組織としてドメスティック/ファミリーバイオレンスに向き合う理由

デロイト トーマツ グループは家庭内暴力(Domestic/Family Violence、以下DFV)に関する社内メンバーへの支援制度を提供している。本制度の背景や意義について、制度設計・導入を手掛けたDEIシニアマネジャーの高畑有未と、法務・人事領域の専門家であるDT弁護士法人 パートナーの棚澤高志に聞いた。

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心身の安全性確保が多様性を生かす基盤となる

家族やパートナーから身体的・精神的・性的などの形で暴力を受けるドメスティック / ファミリーバイオレンス(以下DFV)は、一般的に会社とは直接関係のないプライベートな問題と捉えられている。そんな中、デロイト トーマツ グループは2021年6月より、会社としてメンバーに対する支援制度を設置している。なぜ会社がDFV被害者支援に取り組むのだろうか。

「組織がメンバーの多様性を強みとして生かすには、その基盤としてメンバーの心身の安全性が担保されていなければなりません」と高畑はその理由を説明する。

本制度の企画背景のひとつに、コロナ禍がある。在宅勤務の広がりを背景として、社会全体でDVの相談件数が急増したのだ。内閣府の調査によると、2020年4月から2021年3月のDV相談件数は全国で19万件を超え、前年比で約1.6倍に増加したという。また「女性の約4人に1人、男性の約5人に1人が配偶者から暴力を受けたことがある」(内閣府 男女共同参画白書 令和4年版)というデータもあった。それだけ高い割合で当事者がいるのであれば、グループ全体で2万人を超える組織であるデロイト トーマツ グループにおいても同様の課題を抱えるメンバーがいるのではないか、と高畑は考え、すぐに外部の専門家や警察などにヒアリングを始めた。

「在宅勤務は多様な働き方を実現できることから、Diversity, Equity & Inclusion(DEI)の文脈においてプラスだと考えていました。ところがDFV被害者にとって、在宅勤務は加害者と過ごす時間が増えることを意味します。会社が在宅勤務を推進することで、間接的にDV被害に関与してしまっている可能性がある、と気づいたのです」(高畑)

以前は、仕事は会社、プライベートは自宅、というように公私の線引きが比較的はっきりしていた。しかし在宅勤務、副業や兼業、リモートワーク、ギグワークなど働き方が多様化する中、仕事とプライベートの重なり合う部分が増え、その線引きは曖昧になってきている。

そんな社会的な変化を背景に、高畑は「自分が知る限り当時の日本企業に前例はなかった」というDFV被害者の支援制度を設計し、導入した。

「個人の立場からすると、DFV被害から脱却するためには経済的な自立が不可欠です。一方、会社にとってもDFVによって大切な人材を失いたくはありません。個人、会社とも『働き続けたい(働き続けてほしい)』という共通項があるからこそ、会社がDFVの被害に苦しむメンバーを支援する意義があると考えました」(高畑)

デロイト トーマツ グループ合同会社 DEIシニアマネジャー / 高畑 有未

専門機関と連携してDFV被害者支援を開始

DFV被害は「一歩間違えると命に関わる可能性すらある」(高畑)というデリケートな問題だ。だからこそ支援制度の設計には細心の注意を払った。参考になる前例もほとんどない中、多くの団体に問い合わせるなど地道にリサーチを重ね、会社として支援すべき内容を慎重に検討した。その結果、以下のような施策を導入した。

  • 実績のある専門機関と契約して専用ホットラインを設置(10カ国語対応)
  • 緊急時に被害者が避難できるシェルターを全国100カ所以上に擁する専門機関と提携
  • 警察署や裁判所などへの相談員の同行支援
  • 犯罪被害にあったメンバーが利用できる「特別休暇制度」のDFV被害への対象拡大
  • 支援制度利用金額の会社負担

徹底してメンバーのプライバシーを守り、本制度を利用しやすくするため、制度の利用者は直接支援団体とつながり、高畑をはじめとする社内メンバーには相談内容をはじめとする詳細は分からないように設計してある。しかし導入から現在までに複数件の利用があったことは分かっている。

DT弁護士法人 パートナー / 棚澤 高志
棚澤、高畑が胸につけているパープルリボンは、DVなど女性に対する暴力の根絶をめざす社会運動のシンボルマーク。

DFVに関する教育や啓発はまだ不十分

裁判官として、数多くのDFVの案件に関わってきた棚澤は、DVに関する日本の法律は以前より改善しているが、まだ十分ではないとみている。

「日本では2001年にDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)が成立しましたが、当初は法律婚または事実婚という婚姻関係が認められる場合に限定され、物理的な暴力だけが対象でした。このため本当に保護が必要な人たちの一部のみが法の救済対象でした」と棚澤は振り返る。

当時のDV防止法の対象範囲は非常に狭く、事実婚に至らない生活の本拠を共にする交際相手間で被害があった場合や、離婚後にDFV被害が発生した場合などは、裁判所は保護命令を出すことができなかった。しかし現在ではこういったケースも対象に含められ、また身体的・物理的な暴力だけでなく、言葉や態度による精神的暴力や、自由、名誉、財産に対する脅迫も保護命令の対象となった。さらに被害者本人に加え子どもに対しても接近禁止命令を申し立てられるようになるなど、着実に対象範囲は広がってきている。

