変わる関税、進化する企業戦略「貿易DX」最前線
昨今話題を集める第2次トランプ政権の関税措置をはじめ、急速に変化する貿易環境の中で関税はもはや単なる「コスト」ではなく、企業の競争力を左右する「戦略的要素」となりつつある。また、米国を中心とする追加関税の導入に加え、CBAM等のEUを中心とするサステナビリティ関連の法規制も相まり、貿易に関わる法規制はますます複雑化している。こうした環境変化や法規制に対応する「貿易DX」の最前線に立つデロイト トーマツの専門家たちは、デジタル技術を駆使し、企業の課題を解決しながら新たな市場機会を生み出している。貿易DXが拓く未来とは――その最前線を追う。

PROFESSIONAL
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松井 智迪 Deloitte Belgium Indirect Tax Senior Manager
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山本 卓馬 デロイト トーマツ税理士法人 IDT-GTA マネジャー
世界を揺るがす関税と貿易規制の波をDXで突破する
世界の貿易環境は、急速なグローバル化とともに複雑化の一途をたどっている。第2次トランプ政権でも中国、カナダ、メキシコへの関税措置などが行われ、世界中のサプライチェーンを揺り動かしている。
そもそも関税とは、国際貿易において商品が国境を越える際に課される税金のことだ。輸入品に対して課税されることで国内産業の保護を目的としたり、国家の財政収入源として機能したりする。しかし、近年はこの関税が地政学的な武器として使われるケースも増え、企業の対応力が試される場面が増えている。また、中国のEV産業に対する相殺関税の施行など、新たな関税障壁も次々と登場している。これらの変化に迅速かつ柔軟に対応するため、貿易業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)が不可欠となっている。
この貿易DXは、通関業務の効率化にとどまらず、国際情勢の変化や規制強化への対応・分析、サプライチェーン全体の最適化を含めて、デジタルソリューションを活用して一気通貫に進めることで、最大限の効果を発揮することがポイントだ。
デロイト トーマツの松井智迪と山本卓馬は、それぞれベルギーと日本で貿易DXの最前線に立ち、企業の貿易実務の効率化と戦略的活用を支援している。彼らの取り組みを通じて、貿易DXの意義とその未来を探る。
貿易規制を企業の持続的な成長に活用
松井智迪は、デロイト トーマツからデロイト ベルギーに派遣され、WCO(世界税関機構)の本部があるベルギーを拠点に、ESG関連の貿易規制の専門家として活動している。穏やかで冷静な口調の中に、深い知識と情熱を秘めた人物だ。特に欧州連合(EU)による炭素国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism: CBAM)や森林破壊防止規則(EU Deforestation Regulation: EUDR)への対応を中心に企業支援を行っており、その洞察力は業界内でも高く評価されている。

CBAMは炭素排出量の多い製品を輸入する企業に対して追加のコストを課す新しい法規制だ。2026年から本格施行され、EUへ対象貨物を輸入する企業はカーボンプライスの支払い義務を負うことになる。しかし、影響は輸入企業にとどまらない。
「たとえば、日本からタイに輸出した製品がタイで加工され、最終的にEUに輸出される場合でも、EU輸入者によるCBAMレポート提出のために、タイ及び日本企業に対しても情報提供が求められる可能性があります。このように、サプライチェーン全体が影響を受けるため、企業は対応を怠れません」
CBAMの影響はEU域内にとどまらず、オーストラリアやカナダなども独自のカーボンプライシング制度を検討しており、グローバル企業は多国間の規制対応が必要となる。このため、サプライチェーン全体を見渡した包括的なアプローチが求められている。
松井は、これらの複雑な規制環境に対応するため、デジタル技術の活用が不可欠であると強調する。デロイトでは、SAPのGlobal Trade Services(GTS)を中心とした貿易管理システムや、文書管理システム、BIツール(Business Intelligence)の導入支援を行っており、貿易業務の効率化を実現する手助けを行っている。これにより、従来は手作業で行っていた業務が自動化され、エラーの削減や一貫性の確保が可能となる。
「CBAMへの対応には、単なる報告義務の遂行以上の準備が必要です。デジタルツールを活用することで、企業はデータの一貫性を保ちつつ、迅速かつ正確にレポートを作成できると共に、カーボンリスクの分析を行うことができます。これによりビジネスリスクを抑えながら、業務負担を軽減できます」
CBAMの対応は単なるコンプライアンスの問題ではなく、企業の競争力にも直結する。デジタルソリューションを含む適切な解決策を見出すことで、企業は規制対応を迅速に行うだけでなく、新たな市場機会を見いだせる。グリーン製品の開発や環境負荷の低減に向けた投資は、企業のサステナビリティ対応が重視される現代社会において、競争優位性を高める要素となり得る。
「貿易DXは単なる業務効率化の手段ではありません。規制対応の迅速化だけでなく、業務の標準化や継続性の確保、人材の入れ替わりに対応できる体制づくりが、持続可能な企業経営の鍵を握っています。関税や貿易に関する法規制は“コスト”ではなく戦略的に活用できる“要素”になりつつあります」
松井のもとには、グローバル企業が多く相談にやってくる。「CBAMのような枠組みをすべて丸呑みしていると企業として利益を出すことが難しくなる懸念もあります。サプライチェーンと法規制の内容を照らし合わせ、実際のビジネスへの具体的な影響をチェックし、どこまで対応すべきかを見極める力も必要です。裏を返せば見極めができれば競争力の強化にもつながります」
松井の視点からは、貿易DXが単なる技術導入にとどまらず、企業の経営戦略そのものに深く関わることが見て取れる。彼は次世代に持続可能な社会を引き継ぐための重要なステップとして、この取り組みを位置づけている。
日本企業の貿易DXはデータ整備とAIツールの活用、人材確保が重要
デロイト トーマツ税理士法人の山本卓馬は、日本国内で貿易DXに関わる支援を行っている。エネルギッシュで人懐っこい笑顔を見せる彼は、企業の課題解決に情熱を注ぐプロフェッショナルだ。彼の専門は、企業の貿易業務の効率化、デジタルツールの導入とその活用だ。特に、品目分類(HSコード採番)を効率化するAIツールやFTA/EPA活用支援ツールを駆使し、企業の業務効率化と法令順守を支援している。
HSコードとは、国際的に標準化された品目分類コードで、貿易においてすべての商品に対して付与されるコードである。このコードに基づいて関税率が決定されるため、正確な分類が不可欠となる。しかし、この分類作業は非常に複雑で手間がかかる。

