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Industry Eye 第21回 ミドルマーケット

中小企業における成長の糸口

各インダストリーを取り巻く環境と最近のM&A動向について解説する「Industry Eye」。第21回は、日本の中小企業を取り巻く事業環境は厳しさを増すなか、今後の成長の鍵として考えられる「現場の実行力」について、プロジェクト事例を交えて考察します。

I. はじめに

少子高齢化による需要の停滞や人材不足、企業間の競争激化などの影響により日本の中小企業のおかれている経営環境は厳しさを増している。従前より自社での成長に拘らず、M&Aを含めて成長を模索する中小企業も増えているが、大企業と比較して人材や資金をはじめ、さまざまな制約が多い中小企業は、既存の限られたリソースをいかに活用して生き残りを図っていくべきか悩んでいるケースが多い。そこで、我々がこれまで支援してきた中小企業の事例も踏まえながら、中小企業によく見られる共通の課題と成長の余地について考察する。

本稿は、上記のとおり、市場動向やこれまで支援に関与してきたプロジェクトに基づく筆者の推察が含まれていることについて、予めお断りする。

II. 中小企業を取り巻く環境

1.売上高の推移および労働生産性

下図は2006年以降の大企業と中小企業の売上高の推移である。リーマンショックの影響により、2008年、2009年は両者ともに大きく落ち込んでいる。大企業は、足元では横ばい傾向にあるものの、2009年第4四半期以降、増加傾向が続いてきた。一方で、中小企業は2010年後半に一時的に増加したものの、2011年以降に再び落ち込み、2012年第3四半期以降は一貫してリーマンショック後の水準を下回っている。

日本経済は「緩やかな回復基調」にあると言われるが、中小企業の売上高の推移は大企業と比べて弱い動きを示しており、中小企業は依然厳しい状況に置かれていることがわかる。

売上高の推移(規模別)

出所: 2016年版 中小企業白書より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2009年と足下の2015年の業種別売上高の増減比をみると、大企業では製造業が売上の伸びを牽引している一方で、中小企業は上方に押し上げている業種が建設業に限定されている。中小企業の非製造業は、特に卸売業・小売業・サービス業が2~3兆円程度の売上減少となっており、依然厳しい経営環境にある。


売上高 業種別分解

2009年と2015年の第1-4四半期の平均の比較

出所:2016年版 中小企業白書より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成


一方、労働生産性を見ると、日本は2013年のOECD加盟国34カ国中22位と下位に位置しており、中小企業の非製造業企業の労働生産性は、金融業などの一部の業種を除き、製造業や大企業と比較してさらに低水準に留まる。

競争環境がますます厳しさを増すなか、中小企業、とりわけ卸売・小売業およびサービス業は今後いかに生き残りを図るべきかが問われている。


非製造業における労働生産性の平均値

※クリックして画像を拡大 

出所: 2016年版 中小企業白書より、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

2. 背景

こうした中小企業の置かれた厳しい事業環境の背景には、需要の停滞、仕入価格の上昇、顧客ニーズの多様化、人材不足などの外部環境の問題がある。

需要の減少については、少子高齢化の進行による、主に従来より消費の中心的な担い手であった若年層の減少に起因している。また、日本の人口減少は既に始まっており、2050年までに1億人を下回ることが予想されている。購買層の変化や国内市場の規模縮小への対応が問われている。

仕入価格の上昇については、新興国の工賃上昇や円相場の影響による原価の上昇や人件費の高騰などが要因として挙げられる。コスト削減や仕入先の変更、販売価格の転嫁などの対応策も、中小企業は思うように実施できていない。

顧客ニーズの多様化については、顧客が求める商品・サービスの種類、品質、量、価格、スピードなどの変化への対応力が問われている。

人材不足については、日本商工会議所が2016年6月に発表している、中小企業を対象に実施した『人手不足等への対応に関する調査』の集計結果の中で、実に55%の企業が「労働力の不足を感じている」と答えている。また、その中でも約7割の中小企業が「ミドルマネジメント層の人材が不足している」と回答しており、企業の中核を担える人材の不足が中小企業の事業展開において大きな問題となっていることがわかる。

 

III.中小企業における成長の余地

1.現場の実行力

中小企業が売上や労働生産性の観点で厳しい状況にあることは上記で述べた通りである。しかし、我々は中小企業に成長の余地はまだ十分に残されていると考えている。これまでのさまざまなプロジェクトを通じて、企業の成長の鍵は、現場の実行力にあると捉えている。現場の実行力とは、従業員が自身で課題を発見し、当事者意識を持って解決に向けて行動し続けることである。この現場の実行力を磨くために重要になるのが、PDCA(Plan Do Check Act)サイクルである。PDCAサイクルに関する著書は多く出ており一般化しつつある用語ではあるが、実務で実施している企業は多くない。それは、知識・知恵の不足、変化への抵抗、組織・部門間の壁、仕組みの欠如など、どの組織も持ち得る阻害要因が壁となって立ちはだかるためである。裏を返せば、これらの課題に向き合うことで、成長できる中小企業は多く存在しているとも言える。

