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デジタル時代のM&A戦略 第1回

M&Aを持続的な成長につなげていくためのChronosモデル

企業のビジネス拡大、新規事業創発にテクノロジーは不可欠な要素であり、M&Aをはじめとするインオーガニックな手法でケイパビリティー獲得を目指す企業が増えている。デロイト トーマツでは、テクノロジーをテコとした、成長戦略からケイパビリティーの獲得、事業遂行と定着までの一巡のプロセスを「Chronosモデル」として定義している。本稿では、非連続なケイパビリティー強化に向けた要諦を解説する。

デロイト トーマツでは、長年の様々なプロジェクト経験から、「M&Aの成功の可否は日ごろの組織的準備にかかっている」と一貫して主張しています。すなわち、ディールをしていない日常(オフ・ザ・ディール)の時から、ディールを進める時(オン・ザ・ディール)に備えた準備が必要であることを示唆します。デロイト トーマツでは、テクノロジーをテコとした成長戦略からケイパビリティーの獲得、事業遂行と定着までの一巡のプロセスを「Chronosモデル」として定義しており、このモデルに即して非連続なテクノロジーケイパビリティー強化に向けた要諦を解説します。

 

Chronosモデル

Chronosモデルとは

M&A(Mergers & Acquisitions、合併・買収)も選択肢としながら、テクノロジーをテコにしてビジネス成長を実現しようと考える企業が向き合うことになる経営課題をデロイト トーマツでは以下に示す、Chronosモデルとして定義しています。このモデルでは、企業がM&Aプロセスを交えながら、自社のビジネス及びIT(Information Technology、情報技術)を強化していくフェーズの変遷を時計の時刻に見立てています。

クロノスモデル
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Chronosモデル

 

Growth By Digital

自社のビジネスが目指す姿の実現を効果的にサポートするIT・Digitalの在り方を戦略として論じるフェーズを指しており、テクノロジーを駆使して成長するための戦略を構想する旨を表現する意図でGrowth by Digitalと名付けています。昨今Technologyの進化が加速度的に進む中、経営に活かすケイパビリティーの強化のスピードも同時に要求されています。これまでの日本企業の業務部門とIT部門の機能分掌に囚われず、限られたIT・デジタル人材をどのように確保、定着し、経営戦略とIT戦略をより融合させ、その実行性をいかに高めるかが、経営に求められています。

 

Transaction

戦略実行手段の一つとしてM&Aを採用した場合に必要となるM&A交渉に伴うタスク(作業)を遂行するのがトランザクション(M&A取引)です。

近年に至るまで、M&Aは一般的な企業のライフサイクルにおいて、日常のイベントではありませんでした。そのため、ひとたび、M&Aを企図した際に、経営陣の思惑通りにM&Aを遂行し、成功裡に終えることができている例は実は多くありません。ですが、一般に企業統合プロセスにおいて、最もコストを要し、最も統合効果を顕著な形で享受可能な領域はITであり、M&A巧者の多くはM&Aプロセスを効率的に進めるためのある種の型を持っています。

ビジネス部門とIT部門が寄り添って十分な検討を重ね、革新的技術の活用による変革をビジネスに提言する形で、共有された目標の実現に向かってディールが遂行されるかどうかがポイントとなります。

 

IT PMI

M&A契約の成立を契機として発生するIT PMI(Post Merger Integration、M&A後の統合プロセスにおけるIT統合)フェーズを指しています。

デロイト トーマツはこれまで数々のM&A案件を支援しており、これらを通して蓄積したノウハウから、企業買収によって創出されるシナジーの大部分はITが直接的、間接的に関係していることがわかっています。すなわち、M&Aの成否を決めるのは、IT施策であるといっても過言ではないのです。

ITによるシナジーの源泉には、「ITのスタンドアローン化や統合」「ITコストの削減」といったM&Aにおいて検討の俎上に挙がりやすいテーマに加え、「ITガバナンスの強化」「ITアーキテクチャーの標準化」「サイバーセキュリティーの強化」「デジタルショーケースによるレバレッジ」などが挙げられます。

昨今のDX潮流においてIT施策の重要性はますます高まっており、そもそも、M&Aの目的自体がITケイパビリティーやITを活用したビジネスの展開力の獲得へと変わってきている状況も散見されます。もはや、IT統合を抜きにはM&Aを語れない、といった様相を呈していると言えるでしょう。

