Posted: 05 Oct. 2021 4 min. read

【解説】なぜ今、バーチャルプロダクションが注目されるのか

シリーズ: バーチャルプロダクション

今、新たな映像制作手法である「バーチャルプロダクション」が世界中で注目を集めている。バーチャルプロダクションは、映像制作ワークフローにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)とも謳われ、映像表現に革新をもたらしているだけでなく、今後数年間で数十億ドル規模の市場拡大が見込まれる一大産業を創り出している。

本連載の前編では、バーチャルプロダクションの定義と分類を踏まえた映像制作手法としての全体像について解説した。後編となる本稿では、なぜ今バーチャルプロダクションが注目されているのか、産業としての全体像について解説していくこととしたい。

■マンダロリアンの衝撃

前編で解説した通り、バーチャルプロダクションにはいくつかの分類が存在するが、近年特に注目が集まっているのがLEDディスプレイベースのICVFX(以下、LED ICVFX(*1))だ。

そしてこのLED ICVFXのポテンシャルを世界が認知したのは、間違いなく2019年にDisney+にて公開されたスターウォーズのドラマシリーズ「マンダロリアン」による影響が大きい。

実のところ、LEDディスプレイを映画やドラマの撮影に使うこと自体は、マンダロリアンが世界初めてというわけではない。LEDディスプレイ上に前もって撮影した映像を投影し、リアルな背景照明として活用する事例はマンダロリアン以前から世界中で存在する。

近年における国内事例を一つ上げると、2018年に撮影されたNHK大河ドラマ「いだてん」の第9話では、20世紀初頭のシベリア鉄道の車窓越しのシーンを、片側120台のLEDディスプレイを活用して表現している。(※1)

では、マンダロリアンとそれ以前の作品とでは何が違うのか。大きく2つある。

一つは、マンダロリアンはシーン全体の50%以上がLED ICVFXによって撮影されており、LEDディスプレイの活用が制作の主体を担っているという点。(※2)

そしてもう一つは、LEDディスプレイに投影されるメディアが、実写映像だけでなく、リアルタイムでレンダリングされた3DCGであるという点だ。特にこの後者の特性が前者を可能にしたとも言える。

*1:LED ICVFXとはバーチャルプロダクションの一種で、LEDディスプレイで構成された壁や天井・床を活用し、リアルタイムで(インカメラで)バーチャル世界と現実世界とを合成する技術。(詳細は前編にて解説)

 

バーチャルプロダクションの注目度

2019年のマンダロリアン登場以降に市場が盛り上がりを見せたことは、①人材数の推移や②設備数の推移などからも観測ができる。本稿での詳細への言及は割愛するが、①に関して言えば、IMDb(*2)に登録されている映像制作のプロフェッショナルのうち、バーチャルプロダクション関連のクレジット数は2019年から急増しているし、②に関しては、既に世界中で100を超える拠点で大型LEDディスプレイを導入したスタジオが開設されており、日本国内でも10を超える(※3)。(参考:図表左は世界のLEDスタジオ)

*2:IMDbはAmazon傘下の世界最大のムービーデータベースで、世界中の映像作品の視聴者評価や、製作スタジオ/スタッフに関するクレジット情報がまとめられている

LED ICVFX Studios and System


産業としての盛り上がりも簡単にご紹介したい。バーチャルプロダクション関連市場は2028年には$4.7BN(約5000億円)に到達するという試算も存在し(※4)、一大産業を生み出している。この背景には、バーチャルプロダクションを実現するために必要となる技術要素の複雑さがある。本稿では詳細は割愛するが、図表右(簡易的なシステム概念図)にあるように、LED ICVFXを実現するために必要な機材数は少なくなく、様々なベンダー製品が組み合わされてシステムが実現する。大手OTT、大手LEDディスプレイベンダー、大手カメラベンダー、大手映像音響機器レンタル事業者など、あらゆる業種のトッププレイヤーたちが相次いで大型投資を行っているのは、この複雑なシステムが生み出す一大産業におけるデファクト競争が始まったことを意味している。

このように、バーチャルプロダクションは画期的な制作手法としての側面だけでなく、一大産業としての側面で急速に注目度が高まっていることを感じていただけただろうか。

なぜ今、バーチャルプロダクションが注目されるのか

ここまででバーチャルプロダクション(とりわけLED ICVFX)がどれほど注目されているのかについて簡単に解説してきたが、最後に本稿のテーマである「なぜ今、注目されるのか」について解説したい。


1. OTTの台頭とコンテンツサイクルの加速

Netflixを始めとするOTTの登場はコンテンツの消費サイクル、そして生産サイクルをも大きく変えたとされる。消費者は手軽な月額契約価格で大量のコンテンツを消費できるようになり、より上質なコンテンツを多く視聴したいという巨大な需要を生み出した。

