戦略としての「両極化」:「トレイルブレイザー」からの省察 ブックマークが追加されました
「企業もリーダーも……(中略)…… 成長か社会貢献か、利益創出か公益か、イノベーションか世界をより良い場所にするためかという二項対立では、それぞれのミッションをもはや捉えきれなくなっているのだ。必要なのは両立させることである1)」
これは、「両極化時代のデジタル経営~ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図」の刊行とほぼ同時期に発売された、セールスフォース・ドットコムの創業者マーク・ベニオフ等による著書「トレイルブレイザー:企業が本気で社会を変える10の思考」に出てくる一節である。同書は、独自のCRM(顧客関係管理)ソリューションを軸にしてわずか20年で5万人規模の社員を有するグローバル企業に成長したセールスフォース・ドットコムの経営理念やリーダーシップ、そして、それらを支える企業カルチャーとコアバリュー(価値観)について解説したベストセラーの邦訳として注目を集めている。
冒頭の引用文は、両極をつなぎ合わせて新たな価値を生み出すという「両極化時代のデジタル経営」の基本骨子とも、見事に響き合う内容になっている。非常に興味深いのは、「トレイルブレイザー」の中で、マーク・ベニオフが、オラクルでの輝かしいキャリアを捨ててセールスフォース・ドットコムを立ち上げた当初から、こうした「両極なるもの」を、あたかも舞台装置を組み立てるかのように、同社の経営の中に周到かつ意識的に埋め込んでいく様子が、豊富なエピソードを交えて活写されていることだ。
例えば、有名な「1-1-1モデル」は、1999年の同社の創業から僅か一年後に誕生している2)。株式の1%、製品の1%、就業時間の1%を慈善目的に使うことを制度化することで、社会貢献という一方の極に明確な旗印を立てつつ、ビジネスの成功・成長というもう一方の極との間で、単なる「両立」という次元を超えて相乗効果を生み出してきた。そして、こうした両極なるものを矛盾なくつなぎ合わせることを可能にしているのが、利他精神をバックボーンとし、「信頼」にはじまる4つのコアバリューに基礎づけられた同社の企業カルチャーである。
このように、両極化という現象に「対応する」という次元を超えて、自らの経営モデルの中に両極なるものを「意識的に埋め込む」という戦略発想には、これからの経営リーダーの役割を考える上で学ぶべきところが多いのではないだろうか。ますます「カオス化」するビジネス環境の中で、目先の成果や効率性の追求のみに終始する「単眼思考」では、足下の業績に一喜一憂する浮草のような存在になってしまう。目の前のことに機敏に対応しながらも、ステークホルダーの間に一体感と貢献意欲を醸成し、組織としてのモメンタムを持続的に高めていく上においては、一見相反する両極なるものの間を往還する「複眼思考」を可能にし、さらに、それらの間のさまざまな「化学反応」を通して企業としての独自の存在意義や社会的使命を共有できる関係性やそれを支えるコミュニケーション環境を、意図的かつ戦略的に構築することがますます重要になると考えられるからだ。
実際、経営モデルの中に両極的なものを「意識的に埋め込む」という戦略的アプローチは、グローバル企業の経営において徐々に広がりを見せている。「両極化時代のデジタル経営」の中で紹介したユニリーバの「サステナブル・リビング・プラン」3)などは、その好事例の一つである。また、世界最大の小売企業であるウォルマートも、2000年代半ば以降、それまでの低価格戦略を主軸にする経営モデルに、「サステナビリティ」という一見相反する「対極」を新たに埋め込むことで、社会・環境に関わるさまざまな課題解決への積極的なコミットメントを加速させつつ、それを通じて自らの経営モデルの強化・高度化とレピュテーションの維持・向上を着実に進めてきている4)。
両極化の時代を生きる経営リーダーには、一見相反する両極なるものの間に他者に先んじて積極的なつながりを見出し、それを経営モデルに埋め込んで価値創出に結びつける深い経営観や戦略眼が求められるのである。
1) 「トレイルブレイザー:企業が本気で社会を変える10の思考」(東洋経済新報社) 7頁
2) 前掲書 227頁~230頁
3) 「両極化時代のデジタル経営~ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図」(ダイヤモンド社)44頁
4) 「世界市場で勝つルールメイキング戦略~技術で勝る日本企業がなぜ負けるのか」(朝日新聞出版) 第10章、「ウォルマートの成功哲学~企業カルチャーの力」(ダイヤモンド社)など参照