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新人病院経理課長の1年(第5話)

今回のテーマ『月次経営管理 効果的な経営会議の実施』

病院の新人経理課長、等松太郎の視点を通じて、財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

新人病院経理課長の1年 (第5話) ストーリー

「我ながらよく説得できたな・・・」 なんとかレセプトの速報データを翌月5日にもらえる目途がついた等松太郎は1週間にわたる田中医事課長への説得交渉を振り返ってそうつぶやいた。医療法人トーマス(一般200床)へ入職した当初は黒々としていた頭にもちらほらと白いものが目立ってきた。

「あとはこれらのデータをもとに経営会議を効果的に実施する仕組みが必要だな。」そう呟きながら等松太郎は過去の経営会議がファイリングされた資料を探しまわった。

「石上さん、過去の経営会議がファイリングされた資料ってどこにある?」先日からいくら探しても見当たらなかったため、経理担当の石上にそう尋ねると、石上は黒縁眼鏡を押さえながら、自分の引き出しを開けて、等松太郎が探していた資料を無言で差し出した。

「そこかよ・・」 声にならない声をあげて等松太郎は石上からファイルを受け取ると、過去の経営会議資料に目を通した。

「そもそも、経営会議に提出するデータが多すぎるんだよ。かといって特に分析されているわけでもないし、結局、経営管理でなく、経営会議資料の作成が目的になっているんだよな。」医療法人トーマスの経営会議資料は新入院患者数や平均在院日数といった基本的な医事統計データだけでなく、項目別リハ件数や地域別救急件数など各コメディカルや救急隊データなどの多くのデータが集められている(図表1参照)が、経営会議では毎回データの説明に大半の時間を費やしている。

「以前にバランスト・スコアカード(KaplanR.S. and D.P.Norton “The Balanced Scorecard: Measures that Drive Performance”, Harvard Business Review, January-February, 1992.)の本を読んだときに、経営指標を“結果指標”、“先行指標”、“行動指標(パフォーマンスドライバー)”に分類していたな(解説1参照)。」

真っ黒になるまで読み込まれた本を机の上に取り出し、手慣れた手つきで該当する頁を開きながら、等松太郎はキーボードをたたき始めた。 
「当院の場合、紹介経路の入院患者数が減少しているから、この紹介経路をこの3つの指標で整理してみよう。ええっと、紹介経路患者数は紹介件数と入院化率(紹介件数のうち何人が入院につながったかの割合)に分解することができるな。この紹介件数はさらに、目的別紹介件数と受入拒否件数に分類することができるはずだ。」等松太郎が得意の独り言をつぶやきながら紹介経路入院患者数を図表2の形に分類していった。

「紹介件数を先行指標と考えれば、この先行指標を引き上げるためには当院の“認知を高める”指標としてクリニック等への訪問と“リピートを増やす”指標として返書管理の二つの行動指標に注目してみよう。当院の場合は、紹介してもらえる医療機関は多いけれど、1件当たりの紹介件数が少ないからリピート率を引き上げる返書管理の行動指標を重点管理指標とした方がいいな。」と相変わらずの独り言をいいながら等松太郎は分解した各指標のデータを経営管理資料と委員会の資料等から引っ張って入力していった。

「あれ、この委員会のデータと経営管理資料のデータと同じデータなのに、作成部署が違うな。」等松太郎は端末への入力作業の手を止めて、経営管理資料と委員会資料のデータの洗い出し作業を始めた。「どうやら異なる部署で同じ作業をしているものがかなりあるな。この作業を統一するだけで、作業負担がかなり減るはずだ。(解説2参照)」
 思いがけない業務改善の糸口を発見して上機嫌の等松太郎を、黒縁眼鏡を押さえながら、石上は不思議そうに眺めていた。

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアユニットが執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2009年から2010年まで連載されていた「病院経理課長の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

図表1:経営会議資料

図表2:各指標の考え方(紹介経路入院患者数)

図表3:経営管理指標の考え方

解説1 :効果的な経営会議の実施

1.経営管理指標の考え方

等松太郎は、現状の経営会議の問題点の一つとして、経営管理指標が整理されておらず、効果的な経営会議の実施ができていない点を挙げています。等松太郎が指摘するように医療機関では経営管理の指標について数値の羅列で終わっているものが多いように思われます。次頁に挙げている図表3のように経営管理指標を「結果指標」、「先行指標」、「行動指標」に整理したうえで、重点的に管理すべき指標を整理・分析し、経営会議で議論することが重要です。特に「先行指標」については、将来の損益(結果指標)に影響を与える重要な指標となりますので、この「先行指標」をいかに上げていくか、または下落傾向に歯止めをかけていくかについて、関連する行動指標とできる限り紐付けて対策を議論することこそ、効果的な経営会議の場といえるでしょう。

2.経営管理指標の集計

医療機関の経営管理指標は医事課で管理している医事統計データが中心となっています。ただその他、セラピスト一人当たりリハ単位数など各コメディカルが手作業で集計している経営管理指標も少なくありません。これらの経営指標については集計に時間がかかるものもあるため、重要な経営指標については集計作業の整理やシステム化等を検討する必要があります。

一方、医療機関においては、救急委員会などさまざまな委員会活動を実施しています。ただ委員会ごとに資料が異なっており、場合によっては同様の資料を別の担当者が作っている場合も散見されます。今回、等松太郎が指摘したように、各委員会で重複する作業を整理するだけで、作業負担が軽減化されるケースも少なくなく、また逆にいままで把握していなかった重要な経営指標が委員会資料に集計されている場合もあるため、経営管理指標を検討するにあたっては、委員会資料を含めて「誰が」、「いつ」、「どのように集計」しているかを把握することが重要となります。

連載目次

【第1話】「財務分析と会計基準
【第2話】「業務活動から会計処理」 
【第3話】「医療機関の月次作業
【第4話】「キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)
【第5話】「月次経営管理 効果的な経営会議の実施」※本ページです 
【第6話】「患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)
【第7話】「不正と内部統制
【第8話】「購買管理
【第9話】「実地棚卸
【第10話】「決算作業 1
【第11話】「決算作業 2
【第12話】「会計監査

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