監査の変革と価値創出へ挑戦する「Audit Innovation」 既成概念に囚われず、AIと向き合う|Deloitte AI Partners vol.9 ブックマークが追加されました
Deloitte AI Institute(以下、DAII)は、グローバルで約6,000人が所属している、AIの戦略的活用およびガバナンスに関する研究活動を行うプロフェッショナルネットワークです。国内外のAI専門家やデロイト トーマツの様々なビジネスの専門家と連携することで、AIによるビジネスや社会の変革と、人々に信頼されるAIの実現を支援しています。
Deloitte AI Partnersでは、これまでAIに関わっている様々な方に登場いただきました。現在、MidJourneyやChatGPTに代表される生成系AI(Generative AI)が世界中で注目を集めており、急速に「AIが社会を変える可能性がある」という認識が広がってきています。デロイト トーマツでは、信頼できるAIの活用について、様々な方面から取り組みを進めています。
今回は、有限責任監査法人トーマツ Audit Innovationパートナーの今井美菜穂に話を聞きました。
森:今回はAIを活用して未来の監査の実現に挑戦している「Audit Innovation」の今井さんにお話を伺います。まずは、簡単に自己紹介からお願いできますか。
今井:私は、有限責任監査法人トーマツ (トーマツ)監査・保証事業本部のAudit Innovationに所属しています。この部署は、「監査業務を変革する」ことを目的に、「デジタル化」「標準化」「集中化」「高度なデータ活用」施策の企画・実行と、それらを集約する最新の監査プラットフォームの導入を通じた変革の実行、および未来に向けた監査のあるべき姿の検討と実現に向けた研究開発を進めています。トーマツには公認会計士のパートナーが500名ほど所属していますが、会計士以外の人材も年々増えており、私もその一人です。
キャリアを振り返ると、原点はソフトウェア会社での業務経験です。ソフトウェア会社では、クライアントが抱える目の前の課題についてITツールを駆使しながら解決していくことに携わっていました。課題解決に繋がることに面白みを感じた一方、業務プロセスやあるべき人材を検討するといった、より根源的なビジネス側面から課題解決することには、業務特性上取り組むことができませんでした。そこで、クライアントや社会の課題を上流から下流まで解決しているコンサルティングファームに転職したいと考えていました。
トーマツ入社当時は、システム監査の資格を取得していたため、会計監査チームの一員として、監査業務や不正に関するデータ分析などの業務に携わりました。その後、被監査会社に提供する価値や品質の更なる向上を目指し、監査変革に関わるプロジェクトを推進する「Audit Innovation」の立ち上げから参画し、以降、現部署で活動しています。
今井 美菜穂/Minaho Imai 有限責任監査法人トーマツ パートナー。IT・セキュリティ・情報処理分野における幅広い実務経験と業務知識を有する。有限責任監査法人トーマツに入社後、アナリティクスに関わるアドバイザリー業務を経て、Audit Innovationの立ち上げから参画。Balance Gateway(現在は会計監査確認センター合同会社にてサービス展開)の開発、ITインフラの構築・運用、グローバルメンバーファームとの監査業務における協業プロジェクトなどをリード。現在はAudit InnovationにおけるIT分野の責任者として、技術開拓、ソフトウェア開発、SaaS構築といった取り組みを通じて、Digital Transformation施策を牽引している。
森:ありがとうございます。現在は未来の監査に向けて取り組まれているとのことですが、監査領域におけるテクノロジーの活用状況について教えていただけますか。
今井:Audit Innovationを立ち上げた当初、監査業務に先端テクノロジーを積極的に活用していくことについて、その必要性や方向性について理解はされるものの、いざ業務で導入・活用しようとする段階で、説明や調整に時間がかかり取り組みが思うように進まないことが、ままありました。この状況を大きく変えたのが、コロナ禍による社会的な変化です。被監査会社が積極的にDXやテクノロジーの導入に取り組むだけでなく、トーマツ内部でも多くの社職員がテクノロジー活用に高い関心を持つようになり、活動の加速に繋がりました。
現在、リモート中心で監査業務を進めている監査チームも多くあり、監査チームはもちろん、被監査会社の方々も利用する専用デバイス「Tohmatsu LINK」を採用するケースも増えています。Tohmatsu LINKは、トーマツが開発した監査業務で使う独自アプリを複数搭載したモバイルデバイスです。例えば、ワンタッチでデータの取り込みや授受ができるアプリを利用することで、被監査会社の方々の作業負担の軽減への貢献や、やり取りするデータも一元的に管理できるようになっています。本ツールはマスメディアで取り上げられたこともあり、市場からも注目されています。
森:Tohmatsu LINKの基本操作は被監査会社や監査チームが書類を撮影してトーマツのサーバーで処理する流れですが、被監査会社の導入はスムーズですか?
