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Industry Eye 第10回 メディア(前編)

M&Aが切り拓く日本のメディア企業の未来

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社のインダストリースペシャリストが各インダストリーを取り巻く環境と最近のM&A動向について解説する「Industry Eye」。今回から2回にわたって、インターネットの発達により変化し続けているメディア業界を取り上げます。国内外のメディア企業の事例や、業界のM&A動向を踏まえ、メディア企業の抱える課題とその解決策としてのM&A戦略について分析しています。

Ⅰ. はじめに

インターネットの発達を背景としたWEBメディアの登場により、メディア業界は大きく変化してきている。メディア各社はM&Aを活用しながら生き残りをかけた厳しい競争を行っている。

本稿では、まず「メディア業界」が如何に変容し、またどのようなプレイヤーが参入するに至ったかを整理する。次に激変する業界環境のなかでメディア企業が直面する課題とその対応策としてのM&A戦略をまとめる。

II. 拡大する「メディア」業界

1 WEBメディアの登場

「メディア」を辞書で調べると「情報の記録、伝達、保管などに用いられる物や装置」のこととある。これはテレビや新聞はもちろん手紙やDVDなども含まれる非常に幅広い概念である。だが少し前まで、特に日本で「メディア業界」といえば、テレビ局・ラジオ局・新聞社・雑誌社といったいわゆる従来型メディア企業と、これらのメディアを企業のマーケティングに活用するサービスを展開する広告会社の2つを指していた。

だがインターネットが発達しWEBメディアが登場したことにより、この状況は大きく変化した。例えば1997年7月当時500万PV/日であった日本のポータルサイトYahoo!は、その僅か3年後の2000年7月には1億PV/日、月間UU1500万人となり、短期間で一大メディアとなった。その後ネットバブル崩壊もあったが、それを生き抜いた一部のWEBメディアは継続的に成長し、2005年にはテレビ局の買収を企図する までになった。この頃よりWEBメディア企業の存在感が高まり、メディア業界全体も大きく変化し始めている。

 

2 グローバル化と多様化

もちろんこの動きは国内に限った話ではない。海外、特に米国においては次々と新しいWEBメディアが登場してきた。Yahoo!、Google、Facebookはその代表例である。これらのメディアは、インターネットを通じて日本国内にも浸透した。日本のメディア企業は、業法や業界慣習、そして日本語という障壁の中で限られたプレイヤーと競争していたが、インターネットにより今では世界のメディア企業とも競争しなければならなくなっている。この意味で「日本のメディア業界」というものは既に無くなり、「グローバル化」されたメディア業界と変貌を遂げている。

一方、インターネットによりメディア自体も「多様化」してきた。例えば個人が保有するブログは「オウンドメディア」と呼ばれ、読者をターゲットとした広告掲載や情報発信がなされるようになっている。またFacebookやtwitter、LINEは「ソーシャルメディア」と呼ばれ、個人間でのコミュニケーションの中にも広告掲載や情報発信ができるようになっている。また既存メディアの機能をインターネットに取り込み、それを更に発展させる形で成立したものもある。例えばiTunesは音楽・CD、Hulu はDVD・映画、YouTubeやニコニコ動画はテレビ番組の機能をインターネットに取り込んだメディアである。また発信するコンテンツを自社制作に拘らず、読者が求めるものを効率的に集めて配信するようメディアも登場した。GunosyやNewsPicksに代表されるこのようなサイトは「キュレーションメディア」と呼ばれる。

 

3 メディア化とデジタル化

更に最近注目されるのは、様々な業界が「メディア化」しつつある流れだ。例えばDeNAはゲームユーザーをネットワーク化した「ソーシャルメディア」となっている。楽天やAmazonが展開するECサイトも購入者の声や評価が掲載されており、売り場である以上に「メディア」としての役割が大きくなっている 。逆に価格.comは家電製品の情報メディアとしてスタートしたが、今はECの機能が充実している。このように見るとECとメディアの垣根は殆ど無くなりつつあるのかもしれない。Amazon創業者のジェフべゾスがワシントンポストを買収した背景にも、ECとメディアの融合という考えがあったとされる。

