Posted: 25 Apr. 2023 10 min. read

専門知識を武器に価値を創造

Deloitte AI Institute │Spirits #8

AIによる社会変革は、いまや現実のものとなり、AI技術が社会のいたるところでその圧倒的なパワーを発揮しはじめています。かつては研究者が長い時間をかけて試行錯誤するしかなかった研究開発や、経験豊かな担当者の職人的なノウハウで運営されてきた生産管理の分野でもAIの導入が著しい成果を挙げています。

 

デロイト トーマツ グループの Deloitte AI Institute には、人とAIが協調する社会「The Age of With」の実現に向けて、日夜精魂を傾けつづける先駆者たち「AI Spirits」が多数在籍しています。このインタビューシリーズでは、そんなデロイト トーマツの「AI Spirits」1人ひとりに焦点を当て、AI導入の最前線とその魅力についてお伝えします。

 

第8回は、機械学習や数理最適化の研究者としての経歴を生かし、高度な専門知識を駆使したコンサルティングにより多数の顧客に価値を提供している、有限責任監査法人トーマツのリスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス所属の西岡に話を聞きました。

 


 

研究職からコンサルタントへ 自分の力で価値を生み出し、世に送りたい

 

― 自己紹介をお願いします。
 

有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクスで活動しています。DAIIでは、主に製造業向けにデータの利活用、AIモデルの導入支援など、クライアント向けのサービスに従事しています。

 

 


 

― これまでの経歴を教えてください。

 

学生時代は光通信システム、大容量データを光による信号で飛ばす研究に従事しており、卒業後は通信装置を製造している日本の大手ITメーカーの研究所に就職しました。

 

その後、機械学習や最適化などの要素技術の研究開発に携わるようになり、AIを用いた産業の変革や社会課題の解決に取り組むなかで、3年半前にデロイト トーマツに転職しました。


 


― デロイト トーマツ グループに転職を決めた理由は?

 

自分が開発したものを世の中に出してみたい、自分の力でお客様にとっての価値を生み出したい、というのが転職のモチベーションでした。デロイト トーマツであれば、多種多様なお客様に対して、実際に自分が考えたことを提案し、実行できます。

 

研究者のときは「学会に通す」というのがゴールであり、「特許を取得する」というのが会社への貢献であったわけですが、デロイトに来てからはお客さんに貢献できてはじめて自分の仕事をした、といえるので、そこを最後までやりきれるのはすごく満足感があります。

 

 


分子構造を数値に落としこんで学習するマテリアルズ・インフォマティクス


― マテリアルズ・インフォマティクスを専門とされているそうですが、この技術は、どのような場面で使用されているのでしょうか。

 

製造業ではやはり「製品を作って売る」という部分が一番のポイントですが、特に化学系製品では、新しい機能を持つ素材を作りだすことが競争力向上につながります。このような素材の開発において、現在、データに基づいて素材を設計するためにマテリアルズ・インフォマティクスの導入が進められています。

 

例えば、野菜の包装に使う素材であれば、野菜が長持ちするよう、鮮度をより長く保つ機能が求められます。そこでは酸素や水蒸気の透過性やバリア性が鍵となりますが、望む物性を持つ素材を作るには、材料の組み合わせや、製造工程における緻密な制御などが必要です。他の例だと塗料。外壁に使われるペンキは経年劣化しますが、より長持ちするにはどうしたらいいか。製造業では、より優れた素材を常に探求しています。

 

またスマホなどに使われる半導体では、現在、化学反応を用いて3ナノレベルの非常に細い回線を実現しているのですが、このようなものを設計、製造していく部分でもマテリアルズ・インフォマティクスが使われています。

 



 マテリアルズ・インフォマティクスとは具体的にはどのようなものですか

 

マテリアルズ・インフォマティクスでは、過去に行われた実験結果、例えば「AとBからCが合成される」などの結果を学習して、そこからどのような原材料を組み合わせれば、どのような物性を持つ素材が合成されるかを予測するモデルを作ります。これによって、過去の実験データから、新しく合成する化合物の物性を推し量ることが可能になります。

 

ポイントは、立体的な分子構造をグラフニューラルネットワークで数値に落としこんで学習させるところです。例えば洗剤は親水性の部分と親油性の部分があって界面活性剤として機能しますが、何らかの機能を持つ部分がどのような構造になっているかを把握することは物性を予測する上で大事です。

 

 

 

100回の実験が20回になり、開発期間は1/5に短縮 

― マテリアルズ・インフォマティクスの導入によって、どのような成果が得られますか?
 

