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無形資産の譲渡に係る事後的な追徴課税の可能性について

『国税速報』平成28年2月22日号

無形資産(HTVI:Hard to value intangibles)に係る当該指針は、BEPS プロジェクトの最終報告書により改正されるOECD 移転価格ガイドラインの第6章に含められており、日本においても、指針に沿った法令等の整備が検討されています。日本における法令等の整備が整った場合、譲渡する無形資産の種類によっては、事後的に譲渡対価を調整することによる追徴課税が行われる可能性も考えられます。(『国税速報』平成28年2月22日号)

【疑問相談】国際課税

「無形資産の譲渡に係る事後的な追徴課税の可能性について」

Question:
新聞等で、無形資産の譲渡について、当該無形資産の収益性に見合った税金を事後的に徴収する仕組みが検討されていると報道されています。

当社は、海外の地域統括会社に、一部の特許を譲渡することを検討しておりますが、事後的に税金を徴収する新しい仕組みが適用される可能性はありますか。

Answer:
BEPS プロジェクトの最終報告書が2015年10月5日に公表されました。当該報告書には、新たなルールとして、価格付けが困難な無形資産(HTVI:Hard to value intangibles)に係る取決めが定められています。この新たなルールにおいて、一定の要件に合致する場合には、無形資産の譲渡後の業績に基づき、税務当局が事後的に譲渡対価を調整するメカニズムを許容する指針が示されました。

HTVI に係る当該指針は、BEPS プロジェクトの最終報告書により改正されるOECD 移転価格ガイドラインの第6章に含められており、日本においても、指針に沿った法令等の整備が検討されています。

日本における法令等の整備が整った場合、譲渡する無形資産の種類によっては、事後的に譲渡対価を調整することによる追徴課税が行われる可能性も考えられます。

【解説】

1. 背景

経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development、「OECD」)は2015年10月 5日「税源浸食と利益移転」(Base Erosion and Profit Shifting、「BEPS」)プロジェクトの最終報告書を公表しました。

BEPS プロジェクトは、欧米企業で明らかになった、企業による巧妙な税金逃れを阻止するために、OECD 及びG20各国が協調して対応することに合意した関連プロジェクトを総称したものです。

2013年7月には、BEPS プロジェクトを集約した15のグローバルな行動計画が示されています。

15のグローバルな行動計画のうち、行動計画8~10は、利益を生む経済活動と利益の配分が不整合となる問題に着目し、価値の創造と整合する移転価格税制上のルールを検討するものでした。2015年10月5日に公表されたBEPS プロジェクトの最終報告書は、それぞれ、15の各行動計画に対応するものでしたが、行動計画~810については、3つの行動計画をまとめたひとつの最終報告書が公表されています。当該報告書(186ページ)は、無形資産に関する規定、費用分担契約に関する規定、リスクに関する規定等の内容を含んでいます。

無形資産に関する規定は、OECD 移転価格ガイドライン第6章を改正するものであり、A.無形資産の特定、B.無形資産の所有権、並びに無形資産の開発・改良・維持・保護・活用を伴う取引、C.無形資産の使用及び移転を伴う取引、D.無形資産を伴う事例における独立企業間条件の決定に係る補助的なガイダンスから構成されています。

このD節において、「価格付けが困難な無形資産に関する特別ルール」として、無形資産の移転後において、移転された無形資産から発生する実際の所得により、事後的に無形資産を評価する仕組みである「所得相応性基準」が、検討されています。

2. 最終報告書におけるHTVIに係る指針の概要と解説

(i) HTVIの定義

最終報告書ではHTVI を、移転時において、次の2つを満たす無形資産(もしくは無形資産に係る権利)と規定しています。

① 信頼できる比較対象取引が存在しない

② 無形資産の移転により生ずる将来のキャッシュフロー・所得の予測、もしくは無形資産の評価に使用される前提が、かなり不確かなものであり、無形資産の移転時には最終的な成功の度合を予測することが困難である

