Strategic repor(t 戦略報告書)」を作成することが規定された。Strategic reportでは、事業概況で求められていた事項に加え、会社の戦略及びビジネスモデル、人権問題や地域社会の問題への対応、従業員(男女)多様性の取り組み、に関する記載が新たに求められている。

 米国では、2012年にドッド・フランク法において紛争鉱物に対する開示が求められた。2013年12月には、新興企業に対する非財務情報開示のあり方を検討するため、SECは公開会社の開示規則S-Kに関するスタッフ・レポート(Report on Review of Disclosure Requirementsin Regulation S-K)を連邦議会に公表した。また、民間の動きとして、2014年1月に、米国の非営利民間団体であるSASB(サステナビリティ会計基準審議会)とIIRCが互いの活動に関して協力、協調、連携する旨の覚書(Mou)を交わしている。SASBは、米国の証券取引所に提出される財務書類に適用されるサステナビリティ情報の開示基準の設定を目的として、業種別のKPI開発等を行っている。

 国際的な組織としては、2013年2月にIASB(国際会計基準審議会)とIIRCは統合報告フレームワークの開発に関して、双方の組織が協力関係を強化する内容の覚書(MoU)を交わしている。

 このように世界各国で企業情報開示制度における非財務情報開示の制度での動きが見られる中、日本では、どのように非財務情報の開示を充実させていくのかについての議論がなされてきている。経済産業省は2012年7月に、企業と投資家が、企業価値の向上に向けた対話や開示のあり方を検討、調査、提案する場として「企業報告ラボ(The Corporate Reporting Lab)」を設置した。

制度化の動向(2)

 現状、日本では非財務情報に関する開示については各種のガイドラインが設けられているものの、そのほとんどが任意開示となっている。

 統合報告書の制度化について、各国がそれぞれの事情に合わせて自主的に判断していくことが望ましく、必ずしも制度化を急ぐことは適切ではないとするのがIIRCの考えである。日本国内でも、統合報告を自主的に活用していくことが望ましいという意見が多い。

 このような中で、制度における対応を提言している高崎経済大学の水口教授の考えを紹介したい。水口教授は「有価証券報告書による開示が法定されている理由が投資家の適切な判断に資する情報を提供することで投資家を守るためであるとするならば、統合報告は開示という制度化の中に組み込まれていくことになるだろう」と述べている。投資判断の基礎となるのは情報であり、投資家向けの情報として開示されている報告書として有価証券報告書がある。有価証券報告書の記載内容は金融庁が所管する「企業内容等の開示に関する内閣府令(企業内容開示府令)」によって規定されているため、有価証券報告書の中に環境や社会の要素を組み込むように企業内容開示府令の一部を改正してはどうか、と提言している。

 この提言の背景には、価値創造プロセスにおける価値とは財務資本のみならず自然資本や社会関係資本をはじめとするあらゆる資本が蓄積されること、所有している資本のみでなく、自然資本や社会・関係資本が増えることも価値であること、そして社会で共有している財産は企業にとっての価値でもあるとの前提がある。その上で、この社会全体の価値創造の観点から投資判断をする行動原理を浸透させるツールとしてすでに制度化されている有価証券報告書の開示制度を利用するため、企業内容開示府令の一部改正し、非財務情報の一部に経営者の統合思考に対するコミットメントを組み込むことで統合的な報告書に近づいていくことができるとしている。

 開示制度の役割を考えると、制度において開示を担保することが必要な情報もあるとの水口教授の主張には説得力がある。有価証券報告書の開示制度の目的が、企業情報から財務諸表、注記までが一体となって財務報告の目的を果たすことで投資家を保護するものであるならば、その中で財務情報のみならず非財務情報と企業価値創造との関係を捉えることで、将来の企業価値創造の観点から投資判断をすることも可能であると考えられるためである。一方で、企業が独自に工夫して開示していくことで、自社の特徴をよりよく伝達することが可能となる。他社との差別化要因ともなり、作成のインセンティブが働くであろうことは否めない。

