Posted: 28 Apr. 2023 3 min. read

医薬品アクセスの今後に対するビジョン

~製薬企業の持続的成長に求められる社会的価値創造としての貢献~

Access to Medicine Foundation(医薬品アクセス財団)は、低中所得国における必須医薬品のアクセス向上にむけたグローバル製薬企業の取組みを分析・評価し「Access to Medicine Index(ATMI)」として公表しています。2022年11月に発表された最新のインデックスのプロモーションのために来日した医薬品アクセス財団の専門家と、デロイトのメンバーが「医薬品アクセスの今後に対するビジョン」について語りました。

医薬品アクセスの現状 ~低中所得国を中心に未解決の課題は多い~
 

Access to Medicine Foundation(医薬品アクセス財団)は、低中所得国における重要医薬品のアクセス向上にむけた世界の大手製薬企業20社の取り組みを分析する機関です。同財団の「Access to Medicine Index(ATMI)」は医薬品アクセスの取り組みに応じて各社をランキングしたもので、最新のインデックスは2022年11月に発表されました。

2022年11月のATMIの発表に際し来日した医薬品アクセス財団の専門家を交えて、デロイトトーマツコンサルティングのメンバーが「医薬品アクセスの今後に対するビジョン」について意見交換を行いました。

 

木戸太一(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社、ディレクター)

世界的な医薬品アクセスの現状について、特に低所得国や発展途上国の状況をどのように捉えていますか? 

 

Marijn Verhoef(医薬品アクセス財団、Director of Operations and Research)

医薬品アクセス向上の取り組みは約20年前、サハラ以南アフリカのHIV患者に対する医薬品から始まり、マラリアや結核といった感染症にも広がってきました。近年では糖尿病、ガン、循環器疾患などの非感染症疾患も対象になるなど領域が拡大しています。この間、企業間の協力が進み、NPO団体との連携も確立され、世界各国の政府によるこの問題に対する理解も深まってきています。

医薬品アクセスは経済的な問題だけではなく、むしろインフラの問題といえます。例えば、米国のPEPFAR(米国大統領エイズ救済緊急計画)はサハラ以南アフリカにおけるHIV/AIDSの患者さんに対して大きな成果をあげていますが、仮に糖尿病の患者さんにもこのスキームが適応できるようになれば、糖尿病患者さんに対するケアの大幅な改善にもつながるでしょう。

 

波江野武(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社、パートナー)

おっしゃる通り、医薬品アクセスにはインフラが重要だと考えます。医薬品を届ける「ラストワンマイル」は業務やインフラの問題ですが、この点が軽視されている傾向があります。

 

 

 

Marijn Verhoef 

COVID-19のパンデミックの間、医療関係のリソースはCOVID-19の治療、診断、ワクチンなどに振り向けられ、さまざまなヘルスケアの取り組みが縮小してしまいました。その結果、COVID-19以外の疾病に対する注目度が低下しました。

しかしパンデミックを通して良い面もありました。「ラストワンマイル」がつながったということです。国際的なコンソーシアムの協力により、ワクチン、治療、ツールを世界のもっとも離れた地域にまで届けることができました。ワクチン接種が世界中で同時期に平等に進んだとは言えませんが、ワクチン接種によって医薬品アクセスは改善したと言えます。マイナス17度で保管する必要のあるワクチンを世界中の人に届けられるのだとしたら、冷蔵や常温の医薬品でも同じことができるはずです。

 

山田太雲(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社、シニアスペシャリストリード)

医薬品アクセスの問題は、医療制度が平等ではない国で特に注目が高いと感じています。その多くが中所得国です。また、高所得国と低所得国の間の不平等も注目されています。しかし、特に米国などの高所得国でも医療の不平等が問題であり、医療への平等なアクセスに向けた保健医療制度の整っている日本や欧州と比べると、医療の不平等を背景に、医薬品アクセスが政治問題化しやすいと感じます。

 

Stéphane Bazoche(モニター デロイト パリ、パートナー)

