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病院施設を更新する際に考慮すべきこと

-安全性と事業継続性の高い長期建物利用計画についてー

病院施設は長期的に高い安全性と事業継続性を担保し、役割の変化に柔軟に対応可能であることが重要となり、それに沿った建物利用計画の立案が求められます。 本記事では、一級建築士の建築コンサルタントが、長期的な視野に立った病院整備の更新における課題とポイントをご紹介します。

はじめに

医療における2025年問題を迎えるにあたり、地域医療構想が策定されることで、地域の医療ニーズに合った病床機能転換が進んでいくことが予想される。その一方で、多くの病院施設は老朽化が進み耐震化率も低いことや、近年発生した大地震などの災害時において瞬発的に多くのニーズへの対応が求められたことから、病院の医業継続性は地域にとって非常に重要なものとなっている。病院施設の耐震性の高さが益々注目され、老朽化した病院においては建替えへの関心が寄せられている。

 

病院施設の医業継続性

災害時における医療ニーズの例を挙げてみる。阪神・淡路大震災の経験を基に災害時医療は、軽微な怪我であれば医療救護所(避難所となる小中学校の保健室など)でケアを行い、重傷者に対しては災害拠点病院にてケアを担うという2段階の対応が設定された。しかしながら、東日本大震災の発生直後においては、災害拠点病院のほうが医療設備が整っていることから、多くの患者が医療救護所ではなく災害拠点病院に集まってしまったようである。また災害拠点病院の中には津波や損壊などの被害を受け、患者はその他の病院にも集まってしまったと言われている。

上記より、病院は災害時において平時以上の医療ニーズがあり、その上災害時は平時に比べ対応能力が落ちるので、いち早く医業継続能力を取り戻す計画(MCP:Medical Continuity Plan)が求められる施設である(図1)。

今回は、MCPの中でもとりわけ重要となる、地震時における建物の建築構造について課題とポイントを紹介する。

病院施設の医業継続性(図1)
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地震時に有効な建築構造とは

現行の建築基準法における耐震設計は、震度5強程度の稀な地震(以下中地震)に対しては建物が損傷しないこと、震度7程度の極めて稀な地震(以下大地震)に対しては建物が崩壊しないこと(=人命を救うこと)を最低限の基準を定めたもので、用途を問わず建物全般に求められている性能である。上述のように病院施設はその継続性が重要で、大地震が来たときの事業復旧性について別途考慮する必要がある。大地震が来ると、医療機器や電気・水道といったインフラが機能しなくなったり、建物の損傷が顕著となり、棚などが倒れ、医療行為に必要なスペースの確保が困難になることが予想される。

以上のことを考えると、事(医)業継続性が強く求められる病院施設に最も有効な建築構造として、「免震構造」(図2)を提案したい。免震構造とは、建物の下に積層ゴムなどの免震装置(図3)を設置することで、地面と建物を切り離し建物の地震による揺れを大幅に減少させる構造である。免震構造を採用し建物に加わる力や揺れ方を制御すれば、大地震が来たとしても建物の倒壊を防ぐことはもちろんのこと、設備等の損傷や棚の転倒による物の散乱も減少されるので、地震発生後の医療行為に必要な環境が確保しやすい。

地震時に有効な建築構造とは(図2)
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地震時に有効な建築構造とは(図3)
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さらに、建物自体がプレストレストコンクリート(PC)※などの強固な部材で構成されると、より地震の力に対して強くなり、建物の損傷は発生しにくくなる。上記の免震装置と組合わせることでその効果が増すことから、近年病院の新築や建替えにおいて採用事例が増えている。現行の耐震設計の考え方では熊本地震のように数回に渡り連続して大地震が発生した場合は想定されていないため、現行の基準法に則って設計された建物も多大な被害を被ったものも多かったが、PCと免震装置の組合わせで設計された病院では当該地震に対してもほとんど損傷が生じなかったとの事例がある。

 PCや免震装置の採用で、大地震が発生したとしても建物の状態は地震前とほぼ同様の状態を維持できると考えられ、早期に復旧することが可能となり、修繕コストも抑制できることから総合的な建物の資産価値は下がりにくい。

※鉄筋に加え、PC鋼材というあらかじめ引っ張った鋼材を用いたコンクリート部材であり、鉄筋コンクリートの部材よりも丈夫な部材である。

その他の地震に対する建築構造として、建物の柱や梁のサイズを大きくしたり、建物材料を強度のあるものにして建物自体で地震に耐える「耐震構造」や、地震のエネルギーを吸収する装置(制振装置:図4)を建物に取り付ける「制振構造」がある。

