テクノロジーで実現する持続可能な農業と人権課題の解決 ブックマークが追加されました
カカオ産業における児童労働の防止・撤廃に向けて、サプライチェーンの透明化及び生産者が直面する児童労働の現状を正確に把握することが重要であり、その手段としてテクノロジーの活用が注目されている。国連食糧農業機関(FAO)とワーゲニンゲン大学(WUR)は、ガーナのカカオセクターにおける児童労働のモニタリングにおいて、ブロックチェーン技術と地理情報システム(GIS)の潜在的な活用可能性について共同研究を行い、レポートを発行した。本記事ではレポートの日本語翻訳版を紹介するととともに、従来のモニタリング手法の課題を補完し、透明性と信頼性を向上させるテクノロジーの役割について述べる。
ガーナおよびコートジボワールにおけるカカオ産業において、児童労働の問題が深刻である。児童労働は農村地域における貧困問題と深い関連があり、持続可能な農業の発展を阻害する要因の一つである。この課題に対処するため、テクノロジーやデジタル技術の活用が注目されている。特に、ブロックチェーン技術および地理情報システム(GIS)の導入は、児童労働の発生状況を効果的にモニタリングし、その防止に寄与する可能性があると考えられている。
2001年に児童労働撤廃を目指したハーキン・エンゲル議定書が批准されて以来、コートジボワールとガーナのカカオ産業における児童労働を削減するための介入が、国際機関や民間企業により20年以上にわたり行われてきた。しかし、この分野での児童労働は減少するどころか増加しているのが現状である。この傾向を断ち切るためには、従来型の児童労働モニタリングの手法に加え、児童労働を未然に防ぎながら農家を支援するための効果的な方法を模索する必要がある。
国際連合食糧農業機関(FAO, Food and Agriculture Organization of the United Nations)とオランダの農業大学であるワーゲニンゲン大学(WUR, Wageningen University and Research)は、カカオ産業における児童労働問題の改善に向けてテクノロジーの活用可能性を探ることを目的として共同研究を実施し、レポート「Digitalization and child labour in agriculture」(日本語版タイトル:農業におけるデジタル化と児童労働)を発行した(本ページ下部のリンク参照)。本レポートでは、ガーナのカカオ栽培地域において、ブロックチェーン技術と地理情報システム(GIS)が、児童労働のモニタリングおよび防止にどのように貢献できるかについて分析している。そして様々なステークホルダーとの協議を通じて、児童労働の根本的な原因に関連する主要データ要素(Key Data Elements)を特定した。児童労働の原因は多岐にわたるが、カカオ農家の貧困、コミュニティにおける啓発活動の有無、学校出席率や、コミュニティから学校や水源までの距離などのインフラ環境、降水量や気温等の気候に関する要素も関連している。本レポートではこれらのデータ要素が、児童労働リスクに関連する項目として提示されており、実態を把握することによりリスクを早期に発見し、適切な支援につなげる可能性があることを示唆している。
一般的にカカオ関連企業により運用されている児童労働モニタリングシステムは、トレーニングを受けたエージェントが農家を訪問し、家族構成や児童労働状況を確認し、啓発活動や支援を行うもので、人件費を含むモニタリングコストの高さ、カバー範囲の限界、データ共有の不足などの課題がある(日本版レポートP45参照)。エージェントが直接コミュニティで活動することの意義は大きく、現状の方法に完全にとって代わる方法はないと思われる。しかし児童労働問題に関連あるデータの効率的かつ継続的な収集とテクノロジーの活用により、問題の解決へ近づく可能性がある。特にブロックチェーン技術は、データの透明性と信頼性を向上させる可能性があり、リスク評価の有力なツールとなり得る。またGISは、地理的要因を考慮したリスク分析を可能にし、教育インフラや水源へのアクセス状況など、児童労働の根本原因に関連するデータを効率的に収集・分析する手段として有用である。
