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ヘルスケアリート概観

ヘルスケア施設の利用者やオペレーター、投資家にとってのメリット・デメリット

急速に進む高齢化社会への対応の一環として、高齢者人口に対する高齢者向け住宅の割合を2005年の0.9%から2020年には3~5%まで高める方針が掲げられ、現在、有料老人ホーム及びサービス付き高齢者向け住宅等ヘルスケア施設の供給が促進されています。本稿では、ヘルスケア施設の利用者やオペレーター、投資家にとってのメリット・デメリットについて考察しています。

1.はじめに

急速に進む高齢化社会への対応の一環として、高齢者人口に対する高齢者向け住宅の割合を2005年の0.9%から2020年には3~5%まで高める方針(「住生活基本計画」(2011年3月))が掲げられ、現在、有料老人ホーム及びサービス付き高齢者向け住宅等ヘルスケア施設の供給が促進されている。そして、その財源の一つとして資金調達能力に優れたJ-REIT(ジェイ-リート)が注目されており、官民が一体となってヘルスケアリート(主たる投資対象をヘルスケア施設とするリート)創設に向けて環境整備が進められ※2、すでに複数の事業者の上場が予定されている状況にある。

ヘルスケアリートとは、投資法人の仕組みを使い、市場で広く投資家から資金を集め、主としてヘルスケア施設を取得し、それを長期間保有管理して賃貸収益を投資家に分配するものである。主たる投資対象をヘルスケア施設とするリートと定義され、総資産に占めるヘルスケア施設の割合が50%超のリートを指す。

諸外国をみると、たとえば、能力の高いオペレーター(ヘルスケア施設の施設運営者)が多数存在する米国では主要なヘルスケアリートが12銘柄もあり時価総額が全リートの13%に達する規模となっている。他にもカナダ、シンガポール、英国、ニュージーランド、マレーシア、オーストラリアにもヘルスケアリートが存在し、世界的に見ても市場規模は拡大傾向にある。日本では、リートのヘルスケア施設への投資実績はあるものの、ヘルスケア施設に特化したヘルスケアリートはまだ上場には至っていない。というのも、実例が少なくリスク評価が困難であり、また、一般に小規模物件であることからリートの投資対象になりにくかったことが原因であると考えられる。しかし、高齢化社会に対応したインフラの拡充を金融面から支援するヘルスケアリートの社会的な意義はきわめて大きいものであり、米国等の先例に学び、ヘルスケアリートの特性等を理解しつつ、実効性のある制度設計を行うことが日本版のヘルスケアリートを成功へ導くポイントであると考えられる。

2.ヘルスケアリートのメリット・デメリット

上場の不動産投資市場から直接資金を調達するヘルスケアリートが立ち上がれば、自己資金や間接金融、有期のファンドスキームで資金を賄う場合と比べて、長期的に安定的なまとまった資金を調達することができるようになるため、大規模なヘルスケア施設の供給が可能になる。資産運用会社がヘルスケア施設を所有して維持管理を行い、オペレーターが運営業務に専念するようになり、つまり、所有と経営の分離により、サービスクオリティの向上が期待できる。さらに、ヘルスケア施設の市場が形成されることにより流動性が高まるようになる。

ただ、ヘルスケア施設は、オフィスビル等従来の投資対象不動産と異なる特性・リスクがあり、リートとしてはややハードルが高いものであると思われる。具体的には以下のようなメリットとデメリットがあると考えられている。

(1) ヘルスケア施設の利用者にとってのメリット・デメリット

<メリット>

・ヘルスケア施設の運営の透明性の向上

・良質なヘルスケア施設の供給の促進

ヘルスケアリートは、上場市場から資金調達を行うため適時適切な情報開示が義務付けられることになる。ヘルスケア施設の経営やサービスに関する情報開示が充実し、ヘルスケア施設の利用者は容易にそれらを確認出来るようになることが期待できる。また、ヘルスケアリートは、投信法、金商法等に基づき金融庁、国土交通省、加盟している協会等の監督・監視下に置かれることもあり、施設運営の透明化が測られ、それによりオペレーターの運営管理能力の向上が図られ、結果として入居者が安心して生活できるようになることも期待できる。

 

