全く新しい知、量子コンピューターを
活用した社会変革とは

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量子コンピューターは全く新しい知。あるかないか、だけで説明できない世界

現代のコンピューターは人間が一生かかっても不可能な計算ができる。人工知能(AI)は、将棋や囲碁、チェスなどのゲームの世界で人間を超えてしまった。しかしながら、万能のように見えるコンピューター・AIだが、実は限界が来つつある。そのために注目を集めているのが量子コンピューターだ。

ここであらためて従来のコンピューターについておさらいしてみよう。従来のコンピューター(古典コンピューターともいう)は数字や文字、画像などの情報を0と1というビットで表現する。このビットの情報をトランジスタと呼ばれる電気スイッチで「0=オフ/ない」か「1=オン/ある」を表す。スイッチが多ければ大量の情報を表現できる。電気スイッチ同士で加減乗除のような計算も可能で、この仕組みでスマートフォンやPC、スーパーコンピューターは情報を処理している。一見、どんな計算も瞬時にできそうだがスーパーコンピューターでも解きづらい問題は多々ある。

たとえば宅配便のドライバーがどのようなルートで届ければ最短かを考えてみよう。仮にドライバーが1日に回る場所が5カ所あると、すべてのルートの組合せは120通りになり、この中から最短距離のルートを導き出せる。このくらいなら、これまでのコンピューターでも計算は簡単だ。しかし、ドライバーの回る場所が15カ所になると組合せは約1兆3000億通りを越えてしまう。このようにどんどん組合せが増えてくると従来のコンピューターでは、たとえそれがスーパーコンピューターであっても、計算が終わらなくなる。

そこで「0」か「1」で判断する従来の考え方を見直し、まったく違うアプローチで生まれたのが量子コンピューターだ。

「量子コンピューターは、量子という自然現象を活用した新しいテクノロジーです。量子現象を使い、従来の0と1の積み重ねとは異なる手法で、一気に飛躍した解を得ることができます。

従来のコンピューターは詳細に決められたアルゴリズムに従って、ステップごとに演算を繰り返して答えを得る、つまり細分化された計算によって導くわけですが、量子コンピューターは量子力学の現象をそのまま利用することで一気に解にたどり着くことができる。自然が答えを導くという言い方もできます。

近年、飛躍的に発達している機械学習をベースとしたAIは、過去のデータに基づいた確率的予測を行います。演算ではないため、従来の人の暗黙知・職人の勘、と呼ばれていたものにも近づくことができます。ですが、これは高度に発達した占いのようなもので、正解を出しているわけではなく、必ず誤差が含まれます。対して量子コンピューターは、量子現象・自然現象から導く、全く新しい知の在り方です。複雑な地形の土地で一番低い場所を探す時に、降った雨が自然と低い場所に集まることで答えがわかるようなもの。そして、この技術は到達可能な範囲で見えてきている状態です。結果、これまでとは異なる新しい未来が見えてくる。量子に支えられた新しい社会が描ける状態になりつつあります。」

デロイト トーマツ コンサルティングで量子チームを率いる森正弥パートナーはこのように話す。森は外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。テクノロジーのビジネス活用のプロフェッショナルだ。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 森 正弥

社会課題の多くは「組み合わせ最適化問題」で解決できる

量子コンピューターはパターンを順繰りに計算するのではなく、複数のパターンを同時に計算できるため、膨大な選択肢からベストな選択肢を選び出す「組合せ最適化問題」の解を出すのに適している。「宅配ドライバー」の話も組合せ最適化問題の1つだ。

組合せ最適化問題で解を出すべき社会課題は、無数にある。例えば自動運転技術とカーナビゲーションシステムを活用し、世界中の交通渋滞や物流の最適化が行うとしよう。うまくいけば、燃費などのコストや時間、そして排出ガスの節約にもつながる。

森は「今後、ドローンやUGV(無人走行車両)、Self-Driving Carがスマートシティを走り、ブロックチェーンやAIが社会の様々な領域において適用されていく未来へと向かっていくかと思いますが、それら氾濫した膨大なテクノロジー群を最適にコントロールするためのガバナンスを実現する計算は、量子コンピューターがあってこそ可能になります」と、これからの社会に量子コンピューターが不可欠であることを強調する。未来のテクノロジーを安全に管理し、最大限に活用するための必要なインフラとして、量子コンピューターの存在感は今後ますます大きくなる。

量子技術の可能性を見いだせず、「ユースケース不足」になる日本

日本における量子コンピューターの課題は、世界的に見て投資の少なさと扱える人材の少なさだ。下のスライドに示すように中国は1兆円、ドイツは3300億円など大きいが、日本はまだ500億円と桁が1つ2つ違う。扱える人も少ない以上、ユースケースも不足している。

出所:Overview on quantum initiatives worldwideより、デロイト トーマツ作成

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「日本の規模はまだ少ないですが、これは他の国と比べてスタートが遅かったことが原因。これから投資は加速化されていくでしょう」と森が見通すように、日本は2019年から量子コンピューターを中心とする量子技術への投資を本格化しているほか、量子技術の利用者を30年に1000万人へ増やす目標を掲げ、民間企業の参入・育成を促そうとしている。

「日本における量子技術の発展には、まず社会に知識が浸透していくステップが必要になります。特に産業界の中で、量子技術に対する認知を拡大していくことが重要。これは私たちがTMIPで量子サークルをスタートさせた理由の1つでもあります。まず量子コンピューターを使えば何が出来るのか? 自社の事業のどの部分と親和性があるのか?そういったポイントを企業がまずは知っていく段階が必要なのです」

TMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)は大企業に加えてVCやスタートアップ施設、アカデミアや行政など産・官・学・街の多様なパートナーの力を結集し、都市を舞台にイノベーション創出を加速する場だ。ここで量子技術を活用する企業のすそ野を広げ、日本における量子技術活用の拡大・産業発展に貢献することを目指し、量子サークルは発足した。コアメンバーは前出の森が率いるデロイト トーマツの量子オファリングチームだ。

国内の量子コンピューターの市場規模は開発の加速や適用できるアプリケーション増加に伴って、2030年度には2300億円程度まで拡大すると予測されている。量子サークルでは量子技術でユースケースを構築し、新産業創造に繋げていくことを目指すという。

森の量子チームに所属する上谷学は「私はこれまで国内の基礎研究機関、外資系戦略コンサルティングファームを経てデロイト トーマツに入りましたが、コンサルティングファームがこれだけ前段階の取り組みを行うのは珍しい」と話し、自身の経験から「デロイト トーマツは他社と異なり、社会的な課題に対してまるでNPOのように採算度外視で動く」のが強みと分析する。量子サークルの取り組みもまさにそうだろう。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー 上谷 学

同チームの寺園知広も「量子技術は1社の話ではなく、経済社会全体の話でもあり、もっと言ってしまえば、国単位の話。誰かが触媒者となってそれぞれを繋いでいく必要があり、デロイト トーマツの役割もそこにある」と話し、日本には課題となるコンテンツがたくさんあると続ける。「たとえば日本は世界の中でも人口減少、高齢化社会など課題先進国であり、その課題の数々を量子技術で解決できるかもしれない。これから世界で課題となることを先に解決することができれば、存在感を示せる可能性もある」と話す。

寺園が挙げた例のように、大切なのはどこに焦点を絞り、ユースケース構築も含め独自色を打ち出すかだ。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター 寺園 知広

グローバルネットワークを活かし、産官学の橋渡しで加速化

後発組の強みは、先発組の様子をうかがいながら独自性を打ち出せることだ。寺園が話すように、社会課題をコンテンツと見なし、解決策をどんどん出していくという色の出し方もあるだろう。森、寺園、上谷らはこのような独自色を打ち出していくためには、量子技術とビジネスの橋渡しができる人材を育てていく必要性があると説く。

「デロイト トーマツはグローバル、特に米国を中心に量子関連のチームがあり、すでに量子コンピューターを扱える人材が揃っています。私たちはグローバルで量子チームとして密に連携をとっていますが、日本でも彼らのような人材を育成していく必要があります」

日本の量子技術における戦略では、政府系のファンドを通じて量子技術を扱うスタートアップの支援も取り組むとあるが、政策頼みには限界がある。

「これまで日本は企業と大学、そして研究者とのつながりが薄かった。私たちが考える人材育成を加速させるためには、私たちが研究者と企業を繋ぐ触媒者にならなければいけない」と寺園は話す。森ら量子チームはアカデミアとの学術連携推進を含めたエマージングテック領域での経験を多く持ち、だからこそ「産学の繋がり」の大切さを強く感じているという。

上谷は「私自身も研究者だったので、研究者視点では、より根源的な研究に取り組んで欲しい。しかし、それだけではビジネスが遠くなる。大切なのは長期的な研究目標と事業目標を基に、現在までバックキャスティングで考えること。ステップが見えれば、お互いの齟齬もなくなり、新しい未来が見えてくる。米国では大学が企業と研究を結びつける組織を持っていますが、日本はまだそこが弱い。私たちデロイト トーマツが役割を担えたら」と話す。

圧倒的な敗北を喫しないためにも、連携を通じて独自色を打ち出す

日本政府は量子技術について「将来の国家間の覇権争いの中核となる重要技術」と位置づけている。一方で、森らが指摘するように、まだまだ国内での認知は低く、人材も少ない。民間企業の参入がなければ、旗を立てただけで終わってしまう。

「いま、量子コンピューターはバズワードのような存在になっているかもしれません。知ってはいるけど、企業としてどう取り組むか見えていない。実際、従来のコンピューターも十分使えるものではあるので、量子コンピューターの優位性が見えづらい状態です。しかし、量子コンピューターはこれまでのコンピューターとは全く勝手が違うものです。使えるようになった頃に使い出す状態では、圧倒的な敗北になる可能性が高い。今のうちに量子技術の国内普及を推進しなければいけない」

上谷はこのように話し、寺園も「従来のコンピューターを捨てるのではなく、量子コンピューターに適した問題は量子コンピューターを使うといった相互補完のイメージを持ってもらえるといいかもしれない」と続ける。

森らは量子技術に限らず、自分たちは企業がエマージングテックをどのように取り扱うべきかサポートする役割と定義づける。その上で「私たち量子チームは、具体的にどのようなユースケースが考えられ、どのように社会を支えていくものになるのかというビジョンを示し、かつそのための産官学の連携・コラボレーションをファシリテーションしていく、未来への触媒者になれればと思っています」と話した。

量子コンピューターは、社会課題先進国でもある日本にとっては福音となる可能性が高い。しかし、それを推進するためには政府だけでなく経済界の認知や、ベンチャーキャピタルを含めた投資・ファイナンス側の参画・仕組みも必要となる。そして当然、新しいテクノロジーに適応できる人材の育成や連携も急務だ。ハードルは高い。しかし、魅力的な未来を提示し、多くの人や組織をつなぎ新たな道を開拓しようとする森らの取り組みは、まさに触媒者(カタリスト)の役割と言えるだろう。それが日本の遅れを取り戻す一歩にも繋がる。



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