地域起点の価値循環で、経済モデルを再設計する ブックマークが追加されました
デロイト トーマツは、新たな都市・地域モデルをつくり出し、都市運営のあり方を抜本的に変える「ローカルトランスフォーメーション(LX)」を推進している。そのモデルケースの一つと言えるのが、愛媛県今治市をホームタウンとするプロサッカークラブ「FC今治」との共助のコミュニティづくりであり、徳島県神山町に新設された「神山まるごと高等専門学校」との教育イノベーションへの挑戦である。
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社でLXコンサルティングをリードする井出潔は、株式会社今治.夢スポーツ(FC今治の運営会社、以下「FC今治」)の矢野将文氏と神山まるごと高専の田中義崇氏をゲストに迎え、豊かな社会を実現するための地域課題とその解決策について語り合った。
四国リーグ、JFL、J3を経て、2024年にJ2リーグ昇格を果たしたFC今治。デロイト トーマツは、そのビジョンとチャレンジに共感し、2015年のRe:StartからFC今治への支援を続けている。
そのFC今治は現在、「J2昇格の喜びに浸ることなく、J1昇格に向け動き出しています」と代表取締役社長の矢野将文氏は語る。プロサッカーチームとしてさらなる高みを目指すと同時に、FC今治は企業理念「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」を実現するための新たな挑戦を続けている。
それが、23年に完成したホームスタジアム「アシックス里山スタジアム」を拠点とする、共助のコミュニティづくりである。FC今治が目指すのは、ファン・サポーターや地域の人たち、企業、自治体などと手を組んで、「人々が共に支え助け合う」ことで社会課題の解決を実現していくコミュニティであり、それを「FC今治コミュニティ」と呼んでいる。
24年10月には、コミュニティづくりの推進母体となる企業コンソーシアムが、デロイト トーマツ コンサルティング(DTC)のほか、スポーツ用品の株式会社アシックス、アパレルの株式会社アーバンリサーチなど6社の参画によって立ち上げられた。
「ホームスタジアムを拠点に365日の賑わいを創出すると共に、移動手段や文化・芸術など地域のベーシックインフラを整え、インクルーシブな社会の基盤となる共助コミュニティのモデルを今治でつくっていきます」(矢野氏)
FC今治(今治.夢スポーツ)代表取締役社長の矢野将文氏
一方、テクノロジーとデザイン、起業家精神を同時に学べる私立の高等教育機関として23年4月に開校したのが、神山まるごと高専である。全寮制で、給付型奨学金により学費は実質無償となっている。DTCは同校にも開校当初から人材を派遣するなど支援を続けており、スカラーシップパートナーとして奨学金の一部を拠出している。
神山町にサテライトオフィスを持つSansanの創業者、寺田親広氏が同校の理事長を務めており、寺田氏を中心に起業家や経営者、ソーシャルアントレプレナーなどが力を合わせ、これまでにない学校として立ち上げた。同校を支援したり、共同プロジェクトを通じて学びの機会を提供したりする企業パートナーの開拓や連携活動、および学生による自治寮の運営を統括する田中義崇氏は、支援する側だったDTCから移籍し、教育の世界に飛び込んだ。
「『学校は人間の未来を変えられる』と本気で信じている大人たちが、この学校に関わっています。企業と学校、地域との連携を加速させたいという思いで参画しました」(田中氏)
同校が育成を目指す人物像は、「モノをつくる力で、コトを起こす人」。デザイン×テクノロジーでモノをつくる力と、社会と関わる力を身に付けさせる教育に力点を置く。例えば、入学して早々のITブートキャンプでは、神山町の地域課題を自分たちで分析し、解決のためのツールを試作して発表する。企業が実社会の課題を基に行う授業もあれば、名だたる起業家たちが来校して講義を行い、学生からの質問に答えるプログラムも毎週のように実施されている。
「能動的な行動特性を持った起業家を輩出するためにつくった学校です。神山町を日本のシリコンバレーにするために、これからもいろいろなことを企画していきます」(田中氏)
神山まるごと高等専門学校 パートナー・寮ディレクターの田中義崇氏
『レジリエンスの時代』(集英社)の著者、ジェレミー・リフキン氏は、地球を人類に適応させる「進歩の時代」から、人類が地球に適応する「レジリエンスの時代」への大転換が必要だと説いた。そのためには、ものの豊かさから心の豊かさへ、排他性から包摂性へ、中央集権から自律分散へ、アナログからデジタルへといったパラダイムシフトと生活者や企業の行動変容が求められる。
