Posted: 04 Apr. 2023 3 min. read

第十一章 コングロマリット経営の意思決定精度を上げる“リアルタイムストラテジー”<前編>

【シリーズ】日本コングロマリット企業の未来へ向けて

コングロマリット企業において、最終意思決定を迫られる経営層はいずれかの事業出身者であり、そこには当然精通している。一方で、他事業について隅々まで理解し判断することは困難である。そこで担当役員や現場担当からの情報に頼ることになるが、実際に該当事業に身を置く者・愛着を持つ者からバイアスがかからない意思決定に必要なレポートが上がってくることは稀である。実際に、経営層が欲しい情報を事業担当者に依頼し、必要な情報が遅々として上がってこない間に市場が動き判断が遅れた、というケースを私たちも目にしている。

本稿では、こうした複数事業を持ちながら総合的な経営意思決定を行う際の方法論であり、同時に各事業のバリューアップに共通して資するアプローチにもなり得る考え方を紹介する。

不確実性が増す時代の戦略策定の前提

VUCAの時代とよばれて久しい。企業は高齢化やデジタル化、そして昨今では新型コロナウイルス感染症という大きな波に襲われ世界は不安定さ、不確実さ、複雑さを増している(図表1)。そのような予測困難な世界においても、意思決定者は戦略を立て、決断をしていかなくてはならない。経営戦略立案の方法論、フレームワークはたくさんある。例えば、1980年代に世に出た競争戦略は今でも使えるのだろうか?2000年初頭に日本でもビジネス書としては異例のヒットを飛ばしたブルーオーシャン戦略は、ウィズコロナの今どのように活用すべきだろうか?よくよく理解していくとそれぞれには前提がある。例えば前者であれば、自社が位置する業界領域が明確でその競争状態が一定期間続く、といった前提が置かれている等である。それでは、今の時代の前提はどこに置くべきだろうか?まずはそこから見ていきたい。

図表1:引用:経済産業省『2020年版ものづくり白書』第1部第1章第2節 不確実性の高まる世界の現状と競争力強化

 

 

リアルタイムストラテジー

デロイト トーマツ グループでは、戦略策定から戦略の実行にあたり、要素を相互に連関させながら、5つのステップを踏むことが必要であると考えている。その戦略策定の入り口となるGoal & Aspiration目指す将来像の定義と、Where to playどこで戦うかという定義、つまり、どのような将来を予測し、どこを戦う場所にするのかという意思決定を行うフェーズで、予測困難な世界、不確実な世界に強く影響を受けることになる(図表2)。

図表2:デロイト トーマツ グループ作成

 

不安定で不確実な時代において、これまでの戦略策定では太刀打ちできなくなっている。これまでの戦略策定というのは、正確に未来を予測して戦略を立てることを指している。ここでポイントとなるのは、ここで指している正確な未来というものが、不確実なものを過少評価して、複雑性を排除して作られたものであるということである。

本当は多くの人は将来が変わり得ることを分かっているが、静的な戦略策定から抜け出せずにいる。ではなぜ変わることができないのだろうか。それはなぜかというと、巨大な企業であるがゆえに文化的、組織的、技術的に変化を起こすために大きな努力が必要になり、その労力を言い訳にして変化を起こさないことや、明確な目標が描けない状況で変化を起こすことに躊躇するためである。

そして時間をかけて立てた戦略の前提である仮説、先に挙げた作り出した正確な未来を事実と思いこみ、その戦略に従って計画をすばやく集中して実行することにフォーカスするためである。その結果、予想外のことが起きたときに対応できなくなり、投資に対する利益は減少し、赤字化し、組織はさらに機敏性を失うことになる未来が待っている。

ではどうすればよいのか。いくつかのシナリオをもって、複数の選択肢をもちながら現実が訪れたときに最も合うシナリオを選択し、組織や戦略を変えていく、言い換えれば、掲げる大義から足元のオペレーションまで連なる価値の連鎖において、各所に散在する課題に、機械の助けを借りながら機敏に対応していくことが必要なのである。これこそが今の時代に必要な考え方、リアルタイムストラテジーである。

 

 

いくつもの不確実な未来があることを所与とする

このリアルタイムストラテジーの具体的な方法論の1つが、シナリオプランニングである。

ここから先は、シナリオプランニングが何を可能として、どのように変化しているのかについて説明したい。

不確実な世界で、複雑な戦略的決定を行うためには、「明確性」「妥当性」「現実性」の3つを備えなくてはならない。この3つを備えることは超人的なことで、一人の人間のみで備えることはかなり困難と言える。それを可能とするのが、シナリオプランニングである。まず、3つの要素が何なのかを説明したい。

