Posted: 20 Dec. 2022 5 min. read

ビジネス課題の解決のみならず、まだ見ぬビジネス課題も探求するデータサイエンティスト。世界トップレベルの精度を誇るAIモデルの開発の実現

Deloitte AI Partners|vol.8

Deloitte AI Institute(以下、DAII)は、グローバルで約6,000人が所属している、AIの戦略的活用およびガバナンスに関する研究活動を行うプロフェッショナルネットワークです。国内外のAI専門家やデロイト トーマツの様々なビジネスの専門家と連携することで、AIによるビジネスや社会の変革と、人々に信頼されるAIの実現を支援しています。

本連載「Deloitte AI Partners」では、デロイト トーマツにおける各領域のリーダーとの対話を通して、AIを単なるビジネスやサービスを強化するだけの道具という位置づけから、多様なステークホルダーに価値をもたらす全く新しいビジネスモデルやエコシステムを実現するエンジンへと進化させるためのヒントをお届けします。

今回は、リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス マネージングディレクターの金英子に、「世界トップレベルへのチャレンジ」について話を聞きました。

 

森:デロイトアナリティクスでデータ分析コンサルタントとして活躍されている金さんにいろいろとお話を伺っていきたいと思います。まずは、自己紹介をお願いします。
 

金:デロイトアナリティクスでAIやデータ、アナリティクスなどを用いてクライアントのデータドリブン経営を支援するDecision Analytics & Technologyチームに在籍しています。最近はライフサイエンス・ヘルスケアにフォーカスしたチームをリードおり、その中でAIサービスやソリューション開発も行っています。

デロイトアナリティクスでは、クライアントからの課題に応じて、アナリティクスやAI要素を有機的に結合し、付加価値の高いサービスデリバリーを行っています。その中インダストリーフォーカスとして、ライフサイエンス・ヘルスケア領域にフォーカスしている私のチームでは、「アンメット・メディカル・ニーズを含めた様々な社会課題にアプローチし、エビデンスに基づいた解決を支援する」をミッションに、AI・アナリティクス技術の導入を支援しています。
 

森:今はデロイトアナリティクスで活躍されていますが、もともとは研究者として活躍されていたと聞いています。当時はどういった研究をされていたのでしょうか。
 

金:約10年前まで、研究者としてAI領域の研究をしていました。当時はビッグデータという言葉が出始めた頃で、ウェブの膨大なデータの中から価値のある情報を抽出し、社会学のソーシャルネットワーク理論と組み合わせることで社会やビジネスに貢献していこうとしていたんです。

具体的には、膨大なデータから人物や企業同士の関係性の情報を自動的に抽出して関係のネットワークを作り、そのネットワークから受ける関係構造のインパクトを利用して企業や人物の価値やランキングを予測する研究をしていました。人との関係性に着目した、著名人に関連する人物同士の関係をネットワークのような形で出力するサービスがありますが、そのようなサービスの先駆けになる研究といえばわかりやすいでしょうか。

さらにはデータや関係性に「時間」軸を加え、企業の関係構造の変化が企業自身の価値に与える影響などについて研究しました。現在、アドバイザリーサービスを提供していますが、その考え方の基礎はこのときの経験がベースになっています。

 

金 英子/Yingzi Jin デロイト トーマツ グループ マネージングディレクター。情報理工学博士。国内大学院や海外研究所での研究員職、IT事業会社や総合コンサルティングファームでの経験を経て、現職にいたる。現在は、幅広い業界・業種のクライアント向けに、顧客分析、知財分析、人事データ分析、介護・医療データ分析、異常検知など、データやデジタル技術を活用したデータドリブン経営のコンサルティングプロジェクトをリードしている。また、ライフサイエンス・ヘルスケア領域におけるAI・アナリティクスチームをリードしている。

森:アカデミアで研究されていたのはセマンティック・ウェブでしょうか。当時、NLP(Natural Language Processing)の分野では、セマンティック・ウェブとの組み合わせが注目されていました。セマンティック・ウェブが次世代の人工知能だと期待されていたことを思い出します。Web2.0時代をけん引していた技術の一つでした。懐かしいですね。

セマンティック・ウェブは今日においても重要な技術・手法として一定の評価を確立していますが、2012年のディープラーニングの登場以降は、NLPという領域においてもビッグデータと機械学習によるアプローチが大きな注目を集めてきました。TransformerやBERTなどが登場してモデルの大規模化が進んでいます。この20年間、AIの現場に身を置いてきた金さんからみて、この変化をどのように感じられていますか。

 

金:AI技術やその応用に関していえば、確かに大きな進化がありましたね。従来の自然言語モデルでは、特定のタスクごとに大量の学習データが必要になり、ビジネスではスモールなPOCに留まることが多く、性能の高いモデルを構築するハードルが高かったです。TransformerやBERTの登場で、Wikipediaなど大量データを使って訓練した事前学習モデルが使えるようになることで、比較的少ないデータで追加学習できるので、一からモデルを学習させなくて済むようになりました。さらに、SciBERTやBioBERT等のような、科学論文誌や医療のドメインにフォーカスした事前学習モデルが使えるようになったことも、ビジネスと現場で自然言語処理を活用するシーンが増えることにつながったと思います。私のチームでは、ディープラーニングも含めて、お客様にとって有効となりうる技術を、R&Dやアカデミアと協力しながら作り上げ、ビジネスの課題解決へ適用しています。

