日本のキャッシュレス化のスピードが増している。2018年4月に経済産業省が公表した「キャッシュレス・ビジョン」では、日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開催される2025年までにキャッシュレス決済比率を40%とする目標を設定し、将来的には世界最高水準の80%を目指すことが提示された。現状(2019年時点)が約20%程度であることを踏まえると挑戦的な数値である。また、政府は「未来投資戦略2018」で「FinTech/キャッシュレス化の推進」を重点分野として位置付け、積極的に推進している。
ロンドンではオリンピック前に開始されたキャッシュレス化施策が急速に拡大・定着していることから、4,000万人の来日が見込まれる2020年東京オリンピックを契機にキャッシュレス化が急拡大する可能性がある。また、モビリティサービス(Mobility as a Service:MaaS)市場の拡大も起爆剤になり得る。2030年の国内MaaS市場規模は6兆円(※1)になると予想されており、このようなシェアリング型社会では、少額・高頻度な決済手段を実現するプラットフォームの構築が欠かせない。
現状ではこれら追い風を捉え様々な業種の事業者が、QRコード決済等の新たな決済サービスの提供を開始している。
モビリティサービスと周辺サービスでは日々莫大な取引が行われており、そのタッチポイントは増える一方である。デロイト グローバルのアナリスト試算(※2)によると、米国の公共交通機関は年間約750億米─ドル、レンタカーは約420億米ドル、タクシーおよびリムジンは年間で約250億米ドルの収益を生み出している。ライドシェアリングは現時点では20億米ドルであるが、今後5年間で年間20%の成長率が予測されている。商用車の運転手の業務用ガソリン決済を容易にする給油カードやフリートカードといった、ニッチなモビリティ専用決済ソリューションは、2017年時点で6億2,000万米ドルと推定されている。これらの市場が支出に占める割合は大きく、交通費は米国世帯の年間支出の14%と、2番目に大きい支出カテゴリーになっている。
新しいサービス(例えば移動式の遠隔医療サービスなど)が提供されれば収益の機会を広げることになり、これらの変化は決済フローを再編し、新しいエクスペリエンスを開拓する可能性が高まる。すでにこの領域での競争は始まっており、配車事業者、テクノロジー企業、多数の決済ネットワーク事業者、MaaS新規参入企業、さらに自動車メーカーが対象である。
以上、述べた今後の変化を踏まえると、既存決済事業者は2つの戦略的な選択肢を迫られると考えられる。
新興モビリティ事業者との連携:アジアを代表する新興モビリティ事業者は、消費者とサプライヤーの間に立ち、ユーザーが依頼するモビリティに関連するすべての取引のプランニング、予約やチケット発券を行い市場の主要な事業体となる事を目指している。レンタルバイク、タクシー乗車、燃料補給といった、すべての決済プロセスを─1つに結合し、抜本的なコストの見直しが要求される。この実現に向けてはシステム全体を流れるデータを捉え、個別サービスを超えて共有する仕組みが必要となる。
拡張と絞り込み:自らモビリティ事業体としての役割を担うことを目指す(拡張する)ことも考え得る。ただし、この役割への移行は、多数のプレイヤーとの厳しい競争に直面することになる。そこで、新しいニッチ市場(ピアツーピアレンタカーのサービス提供や自動車用ウォレットの実装支援など)を特定して、サービスを提供し、より優れたユーザーエクスペリエンスの設計やほかのプレイヤーが使用できるホワイトラベル提案に絞り込みを行うことは考えられるのではないだろうか。
いずれの選択も競争に打ち勝つためには、業界の垣根を超えたエコシステム内のプレイヤー同士が必要なデータを合法的に、安全かつ即時に共有する方法が鍵であり、キャッシュレス決済プラットフォーム構築への期待は大きい。
※1 出所:IHS Markit、矢野経済研究所、経済産業省資料を元にデロイトトーマツ作成
※2 出所:デロイト グローバル “Payments and the future of mobility[2019.4]”
フィンテック / ブロックチェーン領域リーダー。 金融インダストリーの新事業開発、Fintech活用、デジタル戦略、業務改革、ITガバナンス、組織改革など様々なプロジェクトに従事。金融機関だけでなく、消費者利便の高い異業種サービスが金融機能を組込み提供する組込型金融(Embedded Finance)や、ブロックチェーンをベースとしたWeb3/分散型金融(DeFi)など新たな成長領域に対するグローバル動向調査/分析や事業戦略立案も担当。 また、環境や人権問題などサステナビリティに対する社会的要請の高まりに対応したトレーサビリティ・ブロックチェーンの社会実装に向けた実証実験・本番適用などの支援を手掛けている。 共著に『デジタル起点の金融経営変革』(2021年)、『パワー・オブ・トラスト』(2022年)等、著書・寄稿多数。