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Industry Eye 第13回 コンシューマービジネス(消費市場)

日本国内消費市場のXデー ~少子高齢化がもたらす市場縮小に関する推察~

少子高齢化が国内消費市場に与える影響を食品市場に焦点を絞って分析し、今後の国内食品企業の業績をいくつかの仮定に基づき試算しました。結果として、遠くない将来に現状維持では厳しい状況に置かれることが読み取れ、国内食品企業にとってM&Aを含む海外展開を迅速に検討するスピードが求められているという点と、その対策としての事例を踏まえ解説します。

Ⅰ. はじめに

1990年、厚生省(当時)は、前年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯で何人子供を産むかの指標)が、1966年の丙午の年(「ひのえうま産まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信から出産が控えられた)を下回り1.57を記録したことを発表、国内ではいわゆる「1.57ショック」と呼ばれ少子高齢化が社会問題として活発に議論されるきっかけとなった。

以来25年が経過した今日、国内消費市場においては、少子高齢化は市場規模縮小という形で緩慢にではあるが、着実にその影響が顕在化してきていることが統計資料から読み取れる。

特に国内人口と密接に関連する業種である食品製造企業(※1)(以下、国内食品企業と定義する)に焦点を絞り、今後の少子高齢化が国内食品企業の業績に与える影響を分析し、国内市場に依存した収益構造からの脱却もしくは抜本的な構造改革が必要となる「Xデー」がいつ到来すると予想されるか試算する。

併せて、国内食品企業による海外展開についての事例を紹介し、国内消費市場の未来に対して、どのような対策を講じ得るかを論じる。

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※1: 経済産業省が作成・公表している工業統計表における、パンや肉製品、調味料等の製造を行う「食料品製造業」および、ビールや清酒、清涼飲料、たばこ等の製造を行う「飲料・たばこ・飼料製造業」を合わせたものを、ここでは「食品製造業」として定義する。

II. 国内食品市場の現状

国内人口と国内食品企業業績の関連性

国内の全食品企業売上高合計については2000年の51兆円を頭打ちに伸び悩み、事業者数については1995年の4万8千社を頂点に減少傾向が続いている(財務省企業統計発表の最新年度である2013年における売上高合計は42兆円、事業者数は4万6千社)。

2015年6月時点で国内に上場している全上場食品企業の海外売上高(有価証券報告書記載企業のみ)を除く売上高合計は2010年の24兆円を頭打ちに伸び悩んでいる(2013年における海外売上高を除く売上高合計は23兆円)一方、国内に上場している全上場食品企業の海外売上高(有価証券報告書記載企業のみ)は増加傾向を続け、2014年は過去最高の5兆円に達しており、国内売上高の頭打ちによる低成長を、海外売上高を伸ばすことによりカバーする構図となっている。

図1:日本食品企業の売上高および事業者数推移 参照


国内人口は2010年の1億2千8百万人を頂点に減少に転じているほか、消費を牽引する生産年齢人口(15~64歳)に限定した場合、1995年の8千7百万人を頂点に減少に転じており、国内食品企業の売上高および事業者数と国内人口の推移との間に一定の関連性があることが推定される。

図2:日本の人口推移 参照

図1:日本食品企業の売上高および事業者数推移

出典: 財務省「法人企業統計」および各社有価証券報告書より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

図2:日本の人口推移

出典:財務省「法人企業統計」より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

国内食品企業の産業構造

国内の全食品企業の事業者数4万6千社に占める資本金1億円以上の企業(以下、大企業と定義し、資本金1億円未満の企業を中小企業とする)の割合は2%であり、残りの98%は中小企業が占めているものと推察される。
一方、売上高に関しては、2013年の国内の全食品企業の売上高合計43兆円に対し、同年度の大企業の売上高合計は29兆円であり、食品企業間での一次加工あるいは二次加工食品等の流通による重層構造から単純比較は出来ないものの、国内の食品市場の太宗は大企業が占有しているものと推定され、当該市場占有率は直近の2013年が過去最高となっている。

図3:国内食品企業における大企業および中小企業の構成比 参照
 

本項結論

国内消費市場は確実に人口減少の影響を受け縮小を始めており、その影響は中小企業のみならず、大企業にも波及している。事業者数の減少を受けて大企業の市場占有率は増加しつつあるが、なお、日本においては売上高の低い中小企業が事業者数においては大勢を占めている。