「明確性」とは、いわば聖人のようなもので、一般に認められた仮定、価値や原則に基づき、偏りのない一貫した長期的な視点をもつことである。それをもつためには、まわりで何が起きているのかを察知する優秀な認識と、その洞察がどのような意味をもつのかを判断する優秀な知性が必要になる。

次に「妥当性」とは、いわばルネサンス期の学者のようなもので、組織内やその周囲の複雑性を受け入れ、対立する意見や不確実性を考慮し、幅広い知識をもち様々な専門分野や理論、実践を橋渡しすることである。それをもつためには、周囲で起こっていることの範囲や深度を過度に複雑にすることなく把握することが必要である。それを可能にするのが、AIの高い分析力を活用した多くのデータと、そのデータと広い視野から物事をみて判断を下す人間の判断力や直感を組み合わせることである。

最後に「現実性」とは、いわばインディー・ジョーンズのようなもので、よい戦略を実行、遂行するために、問題や人々に対処し、そして冒険していくことである。実際に、良い計画や戦略が実行されず、引き出しにしまわれるケースや、現実にそぐわず失敗に終わるというケースが多くみられる。その実行力をもつためには、なぜそれが必要なのかを理解する「意図」と、実行していくための「原則」、そして、型にはまった手法を越えた直感に従った判断、「プラグマティズム」が必要となる。特に、「意図」をもってもらうためには、トップのマネジメント層だけの意見だけでなく、コミュニケーションを通じて意見交換を行い、少数派や相反する見解も取り入れていくことが重要となる(図表3)。

図表3:デロイト トーマツ グループ作成

 

これら3つを備えるためには、複雑な世界に関する洞察を得るための解釈を含めた膨大なデータと、データを広い視野と直感で判断するための対話やコミュニケーションが必要となり、それらをシナリオプランニングが可能とする。ここで、少しシナリオプランニングについて説明したい。

 

 

不確実性に向き合う方法:シナリオプランニング

シナリオプランニングとは、いつ起きるか予測しづらいが、長期的には十分に起こり得る不確定要素に、様々なファクトをかけ合わせ、あり得る未来像を描く技法である。つまり、将来何が起こるかを正確に予測することではなく、将来の方向性を変え得るような大きな事象や要因を際立たせて、それらを認識することによって前提をこえた思考を促すことを目的としている。

ただ一部において、シナリオプランニングが誤解されているように感じる。

日本企業においては、中期経営計画と経営戦略が強く結びついていて、中期経営計画で想定した過去と現在から一直線につながった未来予測に、政治や社会の動向を安易に接続することをシナリオとみなしている場合がある。ここでは変化によって書き換えるものがシナリオと理解されている。これは本当の意味でのシナリオとは言い難い。シナリオはあらかじめ用意しておくもので、変化が起こったときに変えるべきは戦略なのである。

シナリオプランニングの歴史に少し触れておくと、第1波は古代のシナリオプランニングであり、現在のシナリオプランニングは第2波から始まったと考えられており、歴史はそう長くはない。現在は第5波のはじまりにあたる。大規模なデジタル革命によって、かつてないほど速度と信頼性が高まり、安価になっている。

シナリオプランニングについて理解した上で、不確実性の高い世界でどのようにシナリオプランニングを成功させるかについて説明したい。成功のためには、7つの原則を満たすことが重要となる。

 

 

シナリオプランニングを有効活用する7つの原則

まず1つ目が、長期的な視野に立つことである。未来を描くのだから当たり前だと思われるかもしれないが、株価の変動や顧客からの評価などに影響され、短期的に結果を出すことを目的にしてしまい、計画の射程範囲が近視眼的になり、戦略を短期的な計画の中に制限してしまう状況が散見される。シナリオプランニングでは、根本的な問題に前もって対処することや、困難やチャンスを明確に認識し、長期的な結果や潜在的な予定外の結果を考慮するために、短期的な欲求の先を見据え、長期的な視野を持たなくてはならない。未来に影響を及ぼす潜在的な大きな変化が起こる可能性に対して、ある程度の長期的な期間を対象期間として定める必要がある。