また、HTVIの移転もしくは使用を伴う取引として、次の要素を満たすものがえられるとしています。

① 無形資産が、移転時において部分的に開発されている

② 無形資産が、取引後数年は商業化が期待されない

③ 無形資産が、それ自体単独ではHTVI ではないが、他のHTVI に該当する無形資産の開発・改善と関連がある

④ 無形資産が、移転時において、それまでにない方法での利用が予想され、類似の無形資産の開発・活用の記録がないことから、財務予測が極めて不確実である

⑤ 無形資産が、HTVI に該当するもので、一括の対価で関連者に移転された

⑥ 無形資産が、費用分担契約又は類似の取決めにおいて、使用又は開発された

(ii) HTVIへの所得相応性基準の適用と除外規定

最終報告書ではHTVI について、納税者と税務当局の間の情報の非対称性があり、HTVIの移転から数年を経て事後の結果が判明するまで、税務当局が、移転価格の観点からのリスクの評価、取引対価の算定に使用した情報の信頼性の評価、及び取引対価が独立企業間価格に比して過少・過大となっていないかの評価を行うことが困難であると述べていす。このような場合において、事前のHTVI の移転の対価の評価に際して、事後の結果を用いるアプローチを取り得るとしています。ただし、以下の除外規定を一つでも満たせば、当該アプローチは採用されないとしています。

① 納税者が次の情報を提供する

・無形資産の移転時に移転価格の算定に使用された事前の予測(Projection)についての詳細(価格算定に際してのリスク評価、及び合理的に予測しうる事象・リスクに係る検討等)

・事前の予測と実績の著しい相違について、無形資産の移転時には当事者が予測できなかった価格設定後に起きた展開・事象によるものであること又は当初からその可能性が予測されていた事象であり、著しく過少・過大に評価されていたわけではない事象の展開によるものであることの信頼できる証拠

② HTVIの移転が、二国間又は多国間の事前確認の対象となっている

③ 事前の予測と実績の著しい相違について、取引価格に与える影響が20%を超えない(HTVIの取引時の対価を20%を超えて増加・減少させない)

④ HTVI に関して、非関連者からの収入の発生(商業化)から、5年間が経過しており、当該期間における予測と実績の差異が20%以下である

(iii) HTVIの評価方法について

最終報告書における無形資産に関する規定は、無形資産を伴う取引に係る独立企業間価格の評価についての指針を含んでいます。

特に、信頼できる比較対象取引がない場合の評価方法として、割引キャッシュフローに基づく価値評価手法が、適切に使用された場合(計算の前提が正しく設定され、独立企業原則と整合するものである場合)には、有用であると明記されています。

これは一般には、DCF 法(DiscountedCash Flow法:割引現在価値法)として知られるものですが、DCF 法の多様な前提を検証することは、これまでの移転価格分析とは異なる作業であり、事後の結果を用いた課税裁量の余地があるとえられることから、無形資産取引に係る移転価格リスクはさらに高まる懸念があります。

3. 所得相応性基準の日本への導入可能性

日本は、制度及び執行の双方について国際ルールに忠実であり、また、今般は、浅川財務官が議長としてOECD の議論をリードしていることからも、BEPS プロジェクトの成果物である各指針について、法令等の整備がすすめられることが考えられます。

なお、2014年9月に発表されたBEPSプロジェクトに関する成果物について、国境を越えた役務提供に対する消費税の課税の見直し等、いち早く法令等の整備が行われたものもあります。

HTVI に係る所得相応性基準の導入に関しては、税務当局の課税裁量に関係するものであり、法令等の整備について積極的に検討されるとえられます。

なお、現行の移転価格事務運営要領1-2(3)でも、「必要に応じOECD 移転価格ガイドラインを参にし、適切な執行に努める」とあり、HTVI に係る所得相応性基準の導入は、改正OECD 移転価格ガイドラインの一部となったことから、法令等の整備を待たずとも、日本の税務執行において、参考とされることとなります。

4. 納税者としての対処方法

HTVI は、その評価が難しいことから、国際的に、税務争訟の対象となってきました。

日本において所得相応性基準が導入された場合、無形資産の譲渡等の移転に係るリスクは、より一層高いものとなります。

今後、納税者として、当該リスクを軽減するためには、無形資産の移転時に、その対価の算定について、機能・リスク、将来予測等様々な点において十分に検討し、算定に使用した資料を整備しておくことが必須となります。

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