Posted: 03 Dec. 2020 5 min. read

遺伝子検査、陽性者へ心のケアを~企業による積極的関与の必要性

増加する遺伝子検査と取り残される倫理的問題

2000年代半ばに、数千から数百万ものDNA分子の塩基配列を同時並行的に決定することができる、強力な基盤技術をもつ次世代シーケンサーが発売され、低価格かつ短時間で結果が判明するゲノム解析技術が普及した。癌ゲノム医療領域では、2019年に治療法選択のための癌パネル検査が、2020年にはHBOC(遺伝性乳癌や卵巣癌症候群)の遺伝子検査が、それぞれ保険適用となった。また、胎児の染色体異常を調べるNIPT(新型出生前診断)についても、日本産科婦人科学会は、その認定施設の要件を緩和する方針であり、今後検査数は増加するものと考えられる。

しかし、遺伝子検査が身近なものになる一方で、それにまつわる倫理的問題については、社会的に十分な議論がなされてきたとは言い難い。遺伝子変異陽性の遺伝子が見つかることで、現在発症していない人が重篤な疾患リスクを知ったり、これから子供を持つカップルや家族が遺伝性疾患の発症リスクや治癒が見込めない胎児疾患の存在を知ったりした場合に、個人に対してどのような影響が及ぼされ、それをどのように緩和し得るのか、といった課題について、十分な議論や検討がなされないまま市場が拡大しているのが現状だ。

遺伝子検査が陽性だった場合のサポート

実際に、検査が陽性だった人(以下陽性者)に対しては、どのような対応がされているのだろうか。癌遺伝子パネル検査であれば、癌ゲノム医療中核拠点病院、または、癌ゲノム医療連携病院で、NIPTであれば、日本産科婦人科学会の認定施設※1での検査において陽性の反応が出た場合には、それぞれの施設で認定遺伝カウンセラーによるカウンセリングを受けることになっている。その検査結果がどんな意味を持つか、今後どんなことが予想されるか、また取り得る選択肢の有無などについての情報が提供される。さらに、必要に応じて、他の医療施設、行政窓口や、当事者会※2(患者会含む)等が紹介される。

当事者会は、陽性者やその家族たちが、医療機関での受診が終わった後に残る倫理的問題と向き合っていく上で、きわめて重要な機能を果たしている。同じ経験を持つ人たちが、陽性者に寄り添い、その気持ちを共有するピアサポートの場を提供しており、陽性者本人の理解や納得、決断を支えてくれる。医療機関では対応しきれない継続的なフォローを担っているのは、当事者会である場合が多い。

陽性者は、検査時だけでなく、パートナーとの関係や子供への遺伝等、ライフイベントごとに何度も様々な問題に対峙していくことになる。そのため、当事者会は長期にわたり生活に必要な情報を提供し、陽性者やその家族たちが同じ悩みを共有し、支えあう場として機能している。

しかし、当事者会の多くは、既発症者を対象にした患者会ほど知名度がないため、資金不足により運営状況も厳しく、全国的に十分なサポートを提供することが難しいのが実態だ。

企業が倫理的問題に向き合う意味

海外に目を向けると、多くのヘルスケア関連企業が、遺伝性検査陽性者をサポートする当事者会等の民間団体に出資を含む支援を行っている。例えば米国では乳腺外科患者のための下着メーカーがHBOC当事者会を支援したり、英国では出生前診断を提供する企業や医療機関が陽性者のフォローを担う民間団体を支援したりする事例がある。

企業が当事者会を支援する理由は大きく二つある。一つ目の理由は、当事者会の活動に関与することで、疾患等に対する社会的認知の向上につながることだ。積極的にロビイング活動を展開する当事者会と良好な関係を構築することで、疾患・検査に対する助成制度が設置されたり、対象となる検査薬や治療薬の承認を促す上においても様々なプラスの効果が期待されたりすることもある。

二つ目の理由は、企業の社会貢献や社会的責任の充足という観点からだ。希少疾患に関わる企業が、当事者会を積極的に支援する姿勢を社会に発信することで、疾患自体やそれに関わる様々な課題に対する社会的な認知・理解が広がれば、陽性者(およびその家族)の孤立防止や、社会生活上の不安の軽減などにも貢献することができる。

遺伝子検査のニーズの拡大に伴い、検査数の増加に比例して、その結果に戸惑う陽性者やその家族の数も増えていくことになる。企業には、陽性者やその家族たちが個々で抱える倫理的問題に社会的な立場から真摯に向き合うことで、遺伝子検査が日常となる時代に安心を提供するとともに、健全な市場形成をリードしていくことが期待されている。

※1:検査や疾患についての理解が促進され、心理的負担の軽減等に配慮した検査が行われるよう、遺伝子検査おいては①専門医のいる認定施設で検査を行うこと、②検査にあたり認定遺伝カウンセラー(日本遺伝カウンセリング学会と日本人類遺伝学会が協力して2005年に制度化)によるカウンセリングを受けることが求められている。

※2:未発症の遺伝子検査陽性患者等を含む当事者によって運営されている団体。ピアサポート(同じ立場の人が支えあうこと)のほか、検査や疾患の啓蒙活動等を行うことが多い。現在日本ではHBOCや出生前診断のピアサポート団体が活動している。

遺伝子検査後のケアや制度設計について

プロフェッショナル

大田 真実/Mami Ota

大田 真実/Mami Ota

デロイト トーマツ グループ シニアアナリスト

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 ライフサイエンス・ヘルスケア所属。歯科医師・歯学博士。 歯科医師として大学病院、 2次救急指定病院(非常勤医師)、開業医に勤務し、歯科診療所を開設。一般歯科治療、矯正歯科治療、および有病者、高齢者の治療に携わる。 ロンドン大学にて公衆衛生、医療制度を学んだ後デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に参画。主に国内医療・介護業界、および諸外国のヘルスケア産業のプロジェクトを担当する。