 

Restructure

IT PMIフェーズが一段落し、M&Aを通じて獲得したリソースやケイパビリティーを平時の取り組みとして、維持・強化を図るフェーズです。次なる戦略の実行に向けて準備するという意図を込めて、リストラクチャー(Restructure)と表現しています。

IT組織は一般に、ITに関連する企画・開発・保守運用・統制など機能を有しています。また、これら全ての機能が自社企業内に配置されていることはまれで、社内情報システム部門(以下、IT部門)や情報システム子会社、および社外の情報サービスパートナー企業などから提供されているのが通常です。こうした現状を前提として、市場からのデジタル人材調達、もしくは内部人材の育成による次世代のデジタルケイパビリティーの獲得を経て、デジタルサービス開発機能、プロトタイプ開発機能などを新たに具備していくことが期待されます。

 

継続的な成長を支えるChronosモデル

Chronosモデルは、一つのM&A 案件の構想から実行、成果の享受に至るまでをGrowth by Digitalからリストラクチャーに至るサイクルとして構成します。実際に経営活動においてChronosモデルを活用すると、通常、1サイクルを経るごとに事業は拡大し、扱うべきテーマも高度化、複雑化していきます。1サイクルを終えた後はまた、次なる成長を狙い新たなサイクルを始める、という不断の取り組みが、将来に渡る成長の蓋然性を高めるうえで効果的なアプローチであることを強調しておきます。Chronosモデルで示される経営課題を、徐々に検討範囲が拡大していく螺旋構造として捉え、中長期の時間軸で自社のイニシアティブを構想することで、大局観を持って自社の現在の立ち位置や次の手を捉えることは有意義です。

M&Aを通じた持続的な成長の実現
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M&Aを通じた持続的な成長の実現

 

求められる、経営者のコミットメント

現代の企業活動におけるデジタル技術の理解・活用の必要性、自社に不足しているケイパビリティーをアライアンスやM&Aで補完することの有効性を「Growth by Tech」「トランザクション」「IT PMI」「リストラクチャー」の4つの象限で示しましたが、Chronosのサイクルを回しながらM&Aによる効果を享受し、持続的に成長していくための最大のポイントは、平時から変革への備えをすることです。

M&Aとデジタル技術を最大限活用し経営戦略に昇華させていくためには、単に統合後のIT基盤を整備するだけでは不十分であり、経営意思決定や現場業務のプロセス・ルールを見直すことや、新しいプロセス・ルールに適した組織・人材を検討し、実現していくことが必要です。そのためには、従来のような業務改革プロジェクトやIT基盤刷新プロジェクトという位置づけではなく、「全社変革プロジェクト」という位置付けでトップマネジメントが自ら、痛みが伴う変革の長い道のりを一歩ずつ歩み、自社を目指す姿へと導いていかなければなりません。

 

最後に

M&Aを持続的な成長につなげていくためのChronosモデルを元に、M&Aのライフサイクルの各局面においてITを経営・ビジネスにどのように落とし込んで行くかの概要について触れてきました。次回以降、「Growth By Digital」「Transaction」「IT PMI」「Restructure」の各局面の要諦について解説します。これらのライフサイクルを一巡し、M&Aを起点としたIT・Digitalの活用に関して読者の課題解決の一助になれば幸いです。

 

執筆者

中村 裕輔 / Yusuke Nakamura
デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー

日系SIer、DX関連のベンチャー企業役員を経て現職。製造業を中心に、業務改革・基幹システム刷新、IT中期計画・DXロードマップ策定等のプロジェクトを多数リード。新規DXサービス企画・開発・立ち上げも実施。
近年は、非IT企業のデジタルビジネストランスフォーメーションを推進するための戦略策定案件を中心に従事。
 

桐山 千佳 / Chika Kiriyama
デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー

製薬/Tech/エネルギーやスマートシティ事業を行う企業・地方公共団体等、幅広い業種での新事業立ち上げにおいて、戦略策定から実行局面まで支援。新市場参入に伴うパートナリング戦略策定、事業運営/IT組織設立構想、新会社設立支援等。

 

※ 所属・職位は執筆時点の情報です。

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