下記では、実際に現場の実行力強化を通じて業績改善に繋げた我々のプロジェクト事例を紹介する。
 

2.プロジェクト事例

A社は、輸入商社を営む地方の老舗企業で、前社長がワンマン経営のもと、事業を急拡大させてきた。しかし、前社長が3年前に急逝し、外部より経営者を招聘してから成長が停滞していた。中期経営計画は未達続きで、前々期には営業損失を計上していた。前社長の下で育ったミドルマネジメント層は、指示されたことを迅速に行うことには長けていたが、自主的に戦略を策定し行動する力は弱く、指示待ち姿勢が常態化していた。

我々が改善に向けた調査を行った際には、現社長は、「ミドルマネジメント層が経営方針を理解しない。昔ながらの業務スタイルに固執して、率先した行動もしてくれない」と悩む一方、ミドルマネジメント層は、「社長は現場に来ず、机上の空論ばかり言っている。コンサルタントを連れてきたところで何が変わるのか」と抵抗を示した。実際に会議に同席すると、海外でMBAを取得した社長は、所謂カタカナ英語を多用し、ミドルマネジメント層は何も発言せず俯いて座っているだけであった。

我々は、目標を実現するための経営と現場を繋ぐ共通言語がないことを、主要な課題の一つとして捉えた。ここでいう共通言語とは、組織を一つの目標に向けさせ、行動させるための仕組みやコミュニケーションツールのことを指す。本来であれば、経営目標を実現するための具体的な施策があり、その施策を実行に移すためのアクションプランがあるはずだが、A社はそれらの仕組みが欠如していた。結果、経営目標は具現化せず、決められたことが期日通りに実行されないという状況を招いていた。

我々は経営と現場を繋ぐ共通言語として「アクションプランとKPI(Key Performance Indicator)」の策定・設定を行った。アクションプランは、週次レベルに施策を行動分解して作成した。その際、各アクションには実行責任者や期限、明確な行動内容を必ず設定し、現場担当者に当事者意識を持たせた。KPIは、施策の実行状況が定量的に即座に把握できるように設定した。また、アクションプランの実行状況のモニタリングおよび対応策の検討の場として、組織階層ごとに会議体を再設計し、会社全体でPDCAサイクルを廻す仕組みを構築した。

これにより、社長はアクションプランの実行状況を確認するために現場へ足を運ぶようになり、会議が活性化した。また、ミドルマネジメント層はKPIを基準にPDCAサイクルを廻すようになり、目標値を達成したら、自主的に目標を引き上げ、新たな施策を検討・実行するという好循環ができた。結果として、プロジェクト期間中に年間売上目標を前倒しで達成し、社長が交代してから初めて事業計画を達成するに至った。


B社は、卸売を本業とし、メーカーや飲食店も営んでいる。子会社が取り扱う商品を他の子会社の飲食店に卸して販売することによりシナジー効果の創出を図っていた。しかし、近年買収したC社が営む飲食店の業績が振るわず、買収前に想定していたシナジー効果が思うように発現していない状況にあった。B社はC社の業績不振の原因を特定出来ずにいた。我々の調査を実施した結果、C社では現場に即したKPIが設定されておらず、管理体制が十分に機能していない状況であった。これにより、親会社のB社がC社の現場で何が起きているのかを捉えられていなかった。

これらを改善すべく、KPI設定を含む管理体制を改めて設計した上で、それらを活用するためのトレーニングを行い、現場に即した施策の立案、アクションプランの策定、およびその運用支援を行った。KPIは、会社の実態を捉え、現場に対しては“やらされ感”を抱かせないように、財務系の指標だけでなく、行動プロセス系の指標も設定した。アクションプランを策定する際には、施策毎の財務諸表への影響度を定量評価し、効果が期待できないスローガンに近い施策は排除するとともに、実行に際しての歩留りも考慮して、目標に対する不足分については新たな施策の策定を行った。各部署のミドルマネジメント層が集まり、現場で行ったアクションプランの検討と評価の内容を議論し合うことにより、実行に際しての部門間の連携を深めた。また、店長とスタッフが現場の状況を踏まえた改善策を真剣に議論する場を設定し、運用と報告の支援を行った。

これにより、本社(B社)は、管理すべき定量的な指標が明確になり、現場の声を踏まえた成功事例の横展開やグループとしての改善策の検討を行えるようになった。一方、現場では本社の経営方針に対する理解と咀嚼が進み、ミドルマネジメント層の現場への施策の落とし込みができるようになり、店長およびスタッフが一丸となりKPIを達成することへの強い意識が芽生えた。自ら主体的に課題を発見し、改善するといったPDCAサイクルを円滑に機能させる組織の風土が養われた結果、1年後には買収前に想定していた販売計画を上回り、V字回復を実現した。

IV.おわりに

日本の中小企業は、M&Aを含む成長戦略において、PDCAサイクルを機能させられていないが故に、成果創出が思うようにできていない現状がある。現場の実行力を磨き、当たり前のことを当たり前に実行できる組織を作り上げることができれば、まだ多くの中小企業に成長の余地があると考える。


本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ミドルマーケット担当
ヴァイスプレジデント 佐藤 公則

(2016.8.29)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

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