今井:被監査会社によって、状況は様々です。Tohmatsu LINKは「紙」の電子化から行えるため、業務上、紙処理が多い企業に多くご利用頂いております。逆に電子化が進み、DX推進に積極的な被監査会社においてはTohmatsu LINKのようなデバイスではなく、専用のWebツールをより積極的に利用頂いています。どちらの場合においても、被監査会社のDX推進度合いに応じた様々なリモート監査方法をご提供できる点についてはポジティブな評価をいただくことが多いと感じています。
また、データ活用をさらに進めるために、APIを活用し、デロイトの監査プラットフォームやITツールとのデータ連携や、取得したデータの自動処理についても模索しています。そういった活動を通じ、新しい監査のあり方を作り出していくことができると考えています。
森:今後、DXの取り組みやデータドリブンが推進されていくと、解決する部分がさらに増えていくと思います。そうなると、監査以外の領域で価値提供ができる可能性もあるのではないでしょうか。
今井:デロイト トーマツでは、MDM(マルチ・ディシプリナリー・モデル)を通じグループ内の各ビジネスのプロフェッショナルが密接に連携をすることで、より付加価値の高い業務を提供することを進めています。監査業務における品質の高度化に向けビジネスを超え様々なノウハウを活かすのと同時に、我々が監査業務やAudit Innovationを通じて養ったノウハウ・技術・ツールなどを、細心の注意を払いながら、監査業務以外で活用をしていく場も増えてきています。
森:様々な連携を通じ、クライアントの期待を超える業務を提供するのが、我々の強みですね。一方で、一般的にいざツールを作ってみたものの、利用がなかなか広がらないといった壁にぶつかることが多くあると想像します。Audit Innovationでは、このような課題に対し、気をつけていることはありますか。
今井:企画の段階から現場の監査人・公認会計士を巻き込んで、本質的に達成したいことやそれを阻害する要因を明確にし、その解決に向けて必要な取り組みが何で、その中で、ツールはどんな役割を持つのか、ということを整理することを徹底しています。その上で、ただツールを利用してくださいといったことではなく、課題感に寄り添う形で説明をするマテリアルの準備と提供、勉強会の開催、二人三脚での活用サポートなどを通じ、実際にツールを使いメリットを感じてもらえる体験設計をしています。
森:なるほど。素晴らしいですね。そのような中で、AIを使っている事例には、どんなものがありますか。
今井:昨年、Audit Innovationの外賀より不正検知でのAI利用について紹介をさせていただいたので(リンク)、ここでは、内部での取り組みを紹介します。一例として、定性情報の分析にもAIを活用しています。昨今の経営環境の変化が大きく、不確実性が高まる状況において、企業は公開する有価証券監査報告書の中でどのように開示する内容を変えてきているのかを統計的に整理して提供しより適時・適切な情報開示に向けて企業のマネジメントの方々とのコミュニケーション深化に活用いただいています。
他の事例としては、これまでは契約書をレビューする際、人が1ページずつその内容を確認していましたが、現在はAIを利用したツール「Audit Suite Text Reviewer」を活用しています。文章の構造を理解して解析し、チェックすべきポイントを明示することで、経験を問わず熟練者の知見に基づいたチェックができるようになるというツールです。海外のデロイトで開発した英文の契約書向け分析ツールはすでに導入していたのですが、日本語対応に時間がかかっていたため、Audit Innovationで独自に開発することにしました。
AIを使う場面は今後確実に増えていくと思う一方で、一足飛びに、あらゆる場面で円滑に活用できるようになるものではないと思います。これまでも、監査現場ではそれぞれの業務内容に応じたツールを色々使ってきましたが、その前提として、ツールの機能だけでなく品質やセキュリティなどを含め監査業務で活用が可能か、丁寧な検証をした上で導入をしています。このような前提に立つと、精度や信頼性について十分な担保ができないなかで、闇雲にAIやそれら技術を活用したツールを導入されてしまうことには、まだまだ課題が残されていると思います。
森:Audit Innovationの開発チームにはUX/UI(User Experience / User Interface)の専門家も参画していると聞いています。その理由やポイントを伺ってもいいですか。