医療に関する国連の2030年持続可能な開発目標(SDGs)を達成していくために、医薬品アクセスは今後対処していくべき重要な問題です。SDGsにはHIVやマラリアといった感染症の根絶が盛り込まれていますが、循環器疾患やガンなどの非感染症疾患による早期死亡を30%減少させることも掲げられています。中低所得国で感染症に関連した死亡は今までに大幅に減少しています。一方で、特にガンなどの非感染症疾患については正反対のことが起きています。ガンで亡くなる人の70%が中低所得国に住んでおり、この割合は毎年増加しています。しかしこのような国の大半では、患者さんを救ったり、患者さんの生活を改善したりする既存の治療や、特に革新的な医薬品にアクセスがないのが現状です。

 

 

 

木戸太一

感染症と非感染症でアクセスの問題は異なります。例えば、糖尿病などの慢性疾患には比較的長期間にわたって継続的な治療が必要になります。よって、医薬品の提供だけではなく、ヘルスケアの維持も問題になります。

 

グローバル医薬品企業の取り組み ~社会貢献から次の段階へ~
 

Karen Eryou(医薬品アクセス財団、Head of Industry Engagement)

ATMIの中で各企業のランキングは上下しますが、業界全体としては前進しているといえます。先ほど話の出た「ラストワンマイル」だけではなく、患者さんの手に届く「ラストワンメートル」のところまで進んでいると思います。

製薬企業は過去には公的機関や民間の調査会社との連携に後ろ向きで、業界内の他社との連携にはなおさら及び腰でした。しかしCOVID-19のパンデミックを受けて変化が起きています。COVID-19のような世界的に非常に大きな課題に対して、製薬企業が協力しあって対処することが社会から期待されるようになったためです。以前は「なぜやる必要があるのか?」と製薬企業から聞かれたものです。それが今では「どうやったらできるのか?」「ベストプラクティスは何か?」といった相談を受けます。協働やパートナーシップの新しい時代に入ったと言えるでしょう。

社会的な期待だけではなく、この問題に対して従業員も高い関心を持っています。従業員としてはパーパス(目的)を持って動いている企業に勤めたい、自分も関与したい、と考えています。

 

 

 

山田太雲

サスティナビリティを志向するビジネスに対する従業員の期待は時代の大きな流れであり、業界の垣根を越えてこの期待が高まっています。その中で製薬会社が直面しているサスティナビリティのアジェンダは独特です。一般事業会社には「製造過程でマイナスの影響を出さない・マイナスを排除する」ことが求められることに対して、医薬品は本質的にサスティナビリティとの親和性が高いとステークホルダーから見なされています。そして、「誰一人取り残さない(Leave no one behind)」という観点から、医薬品への公正なアクセスが求められているのです。

 

 

 

波江野武

過去には医薬品アクセスは慈善活動の一環とみなされていました。それが今では「社会的価値を創造するための活動」と考えられています。このようなパラダイムシフトによって、企業としても経済的にも持続可能なやり方で医薬品アクセス向上に関与していけるようになるでしょう。

 

Marijn Verhoef 

医薬品アクセスの問題は単なる慈善活動から離れて、企業のビジネスモデルに組み込まれるようになっています。「低所得国において、慈善活動としてはなく、事業としてどのようにサスティナブルなビジネスモデルを構築するのか?」「利益は望めなくとも少なくともコスト中立に持っていくにはどうしたらいいのか?」といったことが企業の間で真剣に検討されています。PL上複数の国や地域をひとまとめにしたり、特定の部門に限って先行投資したりするなど、企業はクリエイティブになっているといえます。

 

木戸太一

ATMIに対する企業や投資家の見方は変化していますか。

 

Bram Wagner(医薬品アクセス財団、Investor Engagement Officer)

COVID-19のパンデミックを受けて、医薬品アクセスに付随するリスクとオポチュニティについて投資家の間でも認識が高まりました。医薬品アクセスがないというリスクがより顕在化したと言えます。パンデミックが世界経済に突き付けた制度的なリスクや、医薬品アクセスの欠如による社会的コストと共に、例えば政府が薬価や特許権に介入するといったことに関するリスクが顕在化したのです。投資家に対しても、投資に関連して、健康に対する権利を含めた人権デューディリジェンスを実施する義務があると多くの人が考えています。とはいうものの、「責任ある投資」という大きな分野を見ると、やはり環境問題に最も注目が集まっており、ヘルスケアにはあまり目が向いていません。

 

