Posted: 10 Dec. 2020 5 min. read

西村あさひ法律事務所 弁護士(パートナー) 武井 一浩 先生

監査の再定義に関する佐々木上級顧問による有識者インタビュー

企業の会計不正が起きる度に会計監査に対する批判がされ、監査基準の改定等の対応が行われてきている。他方で企業による非財務情報の開示が拡大しESG投資等の関連で投資家の関心も高くなっており、この分野での監査の役割が課題になっている。さらにデジタル化の進展はAI等の利用により監査の高度化・効率化が期待される反面、監査そのものがAI等により代替される可能性も指摘されている。

このような状況において、社会が監査に求める役割は何か、将来目線で「監査とはどうあるべきか」に関し、佐々木清隆氏が多方面の有識者にインタビューを実施した。

第2回は、企業法務やコーポレート・ガバナンスに関して多数の経験や知見を有し、DXガバナンスに関する書籍(「DX法制ハンドブック」商事法務)も最近刊行された弁護士の武井一浩氏にお話をお伺いした。

なお、本稿で述べられている部分は聞き手・話し手の個人的見解であり、聞き手・話し手が現に所属し、またこれまでに所属したいかなる組織・団体の見解を示すものではない。

 

【話し手】武井一浩:西村あさひ法律事務所 弁護士(パートナー)
 91年弁護士登録。金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」メンバー。経済産業省「CGS(コーポレートガバナンス・システム)研究会」「公正なM&Aの在り方に関する研究会」「新時代の株主総会プロセスの在り方研究会」「事業再編研究会」各委員。規制改革会議委員。日本監査役協会「監査等委員会実務研究会」専門委員。

 

【聞き手】佐々木清隆:デロイト トーマツ グループ 上級顧問

大蔵省(現財務省)入省後、OECD, IMF職員、金融庁・証券取引等監視委員会事務局長、公認会計士・監査審査会事務局長、総合政策局長として内外金融行政全般に広い経験を有する。

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西村あさひ法律事務所 弁護士(パートナー) 武井 一浩 先生

1.監査の現状認識、監査に対する期待

(佐々木)会計不正が起きるたびに会計監査に対する批判が起き、これに対して監査基準等が追加され、基準を遵守するためのルールベースの準拠性監査が強化され対象企業の実態を十分にみることできていないのではないかという指摘があります。

他方で、AI等、デジタライゼーションの進展に伴い従来の監査が役に立たなくなるのではないかという声も聞かれます。

このような監査の現状や、監査が社会の役に立っていないのではないかとの認識について、どのようにお考えでしょうか。

(武井)究極の社会的意義は経済社会・資本市場の信頼の礎となる財務諸表の適正性を保つことですが、この社会的意義を果たすために、監査人がどういう役割を担うのが良いのかという問いになります。

 財務経理部門等以外に、①三線めの内部統制、②非業務執行役員、③外部専門家・プロである監査人という重層構造で利益相反を防止しているわけですが、監査人はこれら三者の中で現場の情報から最も遠い場所にいるともいえます。この距離の遠さとプロであることとのギャップは、長年のイシューである監査の期待ギャップの一因にもなっているのではないかと思います。中小とかの企業の中には、監査人というプロに対して報酬を払うこともあり、財務諸表の適正性を含めて監査人に全て任せてしまおうといったマインドを有する企業もあるようです。

また監査人側においても、何らか手を動かして細かい「汗をかく」作業をしないと相応の報酬が正当化されないのではないかという潜在意識があって、細かい作業に追われている面があるのかも知れません。しかしAI等が進展してくると、こうしたいわゆる「汗をかく」タイプの業務には、AI等に取って代わられる箇所が厳然とあるのではないかと思います。そもそも監査人の職責・役割分担がこうした細かい「汗をかく」仕事なのか。新型コロナウイルスも踏まえたデジタル化の進展等も踏まえ、考える機会に至っているように思います。

(佐々木)他方で、現状としては、会計不正等によりルールベースの傾向がいっそう強まり、監査人自らが手を動かなければならず、監査人自体が「コンプラ疲れ」に陥ってしまっている側面もあるように思われます。

(武井)ご指摘の通りです。そうした中で、手足を動かすことに今後とも付加価値を見いだしていくのか。重層構造の最も外側にいる監査人の本来の業務が何であるべきなのか、考えてみる余地はあるように思います。先ほどの重層構造の中で、監査人というプロが自らが動かなければ対象企業の「膿」が止まらない「利益相反」とは何なのかという論点です。

この論点に関しては、実は監査役や最近増えている社外取締役についても議論になっている点です。内部統制システムとの関係という点でよく議論されますが、自ら情報を取りに行って、一個一個の不正を発見することを職責とするのではなく、自動的に情報を入手できる仕組みがあった上で、執行のみで処理できない利益相反があったときに自ら動くということではないかという議論があります。

