Posted: 17 Sep. 2020 5 min. read

ポストコロナにこそマーケターが持つべき「パーパス・ドリブン」なマーケティング視点

シリーズ 両極化の時代を生きる

新型コロナにより根本から見直しが迫られるマーケティングのあり方

新型コロナウィルスは生活者の心理、行動様式や生活スタイルを劇的に変え、企業のマーケティングもこれまでの常識が通用しなくなり、従来のマーケティング手法の見直しを余儀なくされている。この新しい行動様式に特に最も大きな影響を受けた業界の一つがエンターテイメント業界だろう。

音楽ライブの中止、映画館の休止、アニメ制作の延期、映画撮影スタイルの変更、ライブエンタメ市場に関していうと、ぴあが6月に発表した推計(※1)によると、2021年1月までの1年間における損失額は6,900億円となり年間市場規模の77%にのぼるという。エンターテイメントは不要不急のものと見なされ、その社会的な「パーパス=存在意義」自体が問われるような状況が続いている。

「#うちで踊ろう」に見る、「パーパス」を本質的に宿すものが持つパワー

こうした中で、ひとりのアーティストが起点となって、自然発生的に日本国中につながりと共感の輪が広がる現象が巻き起こった。星野源さんが4月2日の深夜にインスタグラムに投稿したことがきっかけで始まった、「#うちで踊ろう」の社会的なムーブメントだ。星野源さんの「これ(筆者注:自身の動画)に誰か伴奏やコーラス、ダンスを重ねてみて」との呼びかけに応じて、またたく間に数多くの「重ねた」動画が発信され、SNSを通じて音楽が広がり多くの人が最大瞬間風速的につながった。

その当時、私自身、自分や家族の生命と安全に不安を覚え、ステイホーム期間中で気晴らしの外出もままならない中で、日ごろ余り意識しない自分自身の「パーパス=存在意義」 "Why am I here?" について悶々とした気持ちで自問していた。きっと、多くの人がそうだったのではないだろうか。自分は会社や社会に必要とされているのか、これまでの人生は意味のあるものだったのだろうか、そして、この先何のために生きて行けば良いのだろうかと。

このような人々に対して、星野源さんは「#うちで踊ろう」を通じて、音や映像を重ね合うだけで、家の中にいても、どんなに離れていても、僕らはこういう風に多くの人たちと「今」を楽しむことができるんだ、というさり気ないメッセージを送り、それが大きな共感の輪を生み出した。多くの人が将来の不確実性や自分の存在意義についての不安にさいなまれている中で、星野源さんは、その対極にある「今」に光を当て、今この瞬間の喜びや感動を多くの人と分かち合うことができる幸せにこそ、かけがえのない価値があることを皆に気づかせたのだ。

音楽家、俳優、文筆家と、星野源さんの多彩で幅広い才能と活躍は輝かしくまぶしい。けれども、彼のここまでの道のりは、必ずしも順風満帆だったわけではない。トップアーティストとして活躍するさなかに病に倒れて療養生活を余儀なくされたことには多くの人が衝撃を受けた。そして、彼の何冊ものエッセイ集を読めば、普通の人と同じように、何気ない日常の出来事や自分自身のどうしようもなさに時には悩みながら、努力して、毎日を誠実に楽しく生きようとする姿が生々しくつづられている。

このように、星野源さんの活動の原点(パーパス)には、誰もが抱く生き難さや不安、孤独感などへの深い理解と共感を下敷きにしつつ、今を共に生きる幸せを噛みしめ、「とにかく毎日一生懸命目の前にある日常を楽しもう」という考え方がある。一生懸命今を楽しむ星野源さんの目を通じて生み出されたものがまっすぐで本物だからこそ、彼が作り出すコンテンツに、あるある、と思わず魅了されてしまうのだ。

重要なのは、マーケター自身が「パーパス」に裏打ちされたストーリーの語り手になること

コロナ禍を経て、生活者の価値観や行動様式は、以前の形に完全に戻ることはないだろう。企業のマーケティング活動においても、「両極化時代のデジタル経営~ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図」の第3章第3節でも語られているように、顧客接点のデジタル化がさらに加速・拡大し、表面的なプロモーション手法は見透かされて通用しなくなっていく。逆に、「#うちで踊ろう」の例に見られるように、本質的な「パーパス」が宿されたコンテンツや商品に関する情報は短期間のうちに幅広い共感を得て、様々なチャネルを通じて一気に拡散することも可能になっている。

ポストコロナのマーケティング活動は、これまでのプロモーション偏重のあり方を脱却して、生活者が真に抱える本質的な課題や欲求に向き合うことが求められているのだ。そのためには、マーケター自身が、商品・サービスが提供する価値や意味について、生活者としての日常的な実体験や自らの信念に裏打ちされたストーリーの語り手になることが必要だ。まさに自分自身の「パーパス」ともつながる「パーパス・ドリブン」のマーケティング視点が、ポストコロナのマーケターに求められているのではないだろうか。

※1 ぴあ総研による発表@6/30
https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta_20200630.html

両極化時代のデジタル経営

プロフェッショナル

森 有紀子/Yukiko Mori

森 有紀子/Yukiko Mori

デロイト トーマツ グループ マネジャー

デロイト トーマツ コーポレート ソリューション合同会社 Clients & Industries / Brand Marketing Division所属。国内大手インターネットサービス企業、外資系エンターテイメント企業を経て現職。メディア及びエンターテイメント分野において、マーケティング、ブランド、事業開発、企業アライアンスの広範な業務経験・知見を有する。2020年より現職にて、デロイト トーマツ グループのブランディングに従事し、ブランドスペシャルサイトD-nnovationを軸にThought Leadership、タレントブランディングなど、One Firmとしてのブランディング活動を幅広く企画・推進。