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連載【保険ERM基礎講座】≪第12回≫

「不確実性とERM(その3)」

近年、企業経営を取り巻く環境が大きく変化し、リスクが複雑になりつつあります。デロイト トーマツ グループでは、保険毎日新聞に保険会社におけるERMつまり、「保険ERM」を分かり易く解説した連載をスタートしました。(執筆:有限責任監査法人トーマツ ディレクター 後藤 茂之)

出典:保険毎日新聞(3月17日発刊号)

≪第12回≫ 不確実性とERM(その3)

1. リスクの質について

リスク研究の領域には、リスクの量と質の両面がある。近年ERMにおいては、量的側面の強化が進められた。つまり、確率論、統計学を使ってリスクを計測し、コーポレートファイナンス理論も踏まえ、リスクアペタイト・フレームワークと資本配分、財務健全性の確保、資本効率を追求する統合管理態勢の整備である。しかし、リスクの複雑化・グローバル化に伴い、定量化しえない要素についてそれを補完する意味で、ストレスシナリオに基づく定性的アプローチの充実に関心が高まっているのも事実である。一方、われわれの価値観も多様化し、リスクに対するアプローチも多様化している。その意味で、リスクの質的側面への留意も必要になっている。保険制度は、契約者に経済的補償・保障を提供するものであると同時に、契約者に安心を提供するものでもある。

2.リスク社会という視点

われわれの生活空間を考える場合、経済という限定された領域のみではなく、より広い社会という視点からみる必要がある。なぜなら、特に家計について考えてみるなら、保険が対象としているリスクは、生活の安心、豊かさに影響が大きい。経済学が想定している世界では、成果やリスク等を金銭価値に置き換える、あるいは置き換えられるものとみなしている。そうすることによって経済的尺度で統一し、意思決定に整合性をもたらしうる利点がある。しかし、社会的影響や生態系といった複雑な相互体系にかかわるリスクを考えた場合、社会的文脈からその影響を検討する必要があり、人の健康、文化、幸福に関する評価や判断は必ずしも経済価値のみで十分測れない複雑な要素を持っている。社会学では、技術的「安全」と社会的「信頼」をとおした「安心」の確保を重視する。信頼には、主観的要素も多々入ってくる。

3. 非知という概念

ベックは、「現代的リスクは、環境汚染、薬害、コンピュータウィルス等直接に知覚できないもの(「非知のリスク」)に向かっている」と指摘している。ニコラス・ルーマンは、豊な社会では生活の自由さや快適さを確保する欲求が高まり、これが侵されることに対する不安意識から安全・安心に敏感になっている。また、小松丈晃 (※)が説明するように、ルーマンは、個人は、多様な諸個人とのコミュニケーションをとおして、社会の中の諸機能システムへと関与し、社会システムに対してたえず新たな自己更新能力を提供している、と考え、リスクを「危険」や「安全」に対比させるのではなく、社会システムにおける「決定」のプロセスに関連づけて捉えようとする。

4. リスクコミュニケーション

社会に大きく影響を及ぼすリスクへの対処する場合、社会的コンセンサスが重要になる。リスクに対する不適切なコミュニケーションは、相互信頼を損ね、求めている相互の価値を毀損させる恐れがある。価値観の多様性の影響だけでなく、コミュニケーションの主体者が陥りやすいバイアス、例えば、発信者は、自分の考え方が一般的であると考えたがる傾向や、受信者側も、自分の枠組みで相手の発信内容を理解しようとするバイアスに陥りやすい。リスクに関する議論において、リスク評価とリスク認知が混在する場合もありうる。例えば、「たぶん起こりそうだ」、という同じ表現を使ったとしても、各人のイメージは同じでないことが多い。また、確率的な数値感と個々人のイメージとの乖離も存在するだろう。これまで整理してきたように不確実性に関連する概念も図表のように多様である。

(※)小松丈晃『リスク論のルーマン』2003年、勁草書房

 

※つづきは、PDFよりご覧ください。

(PDF、1,543KB)

リスクに関する諸概念

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デロイト トーマツ グループでは、保険ERM態勢に関し、基礎的な情報提供から、各社固有の問題解決まで幅広く関わり、Deloitte Touche Tohmatsu Limited(DTTL)のグローバルネットワークを駆使し、最新の情報と豊富なアドバイザリーサービスを提供します。

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