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『日本企業はTPPをどう活用すべきか』 ~経営戦略に与える影響を協定文から読み解く~ 第3回

(政府調達・国有企業・競争政策)

2016年2月4日、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、交渉に参加した12カ国によって署名された。世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める、人口8億人の巨大な自由貿易圏がその実現に向けた一歩を踏み出した。本シリーズでは、TPP協定文を読み解き、経営戦略に与える影響と具体的な活用方法を紹介する。第3回となる今回は、政府調達・国有企業・競争政策について解説する。

はじめに

2016年2月4日、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、交渉に参加した12カ国によって署名された。

TPP交渉は、2006年に発効したニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、チリの4カ国間の環太平洋戦略的経済連携協定(P4協定)をもとに開始された。2010年3月から米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムが交渉に参加し、最終的にはこれにマレーシア、カナダ、メキシコそして日本を加えて交渉が重ねられた。

米国にとっては交渉に参加してから5年半、そして2013年7月に交渉に参加した日本にとっては2年余りに及んだ交渉は、2015年10月5日にようやく大筋合意に達し、2016年2月4日に署名に至った。世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める、人口8億人の巨大な自由貿易圏がその実現に向けた一歩を踏み出した。

本シリーズでは、TPP協定文を読み解き、経営戦略に与える影響と具体的な活用方法を紹介する。第3回となる今回は、政府調達・国有企業・競争政策について解説する。

1. 政府調達 (その1)

i. 公正・透明な手続きのもと、TPP締約国の政府調達案件への参加が可能に

TPP以前から存在する政府調達に関する国際ルールとして、WTO・政府調達協定(Agreement on Government Procurement, 以下GPA)がある。

GPAは、中央政府機関、地方政府機関及び政府関係機関が購入又はリースによって行う物品及びサービスの調達のうち、一定金額に達する案件をGPA加盟国へ開放すること、他の加盟国に対する内国民待遇原則及び無差別待遇、並びにこれらを確保するための公正・透明な調達手続き等を定めている。

ii. 新興国において最大で約8兆円規模の政府調達市場に対する事業機会の拡大が期待できる

TPPにおいては、前述GPAと同等の規定を導入することが約束された。TPP参加国のうち、GPAに加盟しているのは、日本、米国、カナダ、シンガポール、ニュージーランドの5カ国のみである(2016年1月末時点)。また、メキシコ、チリ、ペルー、オーストラリアはGPAには加盟していないものの、これらの国と日本と間の経済連携協定(FTA)においては政府調達に係る規定が存在する。即ち、TPPによりアクセス改善が見込まれるのは、上記以外のTPP締約国、即ちこれまでGPAに加盟しておらずFTAでも政府調達を開放していなかったマレーシア、ベトナム、ブルネイの政府調達案件である。このほかTPPにおいては、チリ及びペルーが政府調達開放の対象となる基準額の引き下げを約束する等の規定も盛り込まれた。

政府調達は、各国GDPの約10~15%を占める莫大な市場であるといわれる1。国際通貨基金(IMF)によると、2014年の上記3カ国のGDPの合計は、約5,280億ドル(内訳は、マレーシア:3,270億ドル、ベトナム:1,860億ドル、ブルネイ:150億ドル)であり、その15%が政府調達市場だと仮定すると、最大で、約792億ドル(約8兆3,872億円)規模の市場へのアクセスが改善されることとなる。

日本は、マレーシア、ベトナム、ブルネイとの間でもFTAを締結しているが、交渉過程において、相手国が政府調達の開放にかかる規定の導入に難色を示し、規定を導入できなかった経緯がある。二国間の交渉で実現できなかった市場の開放が、TPPによって実現する。

1出所:OECD刊行「Size of public procurement market」

ベトナム:公立病院の開放に期待大、インフラ事業への参入はEU経由に勝機か

ベトナムはTPPにおいて、34の公立病院の調達、中央政府機関が実施する事務機器の調達や、自動車の保守・点検サービスをはじめとするサービス分野を開放した。ベトナムの政府調達市場への日系企業の参入機会が拡大する。