しかし、従来型の経済合理性一辺倒では、そうした大きな変革は難しく、「変革のボトルネックを解消するために、われわれデロイト トーマツは経済モデルのリデザインに挑戦しています」と、DTCの井出は語る。FC今治や神山まるごと高専の活動に深く関わっているのも、大きくは経済モデルの再設計のためである。
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 パートナーの井出 潔
FC今治コミュニティを例に、その再設計のアプローチについて説明しよう。DTCは、先述のコンソーシアムが発足する1年半前からFC今治に伴走してきた。もともと、FC今治は各パートナー企業との取り組みを個別に推進していたが、取り組みがばらばらで、リソースが不足していたこともあり、大きな動きになりにくかった。
そこで、FC今治とDTCはコミュニティの基本コンセプトやビジョン、目指すゴールを明確に定義し、その言語化を経て、コミュニティ構想を具体化。それを旗印として企業や自治体、地域住民を巻き込み、コンソーシアムの発足による共助のコミュニティづくりの推進に結び付けていった。
推進中の取り組みとしては、今治市などと連携した乗り合い交通サービスの運行、市民の健康増進のためのランニングクラブの運営(アシックスと連携)、耕作放棄地を活用した米づくりと米を原料とする商品開発の検討(地域農家と連携)、FC今治のホームスタジアムを舞台にした親子で楽しめる野外フェスティバルの開催(アーバンリサーチと連携)などがある。
こうしたコミュニティ活動の価値を、従来型の経済合理性だけでなく、多面的に評価、可視化する指標づくりをDTCが主導している。乗り合い交通サービスを例に取れば、サービス利用者である乗客への直接的な価値提供だけでなく、人々の移動が活発化することによる商店や商業施設などの売上増加、交通の利便性が高まることによる不動産価値の向上、高齢者の外出頻度増加による健康の増進など多様な波及効果がある。そうした社会インパクトの評価ロジック構築、データの取得と分析をDTCが担う。
「社会インパクト評価によって社会価値を可視化することで、コミュニティ活動に関わるステークホルダーの合意形成が進めやすくなりますし、投資対効果を目に見える形で判断できます。また、評価の結果をサービス設計やコミュニティ運営に反映させ、社会価値をさらに高めることが可能になります」(井出)
FC今治コミュニティは、24年4月に開校したFC今治高校里山校とも連携している。岡田武史氏が学園長を務め、学校の内外で行われる実践型のプログラムを特徴とする学校だ。企業と連携して取り組む探究学習のゼミでは、地域の課題解決を通した学びにチャレンジしており、コンソーシアムが企業や地域との連携ハブとなっている。生徒がみかん農家と協力し、みかんを原料とする商品をFC今治のホームスタジアムで販売するといった活動も計画中だ。
コンソーシアムという基盤の上で、点と点が線につながり、さらには面となって広がることで、コミュニティ活動による新たな価値循環のモデルが生まれつつある。
人口減少と経済の地盤沈下が進む日本の地方都市や中山間地には、経済合理性だけでは乗り越えられない数多くの課題がある。だからこそ、「企業が自治体や教育機関、医療機関、スポーツクラブ、環境団体などと組んで未来に向けた投資を行い、課題を解決していくことが非常に重要です。そういう会社がどんどん増えてほしい」と、田中氏は訴える。
一見、弱みばかりが目立つ地方だが、何事にも小回りが利き、地域への愛着が深いことが強みになる。
「大きな組織や都市にいると、自分のやる仕事は決まっているし、できることの範囲も限られます。小さな組織や街では自分が動かないと何も始まらないけれど、いざ動けば本気で一緒にやってくれる仲間を集めやすい。何でも自由にやれる環境を生かせば、『面白そうだ』と地域の外から協力してくれる人たちもどんどん現れます」。矢野氏は自らの経験を基にそう語る。
それに対して、田中氏は「私たちの学校は、β(ベータ)メンタリティというビジョンを掲げています。最初から完成形を求めるのではなく、未完成のβ版を次から次へとつくり出し、想像以上に良いものにしていくことを目指す姿勢です。やりたいことがあったら、失敗してもいいからどんどん手を動かしてβ版をつくればいいのです」と、地域課題の解決に挑戦する人たちにエールを送る。
デロイト トーマツでは今後、最新のテクノロジーを積極活用して、LXの取り組みを加速させていく考えだ。
「NFT(非代替性トークン)など自律分散型のテクノロジーは、地域における価値循環モデルと非常に親和性が高いですし、社会インパクト評価にAIを使うことでより精度を高められるはずです。経済モデル再設計の方法論をわれわれが構築し、熱意を持って都市や地域を変えようと活動する人たちに伴走し続けたいと思います」。井出は、そう意気込みを示した。