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管理職こそコンプライアンスの浸透、定着のキーパーソン

管理職に求められるコンプライアンススキル

コンプライアンス(法令順守)への対応を行うことは、いまや会社にとって常識となっている。少なくとも上場会社であれば、コンプライアンスの仕組みづくりに取り組んでいる会社がほとんどだ。 その一方で、不祥事を起こして社会的信用を失う会社は後を絶たない。単に仕組みをつくるだけでなく、組織の隅々にまでコンプライアンスの意識を浸透、定着させることが大切だ。その鍵を握るのが、まさに現場の第一線に立つ管理職である。

まずい管理職の思考パターン

コンプライアンス上、問題があると思われる管理職の思考パターンには、大きく二つある。

 一つは「成果を出せば多少のルール違反は構わない」という考え方だ。これは営業系の管理職に多い。売り上げを伸ばしているのだから、交際費や交通費は使い放題。むしろ「ルールを破るほうが格好いい」くらいに思っている。こうした考え方は、いまや通用しない。自分自身は当然として、部下にもルールをきちんと守らせることが、管理職として必須のマネジメントスキルだ。管理職が率先して「ルールを守ることが格好いい」という風潮を作り出す必要がある。

 もう一つは「会社のためだから仕方がない」という考え方だ。たしかに、管理職がかかわった企業不祥事を見ると、私腹を肥やすためというケースは、実はそれほど多くない。会社のためを思ってやった、上司に言われ社命と理解してやった、というケースがほとんどだ。

 だが、最近では経営陣だけでなく、不正に手を染めた管理職自身が逮捕され、罪に問われるケースが増えている。そこまで至らないにしても、社内的なペナルティは免れないだろう。いざ不祥事が発覚したら、会社は管理職を守ってくれないのだ。

ルールの本質を理解することの重要性

職場におけるコンプライアンスを実践するため、また管理職が自分自身を守るためにもコンプライアンスのスキルは必須となっている。

 まずは、自分が属する業界に関連する法令や規制、社内規範、さらには「社会常識から見て何が許されない行為か」という知識を持つことが大前提となる。それも、単にルールを知っているというだけではなく、そのルールを守ることがなぜ必要なのかという本質をきちんと理解しておく必要がある。

 というのも、組織にコンプライアンスの意識を浸透、定着させるためには、管理職がルールの本質を理解し、それを自分自身の言葉で部下に「語り込む」ことが大切だからだ。コンプライアンスについても、全社および部門の目的・計画を部下に発信し、各人の目標を理解してもらい、その実現に向けて部下を動機づけ、必要に応じてサポートしていく。その点は、売り上げ目標やコスト削減目標と変わらない。だが、それらと決定的に違うのは、コンプライアンスは数字管理が難しいことだ。それだけに、あらゆる機会を利用して、ときには例え話などを交えながら、管理職が繰り返しコンプライアンスの重要性を説くことが求められる。

 なお、全社的な管理職研修という観点からすると、「ヒヤリハット」を含めた具体的な社内事例を教材にワークショップを行い、自社の失敗を「追体験」するのが効果的だ。

 ところが、日本の企業では「いまさら過去の失敗を蒸し返さなくても」と、社内的にストップがかかることが少なくない。不祥事に関係した当時の管理職が役員に昇進していたような場合は、なおさらそうした傾向がある。

 その場合には、他社事例を使って研修を行うことになるが、不祥事が起こった背景や詳細な事情がわからないため、どうしても理解が不十分になってしまう。

 全社的な情報共有が無理であれば、少なくとも自分の部門では過去、どのような問題が起こったのか、その原因はどこにあったのかを管理職レベルで把握し、部下と情報を共有しておくことが必要だ。

みずから襟を正しつつ部下をチェックする

管理職が念頭に置くべきコンプライアンスの内容は多岐にわたる。

 交通費や交際費などの社内ルールを守らせるのも、重要なコンプライアンスの一つだ。

 当然ながら、まずは管理職みずからがルールを守ることが大切。管理職になればなるほど使える予算枠が増え、裁量も大きくなる。明らかに社内の飲み会なのに上司が領収書をもらっている姿を部下が見れば「それなら自分も」と思ってしまう。

 小さな事かもしれないが、火種は小さいうちに消しておくことが肝心である。小さな事でも企業風土への影響は大きい。

 談合や商品表示の偽装といった法令違反については、前述したように「会社のために」という理由で常態的に繰り返されるケースが少なくない。粉飾決算では、「業績が悪いので何とかしてくれ」と、社長からプレッシャーをかけられるケースもある。

 法令に違反するだけでなく、現在の社会常識に照らして許されない行為については、断固として「ノー」という勇気をもたなければならない。

 その際には、なぜそれが許されない行為であるかを、きちんと説明すべきだ。相手が知識不足だったり、昔の常識にとらわれていたりするケースもあるからだ。

 インサイダー取引については、一義的には法律を犯した部下個人が刑事責任を問われ、会社からは懲戒処分(通常は解雇)を受けることになる。だが、管理職も監督責任を問われる可能性が高い。

 個人の財産権にもかかわるだけに、管理職としては難しい問題だが、原則は社内規定に則って部下を指導監督する。「株取引はすべて禁止」とか「株取引の際には会社に届け出を行う」などルールが明確であれば、管理職としては対応しやすい。インサイダー情報を入手し得る状況にある部下に株取引をしている様子があれば、「インサイダーは大丈夫だよね」と声をかけることは、管理職として当然の行為だ。

 そのほか、パワハラやセクハラ、メンタルヘルスを含む安全配慮義務など、管理職が注意すべきコンプライアンス上の問題は数多い。その中には、法令には書かれていない社会常識も含まれている。

 何が許され、何が許されない行為なのか。常識は時代とともに変化していく。それが会社全体でオーソライズされ、社内ルールとして明記されるまでには、タイムラグがある。だが、日々の業務は待ってくれない。ルールの本質を理解し、現場で的確に判断する対応力こそ、管理職に必要なコンプライアンススキルだ。

 

 

関連書籍

 『新しい管理職のルール』仁木一彦、高城幸司著 ダイヤモンド社

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