Posted: 28 Jan. 2021 5 min. read

野村ホールディングス株式会社 取締役監査委員長 島崎憲明氏 インタビュー

監査の再定義に関する佐々木上級顧問による有識者インタビュー

企業の会計不正が起きる度に会計監査に対する批判がされ、監査基準の改定等の対応が行われてきている。他方で企業による非財務情報の開示が拡大しESG投資等の関連で投資家の関心も高くなっており、この分野での監査の役割が課題になっている。さらにデジタル化の進展はAI等の利用により監査の高度化・効率化が期待される反面、監査そのものがAI等により代替される可能性も指摘されている。

このような状況において、社会が監査に求める役割は何か、将来目線で「監査とはどうあるべきか」に関し、佐々木清隆氏が多方面の有識者にインタビューを実施した。

第4回は、被監査企業側での豊富な実務経験を有し、住友商事株式会社 代表取締役 副社長執行役員などの要職を務めて来られた、野村ホールディングス株式会社 監査委員長の島崎憲明氏にお話をお伺いした。

なお、本稿において意見にわたる部分は聞き手・話し手の個人的見解であり、聞き手・話し手が現に所属し、またこれまでに所属したいかなる組織・団体の見解を示すものではない。

 

【話し手】島崎憲明:野村ホールディングス 取締役監査委員長
1969年住友商事入社、1984年米国住友商事(ニューヨーク駐在)、1998年取締役、2005年代表取締役副社長、2009年国際会計委員会財団(現IFRS財団)トラスティ、2011年日本証券業協会副会長自主規制会議議長

【聞き手】佐々木清隆:デロイト トーマツ グループ 上級顧問
大蔵省(現財務省)入省後、OECD, IMF職員、金融庁・証券取引等監視委員会事務局長、公認会計士・監査審査会事務局長、総合政策局長として内外金融行政全般に広い経験を有する。

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野村ホールディングス 取締役監査委員長 島崎憲明 氏

1.監査の現状認識、監査に対する期待

(佐々木)会計不正が起きるたびに会計監査に対する批判が起き、これに対して監査基準等が追加され、基準を遵守するためのルールベースの準拠性監査が強化され対象企業の実態を十分にみることできていないのではないかという指摘があります。

他方で、AI等、デジタライゼーションの進展に伴い従来の監査が役に立たなくなるのではないかという声も聞かれます。

何のための監査なのか? 監査の価値とは何か? 改めて再定義する必要があると考えております。監査委員長のお立場から、今の監査はどこに問題があるのかとお考えでしょうか。

(島崎)企業の会計不祥事が起こるたびに、監査法人は一体、何を見ていたのか?という議論が繰り返されてきました。企業においては、新規ビジネスが自社の経営理念に合致したものか、あるいは一般的なビジネス常識に照らして許されるものなのか、日々振り返りがなされていると考えています。監査法人においても、このような自己の行為・コンダクトを振り返ることの更なる徹底が必要だろうと思います。

会計士には公的資格である公認会計士としての使命を愚直に日々実践し、加えて高潔な倫理感を保持し続けることが求められると考えます。経営者と直に向き合い、公的な資格である公認会計士として、主張すべきは毅然として主張する姿勢が求められます。このような姿勢はパートナーになって直ちに身につくものではなく、監査法人における教育・研修も同時に不可欠なものであると考えています。

一方で、投資家サイドの会計監査に対するニーズは時代とともに変容しています。投資家がその投資対象の企業の将来について考えるには、過去の財務データだけでは不十分であり、当該企業の経営戦略など、非財務情報などが重要になると考えられます。ただ、現状の監査対象は財務諸表に限られておりますが、非財務情報に対する監査法人による積極的な関与も、マーケットサイドの新たなニーズとして挙げられます。

(佐々木)ご指摘されたように、ESGなどの非財務情報への積極的な関与が監査法人には期待されていると考えられます。ただ、投資家サイドの期待に、監査法人は十分応えられていませんが、それはどのような理由によるものと、お考えでしょうか。

(島崎)まず、現状でも、有価証券報告書には、企業のガバナンスやマネジメントなど、財務諸表以外の非財務情報が多く記載されている点を指摘したいと思います。監査法人が非財務情報を深く見るには、監査チームのヘッドは企業のCEO、CFOなどの経営陣と経営について語れる必要があると考えます。経営陣との対話を深めるには広い意味での教養が不可欠と考えており、財務諸表論などの会計基準や監査に関する知識だけでは、企業のトップとの真のコミュニケーションは難しいのだろうと考えます。

2.監査のミッション・ビジョン・バリュー

(佐々木)会計士に対する教育・求められる教養について、示唆に富んだ指摘をありがとうございます。会計監査のニーズは変わりつつあるも、保証は財務情報に限られ、非財務情報を含めた広い意味で財務諸表への保証という考え方は、あまり現場では浸透していないようです。

