Social Impact Office座談会企画 「日本は難民受け入れをチャンスに転換できるかー難民の社会的包摂に向けたマルチセクター連携実現の可能性」 ブックマークが追加されました
持続可能な社会実現への貢献がビジネスセクターに求められる中、デロイト トーマツ コンサルティングでは、ビジネスコンサルティングファームとしての専門性と知見を活用した社会課題解決活動「Social Impact」を推進しています。
その一環として、当社のネットワークを基に各界の有識者との対談・座談会を実施しています。
デロイト トーマツ コンサルティング(DTC)では、持続可能な社会実現に向けて、ビジネスコンサルティングファームとしての専門性と知見を活用した社会課題解決活動「Social Impact」を推進しています。
活動の一環として、社会課題解決の分野で活躍されるゲストをお招きし、当社CEOをはじめとするプロフェッショナルとの対談企画を実施しています。過去のゲスト対談の開催レポートについてはこちらも併せてご覧ください。
2023年4月12日に開催した座談会では、「日本は難民受け入れ1をチャンスに転換できるか-難民の社会的包摂に向けたマルチセクター連携実現の可能性」と題し、産官学民・国際機関の各セクターから難民受け入れに関わっておられるゲストをお招きし、日本における難民の社会的包摂の在り方についてディスカッションを実施しました。
紛争や迫害により故郷を追われた人の数は増加の一途を辿り、2022年、その数が初めて1億人を超えました。2023年2月24日のロシアによるウクライナへの軍事侵攻から1年が経過する中、日本もウクライナから逃れてきた方々を避難民として受け入れてきました。しかし、難民の方々が単に入国できるということだけでなく、就労をはじめとし、社会全体で受け入れていくということに関しては課題が山積しています。社会全体で難民を受け入れるには何が課題で、どのように対応すべきか、難民受け入れの転換点を迎える日本がこの機会をどう活かしていけるかについて考えていくために、産官学民・国際機関の各セクターからゲストをお招きし、討議を行いました。
※写真左から順に小池秋乃氏、伊藤礼樹氏、玉川朝恵、鈴木憲和氏、可部州彦氏
玉川: 今回の座談会では「日本にいる難民の社会的包摂」をテーマにお話ししていきます。まず、難民の現状を知るために、レバノンやシリアなど、現地で包括的なサポートをされてきた伊藤さんにお話を伺います。
伊藤礼樹氏(以下、伊藤):私は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で30年近く仕事をしてきました。紛争や迫害により故郷を追われている人は、世界的に見れば1億人を超えており、前任のレバノンには150万人の難民がいて、人口比20%を占めます。レバノンは小麦の90%をロシアとウクライナから輸入していましたが、ロシアによるウクライナ軍事侵攻により、パンの価格が高騰しています。経済危機に瀕し、生きていくのが苦しい状況です。
レバノンにいる難民の大部分はシリア難民とパレスチナ難民であり、難民の50%は18歳未満の子どもです。シリアは非常に教育熱心な国家ですが、レバノンで生まれたシリア難民は字が読めない人も多く、ロストジェネレーションとなりつつあります。難民問題は「今」だけの話ではなく、将来に渡り影を落とす問題なのです。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) 駐日代表 伊藤礼樹氏
玉川:子どもが教育機会を奪われる等、貧困の再生産を引き起こしかねない状況の中、現場の最前線で難民の方々を支援してこられた伊藤さんは日本の難民受け入れにどのようなことを期待されますか。
伊藤:大きく2つあります。1つ目は教育です。日本は特に教育水準の高い国であり、その点を活かし教育面のサポートができるのではないかと考えます。JICAは技術協力の枠組みの中で、難民として逃れているシリア人の若者を留学生として日本に受け入れる「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム:Japanese Initiative for the future of Syrian Refugees(JISR)」を実施していますが、こういったプログラムのように大学・大学院修了までを踏まえた支援枠の拡大ができると、教育機会を奪われた難民の若者へもアプローチが可能です。2つ目は政治的なリーダーシップです。日本は2023年のG7議長国であると同時に、同年12月には難民支援に関して議論する世界最大の国際会議である第2回グローバル難民フォーラムの共同議長国をコロンビア、フランス、ヨルダン、ニジェール、ウガンダと共に務めます。国際社会からの注目度も高まる中で、難民問題に対する主体的なリーダーシップが求められています。