またベトナムは、政府調達市場の開放は、「TPPのオリジナルメンバーに限る」(即ち、今後もし中国がTPPに参加したとしても、中国企業はこのベトナム政府調達の開放の恩恵は享受できない)と明記しているため、今後新たにTPPに参加する国・地域の企業と比較しても日系企業にメリットがある。

・インフラ整備事業は開放の対象外

ただし、TPPによってベトナムの全ての分野の政府調達案件が開放されるわけではない点には留意が必要である。特に、日本国内の報道ではインフラ分野の開放が注目を集めているが、TPP附属書において、ベトナムは国内の交通インフラ整備を所管する運輸省の建設サービスや公共ユーティリティサービスを「対象外」としている。これに加え、発電所の建設などを所管するベトナム電力公社や石油・ガスの採鉱・採掘を行う国有のペトロベトナムグループ等も開放の対象機関となっておらず、インフラ整備の重要な分野は開放の対象外となっている。

・インフラ整備事業への参入は、EU経由で実現できる可能性

なお、EU政府の報道によると、ベトナムは2015年12月に署名されたEUとのFTAにおいて、EU企業に対してベトナム政府による道路、港等のインフラ整備、電力会社、鉄道会社の調達の開放を約束している。日系企業のEU法人が「EU企業」と定義されるための条件(EU企業がマジョリティを持つこと等)、を満たす場合、ベトナムのインフラ整備分野の政府調達案件については、TPPではなく、EU-ベトナム間のFTAを経由して参入できる可能性がある。

マレーシア:建設案件の参入には価格基準の壁、環境配慮機器に商機

・建設案件の開放基準を他国より高く設定するとともに、ブミプトラ政策を維持

マレーシアは、少なくとも中央政府機関に関しては、ほぼ全ての機関を開放の対象としている。ただし、マレーシアに関しては、建設分野において開放の対象となる基準額が他国と比較して高額であることに留意する必要がある。先進国は、基準額を450~500万SDR(特別引出権)に設定しているのに対し、マレーシアはTPP発効時で6,300万SDR、これを段階的に下げ、発効から21年後以降は1,400万SDRとしている。

これに加えて、建設分野の契約の総額の30%までをブミプトラ企業から調達するという規定を設けるとともに、全体の調達額の規模に応じて、ブミプトラ企業からの調達に価格上の優遇を与える規定もTPPで導入されている。ただし、米国の報道によると、マレーシアが政府調達を開放するのは「国内で調達ができない案件」であるため、高い技術力を持ち大規模案件への対応が可能な日系企業の参入の機会が遮断されているわけではない。

2015年5月に発表された「第11次マレーシア計画」においても、「経済拡大を支えるインフラ構築の強化」として、約3,000キロに及ぶ道路の舗装、クラン港への道路・鉄道経由での連結性改善等の目標が掲げられおり、マレーシア全土における建設事業の機会そのものは拡大すると考えられる。

・環境配慮機器の輸出拡大の可能性

上述の「第11次マレーシア計画」では、「環境に配慮した成長の追求」として、政府調達の最低20%をグリーン製品とすることが掲げられている。特に環境配慮機器分野で、技術力を持つ日系企業の参入が期待できる。

1. 政府調達 (その2)

iii. 先進国の調達案件においても参入機会が拡大する(米国、カナダ、豪州)

新興国のみならず、先進国の調達案件においても、TPPで新たに開放される分野が存在する。

米国はGPAにおいて、地方の電力会社5機関や地方公益事業公社を開放の対象としているものの、開放の例外としてGPA加盟国のなかで日本を明示的に除外していた。TPPによって、これらの機関の政府調達案件が日系企業にも開放される。
カナダについても、GPAより広い範囲をTPPにおける開放機関として約束している。例えば、中央政府機関に関して、GPAでは78機関が開放の対象であるが、TPPにおいては、新たに社会資本庁やカナダ共有サービス庁等を加え、合計95機関を開放の対象としている。政府関係機関についても、GPAでは10機関が開放の対象であるが、TPPでは、インフラ整備を担当するPPPカナダ等を加え、合計22機関を開放の対象としたため、GPAと比較して日系企業が参加できる案件が拡大した。
豪州は対象機関の拡大と基準額の引き下げを約束した。

