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連載【保険ERM基礎講座】≪第14回≫

「資本とERM(その2)」

近年、企業経営を取り巻く環境が大きく変化し、リスクが複雑になりつつあります。デロイト トーマツ グループでは、保険毎日新聞に保険会社におけるERMつまり、「保険ERM」を分かり易く解説した連載をスタートしました。(執筆:有限責任監査法人トーマツ ディレクター 後藤 茂之)

出典:保険毎日新聞(4月14日発刊号)

≪第14回≫ 資本とERM(その2)

1. 資本循環と資本コスト

コーポレートファイナンスは、19世紀の終わりごろから株式会社のファイナンスに関する意思決定問題を研究する領域として発展した。コーポレートファイナンスでは、事業活動の元手となる資金に着目する。すなわち、企業は、その活動に伴う資金を資本市場や金融市場から調達し、企業活動を順調に進め、利益を獲得し、一部を配当で株主還元する。一部を自己資本として内部留保し、企業価値を拡大していく元手にするといったように、企業と資本・金融市場との間の資金循環をスムーズにするための条件として、「資本コスト」は重要な役割を果たしている。資本コストは、投資家にとっては、今回の選択をしたために、その他の潜在的リターン獲得の可能性を失うという意味で機会費用(opportunity cost)の意味を持つ。一方、保険会社にとっては、リスクテイクの担保である資本を確保するためにも、事業収益が資金提供者の要求するリターンを満たすかどうかの基準として重要であり、保険会社が投資の選択を行うためのハードル・レート(hurdle rate)として機能することとなる。つまり、同指標は、投資家が要求する最低限のリターン水準(期待収益率※1 )であり、その確保を目指して取られる投資行為が資本・金融市場の均衡へと導くものと考えられている。リターン、リスク、資本を統合的に管理しようとするERMにとって、企業の持続的成長のための資金の安定的循環にとって重要な指標と位置づけられる。資金調達には、銀行借入、普通社債、新株予約権付社債、普通株式などの手段がある。資金を提供する者の期待リターンは、企業への請求権の強さを示す支払順位(seniority)や償還、転換権などの条件に応じて変化する。投資判断が、企業の生み出すキャッシュフローを資本コストで割り引いた現在価値を重視しているものと、経営者が、投資家の期待する収益率を踏まえて、戦略を立てる、資本・金融市場での均衡につながる投資家の行動原理と合致し、企業活動のための資金循環を確保しやすくなるはずである。つまり、コーポレートファイナンスは、市場の論理や投資家と経営者をつなぐ枠組みを提示している。

2.資本効率の指標

保険ERMにおけるリスクアペタイト・フレームワークには、資本効率をモニタリングする指標として、収益性を配賦資本に対する比率で計測するためのリスク調整後資本収益性率(Risk Adjusted Return on Capital:RAROC )と、資本コストを考慮して収益の絶対額で計測する株主付加価値(Shareholder’s Value Added:SVA※2 )の2種類の指標が使用されることが多い。ポートフォリオ理論が説明するような最適な期待収益率と、比率で表現するRAROCは、親和性が強いため好んで使用される。しかし、RAROCのみを用いる場合は、収益率の最大化を求めるために分母である配賦資本を縮小させ、縮小均衡に陥る場合があるため、企業価値の最大化を追求するために、絶対額に関する指標を合わせて使用するのが普通である。金融危機においては、金融指標が強い正の相関で動くといったシステミックリスクが発生した。このような低頻度高額損失事象をどのようにモデルに取り込んでいくかによって、リスク、期待リターンの数値も変化する。

3. 保険会社の運用

保険会社の資産運用は、投資家が一般に行う行動とは違いがある。保険契約者から預かっている保険料を、保険金支払いまでの間健全に運用・管理するという目的を持っている。また、保険負債のキャッシュフローの特徴も意識すると、保険会社による現実の資産運用は、前述のポートフォリオ理論が想定している程の自由度はない。資産・負債両面の管理を意識した管理(Asset Liability Management: ALM)が重要となる。このため、通常の運用方針は、保険負債に対応した部分と、純投資とに分けて行われる。前者では、負債のキャッシュフローに合わせた資産のキャッシュフローを構成することにより、保険金支払いのための流動性と将来の金利変動リスクを管理する。後者では、ポートフォリオ理論も踏まえ運用戦略を策定する。ただ、現実の制約としてのALMや営業関連の要請から政策株を保有するなどポートフォリオ理論から乖離する要素が存在するのも事実である。

(※1)期待収益率は、企業が生み出す収益率のあらゆる可能な結果の加重平均として計算される。
(※2)「利益-リスクの担保となる資本×資本コスト率」で計算される指標。

 

※つづきは、PDFよりご覧ください。

(PDF、1,668KB)

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デロイト トーマツ グループでは、保険ERM態勢に関し、基礎的な情報提供から、各社固有の問題解決まで幅広く関わり、Deloitte Touche Tohmatsu Limited(DTTL)のグローバルネットワークを駆使し、最新の情報と豊富なアドバイザリーサービスを提供します。

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