私たちがサポートしているお客様で、30ほどのテーマで素材の設計に取り組んでいます。うち6〜7割で、人間だけでは達成できなかった(新素材の物性についての)知見を得られています。

 

一般的に、これまで新素材の開発には何度も実験を繰り返す必要がありました。化学の知見と経験がある専門家があたりをつけて合成し、その物性を(期待通りか)検証することを繰り返すのです。しかしマテリアルズ・インフォマティクスを活用すれば、合成する化合物の物性をある程度予測できるので、実験を効率的に進められます。例えばこれまでなら100回実験していたところが20回ですむとか、それで開発期間が1/5に短縮できたとか、そうした成果が徐々に得られています。

 

素材の分子構造をデータでとらえ、新素材の開発や製造の生産性を高めるマテリアルズ・インフォマティクスは、様々な方向に適用可能です。今後のポイントとしては、単に「AIによる設計」を実現するだけではなく、そこで設計した知見をAIの中に再度取り込んで、それを別の素材に使っていくような知識の蓄積が重要になると思っています。私たちもそういったところを積極的にサポートしていくつもりです。

 



 

 

人間が考えるよりも3割ぐらい少ない量ですむ
 

― 製造業ではサプライチェーンでもAI活用が進んでいるとか

はい。マテリアルズ・インフォマティクスは製品の研究開発で使われる技術ですが、製品を作った後は、その製品を供給するサプライチェーンが重要になります。昨今ではCOVID-19により原材料が高騰したり、入手困難になるなどの問題も起きました。サプライチェーンの分断が起きて原材料が手に入らなければ、製造に支障を来し、消費者の手に届かなくなってしまいます。

 

どのようなところでサプライチェーンのリスクがあるか。どこから調達し、どこで製造すればコストを最も低く抑えられるか。調達先を複数に分けたほうがいいか。在庫をどの倉庫に配置しておけば輸送コストを最適化できるか、リスクに対応しうるかなど、サプライチェーンでは様々な調整が必要になります。

 

在庫管理や生産管理にAIを活用するという意味では、まずは需要予測モデルが必要となります。そして、この需要予測に基づき、リスクも勘案して生産計画を立てます。なお、需要予測では主に機械学習を使いますが、生産計画では数理最適化という技術を使います。

 

生産計画に最適化技術を導入して計算すると、だいたい「人間が考えるよりも3割ぐらい少ない量ですむ」という結果になります。これをツール化しておけば、あまりデータ処理やAIについて詳しくない方でも、マウスでポチポチと押すだけで、「今日は何個仕入れよう」などといった判断が可能になるわけです。

 

 

これまで最適化技術を活用したものとしては、どのような案件に携わってきましたか?

 

例えば、医療機器のグローバルサプライチェーンの最適化に携わった経験があります。

 

近年COVID-19の影響もあって医療機器の需要が急増したこともありましたが、競合が登場して売れると思っていたものがそれほど売れなかったなどの事態も起きています。需要の変化に製造側がすぐに対応できれば「製造しない」と判断できますが、実は医療機器のなかには納品まで数ヶ月必要となるものもあります。高い需要を予測して製造したのに、売れなくて余剰在庫となってしまう事態もたびたび起きていました。そこで、需要予測しながら生産計画を立て、在庫が過剰にならないようデータを活用する枠組みを開発しました。

 

そのほかに、携帯電話の代替品供給システムを設計したこともあります。これは、携帯電話会社のプレミアムサービスの1つで、携帯が故障したら1時間以内に顧客の手元に代替品を届けるというものだったのですが、日本全国どこにでも1時間以内に代替品を届けるには、どのショップにどの機種をどれだけ配置すればいいか。地図データから道路の形状も考慮して、最適解を導き出しました。

 

 

 

―  製造業以外でも最適化技術は活用されているのですか?
  

例えば、私が携わったものでは、水道局のオペレーションの最適化の事例がありました。

 

水道局では、水を浄水場で浄化し、給水場にためておき、周囲の住人に配給しています。ただし日本の地形には高低があり、水を低いところから高いところへ流すには、ポンプを使わなくてはなりません。

 

しかし、昨今ではSDGsや環境問題に配慮して、極力消費電力を抑えつつ、川から持ってきた水を余すところなく使い、無駄なく配給できるようにしなくてはなりません。そこで地形も考慮しながら、ポンプの稼働を調整するための最適化問題を解きました。分刻みで水圧の量をコントロールするような複雑な問題となりましたが、この取り組みにより10億円ほどの電気料金の削減が実現しました。

 

 


互いに率直に意見を出し合うことで足りないところを補える


デロイトのAIに関する取り組みや姿勢にはどんな特徴がありますか?
 

