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Industry Eye 第12回 テレコム(通信)業界 

香港の情報通信業界にみる今後の日本の通信業界への示唆

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社のインダストリースペシャリストが各業界を取り巻く環境と最新のM&A動向について解説する「Industry Eye」。今回は、今後の日本の情報通信産業の課題と市場動向の変化を予想する上で、香港の情報通信産業の現状と動向について分析しています。

Ⅰ. はじめに

テレコム業界では、ソフトバンクによるSprint買収(2013年7月)、Nokiaによるアルカテル(フランス)買収報道(2015年4月)などテレコム市場の急速な変化に対応するべく各社対応を行っている。

日本のテレコム市場も競合企業数などは安定しているものの、人口減少、Apple(iOS)/AndroidなどのOS統一規格の台頭、そして総務省によるSIMフリー義務化等と外部的要因により対応を迫られている。

一方アジアの中でも香港では、以前よりSIMフリーでの販売を行っており、それらに対応したビジネスモデルを各オペレーターが構築してきた。また、日本と比較し、平均所得が近く、スマートフォンも普及している等、市場が類似していることから、今後の日本のテレコム市場の変化における参考として、本稿では、香港のテレコムセクターの現状と動向について解説を行う。

II.香港通信市場の概況

香港テレコム市場は、固定・移動通信共に、HKT (親会社PCCW)、3HK(親会社Hutchison Whampoa)、SmarTone(親会社Sun Hung Kei Propaties)の財閥系3社が市場を独占している(注:China MobileはプリペイドSIMの契約が多くを占めるため、本稿では割愛する)。

HKTはイギリス植民地時代から事業を開始しており、創業当初は英Cable & Wireless傘下であったが、その後の大株主となるPCCWもアジア随一のコングロマリット、長江実業傘下であり、多額の資本が初期投資に必要となる固定通信に関しては、一貫して独占的な立場を維持してきた。ただし、移動通信事業に関しては、SIMロックは一般的ではなく、日本のように各事業者毎の端末の発売による差別化が不可能なこと、また高頻度の通信技術革新による先行者利益の少なさなどから、上記のとおり、マーケットシェアはHKT、Hutchison、SmarTone3社による三つ巴となっている。

図1、図2:香港、日本の移動通信市場シェア

出典(図1): Vpon.Inc (2014Q3)  契約者数調査よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

出典(図2): 社団法人 電気通信事業者協会(2014年3月)契約者数調査よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

III.香港固定通信事業の動向

香港の通信事業全体の特性として携帯電話の契約数が順調な伸びを示し、固定電話契約数が少しずつ減少している状況がある。また、このようなトレンドは日本も同様であり、その他先進国のテレコム業界でも大部分で同様となる。

なお、2013年時点の日本の携帯電話普及率は約110%であるが、香港は240%を超えている。香港のプリペイド契約の統計方法等、単純比較を行うことに議論の余地はあるが、香港では携帯電話の低価格化、多様化(スマートフォンから電話のみのシンプルな契約までバランスよく提供している)により、幅広い顧客層が2~3台の携帯電話を使用していることと、中国本土の顧客が定期的な香港でのビジネスに使用するため契約していることがその差の理由として挙げられる(この場合、普及率の分母となる人口には含まれない)。

図3:日本・香港の携帯・固定電話契約者数推移

出典: 総務省, BuddeComm based on ITU and OFCA dataよりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

一方で、図4でわかるとおり固定通信事業自体の売上が減少しているわけではない。理由として、携帯電話(特にスマートフォン)の需要が高まるにつれ、自社・他社を問わず、移動通信用無線基地からの有線データ通信が固定通信事業との大きなシナジーを生み出している点が挙げられる(図4の「国内データ通信」に含まれる)。また、国際電話・国外サーバーへの接続を行う際の国際通信など、「キャリア向け事業」が順調に増加している点も挙げられる。