 そこで、どこまで制度化に組み込むか、すなわち財務情報と非財務情報のどちらかを主体として制度化を考えるかが問題になるが、この点、統合報告や非財務情報の重要性がいまだ経営者に浸透していない点や、各キャピタル(資本)の明確な認識が容易ではない点に鑑みれば、財務情報を主体としていくことが現実的かつ効率的であると考える。世界の開示動向に目を向けつつ、重要度に応じて非財務情報開示の拡充を徐々に図り、実務を積み重ねる中で、価値創造についての理解が共有され、社会全体で効率的な投資判断が可能な仕組みが構築されることを期待したい。

統合報告の背景

 非財務情報の開示は、統合報告とどうつながっているのだろうか。

 <IR>フレームワークを開発したIIRCの生い立ちを見てみよう。IIRCは、2009年9月にA4S(The Prince’s Accounting for Sustainability Project)とGRI(Global Reporting Initiative)が開催した会議で設立が決定された。会議には企業や投資家のみならず、会計士団体や会計基準設定団体、国連機関なども参加した。

 A4Sは持続可能な経済の発展のために2004年に英国チャールズ皇太子により開始されたプロジェクトである。企業行動による環境、社会、経済への影響を企業や組織の意思決定、会計および報告に統合する実例を示し、その課題に対するシステムや実務的ガイダンスやツールを開発している。GRIは米国の非営利組織に端を発し、2002年からは国連環境計画(United Nations Environment Programme)の正式な協働団体として活動している。サステナビリティ領域における先駆者で、持続可能性報告におけるフレームワークの開発・改善を推進するとともに、世界各地での実務的な適用に貢献してきた。

 A4SとGRIが前記の会議を開催したのは、財務情報とサステナビリティ情報(または非財務情報や環境的側面、社会的側面、ガバナンスに関する報告)を統合する必要性を議論するためだった。その背景には開示情報が増加し、重要な情報が埋没している状況に対する懸念が高まっていたことも大きいとみられる。先に述べたような英国の会社法の改訂やEUでの会社法指令の現代化などによって、非財務情報に関する情報開示がそれまでとは格段に増加していた。そのため両組織は、統合された報告のためのフレームワークの開発とその監督のためにIIRCを設立するという合意に至った。

国際統合報告フレームワーク( Framework)の開発

 2010年8月にI I R C(International Integrated Reporting Committee、国際統合報告委員会。後にInternational Integrated Reporting Council、国際統合報告評議会)が設立された。IIRCは、企業、投資家、証券監督当局、会計基準設定団体、会計士団体、NGO等の約40名のメンバーで構成されている。このCouncilは、IIRCの上位代表者として、IIRCの任務や体制、活動に対して助言を与える責任を担う。日本からは、東京証券取引所斉藤社長がCouncilのメンバーになっている。また、日本公認会計士協会(JICPA)の常務理事と研究員がワーキンググループとテクニカルタスクフォースのメンバーとなっている。

 2010年のIIRC設立後、2011年9月に国際統合報告フレームワーク開発に向けた最初の提案であるディスカッションペーパーが公表され、2012年11月のプロトタイプフレームワーク、2013年4月のコンサルテーションドラフトの公表を経て、2013年12月に国際統合報告フレームワークが発表されるに至った。

 今後は、フレームワークの開発を中心とした活動から、世界各国、各企業への周知、適用により重点を置いた取組みが進んでいくだろう。

 デロイト・オランダの報告書において、IIRCのドラッグマンCEOも述べているように、フレームワークについても、今後も、さらに、深い議論が必要である。パイロットプログラムの期間を2014年までの3年間に延長した理由も、実際にフレームワークを参加企業に適用した上での改善の余地を把握し、さらに進化したフレームワークのバージョンを新たに公表することを目的としていることにある。

 国際統合報告フレームワークは今後、実務の蓄積を踏まえて、より企業に適用しやすいものに発展していくことが期待される。

 統合報告書の制度化は、現在のところごく一部に限られている。しかしながら、IIRCのパイロットプログラムには、世界の名だたる企業が統合報告に挑戦を続けている。統合報告書が単なる報告書ではなく、統合報告というプロセスから生み出される影響が、事業の遂行にあたって有益であるとの認識が拡がってきている。今後、統合報告に取り組む企業の数はさらに増えるであろう。統合報告の「プロセス」を重視するのか、統合報告書の「作成」に集中するのか、入り口はどちらでもよいが、それらの取組みは、組織に大きな便益をもたらすことになるだろう。

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