一方で棚澤は、多数の加害者、被害者と接してきた経験から、DFVに関する教育や啓発はまだまだ不十分だと感じている。

「DFVの被害者は『自分が悪いから暴力を受けている』『自分がいないと家族がダメになる』などと思い込み、自分がDFVの被害者である意識が薄いことがあります。一方で加害者は、暴力を『しつけ』や『家庭内の問題』として正当化しがちです。このような意識の壁を越えるには、法的保護だけでなく、さらなる教育や啓発が重要です」(棚澤)

社内啓発を通じて「自分ごと化」してもらう

しくみをつくるだけでなく、その内容を周知し理解してもらう必要があるという点に、高畑も同意する。「法律で保護できる範囲はまだまだ狭い」と高畑は考える。DFV被害を減らしていくためには、法に頼るだけでなく、社会課題として組織やそこに所属する全員が向き合っていく必要がある。

その第一歩として高畑は、DFVに関する啓発活動にも積極的に取り組んでいる。年に1回以上は勉強会を開催するほか、DFVに関する啓発ハンドブックを制作して配布したり、入社時のオリエンテーションでDFVについて話をしたりしている。その目的は単にDFV被害者向けに支援制度を周知するだけではない。

「実は『4組に1組のカップルは何らかのDFVの当事者である』というデータがあります。1組の当事者には制度を使って適切な相談や生活再建につなげてほしいですし、現在当事者ではない残りの3組についてもDFVを社会課題と捉え、自分に何ができるかを考える機会にしてもらいたいと考えています」(高畑)

2023年の社内勉強会では、過去にDFV被害に遭っていたメンバーが、自分の体験談を語ってくれたという。そのメンバーが被害に遭っていたのは、まだ制度ができる前のことだった。会社では仕事をしながら、プライベートではDFV被害を受けながらも誰にも話せず、一人で必死に生活再建をしていたという。

「DFVの被害者と聞くと『経済的に困窮した弱い立場の女性』といった思い込みを持つ人も少なくないと思います。でもそのとき経験談を語ってくれたメンバーは、デロイト トーマツで活躍する活発なプロフェッショナルです。ですから勉強会に参加した誰もが驚きましたし、『DFVは社会のどこかで起きている問題ではなく、自分の身近にある問題なんだ』と認識を新たにしました」(高畑)

棚澤は、意識変革の道のりをセクハラのそれを例にとる。福岡地裁で日本初のセクハラ訴訟の判決が下り、訴えた女性が勝訴したのが1992年。それから30年余り、セクハラに関する認識は少しずつ社会に浸透してきたが、今なお認識が不十分だったり、自分ごととして捉えていなかったりするケースもある。

DFVについても人々の意識をすぐに変えるのは難しい。「これはDFVなんだ」「やってはいけないことなんだ」という認識を広め、社会に浸透させるには長い年月が必要だ。だからこそ継続的に啓発を実施し、人々の意識を変えていくことが重要になる。

また棚澤は、制度への信頼性も重要になると指摘する。

「プライバシーへの配慮や二次被害を防ぐ仕組みが必要です。内部通報制度と同様、信頼される制度をつくることで、より多くの人が安心して利用できるようになるでしょう」(棚澤)

本制度を導入して以来複数件の利用実績があるが「まだ十分ではない」と高畑はいう。4組に1組が何らかの当事者だというデータを考えれば、まだ制度の利用にはハードルがあると考えられる。入社したばかりで制度の存在を知らない人もいるかもしれないし、そもそも「自分がDFV被害に遭っている」という認識がないメンバーもいるだろう。そこは課題として、継続的に啓発活動を続けていく必要がある。

一方で、実際に制度を利用したメンバーからは「制度のおかげで生き延びることができました」という声も寄せられた。また制度を使って自分の生活再建ができたメンバーが「同じ被害に遭っている人のために何かしたい」と支援団体でプロボノ活動を始めるなど、制度の導入をきっかけに社内においても着実にDFVに関する理解が進み、動きが広がっている。

この制度を多くの会社に広げるために

2021年にデロイト トーマツ グループがDFV被害者向け施策を開始すると、社会から大きな注目が集まった。高畑のもとには多くの会社から問い合わせが寄せられており、実際に制度を導入した会社もあるという。

DFVを取り巻く法制度や社会的な流れもして進化している。DV防止法は2023年に改正され、前述のとおり保護命令の対象範囲が拡充された。ILO(国際労働機関)では2019年に『仕事の世界における暴力とハラスメント条約』が採択され、その中に「DVの職場への影響の認識・緩和」に対する措置が求められることが明記されている。

DFVは単なる「プライベートな問題」ではなく、職場での雇用や生産性にも影響を及ぼす問題だ。だから会社が積極的にDFV被害者をサポートすることは、メンバーと会社の双方にとって大きなメリットがある。社会にその認識を広げ、DFV被害者向け施策を導入する会社を増やすために、高畑はセミナーやメディアなど多くの場で積極的に施策について発信している。

「この制度が一般化すれば、いまDFV被害者にとって大きな力になるのはもちろん、加害者にとっても強力な抑止力になるはずです」(高畑)

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