2つ目は、アウトサイド・イン思考を持つことである。これは、戦略を策定するには、外的な環境分析から始める必要があるということを意味する。なぜならば、組織に長期間にわたって大きな影響を及ぼす外的な要因を評価することで、予想外の可能性を予測し、様々な未来の変化や戦略に関する利用可能で創造的なアイデアを生み出すことが可能となるからである。通常は、概ね、自分自身の専門分野や所属組織に焦点をおいて、言い換えれば自分で制御しやすい要因から検討を始めて、その後外的環境を考えることが多い。しかし実際には、組織の視野に収まっている制御可能な範囲は狭く、予想外なことに対応できない場合が多い。不確実性の高い世界には太刀打ちできなくなってしまうのである。

3つ目は、あり得るシナリオを検討することである。これまでは、不確実な要素を過少評価し、市場や社会、技術的な部分の今後の動向を基に確率の高いシナリオを前提にしていた。不確実性の高い時代においては、組織に重要な影響を与える可能性があるチャンスを際立たせ、前提をこえた思考をする必要があるため確率が高いシナリオだけでなく、あり得るシナリオに焦点を当てる必要がある。あり得るシナリオを描くことは、様々なドライバーの相互作用との結びつきを論理的に考えることも意味し、各要素と、要素間のつながりを意識することにもつながる。

4つ目は、全体的な視点を持つことである。多くの企業では、数名の限られたトップの人々によってマネジメントを独占し、反対の声などが反映されることが少ない。しかし、あえてそのような声を目立たせることや、様々な視点を取り入れることで参加者は新鮮な発想に触れ、組織の周辺視野は広がり、新しい脅威やチャンスを見つけることができるようになる。

5つ目は、不確実性を受け入れることである。これまで、すでに触れてきた内容ではあるが、不確実性を受け入れることは恐ろしいことで、難しいことである。ただ、不確実性はリスクをもたらすものであると同時に、ビジネスで利益を上げるうえで重要な要素でもある。つまり、不確実性は戦略策定において重要な判断材料であり、自分が知っていることと、知らないことを明らかにするものでもある。自分の認知範囲を明確にすることが、未来を考える第一歩となる。

6つ目は、ズームアウト、ズームイン(Zoom out、Zoom in)の手法を取ることである。これまでは、ただ異なる未来のストーリーを語ることや、自信をもって5年以内の計画を明言するなど、長期を見据えるだけ、短期的な計画を立てるだけで終わってしまっているケースが多かったように思う。ズームアウトで戦略的なビジョンを手に入れ、ズームインで行動と前進に焦点を置いた短期的行動の戦略的構想を考えることができ、意味があり、アクションにつながるシナリオを描くことができる。

7つ目は、機械の客観性と人間の直感を融合させることである。過去には、複雑なアルゴリズムや機械を取り入れることの価値が理解されず、さらに複雑すぎるという理由からシナリオプランニングは人間によって行われていた。そして、AIの登場以降、機械の客観的判断を人間の意思決定に置き換えることが目標とされてきたが、最近では人間の意思決定力が改めて証明されてきており、機械やアルゴリズムがもつ客観的なアナリティクスと、人間の意思決定力、直感を組み合わせることが重要となってきている。

上述したZoom out、Zoom inの考え方、長期と短期の目線で、戦略的なビジョンと実行計画を手に入れることに加えて、それらをリアルタイムで確認していくことで、見通しを立てることが難しい世界でも不確実性を乗り越えて、適切な判断をしていくことが可能になってきている(図表4-1)、(図表4-2)。このリアルタイムを可能にしている技術については、後編で詳しく説明する。

図表4-1:デロイト トーマツ グループ作成

 

 

図表4-2:デロイト トーマツ グループ作成

 

関連インダストリー

デロイト トーマツ グループはインダストリーに精通した経験豊富な専門家で編成するプロジェクトチームを有し、革新的かつ経済動向・経営環境に即した現実的な解決案の提案。企業の課題解決を支援します。

執筆者

吉沢 雄介/Yusuke Yoshizawa

吉沢 雄介/Yusuke Yoshizawa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

データサイエンティスト職を経て現職。自動車、消費財、EC、商社、広告代理店業界を中心に経営意思決定・マーケティング・セールス領域におけるアナリティクスやデータ、デジタルを活用した戦略策定から実行支援に強みを持つ。近年はデータ駆動型経済におけるDX戦略及び全社改革、デジタル関連企業のM&Aを中心に従事。企業活動にエビデンスに基づいた意思決定する仕組み・文化を導入することを推進している。 「パワー・オブ・トラスト」(共著:ダイヤモンド社 )、「リアル・タイム・ストラテジー」(監訳:ビジネス教育出版社 )、「両極化時代のデジタル経営」(共著:ダイヤモンド社 )、その他執筆・講演多数。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