Posted: 22 Mar. 2022 10 min. read

AIとの協働をデザインする監査

Deloitte AI Partners│vol.4

Deloitte AI Institute(以下、DAII)は、グローバルで約6000人が所属している、AIの戦略的活用およびガバナンスに関する研究活動を行うプロフェッショナルネットワークです。国内外のAI専門家やデロイト トーマツの様々なビジネスの専門家と連携することで、AIによるビジネスや社会の変革と、人々に信頼されるAIの実現を支援しています。

本連載「Deloitte AI Partners」では、デロイト トーマツにおける各領域のリーダーとの対話を通して、AIを単なるビジネスやサービスを強化するだけの道具という位置づけから、多様なステークホルダーに価値をもたらす全く新しいビジネスモデルやエコシステムを実現するエンジンへと進化させるためのヒントをお届けします。

今回は、有限責任監査法人トーマツ Audit Innovation部長の外賀友明に、「AIとの協働をデザインする監査」について話を聞きました。

森: まずは、どういったお仕事をされているのかについて教えていただけますか。

外賀:私は公認会計士でして、企業の会計監査業務に従事をしています。会計士というと、決算書のチェックを行っているイメージが強いと思いますが、私自身が目指しているのは「社会や企業から発信される情報に信頼を付与することで、それらを安心して使って頂ける社会を作る」ということです。

そういったことをしっかりとやっていくには、会計士の力だけでは難しいのが実情です。たとえば、「不正」が発覚すると、企業価値は大きく損なわれてしまいます。そういった事態を避けるため、不正が行われていないか、多面的に検討する必要があります。

具体的には、不正を発見するためにAIなどテクノロジーを活用したり、業種毎の取引慣行やライフサイクルなどに詳しい専門家の協力を得たりしながら、監査していく必要があります。また、これらの活動は、不正を抑制することにも繋がります。これは、会社にとってはもちろん、社会にとっても大きなメリットがあると考えています。

この一例からもわかるように、社会や企業に信頼を付与する高品質の監査業務を提供するためには、会計士だけでなく、インダストリーやITの専門家、データサイエンティストなど、多様な専門家とチームを組成すること、さらには、テクノロジーを積極的に活用していくことが必要です。これらを、複合的に推進するAudit Innovation業務も推進しています。

森:外賀さんは、2012年にシドニーにあるデロイト オーストラリアに派遣されています。当時から先進的な取り組みをしていたファームだと思いますが、そこでどういったことを学び、何を感じられたのか教えていただけますか。

外賀:シドニーでは、当時からビッグデータの活用にとどまらず、AIを監査業務に活用していました。また、専門知識を活かし、監査というビジネスを大きく変えているという部分にはとても驚きました。もちろん、使っているツールやその活用などもありますが、なにより驚いたのは「チェンジマネジメント」です。シドニーでは、ツールを使いこなし、人の行動を変えることをモチベートしていました。「会計士は、最もセクシーな仕事だ」と自分たちの仕事に胸を張っているんですよ。日本では、あまりそういうこと言いませんよね。手法だけでなく、取り組む姿勢やマインドを現地で学んだことが、日本で同様の取り組みを立ち上げるための、大きなきっかけになりました。

外賀 友明/Tomoaki Geka 有限責任監査法人トーマツ パートナー。Audit Innovation部長。2001年に有限責任監査法人トーマツに入社後、大手食品メーカーや小売業等の上場会社の監査業務に従事。監査にアナリティクスを導入し、多大な成果を上げているシドニー事務所からノウハウを学ぶため、2012年シドニー事務所派遣。帰国後、事務所全体へのアナリティクスやAIの導入・展開を図るAudit Analytics PJに立ち上げから参画、リードしている。


森:
 なるほど。見え方や価値の出し方、活用の仕方も全く違っていたということですね。会計監査は堅い業界だと思っていましたが、会計士業務とAIとを組み合わせることでクライアントに対してのバリューの出し方が変わり、その結果クライアントも変えていけるというのは、とてもおもしろい話ですね。

外賀:たとえば、被監査会社への「報告」1つをとっても、全くやり方が違っていました。当時、我々の業界では、文章書類で経営層に報告するというのがポピュラーな手法でしたが、彼らはまるでスティーブ・ジョブズのようにプレゼンテーションを行っていました。「コンサルタントがやっていることを、なぜ会計士はやらないんだ」という言葉が、強く印象に残っています。資料の見せ方や伝え方、自らをモチベートする方法は、本当に参考になりました。