今井:先ほどお話しさせていただいたように、被監査会社や会計士の方に使ってもらうツールなのに、現場をよく知らないまま開発してもなかなか浸透しないと思います。そのために、まずはユーザーのイメージや潜在的なニーズをヒアリングし、本当は何を解決しないといけないのかという課題を明確にする必要があります。それらを整理した上で、どんな人が、どのような状況で、どんな点に注意しながら業務に臨んでいるのか理解し、違和感のなさや使い勝手含めシステムに機能を組み込んでいくことが必要です。そのようなことを前提に置くと、全体的なUXの定義に始まり、UIに落とし込んでいくプロセスが必要不可欠なため、UX/UIの専門家がチームに参画しています。
森:おっしゃるとおりですね。AIが進化し、勝手に処理した結果を押しつけてきても、現場は困ってしまいますからね。今後は、ユーザーが効率的にやりたいことを実現できる体験がますます重要になると思います。ユーザー体験を考えると、UX/UIの専門家がチームに入るというのは納得感がありますね。
現在、日本の企業においては、DX推進の文脈の中でAIの活用が進んできている企業もあります。ですが、そのようなところでも、UX/UIの専門家と一緒に活動するケースというのはほとんどありません。社内で使うシステムは、特にそういった傾向が強いと思います。
AIが出力するタイミングやデータの並び方、インタラクションの在り方などはユーザーの生産性に少なからず影響するはずです。UX/UIが設計されていることで生産性が上がるのは間違いないので、今後は社内で使うシステムについてもUX/UIについて考慮する必要があるでしょう。
最近、話題になっている生成系AIも、インターフェースには改善の余地があります。「呪文」と呼ばれるプロンプトを工夫することでAIの性能を変えていくことができるというのは驚異的な発見でもありますが、同時に、プロンプトを作りこまなくても、求める結果が出力されるようになるべきとも思います。
画像を生成するMidjourneyから、自然な会話ができるChatGPTまでの一連の生成系AIの流れを見ていると、AIの民主化をこえて、AIの大衆化が始まっていると感じます。非常にインパクトのある出来事が起きていて、新しい文化や社会の在り方を作り出していると言えます。その一方で、「AIは嘘を出力することがある」という認識も急速に広がっているように感じており、ビジネスにおいて「品質そして信頼を守るために、どのようにAIを使っているか」というメッセージが重要になると考えています。
森 正弥/Masaya Mori デロイト トーマツ グループ パートナー。Deloitte AI Institute 所長。グローバルインターネット企業を経て現職。eコマースや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国のR&Dを指揮していた経験からDX(デジタル・トランスフォーメーション)立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。日本ディープラーニング協会 顧問。
今井:子育てをしていると、子供がスマートスピーカーに向かって「牛乳を持ってきて」と声をかけている場面に遭遇したことがありました。今はまだ、牛乳を持ってきてもらうことはできませんが、自動で掃除をする掃除機やロボットが配膳するレストランもあり、こういった技術が組み合わされ、子供の要望に応えられるロボットが家にいるなんていうことも近い将来、実現するかもしれません。技術進歩や流れもきちんと捉え、想像力を豊かに持ち続ける必要があると感じています。
森:想像力を豊かに持ち続ける必要があるというのは、確かにその通りだと思います。マシンラーニングやディープラーニングなどの技術分野では、ニューラルネットワークという脳の神経回路を模したモデルを活用します。ニューラルネットワークを用いた自然言語処理にあたっては、ある入力された言葉に対して適していそうな言葉を選び出し、確率の高い言葉を順に並べていくことで文章を生成します。そのため、ニューラルネットワークが出力する回答はあくまでも確率的にありえそうな文章という位置づけで、誤差が含まれることから「絶対的な正解として信用してはいけない」ということになります。
その一方で、常に学習したすべてのデータを踏まえた上で回答ができるので、人が気づかなかった観点にも配慮した解を導き出すこともあります。つまりニューラルネットワークで生成される回答には正確性と網羅性でそれぞれ特徴があり、これをどのように業務に組み込んでいけばいいかについては、その特徴を活かす形で考えていく必要があるでしょう。
また、ChatGPTやBARD AIのベースになっている「Transformer」という技術は、時系列に沿ってデータを解釈し、重要と思われる箇所を念頭に置きながら処理するため、文脈を考慮したり、作り出したりすることができます。例えば「今日は暖かいね」と言ったら「15度くらいまで上がるかもしれません」というように、天気という文脈を踏まえた回答をします。ここで注意しなければいけないのは、この会話のやりとりのコアになるのは、始めに入力した「今日は暖かい」という言葉であり、そのアイデアをAIが出してくれるわけではありません。