Marijn Verhoef

投資家のエンゲージメントが量的に高まっているだけではなく、質的にも大きく向上しています。6~7年前に積極的に私たちの取り組みに耳を傾けてくれたのは宗教関係など、倫理や価値観を大切にする投資家がメインでした。ところがこの4年ほどで、主流の投資家からも注目されるようになっており、投資家の関心の高まりを受けて、経営陣もこの問題に関する情報開示に前向きになっています。

ATMIでは20社を評価しています。中には企業が当財団に開示や共有をためらうような情報も含まれています。しかし、インデックスが企業にとっても、従業員にとっても、株主にとっても大きな付加価値を生んでいることを強調したいと思います。製薬企業20社の情報がインデックスに集約されて1カ所で見られるためです。グローバルに事業展開する中で、企業としては他の地域や子会社の活動を把握していない場合もあります。ATMIは自社の情報を集約し、現場の活動を把握し、投資家や市場に良い取り組みを伝えていく後押しになります。また従業員のアウェアネスが高まり、ベストプラクティスを生かしてもらうよう促すことができると同時に、会社が社会全体の利益に資していると知ることで従業員のモチベーションにつながります。

 

Karen Eryou

企業は業界のベストプラクティスが自社に存在していることに気付いていない場合があります。社内の1つの分野の活動が当たり前すぎて、ベストプラクティスだとみなされていないのです。そういったものに改めて光を当て、他社も実証済みのことから学んで改善していける、ということもATMIの利点です。

失敗から学ぶこともできます。企業はうまくいかなかった事例についても前向きに共有してくれるようになっています。医薬品アクセスを高めていくために、透明性を確保し協調していこうという姿勢が見られるのは心強いことです。このような姿勢が変化を促す要因になると確信しています。

 

Stéphane Bazoche

製薬会社が取り組みを拡大し、医薬品アクセスの問題を真剣に捉えるようになっているという事実は非常に前向きです。さらに、投資家への業績報告の際にATMIのランキングを主要指標として利用する製薬企業が増えているのも目にしています。ATMIの認知が高まっており、インデックスのランキングの改善や維持に何が必要なのか企業の理解が進む中でより高いコミットメントを引き出すようになっています。

標準的な指標が明らかに欠如しているこのような複雑なトピックではATMIの貢献は計り知れません。インデックスは「医薬品アクセス」という分野において製薬企業のパフォーマンスを評価する上で明確に参照できるものです。医薬品アクセス財団も製薬企業の改善を助けるベストプラクティスや枠組みを提供しています。もちろん、やるべきことはまだまだあります。医薬品アクセス向上の方策の中にはR&Dの優先事項や臨床試験の実施方法、さらには薬価設定のやり方を変えるなど、企業に大きな変革を迫るものもあります。医療プロセスの中に医薬品アクセスを確実に取り込んでいくためにはまだやるべきことがあります。

 

日本とグローバルとの違い ~現状と取り組むべきアクション~

 

木戸太一

日本の製薬企業をどのようにご覧になっていますか?日本企業は開示や取り組みの強化に消極的だと感じますか?

 

Marijn Verhoef 

情報の共有という点では欧米の製薬企業と日本の製薬企業には大きな違いはないと思います。違いがあるとすれば、欧米企業が「xx年以内にxxxをする」といったコミットメントを発表することが多いのに対して、日本企業は完了後に活動を報告することが多いように思います。これは純粋に文化の違いでしょう。

 

山田太雲

情報開示における切り口の質にも違いを感じます。欧米の製薬企業は社会正義という切り口でメディアや社会からより厳しい批判にさらされており、よって情報発信の中でそういった声に反応し、自社の立場を明確に擁護するようプレッシャーを受けていると同時に、そのように訓練もされています。その結果、コミュニケーションが洗練され説得力が高まっています。一方で、日本企業はそのようなプレッシャーにあまりさらされていない結果、施策単位の報告はするものの、その施策群がもたらす社会的価値を訴求できるナラティブ(ストーリー、語り口)やディスコース(言説)を伴わない開示に留まる傾向にあります。

 

波江野武

日本の製薬企業も社会的価値に関連した情報インテリジェンスの機能が必要でしょう。多くはグローバルに事業展開しており、欧米の製薬企業と同じようにメディアの厳しい批判にさらされることもあるわけです。東京本社はそういった情報をうまく集約して、それにうまく対応できているでしょうか?社会の課題に戦略的な方法でより良く備え、対応していくためには、世界全体の動向を集約していく情報インテリジェンスが不可欠になるでしょう。