森:より付加価値を出していこうという取り組みが、変革のエンジンになっているのですね。「報告」の方法ひとつとっても、他業界での取り組みを積極的に取り入れているといった印象を受けました。それは、驚くべきことですね。しかし、国内と海外とでは、大きな差があるように感じます。その差は、どこから来ていると思いますか。

外賀:文化の違いはあるかもしれませんが、取り組みへの姿勢そのものが大きく違うのだと思います。彼らは自分たちを「オーディットデザイナー」と呼んでいました。会計士だけで集まるのではなく、心理学の専門家やUXデザイナーと組みチームを動かしています。だから、「デザイナー」だと自負しているのです。

森:デザインにはさまざまな意味や価値があります。以前、デザイナーの方から「いいデザインは、それを見た人が学びたいという気持ちを高める」といったお話を伺ったことがあります。オーディットデザインはまさに、何かを変えていこう、やっていこうという気持ちにさせるものだと思います。そういった意味ではまさに「いいデザイン」だと思います。また、テクノロジーやその設計を監査業務に活かしているのもユニークだと感じました。

外賀:シドニーにはテクノロジーを学びに行ったつもりでしたが、それを活かし切るための課題認識や、何を優先的にやるべきなのかといったことを学びました。

彼らは今の業務に誇りを持ち、どう高めていくのかということをデザインしていたのです。その思想や手法を取り入れ、国内でAudit Analyticsの提供を本格的に開始しました。そして、サービスの拡大と比例して、そういった取り組みに共感する人も増えていきました。

また、デロイト トーマツは部門間の垣根が低いのが強みだといわれます。実際、活動範囲が拡大していく中で、助けを求めると真摯に対応していただけます。グループ内の専門家と協働することで、それまで以上に企業へインサイト提供する機会が増えており、業務が面白いと感じることも増えています。

森 正弥/Masaya Mori デロイト トーマツ グループ パートナー。Deloitte AI Institute 所長。グローバルインターネット企業を経て現職。eコマースや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国のR&Dを指揮していた経験からDX(デジタル・トランスフォーメーション)立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。日本ディープラーニング協会 顧問。

 

監査・保証は企業価値そのものの向上に繋がる

外賀:現在、企業環境のグローバル化やビジネスの複雑化が進んでいます。不確実性が増している時代において企業や投資家は、正しい情報がなければ適切な意思決定を行うことができません。

監査・保証という業務は、情報に対して「信頼」を付与し、安心して使っていただけるようにするということであり、透明性やガバナンス、ひいては企業価値そのものを上げていくということに繋がります。

会計監査への期待は、日々高まっていると感じています。しかし、情報とひと言でいっても、タイミングや幅で、その内容は大きく異なってしまいます。我々は、そういった被監査会社の様々なニーズに応えるだけでなく、期待を超える形で応えていきたい。そのために、データを効率的に使う、リアルタイム性や不正を見逃さないといったことが重要になってくると考えています。そこで、AIを活用していこうと考えています。

そのために、デジタイズが第一歩になります。まだ紙が主流の業界ですが、だからこそ変えようがありますし、やりがいもあります。また、データになれば、自動で処理できたり、テレワークで作業できたりといったメリットに加え、データを複合的に利用していくことができます。一元的な影響にとどまらず、そういった会社・社会全体をよくする姿を描くことが、監査においては重要だと思っています。

森:2022年1月に「トーマツ、AIによる不正検知モデルを開発 不正リスク評価から対応手続の立案まで網羅的にAIを活用」というニュースリリースが発表されました。「過去の不適切な財務データをAIに学習させることで、会社、勘定科目単位で不正を検知する不正検知モデルを今般開発し、2022年1月から本格導入を開始」とのこと。実際のAI活用について、説明していただけますか

外賀:不正に関しては、社会的な注目を集めているにもかかわらず、後を絶ちません。不正が一度発覚すると、それが瞬時に経済社会に広まり、企業価値は急激に著しく損なわれます。上場廃止になったり、株価が急落してしまったりというケースも少なくありません。大きな不正に至らないとしても、海外子会社が親会社の目の行き届かないところで不正しているケースもあり、経理ガバナンスの構築が求められています。

