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Industry Eye 第19回 プライベートエクイティ

会社の「消滅」を避けるために~事業承継におけるPEファンドの活用

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社のインダストリースペシャリストが各インダストリーを取り巻く環境と最近のM&A動向について解説する「Industry Eye」。第19回は、事業承継において有効な打開策となりうるPEファンドの活用について解説する。

I. はじめに

2016年6月6日の日経新聞に「中小企業2030年に消滅」という見出しが記載されていたのを覚えておられるだろうか。中小企業を中心とした経営者の平均年齢は60歳代中盤であるが、この数値はこの20年で20歳弱上昇しており、同じペースで上昇した場合、2030年にはこの平均年齢が現在の男性平均寿命80歳と並んでしまう。統計的に考えると多数の経営者がその寿命を迎えてしまうことになり、経営者を失った中小企業は大量に消滅してしまう恐れがある、との記事である。

歴史や伝統を次世代へ引き継ぐために承継は必須となる。後継者不足や資金不足などによりそれができないということは、例えば製造業においては引き継がれてきた有形無形のノウハウ・技術等の消失を意味し、産業全体から見ても損失となってしまう。これを避けるためにはM&Aも有効とされているが、さまざまなしがらみにより同業他社等へ売却できない場合も想定される。または社内の有能な経営幹部に引継ぎをしたい場合でも、オーナーからの株式譲受の買取資金がネックとなることもあろう。このような場合におけるPEファンド(プライベートエクイティファンド)の活用法について本稿にて概要を説明したい。
 

II.事業承継におけるPEファンドの活用

1.親族外事業承継の増加

血縁の無い親族外の個人・法人が事業を承継することを親族外事業承継という。具体的には血縁のない経営陣や社員、また取引先や銀行からといった個人、または社外の法人、事業会社・PEファンド(詳細は後述)などの金融投資家に経営を託す場合がある。特に経営陣が出資する場合には少額であってもマネジメント・バイアウト(Management Buy-Out, 以下、「MBO」という)と呼ばれる。PEファンドが主な資金の出し手として経営陣とともに出資を行った場合でもMBOと呼ばれることになる。

図表1 事業承継の選択肢(濃紺の箇所がPEファンドを活用した選択肢)

出所: 永松博幸「親族外事業承継の考え方・進め方―M&A・MBOとファンドの活用―」(2015年)清文社より一部修正し、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

中小企業庁の調査結果によれば、現在では事業承継の半数以上がこのような親族外の法人・個人に対するものとされ、この流れは少子化が進む昨今の状況を鑑みると今後も増加していくものと思料する。
 

図表2 後継者の属性の推移

出所:中小企業庁「事業承継を中心とする事業活性化に関する検討会 中間報告 概要」(2014年7月24日)より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

 

2.PEファンドが有力な選択肢となる状況

図表1に示したとおり、親族外への事業承継は個人と法人の二つに分類される。個人に対する事業承継の場合において、経営幹部がMBOを行いたいが資金が無いという場合はPEファンドからの資金の活用が有効と言える。法人が買手となる場合は、さらに買手の属性から事業会社とPEファンドの二つに分類される。一般の事業会社は企業戦略の遂行上(例えば規模の拡大や新規領域への参入)の理由で買収を行うことになる。ただし株式譲渡の結果、ライバル会社の子会社になりたくない場合や、特定企業の影響力が大きいことが営業上には有利に働かない場合も十分に考えられる。この場合、「しがらみのない」買手であるPEファンドを承継先とすることが有力な選択肢となる。
 

3.PEファンドを活用した場合のメリット

PEファンドは投資先の企業価値の向上がその収益に直結するため、投資後は投資先の経営に参画(これを「ハンズ・オン」という)する場合が多く、投資先は投資資金のほかに経営に関する助言、ネットワーク、人脈、金融ノウハウなどの支援が得られることになる。戦略系コンサルティングファームも経営ノウハウや戦略等に関して助言は行なうが、助言のみを提供するコンサルティングファームに対し、PEファンドは対象会社に自らの資金を投入するほか、企業価値向上のために人的資源投入も含めた、助言に留まらない幅広い支援を行うという点でコンサルティングファームと相違すると言える。当該PEファンドの既存投資先とのシナジー効果や、外資系のPEファンドの場合は海外市場への進出助言やビジネス拡大支援が容易に得られることもメリットとして挙げられる。
会社オーナーはその株式をPEファンド(MBOの場合は経営陣も含めて)へ譲渡した場合、創業者利得を得ることができる。同じ株式譲渡の場合でも、証券取引市場への上場を通じた売出しでは株主から積極的な経営支援は得られず、むしろ投資家からの厳しい視線に晒されることになるが、PEファンドへ譲渡の場合には、対象会社は経営支援と資金の両方を手に入れることになる。また、将来的に上場を目指す場合においてもPEファンドと事前合意のうえ、外部経営資源の投入により上場を加速させる施策も考えられる。
 

4. PEファンドを活用する場合の留意点

PEファンドは投資対象の企業の経営に参画し、企業価値向上のための諸施策を行い、価値を高めたうえで売却(証券取引市場への上場を通じた売出しも含まれる)し、当初の投資金額と当該売却価額との差額を利益とする。まず株式市場やM&Aにせよ、必ずPEファンドはその持分を手放すことにまず留意されたい。またPEファンドは売却時にある一定程度の利益を見込めるだけの相応の規模を有する企業にしか興味を示さないことが多く、同様に経営に参画してもさほど価値が増大しそうにない企業に対しては興味を示さない場合がある。PEファンドも投資家から出資を受けているため、その投資は中長期的に一定の内部収益率(Internal Rate of Return, IRR)が要求されている場合も多い。よってファンドが投資するケースでは、ファンドが想定している水準までIRRの数値が達するかどうかということが投資判断上極めて重要な要素となる。またMBOのスキームではIRR向上のためしばしば借入金を使用することが多く、その場合資金計画の立案にも留意が必要となる。

 

III. おわりに

オーナー経営者にとっては自分の血を分けた子供が家業を継いでくれるのであれば、それが一番安心できる施策であり、かつ血縁の正当性から周囲の納得感も得られやすい選択肢であろう。しかし、自分の子供が後継者となることを嫌がったり、能力的に厳しかったり、そもそも子供や親族の中、さらに社内にも後継者候補が居ない場合には社外に承継先を求めざるを得ず、さりとて父祖の代からの競争相手に事業を明け渡してしまうことは出来ない場合には、冒頭に書いたように会社が「消滅」してしまう危険にさらされてしまう。また社内に後継者にしたい経営幹部がいるが株式買取資金がネックという場合もあろう。PEファンドはもちろん万能ではないが、従前の手法では対応できなかった上記のような「会社消滅の危機」に対して対応できる可能性を秘めた施策であるといえ、今後より一層の活用が期待される。


※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 

参考文献
中小企業庁「事業承継を中心とする事業活性化に関する検討会 中間報告 概要」(2014年)
日本バイアウト研究所編「続・事業承継とバイアウト―製造業編―」中央経済社(2016年)
永松博幸「親族外事業承継の考え方・進め方―M&A・MBOとファンドの活用―」清文社(2015年)

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
プライベートエクイティ(PE)担当
シニアヴァイスプレジデント 永松 博幸

(2016.6.27)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
 

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