(前編はこちら)
デジタルテクノロジーが2020年の米国に与える影響を見る連載の後編では、大統領選挙に注目する。大統領選における最大の関心事は、上院における弾劾裁判の帰結とその影響だが、これ以外に大統領選挙に強い影響を与えると考えられているのがデジタルマーケティングである。大統領選挙にデジタルを取り入れたのはオバマ前大統領と言われるが、今回の大統領選挙では、共和党も民主党もデジタル部隊を抱え、モバイル、SNS、ビデオ広告を活用したデジタルマーケティングを駆使して支持率を引き上げようと躍起である。そんななか、ブルンバーグ氏が民主党の大統領候補に名乗り出て、ますますデジタルドリブンな選挙戦の様相を呈している。
デジタルマーケティングが利用されると何が変わるのか。一言で言えば、個々の有権者から支持を取り付けるべく、一人一人の有権者に向けてメッセージが提供されることになる。いわばデータ勝負になる。データ分析自体にプライバシーの問題が内在するので、デジタルマーケティングをどこまで取り入れるかはナイーブな問題であるが、今回の大統領選挙はこれまで以上にデータ勝負になる可能性がある。
デジタル化が進んできたことによって、既に有権者行動は変わりつつあると言われている。ニクソン大統領弾劾のきっかけとなったウォーターゲート事件当時の情報源がテレビと新聞であったころとは全く異なる。現在はSNSやデジタルメディアが氾濫し、ごく簡単なコメント程度の情報が広まることが増えているため、何が事実かすら曖昧になっている。トランプ大統領がツイッター上で出したコメントに対して、CNNのテレビ番組が“事実に反するコメントである”と指摘することは日常茶飯事であるが、どちらの主張が真実かを確認するのは極めて面倒になっている。また、有権者間、特に世代間での情報格差が顕著になっている。若い有権者については、デジタルメディア上の情報を基に、事実確認をすることもなく意思決定をする傾向があるとされ、勢い、デジタルマーケティングが流行ることになる。
今回の選挙ではビデオ広告が多用されるという見方もある。しかし、この数年の技術革新によってディープフェイク(虚偽ビデオ)を簡単に作ることができるようになっているので、ディープフェイクを効果的に取り締まらないと、有権者が偽りの情報を基に意思決定することになりかねない。ディープフェイクを誰がどのように取り締まるのかは難しい問題ではあるが、ビッグテック企業が対処する領域も当然に出てくるであろう。この意味でも、今回の大統領選におけるビッグテック企業の役割は小さくはなく、ここでも“依存”の関係が見え隠れする。
このように、ビッグテック企業やデジタルテクノロジーが米国政治に与える影響は大きくなっている。今回の大統領選挙を通じて、デジタル化が選挙に与える影響や更には民主主義におけるビッグテック企業の在り方という大きな問いを示す機会になるかもしれない。2020年は、安全保障、イノベーション、民主主義といった、米国社会の根幹におけるビッグテック企業やデジタルテクノロジーの位置づけを考えるいい機会になる。
有限責任監査法人トーマツ 所属。日本銀行、運用会社、銀行、証券会社、金融庁において、マクロ経済・金融市場調査、信用リスク管理、金融規制調査等に従事。トーマツ入社後、大手金融機関のクライアントを中心に、リスク管理、規制対応、経営管理高度化に係るアドバイザリー業務に従事。2018年12月からNY駐在。