そこで、会社単位や重要な指標、勘定科目単位で不正を検知する不正検知モデルを開発しました。公開情報である上場企業の過去の不正の傾向をAI・機械学習モデルに学習させています。監査人は監査先から連結グループの財務データを入手し、不正検知モデルにデータを投入することで、モデルによる不正スコアの計算が実施され、不正リスクが高い(過去の不正との類似度が高い)会社、指標や勘定科目を識別することができるものです。

簡単に言うと、AIを活用することで会計士の能力を拡張していくことができます。統計データを使って不正の予兆・端緒をAIがつかみ、会計士のノウハウや経験を組み合わせ、追い詰めていくといったイメージです。

天才物理学者と敏腕刑事がタッグを組んで犯人を追い詰めていく海外ドラマがありましたが、これまでの会計士はその両方の役を一人でこなす必要がありました。しかしAIが物理学者の役割を担うことで、会計士が刑事役に徹することができます。

親会社が日本にいながら予兆・端緒を検知することで、早々に手当てできるということができれば、会社を守ること、ひいてはマーケットの信頼性を守ることに繋がります。不正の内容を分析し、認識してもらうことで、もう不正が起こらない/抑制できるシステムを作っていくように企業を導くこともできるでしょう。AIを活用することで、不正自体を発生させない基盤構築・強化に会計士がより注力していくことができると考えています。

森:会計士はAIと置き換わるといった議論がありますが、そうではない。やはり全体を見ていくことが重要になってきますね。会計士だけでは目の届かないところをAIが担当する。それを組み合わせることで全体としてどういった価値を出していくのか。会計士の能力をAIがどう拡張していくのかというシナジーを考えていく必要がありますからね。

AIが人と置き換わるというと少し違うのではないか、といった事例も出ています。たとえば、AIを使って急速に成長しているスタートアップをみると、コンサルタントや経験豊富な営業職の方を数多く雇っているのです。これはどういうことかというと、業界や重要顧客の問題はコンサルタントや営業職の方が深掘りしていき、本質的な課題や解決すべきテーマが見つかったらそれをAIプラットフォームに乗せ、数多のクライアントに提供できるようスケールさせているのです。つまり、本質を探る人間と発見した本質をスケールさせて活用していくAIという組み合わせがうまくデザインされているのです。AIで置き換えるというのは、AIを使ったオポチュニティを非常に狭く捉えていることに他なりません。

不正検知のソリューションについてのストーリーも、まさにそういった活動と繋がっているような気がしています。それだけに非常に楽しみですね。

外賀:今回発表した「不正検知モデル」は、今後2年間で100社以上の監査先のリスク評価手続に活用することを目指しています。

特長を挙げると、最新の理論やモデルを活用し、AIの説明可能性を高めていること。AIが「不正の可能性がある」としたときに、なぜそういう結論を導いたのか説明する必要がありますし、万が一不正を見逃してしまった場合にも、説明を求められます。

我々のAIでは、「なぜそのスコアが出ているのか」「高リスクとなった理由」「どこが高リスクなのか」「何をすればいいのか」など、アクションが取りやすいアウトプットを提供しています。

例えば、過去の不正や類似案件などの文献を表示し、類似事案において企業がどんな対応を打ったのかを知ることもできます。単にモデルを提供するのではなく、アクションが取れるようにデザインしているのです。

 

森: 技術そのものやモデルそのものが説明可能かという部分もありますが、ここでも全体の包括性や構造が重要だと思っています。たとえば、マクロで概要を大きく掴み、ミクロで正確に確認していく。デロイト トーマツのAIはそういった取り組みでも使うことができますが、これ自体がとてもわかりやすい説明になっています。1つの技術だけではなく、組み合わせることで、説明可能性は向上するのです。

不正検知の仕組みの中で、デザインそのものがかなり重要になっていると感じました。

僕自身、インターネットのB to C領域の不正検知を長くやってきました。その中で、計画的に不正行為を行う人は徒党を組み集団で不正行為を働くという経験則があります。たとえば、よくあるのが「評価」の仕組みを悪用するケース。悪意をもつユーザー同士がお互いを高評価し、優良なユーザーを騙るケースがあるのです。それらが積み上がったところで不正を行う。これを見つけるためには、評価や会話を時系列で分析していくのですが、意図的な不正行為のそれは、それぞれの評価と会話が定期的に規則正しく発生している。言い換えると、発生の仕方に揺らぎがない。無作為の行為では揺らぎが必ず出るのですが、悪意ある行為は計画的であるがゆえにこういった揺らぎが一切ない。つまり、あるルールに沿って機械的に行っている。そういった悪意のあるユーザー同士のコラボレーションを見つけるというのが重要な取っ掛かりになっていましたね。