玉川:伊藤さんからJISRプログラムについて言及がありましたが、JICAで当該プログラムの副統括をされている可部さんから、来日された方々の状況や直面している問題を伺いたいと思います。
可部州彦氏(以下、可部):JISRプログラム2は、シリア危機により就学機会を奪われたシリア人の若者に教育の機会を提供するもので、これまで約70名の研修員が全国の大学院で学んできました。来日した研修員によると、直面する最大のハードルは「言葉の壁」です。大学院修了後、母国の情勢からすぐに帰国することが難しいため、日本での就職も選択肢の一つになります。その場合、彼女、彼らがこれまで培ってきた経験やスキルを活かして日本で就労するためには、日本語能力試験で最低でもN2レベル相応(日本語でディスカッションができるレベル)の読み・書きを含めた日本語力が企業から求められます。JISRプログラムでは、現在、来日直後から日本語教育を導入し研修員に日本語力向上が自身のよりよい選択肢を獲得する鍵になると伝え続けていますが、大学院での授業や研究は英語で行っており、日本語学習に必要な時間的な制約もある中で、非漢字圏出身者にとって大学院修了までにN2レベルの日本語習得は容易なことではありません。また、JISRプログラムでは家族を帯同して来日する方もいます。家族を養っていく必要性から、その時々の状況や事情と折り合いをつけながら、覚悟をもって家族、特に子供たちの日本での将来を優先した就労先を検討する方も一部います。
[2] https://www.jica.go.jp/syria/office/others/jisr/index.html
明治学院大学教養教育センター 非常勤講師・付属研究所研究員/独立行政法人国際協力機構(JICA) シリア平和への架け橋・人材育成プログラム副統括/認定NPO法人難民支援協会(JAR) 定住支援部マネージャー/第三国定住による難民の受入れ事業の対象の拡大等に係る検討会 有識者委員 可部州彦氏
玉川:自己実現と家族のバランスというのは非常に繊細で難しい問題です。特にJISRプログラムで受け入れられた方々は、教育水準も高く、来日前のキャリアもあります。それ故に一層の葛藤を抱えることになるのではないでしょうか。プログラムを運営する中で、難民の方々への寄り添い方について特に気をつけていることはありますか。
可部:現在、JISRプログラムの研修員の9割近くは、様々な企業に応募し、高度人材として自身が希望する職種、業種での内定を獲得し、各企業で活躍をしています。これには、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社を含む民間企業の若手社員有志で構成するサポートチームが2名1組で各研修員に実施している個別支援(自己PR作成や面接練習)による影響も大きいです。一方で、先ほど、JISRプログラムの研修員の中には家族を養うことを最優先に自身のキャリアとは違う分野で覚悟を決めて仕事先を選択する人も一部いるとお話しました。自分が当事者で、就職活動が思うようにいかず、家族を路頭に迷わせることはできないから人材不足の業界に手あたり次第に応募するように言われたら、頭では理解をしても心で反発すると思います。自分の希望や将来を全く無視して示された選択肢を受け入れられるだろうか、少しでも自分が学んできた内容や将来につながる職種・業務内容か等、家族のことを想いながら悩み続けます。即ち、裏を返せば私たち支援者サイドも当事者と同じ覚悟を持つ必要があるということです。この事を念頭に、本人と企業が「お互い納得して選択できている状態」を目指し、「なぜこの仕事を選ぶのかという理由が明確になっている状態」、それらを実現するための選択肢を提示し、説明を尽くすことを心がけています。そうしなければ、採用後の長期定着や社員として能動的な動きにつながらないからです。そのため、私は、紹介先の職場には必ず足を運び、経営者や社員と話し、仕事内容、働く環境、給料も含めて確認し、正しい情報を整理して当事者側に提示し、その上で当事者に判断を委ねています。そして研修員が選択した後は、企業と共に定着に向けた環境を整えていくことを一番に心がけています。