近年、西アフリカのカカオ生産量は減少傾向にあり、価格の高騰や供給不足が懸念されている。干ばつ、大雨などの極端な気象条件が頻発し、病害虫が増加するなど、カカオの生育環境が悪化している。またコートジボワールのカカオ栽培に適した地域において、2050年代までにはカカオ生産量が50%以上縮小すると予想する研究もあるという(1)。また、ガーナにおいては金の違法採掘(ガラムセイ)が相次ぎ、カカオの木を伐採して採掘が行われ、金の抽出に必要な水銀などの有毒物質で汚染された農地は、実質カカオ農園としての利用ができなくなる。今後は、地理情報システムを活用し、金鉱山の特定とモニタリングも必要になってくるであろう。
これらの技術を導入する際には、現地の農家やコミュニティとの協働を深め、文化的・社会的背景を考慮したアプローチを取ることが重要である。また政府、国際機関、民間企業などが連携することは必須であるが、多様なステークホルダーとの連携は「言うは易し行うは難し」が現実である。各団体の目標の調整、責任の分担、長期的な関与、資金調達、コミュニケーションの複雑性など多くの課題があり、これらに対処するには強力なリーダーシップ、透明性のあるプロセス、そして柔軟なコミュニケーションが求められる。こうした取り組みを通して、テクノロジーの活用によりデータに基づいた支援プログラムや教育インフラの充実など適切な対応策を講じることで、児童労働問題だけでなく、農村地域の貧困削減や教育機会の拡大といった包括的な社会課題の解決にもつながる持続可能な未来を目指すことができるだろう(2)。
FAOレポート「農業におけるデジタル化と児童労働」はこちら。
本報告書は、国際連合食糧農業機関(FAO)によって ”Digitalization and child labour in agriculture – Exploring blockchain and Geographic Information Systems to monitor and prevent child labour in Ghana's cocoa sector” として英語で出版されたものであり、本翻訳はFAOの許可を得てデロイト トーマツ コンサルティング合同会社が実施した。翻訳に相違がある場合は元言語が優先されるものとする。
(1) ロイター(2024/3/30) 焦点:西アフリカのカカオ大国「終わりの始まり」か、生産が壊滅的落ち込み
https://jp.reuters.com/economy/ZMXKSBPXDBJPDOIQHZB3ME2C2I-2024-03-30/
(2) デロイト トーマツ コンサルティング合同会社は、認定NPO法人ACE、アイ・シー・ネット株式会社との共同でJICA「児童労働フリーゾーンを通じた子どもの保護主流化プロジェクト」を2024年から3年間実施。ガーナ政府が推進する「児童労働フリーゾーン」認定制度を通じて、児童労働撤廃に向けた政府や企業、NGOなどのマルチセクターによる取り組みを推進している。
小野美和/Ono Miwa
デロイト トーマツ コンサルティングにて、企業のサステナビリティ戦略策定支援、人権デューデリジェンス実行支援、サプライチェーントレーサビリティシステム構築支援、途上国政府の人権に関するガイドライン策定と導入支援等に従事。サステナビリティ分野の寄稿、講演多数。
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フィンテック / ブロックチェーン領域リーダー。 金融新事業開発、Fintech活用、デジタル戦略、業務・組織改革、ガバナンスなど様々なプロジェクトに従事。金融機関だけでなく、消費者接点の強い異業種サービスが金融機能を組込み提供する組込型金融(Embedded Finance)や、ブロックチェーン・Web3 / デジタルアセットなど成長領域に対するグローバル動向分析や戦略立案を担当。 また、環境や人権問題などサステナビリティに対する社会的要請の高まりに対応したデータ・プラットフォームの社会実装に向けた取組みなどの支援も手掛けている。 共著に『デジタル起点の金融経営変革』(2021年)、『パワー・オブ・トラスト』(2022年)等、著書・寄稿多数。