ChatGPTを使う場合も同じで、まずコアになるアイデアを入力しなければいけません。つまり、専門的な知識や体系的な知識を使ってコアになるアイデアを生み出すのは人間です。始めの枠組みを提供するのは人間の仕事ですし、それによって初めてAIがワークします。
「AIは単なるツールだから人間が大事」という話を耳にしますが、それは「コアとなるアイデアは人間でないと出せない」という事実も含んでいるかなと思います。アイデアや始めの枠組みを生み出すには、おっしゃられた通り、想像力が鍵を持つと思います。想像し、アイデアを生み出し、それをAIに伝える。そうすることで活かしていくことができます。
今井:私たちの周りを見るだけでも、会計士、デジタル、データサイエンス、非財務・ESG等、数多くの専門家がおり、グループ全体を見渡すとここでは書きれないほど多彩な人材がいます。一方で、人材が揃っていれば良いと話ではなく、課題解決をするために、どうやって人、そして技術を繋げていくのかという課題設定力と発想力がなければ、AIと同様に人材の能力を活かすことはできません。
未来の監査は、旧来の会計監査はもちろん、より広い領域における保証の提供もステークホルダーから期待されていると考えています。そのような期待に向き合い真摯に対応し続けられるよう、デロイト トーマツの知見をフル活用し、これからも挑戦をしていきたいと思っています。
森:なるほど。監査業務だけでなく、提供する業務範囲も大きく変わっていくということですね。組織として課題解決力を高めるには、組織としての想像力、言い換えれば、課題設定力と発想力が重要になる。課題設定力と発想力があれば、多様な人材を活かしていくこともでき、提供できる価値も広がっていく。非常に納得ができるお話です。その未来を作り出す挑戦にデロイト トーマツとして一緒に挑んでいきたいと思います。
本日は、ありがとうございました。
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デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Deloitte AI Institute 所長 アジア太平洋地域 先端技術領域リーダー グローバル エマージング・テクノロジー・カウンシル メンバー 外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。 ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国の研究開発を指揮していた経験からDX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。CDO直下の1200人規模のDX組織構築・推進の実績を有する。 東北大学 特任教授。東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問。日本ディープラーニング協会 顧問。過去に、情報処理学会アドバイザリーボード、経済産業省技術開発プロジェクト評価委員、CIO育成委員会委員等を歴任。 著書に『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『両極化時代のデジタル経営』(共著:ダイヤモンド社)、『パワー・オブ・トラスト 未来を拓く企業の条件』(共著:ダイヤモンド社)がある。 記事:Deloitte AI Institute 「開かれた社会へ:ダイバーシティとインクルージョンの手段としてのAI」 関連ページ Deloitte AI Institute >> オンラインフォームよりお問い合わせ
IT・セキュリティ・情報処理分野における幅広い実務経験と業務知識を有する。有限責任監査法人トーマツに入社後、アナリティクスに関わるアドバイザリー業務を経て、Audit Innovationの立ち上げから参画。Balance Gateway(現在は会計監査確認センター合同会社にてサービス展開)の開発、ITインフラの構築・運用、グローバルメンバーファームとの監査業務における協業プロジェクトなどをリード。現在はAudit Innovation部におけるIT分野の責任者として、技術開拓、ソフトウェア開発、SaaS構築といった取り組みを通じて、Digital Transformation施策を牽引している。 CISSP(Certified Information Systems Security Professional) CISA (Certified Information Systems Auditor:公認情報システム監査人)