玉川:ロシアによるウクライナ侵攻から1年以上が経過する中、ウクライナ避難民の中にも来日後、日本で自立して生きていくためにJISRプログラムの研修員と同じような葛藤を抱いている方は少なくないと思いますが、これまでの日本の姿勢と大きく異なるのは、岸田首相が受け入れを早々に表明するなど、非常にスピード感のある対応が実現したところです。その背景について鈴木議員に伺いたいと思います。
鈴木憲和氏(以下、鈴木):政治的な背景を説明するにあたり、2020年の人権侵害報道に触れる必要があります。当時、中国の新疆ウイグル自治区での人権侵害が報道されていました。それを受け、自民党の外交部会でも、単純な中国への非難としてウイグル問題を議論するのではなく、「人権」というより大きな切り口で議論を重ねました。その結果、国会議員、特に自民党議員の意識が極めて高い問題であることが明確になり、日本政府による外交に足りない点を浮き彫りにすることを目指し、2021年1月に「わが国の人権外交のあり方検討プロジェクトチーム(人権外交PT)」の発足に至りました。人権外交PTでは、第一次提言から「国際的に保護を必要とする難民等の受入れ改革」を掲げ、さらに、人権を担当する政務レベルの任命を提言しました。後者には現在、中谷元・首相補佐官が着任されています。
このように、人権問題における政府の関心が高まる中で起きたのがロシアによるウクライナ侵攻でした。国会内でも国際社会の一翼として責任を果たすべきではないか、という主張が大きくなっていましたし、ロシアによるウクライナ侵攻の構図はわかりやすく、どうにか助けなくてはという世論の風潮も追い風となりました。加えて、岸田首相であったことも関係していると思います。外務大臣の在職期間が長かったので、その経験を踏まえて、ウクライナ避難民の受け入れに対しても迅速な決断ができたのではないかと考えます。
自民党 衆議院議員 わが国の人権外交のあり方検討プロジェクトチーム 座長 鈴木憲和氏
玉川:ウクライナ避難民の受け入れに対するスピード感のある決断は、日本らしい人権外交というテーマへの検討を重ねる中で、世論を味方に付けながらの対応だったと理解しました。
鈴木議員からは、政治側の動きを共有いただきましたので、小池さんからは企業側の動きについて伺いたいと思います。難民の受け入れに関して、従来から受け入れてきた企業だけではなく、多方面から支援の手が上がったと思います。これまでとは違った機運を感じられましたか。
小池秋乃(以下、小池):変化はありました。難民の問題に対する認知は拡大したと感じます。弊社は外国人の人材紹介を手掛けており、ウクライナの問題が起きる前から難民の人材紹介などを進めてきましたが、当初は紹介先の経営層や採用担当者の難民への認知は高くはありませんでした。しかし、ウクライナ避難民に関する連日の報道を通して、難民問題に対する認知は広がりました。
他方、難民を雇用することに対するハードルは依然として高いと感じます。
その背景には、先ほど可部さんからも指摘のあった「言葉の壁」があると感じます。日本語さえできれば、あるいは企業側の日本語要件が緩和されれば、マッチする案件は多くあります。企業には社内での英語のコミュニケーションを可能にするといった検討も進めていただきたいという思いもあります。
株式会社商船三井 フェリー・関連事業 外国人人材事業チーム チームリーダー 小池秋乃氏
玉川:受け入れる側の環境整備が必要ということですね。
小池:その通りです。難民と企業がお互いに歩み寄れるところは数多くあると思います。日本人は、謙遜しつつも実際は英語をしっかり勉強している人も多く、企業として英語のコミュニケーションを推奨するような形に持っていけると、企業側の人材不足と難民側の就労希望がより良い形でマッチするのではないかと考えています。
但し、環境整備の全てが企業負担だと、受け入れられるのは体力のある大企業のみとなってしまい、中小企業は雇用したくてもあきらめざるを得ません。採用された難民の方が実力を発揮できるまでの助走期間を政府の支援や制度整備を通して設定できれば、規模や業種を問わずに受け入れが進むのではないかと考えます。
玉川:商船三井グループでは難民の方を雇用されていると思いますが、雇用に至るまでの社内での意見や、実際に雇用されて良かった点を教えてください。