メディアが拡大・多様化する中で、広告業も変化している。1990年代後半にはサイバーエージェントなどWEBメディア専門の広告代理店が登場した。これに加えて、電通や博報堂は既存の業務に加えてWEBメディアの特性である「デジタル化(定量化)」に対応するべくデータ解析の分野でより専門的な業務を展開するようになっている。今後は、より解析精度を向上させるためにデータそのものの収集・買収や、データマネジメントプラットフォーム(DMP)の構築・運用といった領域まで事業を拡大すると考えられる。この分野は広告代理店だけでなく、IT企業やシステム会社、アナリティクス専門会社もサービス展開が可能であり、今後は業界を超えた異種格闘技戦が行われると予想される。

                         

(※1)2005年2月8日、ライブドアはフジテレビの親会社であるニッポン放送の発行済株式総数の約35%を時間外取引にて取得している。また同年10月13日、楽天は民放キー局TBSの発行済み株式の15.46%を取得して筆頭株主となり,TBSに共同持株会社方式による経営統合を申し入れている。
(※2)なお「メディア化」を古くから得意としてきたのはリクルートである。同社は、これまで大学新聞に掲載されていた求人欄を1冊の本にまとめ大量に配布することで、求職者と企業とをマッチングするメディアを生み出した。

III. メディア企業の経営課題とM&A

1 New York Timesの苦悩

激変するメディア業界においては、WEBメディアの登場が従来型メディアの収益構造に大きな影響を与えている。図表1はNew York Timesの売上高と営業利益、営業利益率の推移を示したものである。売上高は2000年の34.9億ドルから、2014年では15.9億ドルへと半分以下となっており、営業利益に至っては6.4億ドルから0.9億ドルへと約7分の1にまで減少している。新聞をとらずにニュースはインターネットで済ませる人が増えて販売収入が減少したうえに、読者数が減少したことで広告媒体としての価値も低下したことから広告収入も減少したことが背景にある。

(図表1参照)

メディア環境の変化を考えれば、従来型メディアも迅速にWEB化すればよいと思うが、実はそれは難しい。まずWEB化することで収益力が低下するという問題がある。読者への課金が難しく、またWEB上には他にも数多くの広告枠があるため、従来のような広告単価が得られない。当然既存メディアとのカニバリゼーションも起こる。次に社内の賛成が得られ難いという問題である。収益力低下に対応するべく制作費や人件費も下げなければならないが、その場合既存メディアの質が大きく低下するし、何より現時点で収益を生みだしている既存メディア部門の社員は強く反対する。

図表1:New York Timesの売上高と営業利益、営業利益率の推移

出典:New York Times Company 財務諸表サマリーより、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2 イノベーションのジレンマの解決策としてのM&A

大企業が既存顧客や現状の収益性を重視するあまり、自社の製品やサービスを改良することのみに注力する。その間に新興企業は特色ある技術で新規市場を創造する。この新規市場が急速に成長し、結果として新興企業の技術が既存の大企業の商品・サービスを破壊する。これがクリステンセン教授の論じた「イノベーションのジレンマ」である(※3)。従来型メディアの企業はまさにこのイノベーションのジレンマに陥っていると考えられる(※4)

クリステンセン教授はこのイノベーションのジレンマから脱する方法として、全く異なる組織・経営方針・カルチャーのもとで新規事業を展開することを提案している(※5)。前東洋経済オンライン編集長である佐々木氏は東洋経済オンラインが成功できた理由として、紙の編集部と組織、ブランドを切り離したことを挙げている(※6)。また朝日新聞が新規事業開発のため立ち上げた朝日新聞メディアラボは、渋谷に分室を設け地理的・空間的に既存の組織とは異なる活動環境を創り出している。

だが実際のところ組織を分離し、新たに意思決定システムを設計し、異なる組織風土を醸成して新規事業開発に取り組む体制を作るのは簡単なことではない。そこで活用されているのがM&Aである。既存事業に対し破壊的なイノベーションとなるような技術をもつ新興企業に出資したり、買収をしたりしつつ、その企業で行われてきた意思決定ルールや組織文化は維持する(※7)。この手法を活用している最たる例はリクルートである。同社は2012年にindeedという人材採用メディアを買収したが、買収後は「とにかく任せる」マネジメントを行い、従来型の採用メディアに対し、社内では出来なかったような破壊的なイノベーションを仕掛け続けている(※8)

 

3 もう1つの解決策:コーポレートベンチャーキャピタル

メディア業界における新規事業開発手法として、最近注目されているのはコーポレートベンチャーキャピタル(以下、CVC)である。新興のWEBメディアを買収しようとしても、バリュエーションが高く買収金額が多額になり予算上実行が難しいことも多い。多額ののれんが発生するため会計上のリスクも大きい。また創業者が支配権を譲渡しようとしないことも多く、そもそも買収できないことが往々にしてある。何より変化の激しいメディア業界の中で、そのメディアが将来も継続して価値を生み続けるか分からないという不安も大きい。