図4:香港固定通信市場 売上高内訳

出典: Analyst report of DBS, UBS, Merrill Lynchよりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

IV.香港移動通信事業の動向

前述より、香港の移動通信市場・事業が堅調であることは確認できるが、日本のような独自開発の端末戦略や地方での通信カバー率向上といった差別化が難しい一方、香港の移動通信事業者は下記のようなビジネス戦術、戦略を採っている。

A) 料金体系の合理化
■ 端末がSIMフリーである場合、移動通信会社は他社への乗換えが非常に簡単になるため、無料で端末を販売できないと通常考えられるが、香港では日本と同様に端末も通話料金とセットで販売をされている。
■ 香港の端末セット料金の体系に「Prepayment(前払い)」が存在する。
例としてiPhoneとのセット販売であった場合、約HKD5,000(約75,000円)のPrepaymentを支払い、2年契約であった場合は先払い分を24ヶ月間にわたり、基本料金から割引されるという仕組みとなっている。また、多くの場合クレジットカードで契約することにより初期費用の負担をせず(先払いを24分割)端末を購入することが出来る。
■ Prepaymentにより契約を途中破棄された場合のオペレーターの端末代に関するリスクは無く、クレジットカードでの契約の場合、契約を途中破棄された場合には、債権はクレジットカード会社へ移る仕組みとなっている。また、Prepaymentの金額は端末本体の小売価格より若干安価となっており、実質的には端末を安価に購入できることから長期契約者にとって割安な料金体系となっている。

B) 端末購買力の強化
iPhoneなど人気端末の販売開始時にオペレーターは優先的に端末の確保を行うことができるため、家電量販店などで端末のみを購入するよりも比較的入手が容易となる。
これらの影響は短期的ではあるが、最新端末の発売サイクルが1年~1年半と、通常の2年間契約よりも短いことから、人気端末の初期確保数が、大きく契約者数の増減を左右する要因となる。

C) 法人向け販売の強化
企業・官庁などがスマートフォンを被雇用者へ貸出を行う際、社内インフラとの同期やセキュリティー制限など、仕様変更を行う必要があることから法人向けICTサービス事業などを行っているオペレーターは差別化が可能となっている。

D) M&A戦略
世界の情報通信業界では大手事業者を中心に企業再編が進んでいる。
近年の例として、Verison Communication(アメリカ)によるVodafone(イギリス)との合弁会社Verizon Wireless(アメリカ)株の45%取得、Deutche Telekom(ドイツ)傘下のT-Mobile USによるMetro PCS(アメリカ)の買収、そしてソフトバンクによるSprint買収などが挙げられる。

また、Google(アメリカ)によるモトローラ(アメリカ)買収、Microsoft(アメリカ)によるNokia(フィンランド)への出資、Nokiaによるアルカテル(フランス)買収の報道など、テレコム市場は通信事業者、端末事業者、携帯用通信機器販売事業者、OS提供者などが入り乱れる形で再編を行っている。

これは、スマートフォンの技術向上および保有率の上昇により最終使用者との接点を持つ事業者が、 LINE等のアプリケーション開発業者など通信事業者だけではなくなっていること、また携帯端末を販売するアップル、OSを提供するGoogle、通信機器販売事業者のHuawei(中国)など、本来ベンダーであった企業もグローバル規模で急拡大し、交渉力を強めていることが背景にある。

香港に関しても例外ではなく、HKTによるテルストラ(オーストラリア)香港移動通信部門CSL買収(2014年)などが挙げられる。

V.日本通信事業への示唆

1.  日本の固定通信事業の今後

インターネット普及率が約80%と、市場全体が成熟していくに当たり、各事業者は新たな収益モデルを模索している状況である。また、日本は、香港と比較して人口密度が低いことから、移動通信のデータ量の増加による収益に対し、人口減、過疎地への投資、老朽設備の更新などのマイナス要素が相殺する形となっている。