小池:弊社グループ会社で難民の方を2名雇用しています。
1名はウクライナの方で、もともと日本語を勉強されていたので言葉の壁はあまり問題ではありませんでした。もう1名はコンゴの方で、インドの大学を卒業されています。日本語が初級レベルだったので、なかなか本採用に踏み切れずアルバイトから始めていただきましたが、仕事への取り組み方や語学力の向上などもあって、現在は契約社員として働いています。1年後には、正社員登用も視野にいれています。
雇用に至るまでは、様々な意見が出ました。SDGsの観点から難民の採用に前向きな意見もありました。他方、日本語ができない以上、負担が大きいのではないかという意見もありましたが結果として現場からは非常にいい評価が出ました。
日本人同士の場合、阿吽の呼吸で仕事を進めることが多いです。その中でもジェネレーションギャップや価値観の違いで、日本人同士でもコミュニケーションが難しい場面もあったそうです。
そこに、日本語が苦手な難民の方が加わることで、マニュアルを整備する、英語での対比表を作る、業務の流れをみんなで確認する、そんな動きが出てきました。その結果、職場全体のコミュニケーションが非常に円滑になったと聞いています。
玉川:ウクライナ避難民の受け入れに対する政府の姿勢や世論、企業の難民に関する認知の拡大を踏まえると、日本は難民受け入れに対して大きな転換点に立っているように感じています。しかし、難民の社会的包摂には、様々なセクターが連携し、社会全体で受け入れるという意識が必要ですが、その部分はまだ十分でないように思います。社会全体での受け入れを加速させるためには何が必要になるでしょうか。
伊藤:社会的包摂を進めるために必要なことは3つです。1つ目は実際に目で見て、現状を知り、考えてもらうことです。新型コロナウイルス感染症拡大前は、企業の方には現地に行き、実際に難民の置かれた状況を視察していただいていました。肌で感じることで、見方が変わる。その変化が企業との長期的且つサステナブルな連携に繋がるのではないかと考えています。
2つ目は、難民という枠組みを外して接することです。「難民だから可哀想」という意識ではなく、コミュニティや社会の一員として参加してもらうというマインドを受け入れ側が持つ必要があります。
3つ目は冒頭も申し上げた政治のリーダーシップです。政府が旗振り役となりセクター間連携を進め、ウクライナから避難してきた人々に対してだけではなく、今後発生し得る新たな難民問題への土台とすべきだと考えます。
玉川:伊藤さんから、政治のリーダーシップについて言及がありましたが、鈴木議員のお考えも伺えますでしょうか。
鈴木:私自身、数年前までは難民問題への意識は、実は伊藤さんがご指摘されたような、「可哀想」というイメージが先行していました。でも、その後、外務政務官を拝命し、オーストラリアを訪問した際にロヒンギャ難民の方にお会いして、イメージが変わりました。
オーストラリアの地方政府が雇用している方々でしたが、実際に話して受ける印象は、「可哀想な人々」では全くなく、「苦境にあっても、海外で自立して生きている力強い人々」というものでした。
私たち日本人は、政治家も含めて、実際に難民の方と会う機会は多くありません。ウクライナの方々が来日している今、どのような思いで過ごし、働いているのか、それを知る場所があると良いと考えています。
また、先ほど可部さんから難民と支援者のそれぞれの「覚悟」について語られましたが、政府も相応の覚悟を持つ必要があります。即ち、長期滞在を視野に入れた施策を検討すべきだということです。政府は当初、短期受け入れという目線で難民対策を始めましたが、今後は長期的に生活することになった場合どう対応していくのかという点を考えていく必要があります。
可部:ウクライナ避難民のケースがこれまでと大きく異なる点は、政治の中で語られたことです。政治が難民のことを語ったという事実は、覚悟をもって応対しようとしていると、社会が受け止めたと思います。その結果、社会全体から自発的な受け入れ機運が高まりました。
しかし、受け入れた後に、現場で実際に起きていることを知る機会や、関心を持つ機会は限定的であると感じます。難民支援の文脈で報道される内容は、言葉を選ばずに言うと極端で、「いい話」か「可哀そうな話」のどちらかです。例えば良い話の場合、「どこかの企業や団体が難民支援をしたらしい」という結論だけが独り歩きします。