(島崎)監査法人による保証は資本市場から資金調達をする上で、非常に重要な役割を果たしていることは確かです。したがって、その役割の重要性が変わることはないでしょう。とはいえ、監査を受ける企業としては、監査証明だけをもらうために報酬を支払っている訳ではありません。伝統的な監査の枠組みの中でも、監査を通じて、経営上、どこにリスクが潜んでいるのか、監査委員会など企業側にフィードバックを是非、頂きたいと考えています。

(佐々木)監査を通じて発見した経営上のリスクを企業側に還元すべきとのご意見ですが、これに関連して「監査の質」について伺います。監査の質は、現状監査基準等に従って監査をしているのかをベースに評価されていますが、会計監査に対して投資家サイドが求めるものが変化するなか、「監査の質」の在り方も変化するのではないかと考えますが、この点についてのお考えをお聞かせください。

(島崎)監査の質という点では、監査先企業のビジネスに対する監査人による理解が重要と考えますが、この点が十分でないケースがよくあると感じています。監査先のビジネスを理解せずして、リスクアプローチといったところで、どこにリスクがあるのか見極めるのは難しいのではないでしょうか。

(佐々木)一方、監査を受ける企業側には、意識の点などで課題はあるとお考えでしょうか。

(島崎)監査人と企業経営者の役割は異なるものの、目指すところは企業の持続的発展による企業価値の向上という点で同じと考えます。監査法人と企業は互いの立場に応じて、経営上のリスクを検知し、リスクマネジメントを行うものと考えています。そういう観点に立てば、企業側には、監査法人に対して隠すことなく、全ての情報をオープンにする姿勢が求められるのではないでしょうか。

3.監査の独立性

(佐々木)企業側はもっと監査法人に対して、オープンになるべきとのご見解はまったくその通りであると考えます。一方で、会計不祥事が起こるたびに、企業と監査法人は敵対関係になりがちです。この点についてどのようにお考えでしょうか。

(島崎)監査人と被監査人との間には、立場が異なるので緊張関係は必要です。同時に、両者の間には相互の信頼関係も必要となります。当たり前ですが、信頼関係がないと良い仕事は出来ないと思います。

(佐々木)先ほど、企業のビジネスに対する監査人の理解、という話がありましたが、監査人が企業とビジネスについて対話すると、監査の独立性に抵触するのではないか、との議論があります。この独立性についてお考えを聞かせて下さい。

(島崎)監査法人の独立性とは、監査先企業と間で癒着がない、ということに尽きるのではないでしょうか。過去の会計不祥事の背景には、企業と監査法人との間の癒着が温床になっているように思います。独立性を維持するとは、企業と監査法人が敵対関係にあるのではなく、繰り返しになりますが、監査人は毅然とした態度で、主張すべきことはきちんと伝える姿勢こそ大事であると考えます。

(佐々木)ご指摘された癒着とも関連しますが、古くて新しいテーマに監査法人の監査業務と、非監査業務の分離の議論があります。これについて、お考えを聞かせてください。

(島崎)監査法人は様々な会社について業務を通じて学んでおり、習得したベストプラクティスを企業にアドバイスすることは非常に有益であると考えています。したがって、非監査業務を一切禁止するのは非効率と云えるでしょう。ただ、過去の会計不祥事の背景を踏まえれば、一定の線引きは必要となるのも事実だと思います。もっとも、公認会計士としてのディシプリンがしっかりしていれば、そういった問題は生じないのかもしれないのでしょうが。

4.会計士に求められる資質とは

(佐々木)最後に今後、監査法人に期待することは何か?忌憚のないご意見をお聞かせください。

(島崎)これまで申し上げてきましたが、企業の将来を見る、という投資家ニーズに立てば、非財務情報について、監査法人の積極的な関与を期待したいと思います。有価証券報告書に記載されている非財務情報には、役員報酬の決め方、リスク情報などがあり、これらについて監査法人が十分吟味することで、財務諸表に対する監査の質も一層高まるのではないかと考えております。同時に、非財務情報を吟味するには、常識(コモンセンス)的な視点や判断が会計士に強く求められる点を指摘したいと思います。

財務データの不正検知や数値の正確性については、デジタル技術の進歩の中で、AI(人工知能)に代替されると云われています。今後、会計士に求められるスキルとして、答えのない問題に対する問題解決能力をあげたいと思います。

「答えのない問題」に対する対応力は資格試験で測るのは困難です。仕事を通じて習得するものであり、先に述べた常識的な視点とも関係しますが、このようなスキルを磨くため、監査法人と企業の間に人事交流ももっと促進されてもよいのかも知れません。

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写真右から、野村ホールディングス 取締役監査委員長 島崎憲明氏、デロイト トーマツ グループ 佐々木上級顧問

【インタビューを終えて】

長年、被監査企業の経営者や監査委員長等の立場で監査法人と関わって来られたご経験から、監査人に対する期待、特に企業のビジネスに対する理解、企業経営者との深い対話をする上での広い視野、多くの企業の監査を通じて得られる知見の提供の重要性についての指摘、および監査人と企業経営者とで立場は異なるものの企業価値の向上という共通の目標に向けて信頼関係を持つべきとのご指摘は、非常に説得力があるものであった。