 

山田太雲

日本企業は戦略的な時間軸を広げていく必要もあるでしょう。今から10年後や20年後といったより長期に戦略を置くと、人口減少の影響で日本市場が縮小していくのは明らかですから、収益確保のために、例えば、アフリカなど、今まで進出していなかったような市場への参入を検討するのが事業上不可欠であることがわかるはずです。しかし大多数の日本企業は3年から5年の中期計画で物事を考えるため、そういった経営命題に光が当たらずに、新興国や低所得国の市場参入も「回避すべきリスク」とされてしまい、「リスクの克服策」が議論されずに終わってしまいがちです。

 

波江野武

20年後には今の新興国の中にはより成熟した市場になっているところも出てくるでしょう。現時点で医薬品アクセスの「ラストワンマイル」や「ラストワンメートル」を構築するという最初のステップを取っておくことがよい投資になる可能性があります。市場の形成に参加するという考え方自体は理解されていますが、現実問題になると「目先のリターンはあるのか?」と考えてしまうこともあります。デロイトには「ズームアウト(長期)/ズームイン(短期)」という枠組みがあり、長期的な目標を掲げつつ、それを目の前のアクションに関連付けていく大切さを明確に示しています。この枠組みで提示されている通り、市場育成に向けた長期的な投資と、目の前の財務リターンのための短期的な事業活動を適切に組み合わせる必要があると考えます。

 

Marijn Verhoef 

医薬品アクセス財団から製薬企業に対しては、医療費負担に注目するように助言しています。どの疾患の医療負担がどの国で大きいのでしょうか?例えば肺ガンでは、改善の余地が大きいのは肺ガンの医療費負担の大きな東南アジアだということになります。そういった国で満たされていない医薬品ニーズに対応すると、大きな販売量を期待できると共に規模の経済を生かすこともできます。

画一的なアプローチはありません。この問題には各社にあったやり方があるでしょう。各社の製品、影響を受ける国、その国における業務モデルなどを考慮していく必要があります。既に経験のある市場から取り組みを始め、そこから徐々に拡大していくように勧めています。全ての製品を全ての国に提供しようとせずに、今後1~2年で達成できることに注力するよう提案しています。

 

 

 

Karen Eryou

企業にはプロトタイプから着手することをお勧めしています。プロトタイプから手を付け、「フェイルファスト(早く失敗)」してそこから学ぶことで、新しい取り組みのリスクを減らしていくことができます。また、新しい取り組みにはパートナーシップも重要です。リスクを減らしつつ何か新しいことに着手できることがわかれば、企業としてもやったことのないことに挑戦し、前に進みやすくなるでしょう。

また、製薬企業がどれだけリスクを受け入れられるかというのは、その国の一般的なリスク選好度とは異なるという点も留意すべきでしょう。国ではなく各企業の文化に左右されるものだと思います。ですから、私たちとしてもさまざまな提案をする際には、「日本企業だから」とか「欧米企業だから」という見方はしていません。「この企業にとって最も説得力のあることは何か?」「ニーズの満たされていない人を助けるためにこの企業は何ができるのか?」ということを考えます。

 

Stéphane Bazoche

成熟度は企業によってまちまちです。アクセス計画の策定にはさまざまなやり方があり、製品やポートフォリオのプロファイルも多岐にわたります。よって、日本企業だからというのではなく、企業によって異なります。他社より早く参入しシェアを広げたい/それができる企業もあるのです。

 

Karen Eryou

企業は先例を望んでいます。リーダーが手掛けて道を拓いてくれると、他の集団はその後に続きやすくなります。最初の事例が動機付けとなり、他社もそこから学べるということです。

 

木戸太一

日本企業として医薬品アクセス向上にもっと取り組んでいこうというきっかけや後押しになるものは何だと考えますか?