しかしビジネスで必要としているAI機能という観点でいえば、注目されるからその技術を使わないといけないとか、最新の技術を使ったからそれで満足ということではなく、あくまでもビジネスの課題解決に必要なアプローチをデザインしていく必要があります。最新のモデルを利用したとしても、場合によってはビジネス的なルールを組み合わせる等、実際のビジネスに適用できるレベルまでカスタマイズした設計が必要です。

 

森:いまは、コンサルタントとして活躍されていますが、そもそもこの業界に足を踏み入れるきっかけは何だったのでしょうか。

 

金:研究をしていたころも、研究内容をどうビジネスに活かすかというテーマで常に活動を行っていました。「研究を実際のビジネス課題に結びつける」というアプローチを突き詰めていくとしたら、研究所ではなく実際のビジネス現場に身を置き、さまざまなクライアントと出会うほうがいいのではないかと考えたんです。

そこでソーシャルメディア事業を行う会社に入社しました。その事業会社では、Webマーケティングの手法や、顧客を離脱させない施策などを学びました。研究所では触れることができないデータやビジネスの課題にも出会えましたが、もっと多くの業界の課題を解決したいと考え、コンサルティングファームに転職したんです。

コンサルティングファームでは、実際にさまざまな業界のデータに触れることができました。クライアントの課題を解決するためのモデルを作って実際に現場導入するところまで体験でき、達成感を味わいました。

コンサルティングサービスを提供するデータサイエンティストとして、自ら課題を発見し解決手法を模索することが、常に探求と学びが続けられる魅力的な所だと思います。

ビジネスから降りてくる定番的な課題は、すでに多くの所で取り上げられ、ツールも拡充されるため、結果的にコモディティ化してしまいます。我々はその先を見据え、クライアントやインダストリーが気づいていない課題を見つける必要があると感じています。そのためにはドメイン知識も深める必要があります。そうすることで、その領域の専門家とより深い議論ができるようになり、我々自身もデータやAIで解決できそうな専門的な課題がもっと見えるようになる。その結果、それまで見えていなかった新たな課題を見つけることができるのではと考えています。

 

森:なるほど。先端の研究もビジネスの課題解決に結びつける。しかも目先のよくある課題だけではない、より専門的な深い課題、あるいは今後現れてくる新たな課題も見据えて活動を行っている。意義深く重要なアプローチだと思います。デロイトアナリティクスにはどういったチームがあるのでしょうか。

 

金:大きく分けると、監査クライアント向けと非監査クライアント向けのアナリティクスチームがあり、他にも、アセット開発チーム、R&Dチームもあります。

デロイトアナリティクスには、様々な業界知見をもつメンバーがそろっていますし、インダストリー専門家とも連携してクライアントデリバリーをしているので、ある業界で得た知見は他の業界に横展開できるものが多くあります。例えば、デジタルマーケティングにおける顧客の興味嗜好分析や、行動予測、営業効率化等の支援に関して、金融、保険、製薬、エネルギー等様々な業界クライアントにデリバリーしているし、そういった意味では、業界横断で使える知見や業界特有の知見があるというのは面白いですね。

「データサイエンティスト」というと、ツールを使ってデータを分析するというイメージがありますが、そこで止まっていてはもったいない。その先にある「社会課題の解決」や「課題自体のデザイン」をしていくという視点を持つことを大事にしています。

 

森:おっしゃるとおりです。自ら課題を探しにいくことは、面白い視点であり、非常に重要だと思います。しかし、どうやったらそのように世界を広げれるクリエイティブの思考を身につけることができるのでしょうか。

 

金:クリエイティビティは生まれつき備わっている能力ではなく、後天的に獲得できる能力だと思っています。「誰かが決めた課題を解く」というマインドではなく、「どういった課題があるのか探しに行く」というマインドに変えるのがいいのではないかと思います。こういった「探索する」マインドを持つことで、考え方やアプローチの仕方も変わっていきます。

先ほども申し上げた通り、多くの人が見ている課題はコモディティ化します。その先に進むには、今はまだ見えていない課題を探索しなければならない。これがAIやデータ活用の第一歩になるはずです。

 

森 正弥/Masaya Mori デロイト トーマツ グループ パートナー。Deloitte AI Institute 所長。グローバルインターネット企業を経て現職。eコマースや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国のR&Dを指揮していた経験からDX(デジタル・トランスフォーメーション)立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。日本ディープラーニング協会 顧問。