しかし、その裏には美談では終わらない様々な問題が発生しています。例えば、日本語力が十分でない難民の子どもが学校から持ち帰ってきた書類の翻訳は誰が行うのか、企業で受け入れられた難民が地域住民にどう受け入れられていくのか、社内では実は当事者が孤立しており、一部の日本人担当者に全て対応が集中している、といったものです。そういった見えない苦労があることを無視して「いい話」で片付けるべきではありません。
苦労をことさら強調するのではなく、それを乗り越えようとする動き、会社だけでは対応が難しくても地域の支援団体と協働している事例など、様々な動きが実際にはあることを伝えるべきです。例えば、ある地方都市で大きな自然災害がありました。そこに再定住した第三国定住難民3が、自ら手を挙げ災害ボランティアとして活動した結果、地域住民と名前で呼び合うような関係性が生まれた、といった事例もあります。その結果、難民の方は「地域の一員として認められて嬉しい」、地域側も「難民は遠い世界の話と思っていたし、よくわからない人だったが、話したらすごく気さくな人だった、地域を助けてくれた」と話し、言葉や心理面のハードルを越え地域を担う住民同士のコミュニケーションが生まれました。
上手くいったケースも含めて共有して、課題解決の糸口にしていかなければ、いくら包括や連携といった美しい言葉を並べても、トラブルが起きれば結局誰が責任を取るのか、リスクやトラブルを回避したいあまり、主体的な受け入れが一向に進みません。
小池:知る機会、実際に見る機会というのは私も非常に重要だと考えています。
大半の日本人には、難民の方と知り合う機会自体がありません。私は、一人でも多くの難民の方の就職を手助けしたいという想いがあります。人手不足に直面する日本企業も多い中で、難民と企業のマッチングが促進すれば、よりよい未来へ繋げることができるからです。そのためには、難民に対する本質的な理解が必要であると感じます。
玉川:ウクライナの方々が2,000人近く入国している中で、彼らと関わったことのある日本人がどのくらいいるのかは気になります。身近なところで相手を知る機会を作ることは、確かに今後セクター連携を強化していく上で非常に重要なステップだと思います。
マルチセクター連携において、これまで日本では特に企業のプレゼンスは高いものではなかったと思います。海外に目を転じると、日本が学べる事例はありますか。
[3] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/nanmin/main3.html#section4
伊藤:日本とは背景や土壌が違うので一概に比較はできないものの、カナダの事例をご紹介します。カナダは1年に約50万人の難民・移民を受け入れています。難民向けの様々なスポンサーシップ制度も存在しています。中でもユニークなのはPrivate Sponsorship of Refugeeと呼ばれる民間主導の難民受け入れプログラムです。学校や企業に加え、政府の許可を得たカナダ市民が5人単位でチームを形成し、UNHCRによって難民認定された方々を受け入れます。1家族の生活費(年間約160万円)を含む費用はスポンサーが全額支出するケースもあれば、企業と政府が折半するケースもあります。カナダ政府はこうした受け入れを促進する法律や政策等のルール面の整備を行う役割を担っています。このようにカナダでは、国と民間、自治体などが連携し、複合的な支援連携を実現しています。
日本は一朝一夕にカナダの事例を取り入れることは困難ですが、ロールモデルとして参考にしてもいいのではないかと考えています。
玉川:Private Sponsorship of Refugeeプログラムでは、トップダウンではなく、ボトムアップで難民を受け入れる取り組みをしていますね。地域でどのように難民を包摂するのかを市民が自分事として捉え、責任感を持って受け入れているという点で、非常に学ぶところが多い事例です。
鈴木:我が国の制度の中には、確かにカナダの例にあるような雇用制度はありません。これは難民の方に限った話ではなく、例えば、障がい者を雇用するにも同じような課題はあります。インセンティブをどう設定するかは、今後考えていくべきところでしょう。困っている人を助けたいという善意だけではサステナブルな議論はできません。
私も今日に至るまで、様々な論文や本から知見を得てきました。中でも印象的だったのはドイツの事例です。難民支援に税金が使われることに否定的な意見もかつてはありましたが、国としての成長への投資機会として捉えられるように変化してきたそうです。