そしてこの巨大な需要にこたえるためには、当然ながらこれまでの上質なコンテンツをより短期間かつ低コストで制作する手法が必要だ。特にVFXを多用し作品の根幹とするようなSF作品を、映画の数倍のコンテンツ時間を要するドラマシリーズとして成立させるためには、高コストな物理セットやポスプロ工程におけるVFX工程を削減する効果的な仕組みが求められる。

これらに対処する新たなVFX技術として生み出されたのが、バーチャルプロダクション(とりわけLED ICVFX)ということになる。


2. 技術の進歩とマンダロリアン

こうして生み出されたLED ICVFX技術が世界で初めて全編の撮影で活用されたのは、既に紹介した通りマンダロリアンであるが、ではOTT台頭からマンダロリアン登場までにブランクがあったのはなぜか。その答えは、技術の成熟度にあると言えるだろう。

前述の通り、LED ICVFXの最大の特徴の一つは、3DCGのバーチャル背景としての活用だ。2Dの映像をLEDディスプレイに映し出す場合、カメラが少しでも動くと、本来背景が持っているはずの奥行き感や立体感(視差効果)が再現されず、いわゆる「合成感」が出てしまう。ICVFXでは、3DCGをカメラの位置に合わせてリアルタイムでレンダリングすることで、視差効果(パララックスと呼ばれる)を実現し、圧倒的にリアルな映像表現を実現している。

つまりリアルタイムレンダリングエンジン(とそれを支えるGPU)こそ、ICVFXの根幹技術であり、2010年代後半にいわゆるゲーム品質から映画品質にまでリアルタイムレンダリング処理性能が向上したことで、一気にICVFXを現実的なものとしたのである。

また、中華系LEDディスプレイベンダーによる高品質で低価格なLEDディスプレイの登場により、大量のLEDディスプレイをスタジオに導入するコスト制約が解消されたことも、LED ICVFXの実現に大きく寄与したといえるだろう。

尚、これら以外にも技術的な側面で注目すべき動向は多くあるが、誌面の都合上割愛する。


3. COVID-19と業界の激震

こうして、OTTによるコンテンツサイクルの変化や、レンダリングをはじめとする映像技術の進歩により、2019年のマンダロリアン登場を以て注目を集めたLED ICVFXであるが、日本を含む世界的な追い風を作り出したのはCOVID-19であろう。

COVID-19の猛威によって撮影中断を余儀なくされた世界中の映像制作スタジオに対し、LED ICVFXは、「海外ロケ撮影の代替ソリューション」や「リモート制作ソリューション」として効果的にマーケティングされ、トップエンドのVFX業界を飛び越え、世界中の映像制作関係者に広く知れ渡ることとなった。実際に、国内でも2020年以降に急激に市場動向が活発化(表面化)した。

バーチャルプロダクションのこれから

このように、コンテンツサイクルの変化、技術進歩、そしてCOVID-19の影響を受けて急激に注目を集め、一大産業を生み出しているバーチャルプロダクション。もはや盛り上がりはピークに達しているようにも見えるが、筆者はそうではないと考えている。

バーチャルプロダクション単体で見ても、実のところ課題はまだ山積みだ。

あるバーチャルプロダクションスタジオのテクニカルディレクターは「バーチャルプロダクションは新興技術で、現場における未知のトラブルは次から次へと起きている」と漏らす。あらゆる技術の結集により実現されるバーチャルプロダクションにおいて、現場クリエイターの課題を一手に解決するような万能ソリューションはまだ存在しない。どの企業がバーチャルプロダクションのOSとしてデファクトを獲得するのか、これから注目されるところである。

また、より大きな視野で見た時、実のところバーチャルプロダクションは、「バーチャル世界との結合」というメガトレンドのほんの入り口に過ぎない。

リアルとバーチャルとをLEDディスプレイという窓を介して行き来し、新たな映像表現を実現するバーチャルプロダクション(LED ICVFX)。

これらを取り巻く先端技術が見据える先には、リアルとバーチャルとがシームレスに統合された未来が待っているかもしれない。(※5)

 

【参考資料】

※1: 大河ドラマ「いだてん」公式Twitterによる2019年3月3日のツイートに基づく

※2: Art of LED Wall Virtual Production, Part One: ‘Lessons from the Mandalorian’ – fxguide

※3: デロイト トーマツ コンサルティングによる簡易調査に基づく

※4: Virtual Production Market Forecast to 2028 (The Insight Partners)

※5: それは、いま再び注目されている仮想空間「メタバース」構想にも通ずる未来だろう

 

【関連リンク】

【解説】バーチャルプロダクションとは?

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辻田 慶太郎/Keitaro Tsujita

辻田 慶太郎/Keitaro Tsujita

デロイト トーマツ グループ シニアコンサルタント

メディア・エンタテインメント分野(映像制作、ゲーム、エレクトロニクスなど)を中心に、成長戦略立案や新規事業開発、技術アセスメントなどのコンサルティングに従事。近年は、バーチャルプロダクションスタジオでの常駐経験に加え、XRやNFTなどの先端技術をテーマとしたエンタテインメント領域の事業企画等に携わる。