国家安全保障に関わる分野や公共ユーティリティサービスは対象外となっているなど、一部の例外は存在するものの、対象機関の拡大及び基準額の引き下げによって、先進国においても、日系企業の商機が拡大することは間違いない。

2. 国有企業・競争政策(その1)

i. WTO協定で規定されていなかった国有企業に関する規律が導入された

TPPにおいて、WTO協定及び日本が締結済みのFTAには盛り込まれてこなかった国有企業に関する規律が導入された。国有企業とは、(1)締約国が50%を超える株式を直接に所有する企業、(2)締約国が持分を通じて50%を超える議決権の行使を支配する企業、(3)締約国が取締役会等の構成員の過半数を任命する権限を有する企業、のいずれかに該当する企業を指す。

TPPにおける具体的な規律としては、締約国は、国有企業及び指定独占企業が物品又はサービスの売買を行う際、商業的考慮に従い行動すること、他の締約国の企業に対して無差別の待遇を与えることを確保すること、国有企業への非商業的援助を通じて他の締約国の利益に悪影響を及ぼしてはならないこと等が規定された。

国有企業に関する規律がない場合、政府からの安価な財の提供や国有銀行からの低利の融資などによって、TPP締約国内の国有企業が他国企業と比べ有利な立場に置かれていることがある。国有企業に対する規律が導入されることによって、このような不公平な状況が改善される。
かかる規律は、関税引き下げによって得られる貿易自由化の効果が、不公正な競争環境によって歪曲されるのを防ぐ狙いがある。当初、マレーシアやベトナム、シンガポールが反対をするなかで、WTO協定においても規律のなかった国有企業にかかる規律がTPPに導入されたことは画期的なことといえる。

ii. 国有企業が競合となる場合/調達する場合の双方で日系企業の事業環境が改善

国有企業の規律の導入が日系企業に与える影響として、まず、TPP締約国内において、国有企業と同等の競争条件が整うことが挙げられる。

国有企業が競合となる場合、例えば、政府調達案件の入札環境が改善する。これまで、締約国内の国有企業が優先的に受注してきた政府調達案件に関して、前項 「政府調達」で述べたとおり、政府調達章で約束をした分野については、他の締約国の企業に対しても公平に門戸が開放される。これに加えて、競合である国有企業が商業的考慮に従って行動することが義務付けられることで、TPP締約国内の国有企業が、自国内で破格の物品、サービスを納入することができなくなり、外国企業との間で公平な競争環境が整備されることとなる。

同様に、国有企業が調達する場合にも好影響が及ぶ。従来であれば、国有企業が、財やサービスの調達先の企業を恣意的に選択することが可能であり、TPP締約国内の他の国有企業から優先的に調達することが可能であった。TPPの規定によって、こういった恣意的な選択が困難になり、日系企業が、調達元としての国有企業に財やサービスを提供できる機会が拡大する。

2. 国有企業・競争政策(その2)

iii. 但し、成長が見込まれる有望市場(エネルギー等)では国有企業の優遇措置が続く見通し

・ベトナムのエネルギー関連企業は対象から除外

国有企業の規定にも例外項目が存在することに留意が必要である。例えば、ベトナムにおける収益最大2のペトロベトナムグループ及びその子会社は、国有企業の規律の例外企業となっており、その販売行為において、商業的考慮以外の事情も考慮できるとともに、石油、ガスの採掘や輸送においては、ベトナムの投資家が投資した企業の物品やサービスを優先的に購入できる旨が規定されている。

また、ベトナム電力公社及びその子会社、現在及び将来的に発電所(原子力及び再生可能エネルギーを含む)を運営する企業も例外とされており、これら企業は、水力発電、原子力発電、電力供給等に関連して購入する物品やサービスについて差別的な取り扱いを行うことが認められている。