ドイツは大陸と陸続きで、外国人が入ってきやすいという社会的・地理的背景があることも意識の変化に影響しているかもしれませんが、少子高齢化が進む日本も、外国人が入ってくることを投資の機会と捉える時期に来ているのではないかとは感じています。
最近の事例では、人権デューディリジェンスに取り組んでいる企業に対して、公共調達で優遇しようという施策が出ています。難民に対しても、雇用し、人権問題に貢献している企業には、補助だけではなく正当な評価ができる仕組みが必要ではないかと考えます。
玉川:難民の受け入れを、チャンスと捉えるか負担と見るか、チャンスにどう転換させていけるかが日本に求められている姿勢ということですね。
玉川:本座談会は社会全体での難民受け入れを考えるために、様々なセクターの方々にご参加をいただきました。最後に自セクターでできること、各セクターに期待することなどがありましたら教えてください。
伊藤:国際機関の役割として、特に国内に向けて、どのように難民問題を発信していくべきかを考える必要があると思っています。「可哀想な人たち」ではなく、「逆境に耐える強さを持っていて日本の社会に貢献できる人たち」であるというイメージを明確に伝えること。それが私たちの宿題だと思っています。
鈴木:政府はもちろん、政治から変化していかなくてはならないと思います。政治は国民の理解が必要で、世論がついてこないと、「なぜ難民問題に多額の税金を使っているのか」という流れになりかねません。世論、すなわち国民の皆さんの意識を政治が変えていく必要があります。
もう一つ、私がキーポイントになるのではないかと考えているのは地方自治体です。先ほど紹介したオーストラリアの事例のように、地方自治体が一定期間難民の方を受け入れて、実際に働いて経験を積んでもらうことは重要なのではないでしょうか。
日本には約1,700の自治体があります。ほとんどの地域は外国人の対応に習熟した国際交流協会を有しています。そうした自治体のコミュニティを起点にして、難民の方々ができることを増やしていくことも一手だと思います。
小池:今の鈴木議員のお話は非常に示唆に富んでいると感じました。企業の立場からすると、日本に来たばかりの方を即時採用するのは難しい。しかし、例えば1年ほど市役所で就労経験を積んでもらえれば、日本語や日本文化への理解も深まる。そういう方を改めて企業で面接して採用できれば、難民と企業双方のミスマッチがなくなりますし、こういった流れを実現することが本当の連携だと思います。
可部:難しいことですが、定点的に、または支援分野別に考えるのではなく、当事者のライフステージを見据え、当事者が自分たちで対応・解決できる範囲が拡大する状態をゴールに、入口から出口までの支援を連続しているものと考える必要があるのではないでしょうか。もちろん、入り口から出口までの流れは複雑で、多くの方の協力がなければ出口には至りません。その時に自治体や地域住民との関わり合いは、就労という面以外でも人生に関与する重要な働きをします。
日本で働く難民にとって、1日の就労時間は約8時間しかありません。残りの時間は地域の住民であり、学校の保護者であり、病院の患者さんや地域の商店街で買い物する客かもしれません。様々な立場があっても、当事者の生活する場所は「地域」です。
地域内で住民との接点や、言語・非言語を通じた活動や関わり合いを円滑にするような機会や環境がなければ、難民についての本質的な理解が進まず、いつまでも「可哀想な人」からは脱却できません。
難民にとっても、地域で人を知り、コミュニケーションを活発にとれるようになれば、それが日本語を学ぶモチベーションにつながり、さらに自身の経験やスキルがどう地域や企業で活かせるのか、新たな機会発見を期待できます。既に、多くの自治体で外国籍を含めた住民同士の交流促進を促す機会は多々ありますが、当事者の声を反映した機会創出が必要です。そうした機会があれば、メディア等の情報だけでは知り得なかった同じ住民としての彼女、彼らの新たな一面を知る機会になるはずです。
Social Impact 委員会では、今後もテーマに応じてソーシャルセクター等で活躍するゲストを招いた対談企画を開催していく予定です。
【問合せ先】Deloitte Social Impact 事務局: JP DTC social impact (R)
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