<デメリット>

・オペレーターの変更の可能性

・サービス内容の変更の可能性

・利用料値上げの可能性

ヘルスケアリートは運用資産の長期保有が一般的であるが、売却される可能性はゼロではない。ヘルスケア施設が売却された場合、オペレーターが変更されるなど運営の継続性が維持されず、利用者は施設を継続利用できなくなるという懸念がある。また、売却されなくても、収益性の観点からコストを抑えるためにサービス水準の低いオペレーターに変更されてしまう懸念もある。さらに、マスターリース賃料の引き上げ等により、結果として利用料が突然引き上げられることもありうる。オペレーターの交代等の懸念は、必ずしもリート特有のものではないが、利用者の懸念するところについてはヘルスケアリート成功のために整理しておくべき重要なポイントであると思われる。

(2) オペレーターにとってのメリット・デメリット

<メリット>

・資金調達方法の多様化

・貸借対照表の圧縮

・経営資源をヘルスケア施設運営へ集中

・資産保有リスクの回避

間接金融による資金調達と比べて、不動産の収益性に基づいて不動産投資市場から資金調達することで、自らの資金調達力に関わらず機動的な運営事業の展開が可能となる。オペレーターは大規模なヘルスケア施設等の供給が可能となる。また、ヘルスケア施設をヘルスケアリートに売却しリースバックで事業継続しながら、売却資金を他の事業に振り向けることができるようになる。さらに、ヘルスケアリートがヘルスケア施設を所有して維持管理を専門的に行うため、オペレーターは施設運営に集中できるようになる。所有と経営が分離されるので、施設管理については専門的にヘルスケア施設を保有する投資法人・資産運用会社にゆだねて、オペレーターは本業に専念できるというメリットがある。

ヘルスケアリートは存続期間の定めのない法人でありヘルスケア施設を長期保有できるため、施設の安定的な運用に適している。また、ヘルスケア施設を新たに建てると投資回収期間が長期になり、オペレーターが開発リスクや回収リスクなど大きな事業リスクを負うことなるが、ヘルスケアリートが長期安定的に不動産を保有すれば、リスクの一部が軽減され、オペレーターが安定的に運営することに寄与するものと思われる。ヘルスケアリートから運営を任されるオペレーターであるということで、運営体制、運営能力、信用力等が外部から評価されるということも考えられる。

 

<デメリット>

・ヘルスケア施設運営の自由度の低下

・過度な情報開示のリスク

・賃貸借契約解約リスク

・賃料値上げリスク

ヘルスケア施設の所有と経営が分離されるので、建物の状況に応じてオペレーターの裁量で修繕工事等をできなくなる可能性がある。また、現状、開示すべき情報が標準化されていないことから、結果として、過度な情報提供を要求されたり、不測の事態に備えてバックアップオペレーター(オペレーターによる施設運営継続困難の際の代替オペレーター又はその候補)を事前に用意する場合、同業他社に内部情報を提供しなければならなくなることが懸念される。さらに、ヘルスケアリートから収益性の悪化等に起因して、契約解除や賃料値上げを迫られるリスクがある。

(3) 投資家にとってのメリット・デメリット

<メリット>

・投資機会の拡大、創造

・ヘルスケア施設の所有による社会的意義

ヘルスケアリートがオペレーターと長期一括で賃貸借契約を結ぶのが一般的であるため長期安定利回りが期待できる。また、ヘルスケア施設は景気や不動産のサイクルの影響を受けにくい資産特性があることから、ポートフォリオに対して収益源泉の多様化を図るとともにリスクを低減する効果を期待することができる。高齢化が進展し、政策的にヘルスケア施設の供給促進に向かい様々な施策がとられるなかで、ヘルスケア施設を長期的に保有して安定的な収益を得るというヘルスケアリートは、投資家に魅力的な投資対象になりうると考えられるのである。また、少子高齢化や核家族化が急速に進んでいるわが国において、ヘルスケア施設は社会の基盤と位置づけられることから、ヘルスケアリートへの投資は社会的意義の高いことと認識されうる。さらに、ヘルスケア施設は、他の投資対象に比べて相対的にキャッシュフローの安定性が高いと考えられる。

 