 

 

 

Karen Eryou

ATMIへの参加は企業にとってのコミットメントです。インデックスのために小さな部門に情報収集を任せるだけでも医薬品アクセスへの投資です。会社として自社の慣行を詳しく見直すことにつながるためです。日本の製薬企業はインデックス参加に対して常に大きくコミットしてくれています。

人道上の危機の際に医薬品を寄付するという行為はアクセス計画において重要な要素ですが、医薬品アクセス向上には他にもさまざまなやり方があります。専任リソースの配分、人材の採用、連携、知識共有、パイロットプロジェクトへの取り組み、イノベーションに対する意欲の構築といった分野に企業は対応することができます。

企業にとって医薬品アクセスが最終的には収益性と持続性につながる必要があります。企業としてはステークホルダーからの期待に応える必要があるためです。よって、社内のリソース、他社、そして医薬品アクセス財団といったその他さまざまなステークホルダーとのパートナーシップが欠かせません。

 

Marijn Verhoef 

製薬企業に対し医薬品アクセスについて説得を図るだけではうまくいきません。製薬企業を動かすステークホルダーを動かす必要もあります。今年医薬品アクセス財団では、インスリンへのアクセスと抗生物質へのアクセスに関するレポートを2本発表しました。その中で当財団として初めて、製薬企業の取り組みだけでは限界があること、ステークホルダーの関与が必要であることを明確に述べました。たとえば、新薬の規制承認に5年もかかる国で医薬品アクセスが向上しなくても、それは製薬会社だけの責任ではありません。実際、南アフリカは新薬承認が非常に遅いことで有名でした。大きな医薬品ニーズを抱える患者さんが多数いたにも関わらず、企業にとってはやる気に水が差されるような状況でした。ところが、医薬品アクセス財団などのグローバルな医療関係ステークホルダーとの対話を経て、南アフリカ政府は規制承認にかかる時間を5年から1年強に短縮しました。その後すぐに30もの製品の承認を申請した、ということをあるインドの製薬企業から聞きました。つまり、他のステークホルダーのアクションによって、企業による取り組みが後押しされることもあるということです。

近年重要なトピックになっているのが明確な需要の把握です。企業がある国で製品の供給量を増やしたいと考えていても、その国にどれだけの需要があるのか明らかでなければ動きは取れません。政府、国際的な保健機関、WHOといったステークホルダーが関与して需要に関する情報を共有してはじめて、企業として供給ができ、医薬品アクセスの改善につなげることができます。

とはいうものの、各社が持つべきは「他のステークホルダーの関与がなくても自社でやる」というマインドセットです。当財団ではインデックス向けに各社を分析する際、その企業として他者の関与なしに単体で何ができるか、という点を見ます。誰かが最初のアクションを取った後でなければ製薬企業がアクションを取れないような分野は分析の対象から外しています。ハードルはあっても、他のステークホルダーの関与があってもなくても、製薬企業として常により大きなインパクトを持続的に高めていく、というマインドセットを持ってほしいと考えています。

 

更なる医薬品アクセスの向上に向けた提言 ~各ステークホルダーへの期待~

 

木戸太一

各ステークホルダーと協調していくことの重要性をご指摘いただきました。では、誰が実際に医薬品アクセスの推進についてリードしていくべきでしょうか?

 

Marijn Verhoef

地域内や国レベルでの協調は進んでいると思います。たとえば、南部アフリカ開発共同体(SADC)や南米の汎米保健機構(PAHO)などは医薬品の調達で協働しています。このような協調の取り組みを製薬企業が認識することが重要であり、同時に、企業の取り組みを世界保健機構(WHO)などの組織が把握する必要もあります。さらに、協調した取り組みがあっても、コミュニケーションが十分でないと感じていますので、来年のG7など、世界中から人が集まる機会でこのトピックも取り上げていく必要があるでしょう。

 

木戸太一

医薬品アクセスというのは、事業とのトレードオフの関係にあると言われてきました。企業財務や業績の観点から医薬品アクセスをどのように捉えるべきでしょうか?

 

Marijn Verhoef 

企業としての株主への責任と従業員の採用と定着という2つの観点から考えましょう。

株主は革新的な製薬企業には他のセクターよりも高い利益率を期待しています。株主に対する受託者責任を考えると経営者は必ずしも高い利益率を生まない事業には及び腰になっています。株主や投資家のこのようなマインドセットの変化が必要です。株主や投資家は、低所得国の利益率が日本や欧米のように高くないということを前向きに受け入れる必要があります。企業には利益率が低い製品の販売量を増やせる自由度があることが重要です。このようなマインドセットを持つにはまだ解消すべき大きなギャップが存在しています。