最大の特徴は幅が広いことです。アルゴリズムの設計から、AIの導入、運用の設計まで、デロイトでは様々なプロセスをカバーできます。さらにAIを使う上ではデータがとても重要になりますが、データの品質維持やガバナンスに関するサービスも提供しています。

 

また、お客様ごとに何を課題として捉えているかは全く異なります。お客様の課題にしっかり耳を傾け、私たちの引き出しから最も解決につながる施策を選びながら、サービスを柔軟に変化できるのがデロイトの大きな特徴になるかと思います。

 

 

― デロイトの職場はどんな雰囲気ですか?
 

多様な人材がいるところが一番面白いかなと思います。私自身が技術職出身なので、どうしても技術系の思考をしてしまいますが、マーケット思考とか、お客様への配慮とか、それぞれがいろんなところに得意分野を持っています。自分が持つ技術の活用やイノベーション的な発想をどのように生かしていくか、いろんな意見を聞きながら提案を考えていく過程が楽しいですね。

 

それぞれが持つ専門分野の知識や意見を出し合えるからこそ、お客様にとって満足度の高い結果が提供できるのだと考えています。和気藹々とは言えない雰囲気のときもありますが、互いに率直に意見を出し合うことで足りないところを補える、よい環境だと思っています。

 

 

 

 

既存概念に縛られないイノベーティブな環境
 

西岡さん自身は、職場のどのような点に一番魅力を感じていますか
 

私も含めて技術系の人間は、コミュニケーション能力という面では物足りないところもあると思います。一方、お客様対応をメインとしている人たちは、当然コミュニケーション能力に優れているので、一緒に客先を訪問すると、お客様のニーズがより把握しやすいなどのシナジー効果を得られます。

 

そうしたメンバーとの協働もあり、いろいろなお客様と会話できることがこの職場の魅力だと感じます。一般的に、多くの企業では事業領域が決まっているので、過去の慣習や文化的な制約が存在しますが、コンサルティング業界は自由です。お客様の役に立つことであれば何を提案してもかまいませんし、その提案が価値を発揮してお客様に喜ばれれば、次の新しい提案につながることもあります。そういう意味では、既存概念に縛られないイノベーティブな環境であり、働きやすいと思います。

 

 

― 逆にプレッシャーになることや課題はありますか?
 

AIの進化の速度は早く、それに伴う世界の動向も目まぐるしく変わっています。私たちは、常にAIの進化にキャッチアップし、サービスに先進的な技術を組み合わせて提供していかなくてはなりません。今後も技術の発展についていけるように、考えるべきことは少なくありません。

 

例えば最近も大規模言語モデルなどが話題に上がっていますが、新しい技術が登場するたびにそれらをお客様にわかりやすく説明する必要がありますし、すでにAIを導入している事例では、それを新しい技術にどう置換していくのかが問題になってきます。当然そこにはさらなる投資が必要になるわけで、お客様の成長カーブに合わせてどのような提案をしていくかというのが面白いところであり、難しいところでもあります。

 

とはいえ、もともと研究開発をしていたので、将来を見据えながら今後の方針を検討していくのは得意なほうです。これまで自分がやってきたことを、今度はお客様の立場になって実行し、お客様のビジネスに貢献していきたいと思います。

 

 


プライベートでは何をしていますか?

 

最近ロードバイクに乗るようになり、かなり遠くまで走っています。先週末は奥多摩に行きましたし、1日で三浦半島を1周したこともあります。1人でただ自転車をこいでいるだけで、誰とも話しませんが、その時間がいいなと思っています。1日中自転車をこいでいると、最後のほうになると頭が真っ白、クリアになります。それで「次の日からまた仕事がんばろう」という気になれます。

 

STAR WARSやガンダムなどのSFが好きで、あるIT会社の公開イベントに参加したときの写真

 

 

プロフェッショナルとして意識していることは?

 

データ活用やAIなど新しい領域を専門としたコンサルタントとしては、ロジカルな部分をちゃんと組み立てていきつつ、右脳的な直感的な部分をうまく組み合わせていかなければいけないと感じています。これができるのはすごいことだし、自分もそうありたいと思っています。

 

 

―  最後にメッセージをお願いします。

 

我々は製造業において最先端技術を活用しながら、AI導入を進めています。このような刺激的なプロジェクトを専門家と一緒に進め、日本の製造業の競争力の向上に貢献したいと考えています。皆さまと一緒に働けることを楽しみにしています。