 

AIとプロフェッショナルの協働

森:監査業務で不正検知モデルを活用することは、AIを効率化に使うのではなく、価値創造のためのツールとして活用していこうという流れがあるのだと感じました。情報検索の世界では予測結果の評価指標として再現率(recall)と適合率(precision)が使われます。これはトレードオフの関係になっていて、正確性を追求すると何かを取り逃がす、全てを漏らさず取ろうとすると一件一件の精度が下がるといった内容です。そういった意味では「正確さ」を求めつつ「漏らさない」必要もある。それが「ミクロ」と「マクロ」の両輪の話なのだと思います。

外賀:我々が目指しているのは、「不正」の検出精度の徹底的な向上です。AIはそのためのツールに他なりません。不正の予兆・端緒を掴むのがツールの役割です。そこをスタートにして、本当に不正があったのか、二度と発生しないようにするにはどうすればいいのか、不正を抑制するためには何をしていけばいいのかといったところに、究極のゴールがあると思っています。そのためにはAIとプロフェッショナルの協働が欠かせません。

再現率と適合率についてはまさに仰っているとおりで、両方のいいところ取りを会計士だけで行うのは難しい。その点、デロイト トーマツでは、会計士やコンサルタントなど、プロフェッショナルの総合力で全方位を網羅することで、最終的に漏らさず、社会全体の不正を抑制していくことができます。テクノロジーの活用はもちろん、プロフェッショナル同士が連携する際ハードルが低いことが、究極的な私たちの強みといえます。

森:不正検知は、人間の健康診断のように企業の状況を把握できるのかもしれません。悪い部分を早期発見するためにも使えそうですよね

外賀:私たち監査人は課題を抱えた企業から相談されるのではなく、平時から、様々な角度や深度で企業情報に触れています。そうした固有の特性を生かしたアプローチもやっていきたいと考えています。一方で、守秘義務などが大きな壁になる部分もあり、今後、技術で解決していけないだろうかと期待しています。

森:仕事がツールに置き換わるという議論ではなく、やはり人とツールを使って全体をデザインしていくということが重要になっていると感じますね。AIやロボットを活用している企業の方が雇用を増やしているという事例もあります。オポチュニティを開拓するという発想をしないと、ビジネス的にも縮小していきますからね。

監査や不正の検知というと、どうしてもネガティブに捉えるケースもありますが、新たな価値創造や社会貢献に不可欠と言うことが理解できました。本日はありがとうございました。


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森 正弥/Masaya Mori

森 正弥/Masaya Mori

デロイト トーマツ グループ

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。 ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国の研究開発を指揮していた経験からDX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。CDO直下の1200人規模のDX組織構築・推進の実績を有する。2019年に翻訳AI の開発で日経ディープラーニングビジネス活用アワード 優秀賞を受賞。 東北大学 特任教授。日本ディープラーニング協会 顧問、企業情報化協会 AI&ロボティクス研究会委員長。過去に、情報処理学会アドバイザリーボード、経済産業省技術開発プロジェクト評価委員、CIO育成委員会委員等を歴任。 著書に『クラウド大全』(共著:日経BP社)、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『大前研一 AI&フィンテック大全』(共著:プレジデント社)がある。 記事:デロイトデジタル「新しい世界へのマーケティングは、人とAIのコラボレーションによりもたらされる」 関連サービス ・ カスタマー・マーケティング(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ

外賀 友明/Tomoaki Geka

外賀 友明/Tomoaki Geka

Audit Innovation部長 有限責任監査法人トーマツ パートナー

2001年に有限責任監査法人トーマツに入社後、大手食品メーカーや小売業等の上場会社の監査業務に従事。監査にアナリティクスを導入し、多大な成果を上げているシドニー事務所からノウハウを学ぶため、2012年シドニー事務所派遣。帰国後、事務所全体へのアナリティクスやAIの導入・展開を図るAudit Analytics PJに立ち上げから参画、リードしている。 公認会計士 IAASB(国際監査・保証基準審議会)Technology Working Group Project Advisory Panel メンバー