従業員の採用や定着といった観点からは、医薬アクセスの取り組みは業績に直結する話です。従業員は純粋に財務的な観点からだけで業務を推進しているわけではありません。自分の会社が長期的に何に価値置いているのか、どのような良いことをしているのか、といったことを気にかけます。医薬品アクセスの問題は人材の定着に大きく影響します。特に、若手ほどサスティナビリティや企業が世界のために何をしているのかに関心を持っています。

 

Bram Wagner

ESG投資の考え方が株主の間でも主流になってきており、ESGへの配慮が株主に対する受託者責任の一環であるという点に大半の人が同意するようになりました。また、社会的なリターンの影響を重視する投資家も増えています。

医薬品アクセスの改善が長期的な事業の成長につながるという点も忘れてはなりません。この10年の製薬企業の成長は高所得国における薬価の引き上げに主に支えられてきましたが、このような成長は持続可能でないことは明らかです。ボトムラインを引き上げ続けるためには、新たな市場を開拓する必要があります。そのためには、信頼できるサプライチェーン、生産性の高い優秀な人材、地域社会の期待への対応といったものが必要になります。こういった点を考慮に入れる企業こそが新しい市場で業務展開し、長期的に事業を成長させていけるよう、社会からの認証を得られるようになるのです。

 

 

Stéphane Bazoche

現状では、医薬品アクセスの実績がどのように製薬企業の財務指標に及ぼしているのか、影響を比較したり提示したりするのは難しいものです。財務指標にはさまざまな要因が影響を与えるためです。しかし、ESGにおいて実績を示している企業の自己資本コストや負債コストなどの資本コストが下がるというエビデンスは今までも存在しています。これが後押しになる可能性があります。

さらに、ATMI上位の企業は明らかにコーポレートコミュニケーションの中で自社ランキングを生かし、会社の評判や、投資家をはじめとするあらゆる種類のステークホルダーとの関係の改善につなげています。これは保健当局との関係や、より大きな国際機関との関係など、事業に明らかに影響するものです。

 

波江野武

おっしゃる通りです。現在ESGはモニター デロイトの主要プロジェクトになっています。財務的な観点だけに注力するのではなく、ESGにも目を向けるというトレンドは近い将来さらに一般的なものになるでしょう。製薬企業としても持続的な成長を考える上でこういったことも念頭におく必要があるでしょう。

 

 

執筆者

デロイトトーマツ コンサルティング合同会社
モニター デロイト ヘルスケアストラテジー パートナー 波江野 武

デロイトトーマツ コンサルティング合同会社
モニター デロイト シニアスペシャリストリード(サステナビリティ) 山田 太雲

デロイトトーマツ コンサルティング合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア ディレクター 木戸太一

ヘルスケア

ヘルスケア業界は疾病構造や受療行動の変化、新たな医療技術の開発などの環境変化を受けて、常に進化を続けています。医療機関や医療機関を取り巻く各種ベンダーをはじめ、ヘルスケア業界に身を置く事業者は、事業継続と将来の成長のために、環境変化に適応していかなければなりません。私たちデロイト トーマツ グループは、このヘルスケア業界が抱える難題に対し、あらゆる面でサポートします。

プロフェッショナル

波江野 武/Takeshi Haeno

波江野 武/Takeshi Haeno

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 Strategy Unit Leader|モニターデロイト

戦略ユニットのリーダー。健康・高齢化に関連する経営・事業アジェンダについて高い専門性を有する。ヘルスケア業界に20年以上関わり、日米欧現地でのヘルスケアビジネスの経験を基に、国内外のヘルスケア・医療に関する社会課題の解決とビジネス機会構築の双方を見据えた戦略構築や新規事業参入等のコンサルティングを、政府や幅広い業種の企業に提供。 カリフォルニア大学バークレー校経営学修士、公衆衛生学修士。立命館大学MBA非常勤講師。元兵庫県立大学医療MBA非常勤講師。日経「第2回超高齢化社会の課題を解決するための国際会議」パネリスト、Ageing AsiaにおけるEldercare Innovation Awards国際審査員他。 主な著書として『未来を創るヘルスケアイノベーション戦略』(共著:ファーストプレス)、『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』(共著:日経BP社)のほか、講演等多数。   関連するサービス・インダストリー ・ モニター デロイト(ストラテジー) >> オンラインフォームよりお問い合わせ