Posted: 06 Jul. 2021 5 min. read

カーボンニュートラル時代の自動車向けエネルギー戦略

5月下旬に富士スピードウェイで開催された、「スーパー耐久シリーズ2021」の第三戦。トヨタ自動車製の水素エンジンを搭載したカローラスポーツは、24時間の耐久レースを無事完走し、同社による水素エンジン技術開発は相応に進んでいることが明らかになった。

水素を燃料とする自動車と言えば、同社の「MIRAI」に代表される燃料電池自動車(FCV)-すなわち燃料としての水素と空気中の酸素を化合することで水と電気を生み出し、そこで生まれた電力でモーターを回すタイプーの方が知られるが、水素エンジンは同じ水素が原料でも全く仕組みが違う。水素エンジンは、水素を直接燃焼させることで動力を発生させるのだ。ではすでに水素を原料とした燃料電池自動車(FCV)が市販されているのに、なぜ水素エンジン自動車の開発も並行して進められているのだろうか。

自動車のカーボンニュートラル実現方法は様々

 今「環境にやさしい車」と言えば、多くの方が思い浮かべるのは電気自動車(EV)だろう。日産自動車が「LEAF」を初めて市場に投入したのは今から10年以上前の2010年の事で、当時は全国のEV普及台数は数百台だったが、現在は10万台を軽く上回る。また、2021年4月には、本田技研工業が、2040年までに世界全体で販売する新車を全てEV・FCVにする、との方針を明らかにするなど、脱エンジンに向けた動きは加速している。

 しかし、確かにEVは走行時にCO2を排出しないが、走行に必要な電力は、通常石炭や天然ガスといった、化石資源を燃料とする発電設備由来の物が含まれる。カーボンニュートラルについて、「燃料調達(well-to-tank)」と「走行(tank-to-wheel)」双方において実現するには、太陽光や風力発電に代表される、再生可能電源由来の電力(グリーン電力)を利用する必要がある。同様にFCVや水素エンジン自動車についても、グリーン電力によって水を電気分解し、製造された水素(グリーン水素)を利用しなければ、カーボンニュートラルは達成できない。

車種と脱炭素を実現する主たる燃料の対比表
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一方、従来型のガソリン/ディーゼルエンジン自動車は、通常のガソリン/軽油を利用する場合、燃料製造時は元より、走行時も当然CO2は発生する。しかし、植物由来の糖質を発酵させて製造したバイオエタノールや、動植物油脂を原料とするバイオディーゼルを燃料とすれば、走行時に発生するCO2は、元々大気中にあったものが戻されただけなので、ゼロとみなせる。勿論、燃料製造時のエネルギーもカーボンニュートラルでなければならないし、走行時の燃料も100%バイオ燃料である必要があるが、実現は可能である。最近注目が集まる「e-fuel」も、グリーン水素と元々大気に排出される予定だった二酸化炭素を合成して製造するので、走行時はカーボンニュートラルとなる。

「車両×燃料」いずれの組み合わせも一長一短

 以上のように、自動車のカーボンニュートラル実現には、EVはグリーン電力、FCVはグリーン電力由来のグリーン水素、エンジン自動車は100%バイオ燃料やグリーン水素由来の合成燃料であるe-fuelがそれぞれ必要であり、車両x燃料の組み合わせでカーボンニュートラルの実現性を見る必要がある。

電力・燃料供給に必要なプロセス数比較
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燃料製造プロセス数の多寡から見れば、EVxグリーン電力による実現が、一見最も容易に見えるが、EVの普及率もまだ僅かであり、その拡大には充電器等のインフラ整備や航続距離の伸長が必要である。一方で水素は、製造コスト・インフラ両面で直近では課題があるが、グリーン水素は大規模発電向け燃料の切り札であり、将来的に大量に輸入されるようになれば、それらの問題は解消される可能性がある。他方e-fuelは、ただでさえ発電コストが高いグリーン電力に二つのプロセスが加わるのだから、その製造コストは相当なものになるが、燃料製造設備以外は全て既存インフラ・車両を活用できるというメリットがある。

 このように、燃料×車両何れの組み合わせにおいても、メリット・デメリットが存在し、この瞬間、中長期的視点も踏まえて、どの選択肢がベストであるのかを断定する事は困難である。

柔軟なポートフォリオ構築が必要

元々、エネルギーは単位発熱量や貯蔵・輸送性等、様々な観点から評価されてきたが、自動車についてもその用途や規模によって最適な動力源は異なる。したがって、どれか一つに絞り込むのではなく、適材適所での活用を考え、かつそれをフレキシブルに見直せる姿勢が必要であると考えられる。冒頭の水素エンジンの例にしても然りで、同じ水素でも化学反応で発電してモーターを回すのと、エンジンで燃焼させるのとでは、「先端技術への展開→乗り遅れの防止」「既存技術の深化→成熟技術劣化の防止」といったようにねらいが異なるとみられ、何れも視野に入れる事で、どのような時代が到来しても対応することが可能になる。

無論、「全方位戦略」には多くのコストが必要となる。しかし、車両用動力としての「モーターVSエンジン」の戦いは19世紀から続いており、拙速に結論を出すべきではない。グリーン水素のように他の用途向けの大量導入がその扉を開く、というケースも想定されるため、多角的な視点で市場環境の変化を見定めていく必要があろう。

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