そのような問題を解決するのがCVCである。CVCとは事業会社が保有するベンチャーキャピタル投資部門のことである。この特徴は小額分散投資である。支配権獲得は目指さず、急成長が予想される新興メディア企業と幅広く関係性を保有し、イノベーションの機会発掘に繋げる。もちろん既存事業とシナジーが出るのが望ましいが、シナジーが見込めるもののみに出資をしようとすると投資範囲が限られてしまい、結果として貴重なイノベーションの機会を失ってしまう。CVCを戦略的に活用している代表例は電通である。同社は電通デジタル・ファンドを通じて国内外へのベンチャー企業に出資することで、デジタル領域における既存事業の強化に繋げている(※9)

 

4 継続成長を求められる新興メディア企業

一方、新興メディア企業も継続的に成長しなければならないという課題を抱えている。例えば技術。HTML、JAVA、Perl、Ruby、HTML5と次々に新しいプログラミング言語が開発され、それによって新しいメディアが生み出される。新興メディアは登場したと同時に技術の陳腐化が起きるため、常に新しい技術の導入を考えなければならない。また他のWEBメディアと競争が激しく、読者や広告主を維持・拡大するため新しいサービスを出し続けなければならない。そして何より投資家に対し時価総額を説明しうる成長の材料を提供し続けなければならない。

新興メディア企業はこのような課題の解決のためにM&Aを活用している。例えばFacebookは会社ではなく優秀な人材の獲得を目的として買収を行ってきた。2007年のParakey の買収ではMozilla firefoxの開発者を、2009年のFriendfeedの買収ではGoogle マップの開発責任者やGmailの開発責任者を獲得している。またメディア業界の破壊的イノベーションになるようなサービスの買収も多く見られる。例えばGoogleは動画サイトであるYouTubeを2006年に約16億ドルで買収している。またFacebookは2012年には写真を起点としたSNSであるInstagram(※10)を約10億ドルで、2014年にはメッセージを起点としたSNSであるWhatsAppを約190億ドルでそれぞれ買収している。

特に米国の新興メディアが頻繁にかつ多額の買収を行うことができるのは、株式交換という手法を活用できていることが大きい。株式交換とは、買収側の株式を対価として買収先の会社の株式を取得するという手法である。新興メディア企業は時価総額が高いものの手元現預金は少ない。このため自社の株式を対価として買収することが合理的である。売却する側も、対価を現金で受け取るのではなく、買収先の株式に交換することで、売却後も保有していた企業の成長の恩恵を受けられるというメリットもある。

                            

(※3)クレイトン・クリステンセン[2001]「イノベーションのジレンマ」翔泳社
(※4)新興WEBキュレーションメディアであるBuzzfeedが、New York Times社におけるイノベーションのジレンマへの危機感について報じている
http://www.buzzfeed.com/mylestanzer/exclusive-times-internal-report-painted-dire-digital-picture#.qbLLNZWAZn
(※5)クレイトン・クリステンセン[2013]「経営論」ダイヤモンド社
(※6)佐々木紀彦[2014]「5年後、メディアは稼げるか」東洋経済新報社
(※7)この方法はイノベーションのジレンマの解決策としては有効だが、一方で経営方針や文化を変えない前提の下で、買収プレミアムの原資となるバリューアップ(シナジー)が果たしてどの程度生み出せるのかについては事前に十分な検討する必要がある。
(※8)http://www.recruit.jp/meet_recruit/2014/10/line-indeed-1.html
(※9)電通は2015年4月に欧米・アジア等の海外企業を主な対象とする「電通ベンチャーズ」というCVCを組成した。
(※10)買収後もFacebookはInstagramを独立したサービスとして運営し強みと機能を維持していく方針をとっている。

IV. 最後に

本稿では、「メディア業界」が如何に変容し、またどのようなプレイヤーが参入するに至ったかを整理した。また、激変する業界環境のなかでメディア企業が直面する課題とその対応策としてのM&A戦略をまとめた。

では実際にメディア企業はこれまでどのようなM&Aを展開してきたのだろうか。
次回は過去15年間のメディア業界におけるM&Aの推移を確認し、今後日本のメディア企業がとりうるM&A戦略の方向性を議論する。


本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
メディア担当
シニアヴァイスプレジデンド 川上 裕義

執筆者


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