森:金さんのチームは、高精度の治療情報抽出AIモデルを開発しています。先日ニュースリリースも出ていましたが、こちらについて詳しくお話しいただけますか。
 

金:製薬企業において、自社が開発した薬剤の特徴や強みを明確に発信し、市場におけるポジションを確立していくことが重要なポイントになります。ただ一方で、こうした特徴を把握するには、自社だけとか、1件の臨床結果だけをエビデンスとして活用することが難しく、世の中のエビデンスを網羅的に集めて系統的にレビューを行い、統計的なメタ解析を行うという、エビデンス合成のアプローチが必要です。また、戦略的に勝ち筋をエビデンスから見つけるためには、エビデンス合成を探索的な取り組むことも求められます。例えば、どのような患者集団であれば抜きんでて有効性が高いのか、安全性も担保されるのか、といったことを把握していくことが重要であり、それを限られたリソースの中で効率的に進めることのハードルが高いと考えられます。

従来のエビデンス合成のアプローチでは、網羅性確保のため、大量の論文を検索・収集して、そこから論文を読み込みながら対象論文を絞り込むスクリーニング作業を行います。しかしこちらの論文のレビューには、「人」が作業しなければならないため、サイクルを回すのに多くの時間が必要になります。実際、我々自身も製薬企業のエビデンス創出のプロジェクトに携わる中で、論文の読み込みに多くの課題があると感じていました。

そこで、これまで人が行っていた作業の一部にAIを用いることで効率化しようと考えました。人が論文を読み込む際に確認されているセクション情報や試験デザイン情報、PICO(すなわち、対象患者、曝露/投与、比較対象、アウトカム)という情報を、複数AIモデル群を組み合わせて自動的に推定・分類・抽出することで、AIが人の作業を補助しながら作業時間を短縮できるようにしています。これらのAIモデル群を使うことで、他事例において論文読み込み作業で80%以上の効率化が確認できました。

さらに、論文検索からシステマティックレビュー、メタ解析までの一連のエビデンス合成の作業を、一つのUIの中でEnd-to-Endの実施できるようにすることで、生物統計学知識やプログラミングスキルといったハードルも越えて、迅速かつ探索的なエビデンス創出活動を可能にできると思います。

 

森:金さんはご自身がアカデミアで活躍されていたご経験もあり、今はアカデミアと連携したビジネス課題解決というプロジェクトも推進されています。その金さんからみてアカデミアとの連携、いわゆる産学連携を行う意義はどのように感じていますか。

 

金:ビジネスの課題を探すのは我々のチームの仕事ですが、解決手段や手法を考えると、我々だけでは力不足という部分もあります。アカデミアはまだ見ぬ先を見据えて研究をしているため、そこには世にあまり知られていない手段や手法も存在しています。それらの手段・手法を使うことで、既存のツールだけでは解決できない課題に対しても成果を出すことができる。そういった意味ではアカデミアとの連携は重要だと思います。

またAIモデルの精度を向上させたいという場合にも、産学連携は有効だと思います。すでに高い精度を出しているAIモデルであればそのまま使うことができますが、既存のAI手法だけではビジネス用途に耐えられる「精度が出ない」という領域(例えば、治験情報の抽出)もあります。そこで英リヴァプール大学と共同研究する産学連携を行い、既存手法にさらに工夫を取り入れることで、世界最高精度と評価されるAIモデルを開発することができました。

このような世界トップクラスの技術やソリューションを作ることでクライアントからの信頼と確信を獲得できると考えています。

 

森:私自身、「社会に信頼されるAI」というのはとても重要なテーマだと考えています。それを「世界トップレベルを目指すことで実現できる」というお話は非常に納得できました。

既存のAIはコモディティ化していき、それだけではビジネスを進化させることはできません。しかしビジネスの進化を求めるクライアントは多く、そういったAIも求められています。「世界トップクラス」であればクライアントも選びやすいですし、我々も自信を持ってクライアントに対して説明することもできますからね。

本日は、ありがとうございました。

 

 

 

森 正弥/Masaya Mori

森 正弥/Masaya Mori

デロイト トーマツ グループ

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。 ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国の研究開発を指揮していた経験からDX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。CDO直下の1200人規模のDX組織構築・推進の実績を有する。2019年に翻訳AI の開発で日経ディープラーニングビジネス活用アワード 優秀賞を受賞。 東北大学 特任教授。日本ディープラーニング協会 顧問、企業情報化協会 AI&ロボティクス研究会委員長。過去に、情報処理学会アドバイザリーボード、経済産業省技術開発プロジェクト評価委員、CIO育成委員会委員等を歴任。 著書に『クラウド大全』(共著:日経BP社)、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『大前研一 AI&フィンテック大全』(共著:プレジデント社)がある。 記事:デロイトデジタル「新しい世界へのマーケティングは、人とAIのコラボレーションによりもたらされる」 関連サービス ・ カスタマー・マーケティング(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ

金 英子/Yingzi Jin

金 英子/Yingzi Jin

デロイト トーマツ グループ マネージングディレクター

情報理工学博士。国内大学院や海外研究所での研究員職、IT事業会社や総合コンサルティングファームでの経験を経て、現職にいたる。現在は、幅広い業界・業種のクライアント向けに、顧客分析、知財分析、人事データ分析、介護・医療データ分析、異常検知など、データやデジタル技術を活用したデータドリブン経営のコンサルティングプロジェクトをリードしている。 対応可能な言語:日本語、英語、中国語、韓国語