制振装置(図4)
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上記の建築構造は、いずれも新築はもちろんのこと既存の建物に対しても適用可能である。既存の建物に対しては建物を使いながら、柱や梁等の補強、制振部材の取り付け、免震部材を建物の下に設置といった「居ながら耐震改修」が行える。病院を稼働させながら耐震性能を上げることができるので、改修時の機能移転も最小となり運営側にとっても大きな利点がある。また、これらの建築構造は前述の免震構造と比較するとコストが低く工事期間の短縮が図れることから取り入れやすい手法である。

他方、上記の構造は免震構造のように地震の揺れそのものを大きく抑えることは難しい。あくまでも、建物が地震が起きたときに崩壊しない対策であり、家具の転倒などを引き起こす建物の揺れ方までは制御できない。したがって、これらの構造を採用する場合は、家具の転倒防止対策や避難経路及び医療行為用スペースの確保など、MCPへの備えをより一層検討する必要があるだろう。なお、 建物内の家具類に関する転倒や移動の対策方法は、東京都消防庁のHPに詳細が掲載されているので、併せて参考とされたい。

建物のコストは長期的視野を持つことが重要

建物の新築から、解体までにかかる生涯費用(ライフサイクルコスト)は、建物を建てるための初期費用(イニシャルコスト)と、建物を運営・維持管理するための費用(ランニングコスト)に大別される。図5はこれを氷山の一角と模したものである。一般的に、イニシャルコストはライフサイクルコストのうちの17~25%であり、ランニングコストは、ライフサイクルコストのうちの75~83%とされている。つまり、建物を運営・維持管理する費用は初期の建設費の約3~5倍かかるということであり、建物を建てる際にはこのライフサイクルコストを考慮することが重要である。とりわけ、病院のようにその社会的役割や地域からの要請で何年にも渡り事業を継続する必要性が高く、経営の安定性も求められる場合は、イニシャルコストとランニングコストにギャップがあることを計画当初から考慮する必要がある。

建築構造に着目して考えてみると、免震構造は耐震構造や制振構造に比べてイニシャルコストは高いと言われるが、長期修繕の費用などを考えるとコストメリットが高い建築構造である。図6は、耐震構造(上)と免震構造(下)の50年のライフサイクルコストを示している。30年目に大規模な修繕が行われると仮定すると、30年目の工事費用は耐震構造のほうが多くなっている。特に地震リスクの観点で考えた場合、免震構造の方がはるかにスペックが高く、災害時の躯体や内装材並びに什器・備品の破損等の費用、病院運営に係る費用を抑えることができ全体費用が少なくなることも多い。このように長期的視野で建物の構造や計画を決めるということが、非常に重要であると言える。

建物のコストは長期的視野を持つことが重要(図5)
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建物のコストは長期的視野を持つことが重要(図6)
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長期利用や機能転換を見据えた可変性のある設計

技術の変化や社会制度の変更などによって、病院の機能や役割というものは変化していく可能性がある。そのため、病院建築はこれらの変更に対応できるような建物であることが必要と言えるだろう。

「スケルトン・インフィル」という建物構法をご存じだろうか。これは、柱や梁といった骨組み(スケルトン)と、間取りや内装など(インフィル)を分けて設計する建物の方式である。インフィルは梁や柱の間隔が広ければ広いほどより自由にレイアウトすることが可能であり、前述のPC部材などを用いると柱の間隔が10m以上の大規模で自由な空間が確保するできる。これにより、将来における病院の機能変更も対応が可能で、例えば各部門のレイアウトはもとより、既存の病棟機能に加え、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟を新設する、または病棟の面積を減らすといった用途の変更などである。

スケルトン・インフィル以外の建物は、既存の柱・壁などもあり容易に壊せない箇所も多く、病院の長期利用を見据えたレイアウト変更や機能変更といった大規模な計画変更は難しい。あらかじめ、様々な変更の可能性(可変性)を考慮しておくことで、建物を長く有効利用することが可能となる。

長期利用や機能転換を見据えた可変性のある設計(図7)
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長期利用や機能転換を見据えた可変性のある設計(図8)
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まとめ

以上のように、病院施設を更新する際には、その社会的な役割からも医業継続性や災害時の対応力の高さ、長期にわたる運営が求められる。社会情勢を踏まえ長期的な視点を持ちながら建物構造を選定する必要がある。

※DTPRSは構造設計一級建築士及び一級建築士による構造設計とコンサルティングを行っています。さらにデロイト トーマツ グループ内の医療コンサルティングチームと連携することにより、お客様の様々なニーズに対応できる体制が整っています。是非この機会にご活用ください。

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