同様に、ベトナム空港会社、ベトナム航空、ベトナム海運及びその子会社、出版、放送会社なども例外が認められている。また、ベトナム開発銀行をはじめとする金融機関についても例外があり、ベトナム国籍の企業に関して優遇的な取り扱いをすることが認められている。これは、民間金融機関の活動を妨げるものはないと記載されているものの、国有企業との公平な競争という観点において、ベトナムにおける事業環境の改善は限定的と言わざるを得ない。

・マレーシアはブミプトラ優遇政策を維持

マレーシアは、ブミプトラの訓練機関であるMajlis Amanah Rakyat (MARA)等を例外扱いとするほか、国有企業が、ブミプトラ企業及びサバ・サラワク地域の企業が提供する物品やサービスを優先的に購入することが例外として認められている。また、国有石油会社のペトロナスに関しても、石油・ガス分野の上流事業に関連する物品とサービスの購入については、マレーシア企業を優遇すること等の例外が認められている。

・ベトナムに限らず、エネルギーインフラ事業は除外される傾向

この他、メキシコ、チリ、ペルーについても、電力や石油関連の企業に同様の例外が設けられており、全体として、電力や石油等のエネルギーインフラ事業については、例外が設けられる傾向にある。

2出所:Vietnam’s largest enterprise in 2014

2. 国有企業・競争政策(その3)

iv. TPPの規律が中国にも適用されれば事業環境は劇的に改善

国有企業への規律が導入されることによって、TPP締約国外における活動についても、TPP締約国の企業の間で、競争環境が改善されることとなる。例えば、政府から多額のバックアップを受けたメキシコやチリの国有企業が、TPP締約国外の政府による調達案件を破格の価格で受注するといった事態を防ぐことができる。ただし、当然のことながら、TPPのルールは、TPP締約国内の国有企業にしか適用することができない。

・現状では、中国をはじめとするTPP締約国以外の国有企業の行動が目立つ

近年は、中国政府と企業が一体となって、インドネシアにおける高速鉄道の建設を、インドネシア政府に財政負担や債務保証をさせないかたちで受注するという事例や、ロシアの国有企業が、ベトナムにおける海底ガス田の開発を請け負うというように、新興国のインフラ整備や資源開発に、TPP締約国以外の政府や国有企業が乗り出してくる事例が増加している。

また、中国国内においても、中央政府レベル、地方政府レベルともに国有企業を対象とした多額の補助金が供与され、民間企業との競争条件が公平でないという実態がある。

・中国が参加するFTAAPにおいてTPPのルールが適用される可能性が高い

2015年11月に開催された「米日カウンシル」の年次カウンシルで登壇した安倍首相は、TPPを、「21世紀型の新通商ルールの礎」とし、「TPPの大筋合意をもとに、今後、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)やアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)とのアジア太平洋地域の経済連携を一層進めていく」と述べた。

FTAAPは、アジア太平洋経済協力(APEC)関係国間で、投資と貿易の自由化やビジネスの円滑化を進める構想であり、FTAAPのメンバーには、中国やロシアも含まれている。(今後のTPP批准プロセスが首尾よく進み、東アジアのその他の交渉枠組みよりも早く発効すれば)FTAAPのルールがTPPをベースに検討されることにより、中国やロシアに対しても国有企業の規律を適用できる可能性が高まる。

・TPPの拡大やFTAAPを通じて現締約国以外にもルールを広げることが肝要

中国など、多数の国有企業を有する国をTPPに新たに取り込むことや、FTAAPなどを通じて、TPP締約国以外に当該ルールをいかに広げていくかが、今後、国際的に公平な競争環境を整備していく上での鍵となる。

2. 国有企業・競争政策(その4)

v. 競争当局及び競争法令の維持が規定された

競争政策章において、各締約国は、反競争的な事業行為を禁止する競争法令を制定し、又は維持すること、競争法令の執行について責任を有する当局を維持すること、競争法令の執行における手続きの公正な実施、締約国間及び競争当局の協力、消費者の保護等が規定されている。

日本がこれまでに締結したFTAにおける競争章では、いずれかの締約国内で反競争的行為が行われた時に、締結国間の当局が連携・協力することを中心に規定してきたが、今般のTPPにおける規定は、日本の従来の約束内容より一歩踏み込んだものであると言える。

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著者:デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員/パートナー
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