図3:国内食品企業における大企業および中小企業の構成比

出典:財務省「法人企業統計」より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

III. 国内将来人口推計に基づく国内食品企業の業績見込試算

本試算の目的

本項においては、前項結論における日本の人口推移と日本国内企業の業績の関連性を前提に、統計資料に準拠した数値に基づき、今後の国内食品企業の業績見込みについて、全企業、全中小企業、全大企業のそれぞれについて試算を行い、国内消費市場の縮小により国内食品企業の売上高が損益分岐点を下回る年度を「Xデー」として占う。

前提条件

本試算においては、将来の人口推計値を将来業績試算にあたっての主要な説明変数として、下記の変数については2013年以降一定値で推移すると仮定した。

1. 食料品消費額対比国内食品企業の売上高比率
2. 1人当たり年間食料品消費額(将来の消費嗜好性および物価の変動等は無い)
3. 国内食品企業の大企業と中小企業の売上高比率
4. 国内食品企業の売上総利益率
5. 国内食品企業の販売管理費(販売管理費は全額固定費)
6. 国内食品企業の海外売上高
7. 国内食品企業数

図4:本試算における前提条件 参照

図4:本試算における前提条件

出典:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

試算結果

上記前提条件を基に試算した結果、以下の年度以降、国内食品市場が縮小することで損益分岐点を下回り、国内食品企業が総体として恒常的な赤字体質に陥る試算結果となった。
1. 全企業: 2035年
2. 中小企業: 2020年
3. 大企業: 2040年

図5:総体としての国内食品企業の売上高見込 参照

図6:総体としての国内食品企業の営業利益見込 参照

図5:総体としての国内食品企業の売上高見込

出典:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

図6:総体としての国内食品企業の営業利益見込

出典:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

本項結論

本試算結果は国内食品企業を総体として捉えている点において、個別企業の実態あるいは業績予測とは必ずしも整合する結果とはなり得ないことに留意されたい。

特に大企業においては、中小企業の淘汰、高付加価値商品に特化した市場創造、国内同業者のM&A等により、縮小を続ける国内消費市場を相手としても業績を拡大することが可能であり、また、企業努力によって損益分岐点を押し下げることにより、本試算の結果を一定程度将来に繰り延べていくことも可能と想定される。

しかし、上記を踏まえてもなお、このような国内食品企業の衰退傾向を示す試算結果は、人口増加に転じる兆しの見えない現状の日本の経済情勢下で、覚悟する必要のある将来像のひとつと想定される。

その中で、国内食品企業は、その長期的な利益および事業の継続性の観点からは、食習慣、商慣習および流通網の相違といった様々な困難を抱える中でも、海外消費市場への展開に挑戦していくことがひとつの選択肢であるものと想定される。

IV. 近年海外展開を進めている国内食品企業の事例紹介

海外展開の強化を目指す老舗食品企業

ある国内大手米菓メーカーは2013年度より中期経営計画において、米菓事業を中心としたグローバル化を目指し、海外売上高比率を30%まで引き上げることを目標として掲げている。

以降、北米、アジア市場での展開を加速させており、具体的には、米国子会社の生産体制の強化、米国同業企業の買収、アジアの食品流通企業との販売代理店契約の締結、東南アジアでのJV設立、等の施策を着実に実行している。

海外事業における収益基盤の構築は引き続き課題としているものの、海外子会社売上は4年連続で年率20%以上の成長を遂げており、同社の増収に寄与すると共に、長期的な同社の成長性を下支えする素地となっている。

図7:大手米菓メーカーの売上高実績および見込 参照

現地需要や食習慣に合わせた商品設計(あるいは企業買収を注力分野の選択)と現地企業との提携による現地商慣習と流通網への順応という対応策により、国内初ブランドを世界展開する試みとして同社の動向は今後も注目される。

図7:大手米菓メーカーの売上高実績および見込

出典:大手米菓メーカーの決算説明資料に基づきデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

VI.おわりに

国内食品企業による海外企業M&A攻勢に関するニュースはこれまで飲料企業による案件が中心であったが、今後の国内消費市場の予測を踏まえると、その他の食品企業においても、自社経営資源による海外事業展開とともに、海外企業のM&A検討・実行も“待ったなし”の状況にあると考えられる。
自社の強みを活かしつつ、海外市場の消費需要や現地商習慣を踏まえた展開手法を迅速に検討していく意思決定のスピード感が今後ますます求められていくであろうことが今回の試算が示唆しているといえる。

以上

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コンシューマービジネス担当 
ヴァイスプレジデンド 吉田 修平

(2015.07.29)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

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