「AIを活用することで品目分類に関わる業務を大幅に効率化することが可能です。これにより一貫性のある分類が実現できるだけでなく、捻出した時間を他の貿易業務に回すことができます」と山本は語る。デロイト が開発した「Trade Classifier」では、AIを活用して品目分類(HSコード採番)を行うシステムで、HSコードの管理をグローバルレベルで標準化・可視化することにより、コンプライアンスリスクを低減。蓄積したHSコードのデータをAIが学習し、その後の品目分類(HSコード採番)業務を効率化する。
しかし、ツールの導入だけで全てが解決するわけではない。山本は「システムを適切に使用するためのデータ整備とシステムを使いこなせる人材の確保が重要です。どちらかが欠けると、導入効果は限定的になります」と指摘する。AIツールの効果を最大限に発揮するためには、正確な教師データの整備が不可欠であり、企業内部でのデータ管理体制の強化が必要となる。
山本は、松井との初めての仕事が自身のキャリアに大きな影響を与えたと述べている。「松井さんのアプローチから学んだのは、デジタルツールを単なる効率化の手段と捉えるのではなく、それを通じて生み出した時間でどれだけAIには置き換えられない業務を行い、ビジネスの価値を高め、社会に貢献できるかを考える視点です」
そんな山本のアプローチも単なるシステム提供にとどまらず、クライアントの具体的な課題やニーズに基づいたオーダーメイドのソリューション提案に重点を置いている。「自社での業務や課題を深堀せず、システム導入が先行したことで期待する効果を得ることができなかった企業も見てきました。単なるツールとして組み込むだけではなく、クライアントの業務や課題を深く理解した上で最適な提案を行うことを心がけています」と強調する。山本はこの取り組みを海外でも展開していきたいと意気込む。「HSコードを中心とする貿易領域における課題は各国あるので、世界で貿易DXを推進していきたいですね」

インタビューの最後に松井と山本は、貿易DXが社会に貢献する価値を強調した。
松井は、単なる規制対応を超えて、社会全体に貢献することの重要性を説く。「例えば貿易コンプライアンスの典型的な課題として関税評価がありますが、関税評価額(輸入申告額)を下げることで関税コストを抑えることは、それ自体に大きな社会意義があるものではありません。一方で、CBAMのようなサステナビリティ関連の新たな規制は、持続可能な社会の実現とビジネスの発展の両側面に意義を持ち、適切な対応をとることで企業と社会にとってwin-winな状況を生み出すことができるのです」
一方、山本も「テクノロジーを駆使することで、生産性を高め、より良い未来を創る。それが私たちの使命です」と力強く語る。デロイト トーマツの2人の専門家は、貿易DXという領域を超えて、企業と社会が直面する課題に対する解決策を提供し続けている。彼らの情熱とビジョンは、未来の貿易とビジネスの在り方に新たな指針を示している。
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