こうした状況の中で、2015年2月にNTT東日本・NTT西日本は、「光コラボレーションモデル」を発表した。光コラボレーションモデルとは、NTT東西が保有している光回線を各事業者へ卸売りするモデルである。各事業者は光通信の契約とセットで差別化を図り、幅広い顧客層に合わせたプランを提供することにより、NTT東西は他社への流出を防ぐことが可能となる。例として、大塚商会などは、法人向けプランとして光回線、セキュリティー、ネットワーク管理などを一括して提供することが可能となる。

一方で、長期的には都市部などを中心に移動通信の設備コスト削減と、通信スピード向上により、Pocket WiFi、 WiMaxなどの「モバイルブロードバンド」が主となる可能性が高い。今までは固定データ通信と比較したモバイルブロードバンドの劣位性は、通信速度、安定性であったが、これらも固定通信としての使用に耐えうる質に近づいている。

今後、光通信など超高速回線に関しては、テレビ、映画など、大容量のデータ通信が必要となることが確実であり、コンテンツ、プラットフォームの更なる展開が必要であると考える。

2. 日本の移動通信事業の今後

総務省主導によるSIMフリー化、MVNO(仮想移動体通信事業者)の台頭などにより、オペレーターは以下の対応を迫られると考えられる:

i. オペレーター同士の差別化
ii. MVNOとの価格競争
iii. 顧客の囲い込みのための新プラン開発
iv. 顧客との接点の維持

i~iiiに関しては、SIMフリー化の影響などにより、MVNOは現時点で一定の需要があり、今後も増加する見通しであるが、端末の高価格化に伴い、初期費用を支払うことができない顧客も一定数存在すると考えられ、現状の契約プラン(初期費用を抑え、契約期間を固定)は今後も必要と考える。その際、豊富な顧客データと財務基盤を有するNTTドコモ、au、ソフトバンクのオペレーター3社は初期費用負担、端末の保険プランなどを手厚くすることにより、MVNOと差別化を図り、一定の顧客層は維持できると考える。

同時にオペレーターによるMVNOの囲い込みも開始されると考えられ、現状ではドコモが大部分のMVNO業者に対しネットワーク回線を提供している。ソフトバンクもY!mobileの名で別ブランドの廉価版サービスを開始した。一方で通信速度に制限の多いMVNOでは前規格の3Gを使用することが多く、3G回線の通信規格が違うauは、現状では参入が困難な状況となっている(auの3Gネットワークは端末毎に通信規格に対応させる必要がある為、他オペレーターから販売された携帯機器はSIMフリーであっても使用が難しい)。

ivに関しては、各オペレーターの擁するキャリアショップ(直営店)の有効活用などにより、地方に存在する地域に密着した店舗などは、通信サービス以外の商品の提供も可能である。携帯電話の顧客層は、他業種と比較して非常に幅広く、携帯電話の契約においてマーケティング上非常に有用となり得る情報の取得が可能となっている。キャリアショップの有効活用に関しては未だ模索の段階であり、今後試行錯誤が求められるが、1990年代のように代理店の販売により普及を急速に進める段階は収束しており、家電量販店などを除き、今後はコントロールの比較的容易であるキャリアショップに軸が移る可能性もある考える。

また一方で、NTTドコモはPONTAと提携し、ソフトバンクはTポイントなど、共通ポイントカードで顧客の囲い込みを行いつつ、マーケティングデータの統合等により販売戦略の反映等を試みている。

VI.おわりに

今後、顧客の囲い込み、SIMフリー化対応、対サプライヤーの交渉力強化等、必要な対応が戦術レベルから長期戦略レベルまで広く存在しており、日本の通信事業会社も迅速にこれらの対応を実施する必要に迫られる。デロイト トーマツ グループは通信関連企業の成長のため、支援を行っていきたいと考えている。

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
テレコム担当 
シニアヴァイスプレジデント 小室 英雄

(2015.06.23)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

執筆者


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