<デメリット>

・オペレーター運営能力の評価等、投資リスク評価の困難性

・市場規模が小さいことに起因する流動性リスク

・保険制度の改正リスク

ヘルスケア施設の取得にあたり、その特徴を踏まえたリスク評価を行う必要があるが、オペレーターの運営能力や事業収支に対するリスク評価手法の確立はまさにこれからの課題といえる。投資リスクの評価が難しく、それ自体が事業リスクとしてみられた場合、投資家の求める利回りが更に高くなってしまう可能性がある。その他にも、オペレーターの経営破綻等のリスク、賃料が介護保険給付等を原資とするため制度改正のリスク、利用者が高齢者であり契約解除等に伴うレピュテーショナルリスク、資産運用会社が施設所有者に過ぎず施設の付加価値を創出できないリスク、などが挙げられる。

また、オペレーターの財務状況や施設の事業収支等にかかる情報開示制度等が十分に整備されていないことから、投資対象の選定において必要な情報を入手することが困難な状況があり、投資に踏み切れないリスクがある。オペレーターの信用力の問題や、施設の事業収支等の情報開示を行うことを躊躇するオペレーターもいること、そもそも不動産市場の投資家が求める経営管理や情報開示に対応出来る運営者がいまだ多くないことからヘルスケアリートが保有するヘルスケア施設を運営できる運営者の数が限定されてしまい、投資案件が検討の俎上に上がらないリスクがある。

他の投資対象施設に比べて、小規模な物件が多く、投資対象になりやすい大規模な物件が不足している。さらに特別な設備基準、用途変更が困難である等特殊な不動産であるため、オフィスや一般住宅等に比べて流動性が低い。

3.ヘルスケアリート資産運用会社のガイドライン

以上のようなデメリットが想定されているため、一般社団法人投資信託協会及び国土交通省により、ヘルスケアリート資産運用会社向けのガイドラインが公表され、安定運営や投資家保護の観点から運用会社が留意すべきことをまとめている。オペレーターのモニタリング体制の充実、賃貸借契約解除の条件・手続きの明確化、投資対象選定に重要な情報の入手環境、収益実績履歴の整備などについて、資産運用会社側の視点に立つガイドラインとなっている。

4.最後に

筆者は、これまで、多くのJ-REITに携わり、特に、資産運用会社の内部管理態勢、リスク管理態勢等に関するアドバイスを提供してきた。ヘルスケアリート資産運用会社向けの各ガイドラインをみると、求められている体制や情報収集・開示、利用者への配慮は、オフィスビル、賃貸住宅はもちろん、商業施設やホテル等の他のリートに比べて高いレベルのものになっているように感じる。杞憂かもしれないが、様々なリスクやデメリットへの対応が資産運用会社に過度に寄せられて全体としてバランスを失うようなことになると、J-REITへの参入が困難になったり、利用しにくいものとなってしまい、却ってヘルスケアリートの安定的な発展を難しくするのではないかということが懸念されるところではある。

 

※1.文中、意見に関する部分は筆者の私見であり所属する法人等の公式見解ではない。

 

※2.ヘルスケアリートの環境整備

 平成23年3月15日 国土交通省「住生活基本計画(全国計画)」高齢者人口に対する高齢者向け住宅の割合【0.9%(平17)→3~5%(平32)】

 平成25年3月27日 国土交通省「ヘルスケア施設供給促進のための不動産証券化手法の活用及び安定利用の確保に関する検討委員会」取りまとめ

 平成25年6月14日「日本再興戦略」民間資金の活用を図るため、ヘルスケアリートの高齢者向け住宅等の取得・運用に関するガイドラインの整備、普及啓発等

 平成25年12月5日 閣議決定「好循環実現のための経済対策」ヘルスケアリートの上場推進等を通じたヘルスケア施設向けの資金供給の促進

 平成25年12月20日 一般社団法人不動産証券化協会 「ヘルスケア施設供給促進のためのREITの活用に関する実務者検討委員会」中間取りまとめ

 平成26年4月1日 東京証券取引所「ヘルスケアリート上場相談窓口」設置、「有価証券上場規程等の一部改正」ヘルスケアリート上場に向けた取組み等を踏まえた改正

 平成26年5月15日 一般社団法人投資信託協会「ヘルスケア施設供給促進のためのREITの活用に関するガイドライン

 平成26年6月27日 国土交通省「高齢者向け住宅等を対象とするヘルスケアリートの活用に係るガイドライン」

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