Posted: 22 Nov. 2023 3 min. read

洋服の“物々交換”がもたらす新たな経済性 ~アパレル業界による資源循環への挑戦

2023年10月、あるセレクトショップが「モノを売らないお店」を期間限定でオープンした*1。これは、来場者が着なくなった衣類を持ち込むと、そのショップの経年在庫や他の人が持ち込んだ衣類と“物々交換”できるという仕組みだ。回収された衣類は、素材に応じてリユースやリサイクルされる。

更に、この取り組みに共感したクリエイターが思い入れのあるアイテムとそれにエピソードを書いたタグを陳列する「ストーリー交換ブース」もあり、会話のきっかけや新たなアイテムとの思いがけない出会いとなり、最終的に3日間で約1,200点の物々交換が成立した*2という。



近年、アパレル業界のサステナビリティへの関心が高まっているが、様々な課題があり、資源循環が進んでいないのが現状だ。実は、繊維から繊維への「水平リサイクル率」は世界全体で1%未満*3と非常に少ない。機能性や着心地を追求した結果、様々な素材を組み合わせた複合素材が増えているが、現在のリサイクル技術は単一素材が前提となっているためリサイクルできない素材もあるからだ。

また、それ以前にリサイクルやリユースにまわらずに、廃棄される衣類が多いのも課題だ。「2022年版 衣類のマテリアルフロー」によると、家庭から手放された衣類70万トンの内、なんと約三分の二が焼却・埋め立てで廃棄されている*4。リサイクル技術の進化も必要だが、こうした衣類回収の割合をいかに高めてゆけるかが問われている。

 

そこにおいて、今回のような「物々交換がもたらす新たな経済性」に着目することが重要だ。実は、物々交換の取り組みは、消費者と企業の双方にとって経済的なメリットをもたらす。

まず、消費者にとっては、コストをかけずに衣類を入手できるというメリットがある。

消費者庁のサステナブルファッションに関する意識調査によると、衣類購入時に重視する点について、8割の人が「価格」を最優先で挙げていて*5、衣類に対するコスト意識の高さが伺える。その点、今回のように未活用の衣類を元手にした物々交換は、お金を出費することなく色んな組合せのコーディネートを楽しむことができるので、コスト意識が高い消費者にとって浸透する余地は大きい。

一方で企業にとっては、古い衣類の回収に関わるコストが削減できるというメリットがある。今回のように、新品のデッドストックと古着とを物々交換するような取り組みが広がってゆくと、企業にとっては、在庫の効率化ができると同時に、リサイクル用の古着回収という調達コストを削減できるメリットがある。

今後、衣類のリサイクル技術が発展しても、一定以上のボリュームで衣類が回収されない限りはスケールメリットが働かず、リサイクル品の価格が割高になる課題が残る。そこで、古着回収のボリュームが安定的に確保できる見通しが立つと、リサイクルの最新技術(自動選別、分離再生技術等)への開発投資が拡大し再資源化のコストダウンも見込みやすくなる。その結果として、リサイクル品の価格を抑えることができると消費者にとってより購入しやすくなる、という好循環に繋がる。

 

このような好循環を作るには政策の後押しも必要だ。欧州では、今年7月公表の「改正廃棄物枠組み指令」の改正案によると、衣類や靴等の回収・分別、再利用、リサイクル等の費用を事業者が負担することが義務付けられる見通し*6で、日本企業にとっても回収やリサイクルのコスト負担が新たな課題として影響を及ぼしてゆく可能性がある。

 

日本でも循環経済の政策的な議論が加速しはじめたところだが、本来、日本に根付いている「もったいない」の精神を、企業や消費者、さらに政府や自治体が全体で共有して強みに変える視点を持ち、アパレル業界の資源循環を促す環境づくりが加速することに期待する。

※本稿は、2023年10月20日のフジテレビ系列「FNN Live News α」出演時のコメントを基に再構成しています。

 

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松江 英夫/Hideo Matsue

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デロイト トーマツ グループ CETL(Chief Executive Thought Leader)、デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表

デロイト トーマツ合同会社 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 社会構想大学院大学 教授 中央大学ビジネススクール 客員教授 事業構想大学院大学 客員教授 経済同友会 幹事 国際戦略経営研究学会 常任理事 フジテレビ系列 報道番組「Live News α」コメンテーター(金曜日) 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員 経営戦略及び組織変革、経済政策が専門、産官学メディアにおいて多様な経験を有する。 (主な著書) 「「脱・自前」の日本成長戦略」(新潮社・新潮新書 2022年5月) 『両極化時代のデジタル経営—共著:ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社.2020年) 「自己変革の経営戦略」(ダイヤモンド社.2015年) 「ポストM&A成功戦略」(ダイヤモンド社.2008年) 「クロスボーダーM&A成功戦略」(ダイヤモンド社 2012年: 共著) など多数。 (職歴) 1995年4月 トーマツ コンサルティング株式会社(現デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)入社 2004年4月 同社 業務執行社員(パートナー)就任 2018年6月 デロイト トーマツ グループ CSO 就任 2018年10月 デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表 就任(現任) 2022年6月 デロイト トーマツ グループ CETL 就任(現任) 2012年4月 中央大学ビジネススクール客員教授就任(現任) 2015年4月 事業構想大学院大学客員教授就任(現任) 2021年1月 特定非営利活動法人アイ・エス・エル(ISL) ファカルティ就任(現任) 2018年10月 フジテレビ「Live News α」 コメンテーター(現任) (公歴) 2022年10月 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員就任(現任) 2020年12月 経済産業省 「スマートかつ強靱な地域経済社会の実現に向けた研究会」委員就任 2018年1月 経済産業省 「我が国企業による海外M&A研究会」委員就任 2019年5月 経済同友会幹事(現任) 2022年10月 国際経営戦略学会 常任理事(現任)