少し話が逸れますが、監査役にしても監査人にしても難しいのが、そもそも「無の証明」が元々難しい世界の仕事であること。またうまく消火をしても「こういう火の元がありましたが消火しました」というときに表に出なかった火の元をわざわざ開示するのか、などの難問を背負っている面があります。こうした、素晴らしい仕事をしても外から見えにくいという性格・構造も、期待ギャップを語る際には考慮・斟酌すべきでないかと思っています。

今後のAI等の進展の中で、監査人に最後に残る業務は何なのか。ひとつ考えられるのは、監査人という人間の判断による社会的公正性の担保ではないでしょうか。AIは、データを学習してから、ディープラーニングしてアウトプットを出すという点で後追いの構造であり、forward lookingな判断ができるのかという課題があります。AIが拡がったとしても、その判断が社会的にみて公正なのか、という点は人間が判断しなければならず、社会的公正性の担保等の判断はAIでは代替できません。こういう点を考えて、監査人の業務内容について考えていくことが考えられるかと思います。

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デロイト トーマツ グループ 佐々木上級顧問

2.監査のミッション・ビジョン・バリュー

(佐々木)この点に関し、公認会計士法等をみると、直接的には財務情報の信頼性の確保を目的としつつ、これをもって、我が国経済の持続的成長とか、国民の富の増大とか、より高次の目的を公認会計士のミッション・目的としています。現状では、財務諸表の適正性を担保するために基準を作るという、前者にフォーカスした議論が中心となっているように思いますが、いまおっしゃった社会的公正性というのは、前者の財務諸表の適正性より高次の、後者のミッション・目的に対応するものと理解できます。

(武井)会計監査においても、見積もり・減損等、幅のある判断が求められる項目があり、こうした項目に対する判断が、資本市場の信頼性を踏まえ、社会的に正しいかどうかという点を独立した外部専門家が判断する役割が、現在も一丁目一番地としてあります。こうした役割を実施していくのに必要な監査報酬や人員の確保等は、今後とも重要なのだと思います。

理念的な姿としては、一定の実務経験を経て社会的信頼性を得たhonorableな人物が、最後の砦なりとして監査を担うという考え方もありえます。AIやデジタルの世界で重要性を増しているのは社会的公正性であり、監査が本来目指すべきところとも共通します。AI/DX等で従前のデータの精査等がデジタルな部分で代替できるという状況があるのであれば、むしろ変わる議論を行う契機でもあるかと思います。

 

3.監査の独立性

(佐々木)財務諸表の数値の適正性のみならず、社会的公正性の担保にも監査の重点が置かれるようになると、監査の独立性の意味合いにも何らか変化が生じてきますでしょうか。

(武井)そうですね、独立性は何のためにあるのかを改めて考えてみると、(ⅰ)執行、(ⅱ)非執行、(ⅲ)監査人という重層構造化の最も外側にいる外部専門家の判断の適正性を担保するために存在するものです。資料の精査等については、(ⅲ)監査人がいかにして(ⅱ)非執行役員、(ⅰ)執行等他の階層にいるプレイヤーとコラボして解消していくか、という論点かと思います。

4.求められる「監査の質」

(佐々木)先ほどおっしゃった社会的公正性という監査の究極の目的から考えてみますと、「監査の質」についても、監査基準に準拠しているかといった従来の目線から変わってくるようにも思います。この点についてはどのようにお考えでしょうか。

(武井)デジタル化の時代には、ルールベースだけではもはや対応していけず、ソフトロー化、プリンシプルベースが進んでいくと考えられています。細かいルールが書けない世界で社会において何が公正か、という議論に進むはずであり、この点は監査基準についても同様になのではないかと思います。

それだけに、本当にプリンシプルベースで、社会的公正性を担保できる「よい監査」の重要性が高まるはずであり、こうした「よい監査」を実施するに足るhonorableな人材が必要となります。

企業においては、サステナビリティや、ESG/SDGsの関心が高まっています。ステークホルダー間の利害調整は益々難しくなっています。このような流れは今後とも続くでしょうから、サステナビリティの礎となる社会的公正性にかかる判断を、外部の人間が何らか関与する重要性は増しています。監査もその一例ではないかと思います。監査が置かれているこうした状況を踏まえ、監査の役割を改めて定義し、その社会的価値を高めていくことが重要だと考えます。

 

 

【インタビューを終えて】

(ⅰ)執行、(ⅱ)非執行、(ⅲ)監査人という重層構造化の最も外側にいる外部専門家として果たすべき役割を検討すべきでありとの指摘、またそこで求められる社会的公正性の担保という監査の役割はAI等のDXによっても代替されるものではないとのご指摘は、コーポレート・ガバナンスに関する専門家である法律家の視点として印象的であった。